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兄には言っておこう、もうごまかし切れない。そもそもごまかす気もなかった。

 剣君を送り届け、兄と二人きりの車中である。

 外はすっかり暗くなっている。

「そういや、父さんと母さん、どこにいるの? 中近東?」

「夏はイギリスの人、京都で接待してたから、北欧近くじゃないか」

「そうだっけ?」

「夏休み入ってすぐに、京都で鱧食べるから来いっていわれて、新幹線に乗って、激怒したじゃないか、『受験生なのにっ』って」

 いや、もう四年近く前だからね。言われてみれば、な感じ。

「で、着いてみれば、料亭の鱧がおいしくなくて、『こんなの食べるために新幹線乗らされたの』ってさらに激怒して」

「あー、あった。ウナギならタレでごまかせるのに、鱧って基本薄味だから、ちょっと雑な扱いすると、出るのよ、味に」

「俺はわからなかったよ。でも、母さんも『やっぱり、おまえもそう思う? もうこの店、接待には使えないわね。ごめんね、こんな店に時間使わせて』って」

「接待の最終チェックに娘使うなーって思ったけれど、翌朝の朝食はまあよかったから、がまんしたんだっけね」

「精進料理じゃ、俺は足りなかったよ」

「帰りの新幹線で弁当二つも買って食べたじゃない? 私も、今はもう足りないかな」

 思い出になってるな。

 仕方ないんだけれど、記憶の、温度差は。

 兄には最近の思い出で。

 私には4年前だ。

「馬、いつから」

「4年前」

「そのころはまだ小学生だろう、そういうときは俺がついていったと思うんだけれどな。なんだろうな。夏の、七月終わったあたりから、違和感が多くて。そもそも彼ぴ君にしろ、結納したあのカップルにしろ、いつ出会った?」

「四年前」

「中学生になったらともかく、小学生のおまえの交友関係、3人も把握できてない、はずがないんだ。俺は、父さん母さんと違って、おまえのちゃんとした保護者である自信があるから」

 しばし沈黙の後。


「どこに、行ってた? 何があった?」


 ああ、頭柔らかいな、兄さん。

 言ったら、ショックだろうけれど。仕方ない。嘘は通じない。


「異世界に呼ばれて、三年半戦争して、帰ってきました。現在、実年齢十八歳になりました。剣君たちは戦友です」



 車が、コンビニの駐車場に入って、止まった。

 兄はハンドルに顔を埋めて、動かなかった。


 嘘だと思うには、あまりにも、私は変化していたのだろう。

 信じられたのだろう、すこんと。

 なにせ、親よりずっと側にいた人なのだから。


「無事に、帰ってきてくれて、よかったよ」


 泣く、のを押し殺した声で、そう兄が言った。

 目玉潰されたりしたけれど、治っていたから結果オーライ、で済むわけないよね。



 それからは、無言で。

 家まで帰った。

 玄関でスタッフに車を渡して、地下駐車場に置いてもらい、エレベーターに乗った。

 靴の処理があとで面倒なので、互いに自分の玄関から入り、一番奥の繋がっている共通リビングで、合流した。

 一面の大硝子は、防弾硝子である。

 ほんとうは、それおかしいんだけれど。マンションの安全基準的に。窓割れないと放水車の水が入れないじゃない? どーしてんだろう。

 という現実逃避をしたあと。

 つなぎ目のない硝子のテーブルに、対面で座り、コーヒーと菓子をお供に。

 私は長い三年半の、異世界での物語を語ることになった。


 明日が日曜日でよかったなー。


 異世界で会話を通じさせるための、自動翻訳とその呪いについて語り終えると。


 ついに兄は、声を殺して泣いた。


「なぜ、なぜ、俺の妹が」


 ああ、ごめんなさい

 隠しきるべきでした

 でも、帰宅したときに、違う匂いがすると、察した兄さんには、どのみちばれたでしょう。

 未知の不安感、私は誰なのか、とまで疑われたかもしれない。



 それは

 かなしい



「結納した子たちも、お前たちも、目で会話できるほどに親密で、わかりあっているのは、わかっていた。だけどっ」


 自動翻訳が


 妹 妹 妹っっ


 と、翻訳する。


 泣きながら、兄さんが、私の名前を呼び、呼び続け、その名前が


 認識する前に壊れて、『妹』という単語に変化していく。



「この呪いのせいもあって剣君以外との結婚や生活が現実的ではなくて、剣君と結婚しても、子ができたときに、私も剣君も、名を、つけられないから」

 泣いて、私の名を呼び続ける兄の、大きくて、だけれど私の手もいつのまにか大人になっていて、その手を包み込めるようになっていた。

「どうか、お願いします、子供が出来たときに、名付けを、私が一番この世界で信用している兄さんに」

 顔を上げた兄は、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめて、泣いたまま。

「まかせろ。でも、彼ぴ君の許可も得ろ」

「そのときには聞いておきますね」

 ひとしきり、泣いた。私ももらい泣きした。

「おまえに起きたことを、俺に教えてくれて、ありがとう」

「隠しきりたい気もしてたの。でも、一人で背負うのも、私はしんどい。甘えさせて貰ったの。治癒ちゃんと勇君は一緒になったけれど、私たちはまだまだだし。ただ、剣君はどうしてるんだろうって、思うわ」

「あの子は、図太いというか、必要なもの以外、どうでもよさそうなんだが」

「名前さえ?」

「本能的な? 本質みたいなのを選んで、生きていくタイプだろうから」

 勘はいいから、それで世の中ひょいひょい渡っていくのかもね。




このシーンのためにこの物語はあったようなものですねっ。私ちゃんから、なんでこんな酷い話にしたのって怒られてます(無夜より)


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