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第2話 エミリー視点 不安から、一歩踏み出して

 何度も聞いてしまって、自分でもかなりうっとうしいだろうなって思っている。それでも失敗をしてお店に損害を与えてしまうと不安になってしまう。

 私なんかをまだ好きでいてくれているのか。私のことを必要と言ってくれたのはレベッカだけだから。


「もちろん、好きだよ」


 そんな私に、レベッカは嫌な顔ひとつせず、どころか照れたようにはにかみながらもどこか楽し気にそう応えてくれた。

 ぱっと心が軽くなる。ああ、よかった。そんな安堵の気持ちと、嬉しくてドキドキする気持ちが混ざってにこにこしてしまう。ゆるんだ頬が抑えられない。

 そんな私にレベッカは照れくさいのか指先をあげたり下げたりしてから、明日は一緒にでかけようと誘ってくれた。子供の頃は単なるピクニックだったけど、それも今は意味が変わってくる。このお誘いはデートに他ならない。

 こんなめんどくさい私にあきれることなく、優しくそんな提案までしてくれる。胸の奥から愛おしさがあふれてたまらなくなる。


「今日、一緒に寝てもいい?」

「……だっ、駄目」


 だから思い切ってそうお願いしてみたのだけど、一瞬驚いてきょとんとされたのち、真っ赤になって断られてしまった。半ば予想した通りの反応とはいえ、面白くはない。つい子供っぽく不満が顔に出てしまう。


「えー……どうして?」

「どうしてって……そんな年齢じゃないでしょ。駄目。ほら、明日お弁当一緒につくるんでしょ? はい、そろそろ寝るよ」


 そう言って部屋から出されてしまう。その理由もまた、私が想像していた通りのもので、そう言われたら納得するしかない。


「……意地悪」

「意地悪じゃないの。おやすみなさい」

「……はーい。おやすみなさい」


 それでもついつい文句を言ってしまう。そう返事するだろうとは思っていた。それでも、そうじゃない返事でもいい。むしろ嬉しい。そのくらいには気持ちを決めてのお願いだったのだから、文句の一つくらいは許してほしいところだ。

 そんな私にレベッカは強引に話を打ち切ってしまう。でもそんな態度も気恥ずかしさの裏返しと言うのもあるだろうし、今日は勘弁してあげることにする。


 挨拶して私の部屋に戻る。と言っても幼い頃は遊びに来ていた、元レベッカの部屋だけど。

 この家に住まわせてもらうことになり、寝室として使い勝手のいい部屋はこの部屋かレベッカのご両親の部屋かしかない。広さ的にも心情的にも私がそちらを使うのは気が引けたけど、レベッカの部屋はそれはそれで追い出したようで申し訳なさがあった。だけど慣れてしまえば、これほど落ち着く部屋はない。


 レベッカの存在が染みついた部屋。幼い頃お泊りをさせてもらった時のあのわくわくドキドキした高揚感。何もかも目新しいものばかりで、外よりずっと近くでゆったりとレベッカと過ごせるこの部屋に、ずっといたいと思ったものだ。

 そんな幸せな幼少期の象徴のようなレベッカの部屋は、私にとって現在の幸せもまた象徴してくれている。


「……あ」


 そんな部屋で、まだどこかレベッカの匂いのするベッドにはいって天井を見上げたところで気が付いた。そう言えば今日、好きって言ってもらったのに、私も好きって言い忘れていた。

 私って本当に駄目だなぁって思いながらも、でもきっと、私がレベッカを好きな気持ちは過不足なく伝わっているだろうからいいか、と気持ちを持ち直す。


 私とレベッカは結婚を約束した恋人同士だ。私は義務教育である初等教育学校を卒業してすぐに実家を出て、知り合いの宿屋に住み込みで勤めることになった。

 珍しい話ではない。ほとんどは初等教育のみで、あとはそれぞれ手に職をつけるために見習いとなる。その先の学校に進むのはごく一部だ。

 ある程度分別が付くようになった十歳から学び、各々のペースで卒業して就職し、自由に婚姻が許可され法律的にも成人と認められる十八歳までが一般的に見習い期間だ。

 その間は実家から通う人も多いけれど、私はそもそも卒業するのが遅くて十五歳までかかってしまったし、兄が結婚して子供もいて手狭と言う圧もあったので。

 だけど私は、要領のいい人間ではなく、むしろどんくさくてどうしようもない愚鈍でのろまな人間だった。実家の料理屋でも不器用で料理を何度も駄目にして給仕の仕事は禁止され、ひたすら野菜の下処理だけしていた。最初は人より多く失敗をしても、さすがに毎日毎日していればなれるもので、文句を一つも言われないだけの手際にはなっていたから、すっかり忘れていた。

 知り合いのおじさんは母さんのちょっと遠い親戚で、お店の常連でもあったので快く私を下働きの一人として雇ってくれた。だけど半年の間に片手で収まらないだけの物を駄目にした私は、申し訳ないと謝罪されながらも首になってしまった。

 まったくもっておじさんは悪くない。私が全部悪いのだ。わかっている。わかっているけど、私にはもう居場所はなかった。実家の私がつかっていたスペース(一人一部屋もらえるほど余裕はない)はとっくに姪っ子のものになっていて、職員寮室の共用部屋に持ち込めないので置いて行った余分な衣類や荷物は全て処分されていた。

 家族だって悪くない。どんなにどんくさくてもそれを理由にひどく叱責されたりはしなかった。兄弟で唯一の女の子の私には兄たちからの汚れたおさがりじゃなくて小ぎれいな服を用意してくれた。甘いお菓子をこっそりくれたこともあった。いずれ嫁に行くのに必要だからと、空いた時間に根気強く料理を教えてくれた。

 きっと私が戻ったら戻ったでなんとかしてくれただろう。姪っ子甥っ子と雑魚寝になってその二人から文句くらいは言われるかもしれないけど。


 それでもあの時の私には、本当にもう行き場がないのだと言う気持ちでいっぱいだった。

 そんな私が泣きついたのはレベッカだ。レベッカだけは、私を拒絶しない。そんな希望にすがるように彼女を訪ねた。


 レベッカは幼い頃からの付き合いだ。だいたい同じ地区に住む子供たちはみんな顔見知りだけど、私は昔からどんくさくてしょっちゅう転んでばかりで、足も遅くてみんなについていけなかった。

 そんな私を、いつだってレベッカだけは置いていかなかった。転んだ私に近寄ってきて、手を差し出してくれた。レベッカは頭がよくてすぐに飛び級してしまったけれど、私とずっと友達でいてくれた。

 気が付いた時にはレベッカは私にとって特別で、大切な人だった。だけどいつから好きだったのか、今考えても全然わからない。

 レベッカの両親が亡くなった時、見ていられないくらい落ち込むレベッカの姿に胸が痛み、彼女の為になんだってしたいと思った。その時もまだ、自覚はなかった。


 私に自覚ができたのは、首になって泣きながら尋ねた私を抱きしめて、レベッカがプロポーズしてくれたあの時だ。


「エミリー、泣かないで。就職先がないなら、うちに来て。この家で私と一緒に暮らして、一緒に働いて、一緒に生きていこう。私にはエミリーが必要だよ」

「ふぇ……えっ? ほ、本気で言ってるの? 私なんか」

「なんかじゃない。私には、エミリーだけだよ。エミリーじゃなきゃ、駄目なの」


 一緒に生きようなんて、あまりにも突然すぎるプロポーズに、私は思わず正気を疑ってしまった。慰めて励ましてくれるとは思っていた。だけどそれも、しばらく就職先が決まるまで泊めてくれるような、その程度だった。

 だからためらってしまった。だってこんなのはただの同情で、その場しのぎの思い付きのはずだ。レベッカの優しさにつけこんで、レベッカの一生を縛り付けていいはずがない。


「で、でも、レベッカはまだ学生じゃない」

「うん。でも、すぐに卒業するよ。お店を私一人で経営するのは荷が重い。エミリーがいてくれないと、私は駄目だよ」


 だからそう抵抗したのに、レベッカは私よりずっと熱い目を私に向けて、まっすぐにそう言ってくれた。

 そう言われて、私もだ。と思い知らされる。私も、レベッカがいないと駄目だ。そうだ。当たり前のことすぎて、私がレベッカを愛しているのだと言うことを、自覚していなかっただけだ。

 そしてレベッカも、同じ気持ちでいてくれている。それを心から信じられる。


「うん……私でいいなら、レベッカに就職させてください」


 こうして、私達は結婚を誓い合う仲になった。


 それから私はレベッカのところに住んで、レベッカが卒業して国家資格をとるまではその生活をサポートして、卒業後は一緒にお店を切り盛りしてきた。

 レベッカはいつも私に優しくて、気遣ってくれている。レベッカに不満なんてなにもない。だけど、どうしても不安になってしまう。


 あのプロポーズからもう二年になるのに、親友だった時と距離感がかわらない。口づけの一つもしない。あの言葉が嘘だったなんて疑うつもりはないし、勘違いのしようのないプロポーズの言葉だった。

 だけどもしかして、いざ一緒に暮らすとあまりにどんくさくて、幻滅してきているのではないか。気持ちが減ってきているのではないか。そんな風に大きな失敗をする度に不安になって、今日みたいに確認をしてしまう。

 その都度、レベッカは丁寧に、熱い瞳で思いを伝えてくれる。臆病で疑心暗鬼でめんどくさい私に、レベッカは何度でも答えてくれる。何回でも惚れ直してしまう。


「……明日、頑張ろ」


 明日はデートなんだから、もっと好きになってもらえるよう頑張ろう。

 レベッカは頭がよくて真面目で、そういうところも好きだ。だからきっと、結婚するまでは恋人らしいことは控えているんだろう。一緒に寝たかったけど、レベッカは真面目だから断ったんだろう。わかっている。そういうところも好き。

 でも、来年には私たちも法律上、自由に結婚することが認められる年齢だ。来年に結婚するんだし、せめて手をつないだり、その、キスくらい、全然、私達の年齢でみんなしてると思う。むしろ遅いくらいと言うか。


「……」


 なんてことを考えてなんだか恥ずかしくなってしまった私は丸くなって明日に備えて眠るのだった。









 そして翌日。いつもより早く目が覚めた私はそわそわしてるのを悟られないよう、いつも通りの時間になるまで待機して部屋を出た。

 レベッカと朝食を食べてからお弁当をつくる。朝食はいつも通りスープに軽く焼いたパンにチーズをのせてすませるとして、問題はお弁当だ。

 昨夜急に決めたのでそれほど豊富な食材はないし、持ち歩くことを考えるとある程度制限がされる。メニューは限られてくる。


「エミリー、お弁当は何がいい? エミリーの好きなものにしましょう」

「ありがとう。私、前におばさんがつくってくれたみたいにサンドイッチがいいな」


 優しいレベッカはきっと買い物に行くつもりで聞いてくれたんだろうけど、折角のデートなのでできるだけ長く味わいたい。今ある食材でできるもので十分だ。それに思い出でもあるしね。

 パンにバターとマスタードをたっぷり塗って、ハム、チーズ、ゆで卵、そして残っている野菜を挟めば簡単にそれなりに見栄えのするサンドイッチができる。まだ残っている野菜もついでに使いきってしまう為、スティックサラダにする。帰りに買い物をすれば最後までデートが楽しめる。


「こんな簡単なのでいいの? あんまり覚えてないけど、分厚いチキン挟んだやつとか、もうちょっと種類作ってくれてたと思うけど」

「ハムも分厚く切ったし、私は十分だと思うけど。レベッカが欲しいなら買いに行こっか?」

「ううん、エミリーがいいならいいよ。じゃあお茶も入れるけど、いつものでいい?」

「うん。お願いします」


 お茶はいつもレベッカがいれてくれる。薬草をつかったブレンド茶だ。幼い頃は独特な匂いが少し苦手だったけれど、今ではなれて、むしろこれじゃないと落ち着かないくらいだ。

 お弁当と水筒を二人分、それぞれのリュックに入れる。最後にお買い物に行くことも考えてちょっと大きいけど両手も空くリュックにしたのだけど、二人そろってリュックをそろっていると本当に子供の頃のようだ。

 子供用のリュックは小さいからお弁当と玩具だけでリュックがパンパンになってたんだよね。


「いってきます」

「いってきます」


 二人でそう挨拶をして家を出る。もうすっかり当たり前に、ここが私にとっても家だ。それを実感してレベッカと顔を見合わせて、どちらともなく笑顔になった。

 本当に、大好き。レベッカがこれから私の家族になって、ずっと一緒にいる人だ。そう実感すると急に勇気が湧いてきた。私とレベッカは両思いの関係なんだ。昨日だってそれを確認して、今日のデートまで提案してくれた。

 レベッカからプロポーズしてくれたのに私が積極性をみせないから、レベッカは遠慮しているのかもしれない。こんなに優しくしてくれるレベッカに、私からもっと勇気を出すべきだ。


 そう思ったから私は歩き出しながら、そっとレベッカの手を取った。


「えっ、ど、ど?」

「ふふ。いや? 恥ずかしいかな?」

「い、嫌じゃないけど、ちょっと……恥ずかしいかな」


 するとレベッカはよほど驚いたのか立ち止まって、動揺して言葉になっていない。そんなレベッカの珍しい慌てた姿が可愛くて思わず笑ってしまってから、レベッカの顔を覗き込みながら確認する。嫌がってないってわかっているけど、でも恥ずかしいから外ではって可能性もあるので。

 だけどレベッカは恥ずかしがって頬を少し赤くしながらも、私の手をぎゅっと握り返してくれた。


「……ほら、行くよ」

「うんっ」


 そしてレベッカは私の笑顔を見てさらに照れて耳まで赤くしながら歩き出した。

 それについていきながら、今日のデートもしかして、昨日までと何かを変えられるかも、なんて風に思ったりして。



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― 新着の感想 ―
これ以上ないくらい正確に伝わっていた恋心! エミリーの幼馴染力なのか妄想力なのか判別できないけどもw レベッカの少ない言葉からズバリ本心を読みとっていたんですね♪ レベッカに就職とかパワーワードをポロ…
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