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自動翻訳機能の神髄

 異世界にいって現地の人と喋れるという、ラノベにわりとよくありがちだけれど、非常に『どうなってんのこれ』な魔法である。

 人の名がわからないが、動物などもわからない。

 ペットに、マルチーズのチーズちゃんと付けられると、相対しても『白い犬』ぐらいに翻訳される。乳製品のチーズではないのかというと、ニュアンスというか、食べ物のチーズから名前が与えられていると『発酵乳製品』とかになると思う。でもだいたいは、飼い主との関係が憂慮され、『となりの家の白いチビ』とか聞こえて、関係が増すと「白いチビ」で通じるし、自分もそんな感じのことを言うと、相手には『チーズちゃん』とか聞こえている、ようである。

 あちらで馬の名前、呼べなかった。

『靴下の馬』(剣君愛馬)とか、本当の名前があるのに、そう呼ぶしかなかった。

 私のは『茶星の馬』。真横に、★というには丸い歪んだ模様が入っていて、それで呼んでた。ほかに特徴なかったからね。

 そのうち、茶星で呼べたけれども、これが茶星が正式名称になったら、もう私たちは呼べないの。

 ろくでもないでしょう。神に直談判したくもなるでしょう。

 とはいっても、この機能はすごくて。

 声が通るのよ。

 雑音が酷いほど、私たちの言葉は、まっすぐに届く。

 だらこそ、軍の指揮権が治癒ちゃんに、兵站指揮権が私に、特攻隊指揮権が剣君に、防衛隊と遊撃隊の指揮権は勇君に渡ったの。

 そしてまた、面倒くさい文章も、言いたいところはぱっと理解できる、という文官やるのに適した能力もあって。

 根回しにも向いていた。

 何を言いたいのかさっぱり要領を得ない相手、よりは『こうしてほしい』『こちらにはそれに対して【こう】する用意があります』とすぱんと聞こえる相手との会話の方が楽だから、必然的に好意的になるのよ。命かかってるからさぁ。

 動物にもこれは効くのね。

 だから、馬も命令を聞いてくれる。

 これは馬が調教されていて、人間の命令を理解していること、が前提なんだけれど、私たちにあてがわれるのはちゃんとした軍馬だから、よく言うことをきいてくれたし、懐いてくれた。

 あ、なんか馬に乗りたくなってきたな。

 そんなことを考える余裕が出来たのは、自動翻訳のおかげで、勉強がはかどったから。

 漢字なんかは一度でも【見ておく】必要はあるけれど、教科書読みさえすれば済む。

 物理や、数学で、何を言ってるのかさっぱりわからない問題が、何を求めているのか、わかるようになるから、勉強が進んだ。

 暗記は、暗記をしなきゃいけない。

 歴史が厳しいかと思ったけれど、相対した個人名でなければ、年表の事件名の一つ、みたいに記憶できるから。

 ナポレオンは何をしたか、という問題でも答えられる。

 嫌なのは、現総理大臣の名前、とかだ。

 現在、生きてて、会ったことあったりすると、名前がぼやける。自分でもやっとしながらも、答えは書けてるんだけれど。 

 現代社会とは相性が悪い。


 予定より2ランク上、も安全圏になった。

 通学のためのあれこれを考え、安全を優先する。乗り換え無し、駅から学校専用バスが出ている、1ランク上の私立がよさそう。こっちも進学校で、図書館とか、スタディルーム整っているから問題ない。

 ということで、志望校変更。

 出願間にあってよかった。

 服屋やっている伯父一家がホームに遊びに来ると言うから、私も同じ日に顔を出して、クリーニング屋と紋入れやの紹介してくれたことのお礼を言った。

 高い着物だったから、この手の紹介でもないとクリーニング屋に出せない。あのときはドンのだったしね。

 紹介割引で安くして貰ったし。

 紹介して貰うのは祖父母でもよかったのだが、店を譲られた伯父の顔を立てた形。

 伯父の住んでいるのは仙台。店もそっちにある。

 どろどろした話をすると、祖父母と伯父の嫁が仲が悪い。結果、母(伯父の妹)が「よろしい、ならば父さん母さん、こっちおいでっ」と呼び寄せた、のでこんな我が家の複雑な祖父母二組が身近にいる状態、となっている。

 で、舅・姑を追い出して、伯父嫁の天下かといえば、そんなわけはなく。

「家受け継いだのに、親追い出すなんて」

 と、あちらの社交界でつまはじきにされ、息子の東京への進学と一緒に東京に嫁が逃げたらしい。

 店舗というか、この手の店に、切り盛りする『女』がいないのは問題である。

 だって、客はほぼ女だからね。

 伯父は妻ではなく追い出した両親に帰ってきて欲しい、とはいうけれども、母方祖父母は頷かない。働かされるの目に見えているし、安定したらあの伯父嫁が帰ってきてまた追い出されるだろうから。

「姪ちゃん、うち継いで」

「やですよ。仙台まで行くとか。私の親友も彼氏も千葉在住だし、それなりに仲の良い子は埼玉地元で、東京神奈川進学・就職予定で、そっちいかないもの」

「彼氏も夫もこっちで用意するから」

「死ねば」


 伯父とは永劫の決別となった。


「姪の結婚相手を自分で都合のいいのを選ばせられると、政略結婚させて、私と彼氏引き裂くってことを平気で言う。そんな身内はいらない。二度とお付き合いすることはないでしょう。兄にも、父母にもそういっておきますよ」

「え、ちょっとした、軽いジョークだった。真に受けたの。余裕ないんじゃない」

 と、笑ったので。

「ジョークって、人を笑わせたり、和やかにするためにあるんです。笑わせようとして、不快にするものをチョイスするのだから、伯父様、普段、全方位に最悪の不快感撒き散らしている汚物ですねっ。友人関係も、そういう汚物しかいないんでしょう。汚物と結婚させるつもりだったと言うことですかっ。糞だな、本当にっ」

 兵役が三年半もあれば、お口はわるくなりますの。

「目上に対して言い過ぎじゃないか」

「糞が身内の顔しないでほしい」

 口を挟む暇がなかった祖父母がこの一息ついたところで、言った。

「孫ちゃんは、あちらさまにもお孫さんで、婿殿には大事なご息女だ。それを結婚を決めてやるなぞと言ったら、戦争でしかない(父は貿易商の跡継いでるので、財力上。歴史的には負けるが、明治か江戸の後期かぐらいの差である)。馬鹿だね。本当に、頭悪いね」

「あんな嫁を選んできただけあって、常識もないんだな。ごめんな、孫ちゃん」

 まあ、こんな有様な人なので、売り上げが落ちている。

 お高いものを売る店なのに、品がないのよ。

 ここまでアホな発言するまでは、身内枠だったんだけれど。もう駄目だな。

 旗色が悪くなり、味方も居なくなったので、顔色を変え、

「え、ごめん。いや、ほんとうに、軽く、冗談のつもりだったんだ」

「言っていい冗談と駄目な発言の区別がつかないのなら、今後一切、冗談なぞ口にしないことですね」

 謝ったから、社会的に死亡させるのはやめておくけれど、付き合いは続ける気はない。



 そんなこんなで、シルバーウィークが終わり、志望校も完全決定。

 私が付属高校に行かないことを知った在学生や先輩方からの、わりとこの時期恒例の告白ラッシュがくる。

 何ソレ?

 幼稚園から中学まで、子供時代の思い出にいた『異性』が、唐突によそにいってしまうのである。

 その大きな喪失感を、男子も女子も、なぜか恋心のようなものに変換してしまう。

 まあつまり。

「いなくなる、って聞いて、初めて僕は君のことが好きだったって気が付いたんだ」

 っていう奴である。

 4人来た。

 柔道部の顧問の先生と、部活後に脱水症状予防ためのお茶(麦茶ないし湯の二択。一つまみ塩入れてよし)をみんなで飲みながら、「毎年ですよね、これ」と雑談する。

「卒業間際、試験落ち着いた頃に最後の波がくるわよ。去る女は、残る女より1・5倍増に美人に見えるのよう」

 と、先生(女・黒帯)。

「何人ぐらい?」

「伝説では、卒業式の日に、男の子が8人の女の子に囲まれた、というのがあるわ」

「伝説・・・」

「女の子はつるむから、そのうち何人が告白者だったのか不明」

「ああ、なるほど」

 告白に付いてきた人、カウントできないな。

「女の子はばらばらに告白されるから、嘘か本当か、自己申告の18人っていうのが最高記録のはず」

「まあ、全部お断りしますけれどもね」

 と言うと、男子がちゃかす。

「生徒会長のイケメン(たぶん名前言った)に告白されても断るのかよ」(麦茶苦手で湯を飲んでる)

「断る。外部に彼氏居るから」

「お、いつの間に」

「待ってくれ」

 おとなしく麦茶飲んでた別の部員(男子)が声を出した。

「婚約とか、正式なことするなら、我が家から正式に祝いを」

 んあ、この人、父の会社の下請けの社長の子だった。

「ただのお付き合い。ってか、部活に家のしがらみもってこないでよ」

「家絡みで大きいことなら、聞かざるおえないよ。仕方ないじゃん。うちは君のところの下請けなんだもの」

 ちなみに、女3割男子7割。

 女の子は護身術するんなら、合気道にいっちゃう。

 こっちにいる女の子って、家庭で柔道習った子が多い。親が武道家とかではない。親が護身術で柔道やっているから、子にも物心付く頃から習わせて、ここにくるんである。

 私は幼稚園の頃に、空手と柔道習わされて、小学校に上がる頃に「習うのどちらか一つにするなら、どっち?」と、珍しく父が聞いたので、「柔道っ」と答えて今がある。兄も柔道選んでたのも、理由の一つ。

 空手の蹴るとか殴るとか、まあよかったけれど。加減が難しいというか、殺したくない相手に、使いにくいな、というのをわりと子供の私たちに先生が言っていて。

 柔道は絞め技とか関節技も多いので、日常生活が取り返し付かなくなるかもしれなくても、殺さない技もあるから。

 逆に、頭からたたき落とせば死ぬしね。

 生きてりゃなんぼ、でしょ。

 あちらの戦争に参加して、余計にそう思う。

 二年しか空手はやってないけれど、基礎とその延長の技も知っていたので、治癒ちゃんに伝授しました。

 飲み込み早かったけれど、互いの自動翻訳機能で、説明が余すことなく伝わり、受け取れたから、というのもあるだろう。

 戦地に行かねばならないというのにあたって、死ぬレベルの柔道技を伝えるより、殺傷力の高い空手技の方が習得が早そうだった。

 当てちゃ駄目、と言われたところに当てればいいからね。



 それはさておき。

 柔道は引退した。最後に顧問の先生と組手した。

 一勝二敗で、一引き分けで終わった。襟掴み合ったまま、互いに動けなくなってしまって。時間切れだった。

 先生が不思議そうに首かしげていたけれど。

 記憶の私より大きくなっているから、感覚がおかしいんだろう。データをいじっても、体が覚えている組み手の感触が、違和感を教えている。

「強くなりましたね。驚きました」

「いえ、まだまだです」

 なんせ、成長のズルしてますから。




 部活がなくなると、暇なので勉強した。

 勉強するために、部活引退するのだけれど。

 志望校が安全圏だからね。

 吹き替えしてない外国映画見たり、字幕が外国語の映画見たりして、ヒアリングと発音を自動翻訳頼りにしきらないために。




 てなわけで、剣君の勉強の進捗を聞き、元々そんなに成績良くなかったらしいところに、自動翻訳でかさ上げされたため、三ランク上の公立高校に行けそうだとほくほくした返事があったので、最後の追い込みだろう冬休みは邪魔したくないので、一一月半ばの土曜日に乗馬クラブにいって、馬を愛でたり乗ろうよ、と誘った。

 いや、私は今、猛烈に、馬に乗りたい。

 だけど、一人で行くのはなんか、ずるい気がする。

 勇君と治癒ちゃんも誘ってみたが、

「ごめん、届いたトラクターに馴れるので忙しい(治癒パパ拗ねてるから、なだめすかしてやらせてる)」

 意訳するとそんな感じの答え。

 まあ、仕事道具だからな。

 雪が積もったら、あれで除雪するみたいだし。

 あ、山間部、もう雪降ってるのかも。

 なら、トラクター動かせるようになりたいか。

 私有地だから、免許いらないんだよね??

 治癒パパでなくてもよくない?

 とか、思ったけれど、給油のために公道走ってガソリンスタンドにいくので、治癒パパ(免許持ち)の協力不可避らしい。



 そんなわけで、兄が車を出してくれて、剣君拾って、乗馬クラブ行った。

 結納のときに仲良くなったホームの人に聞いたら、クラブの場所と紹介状と装備を貸してくれる無料券くれた。ありがたい。

 距離的にそんなに離れてないし、よければ月二回ぐらい通ってもいいかな、と。

 最寄り駅から専用バス(ワゴンが少し大きいタイプ)が出てるのも良いよね。

 今日は車で行くけれど。


 剣君が後部座席でそわそわとしている。

 胸というか、首もとをちらちら見てくる。知ってる。胸じゃなくて、気になるのはこっちでしょう。

 襟から指をするつと入れて、チェーンを引っ張って、彼から貰った翡翠の花の指輪を見せると、ほっとした顔になった。

 結納の時も着物の下につけてはいたけれど、見せる暇なかったからね。ドン無双、大暴れ、なせいで。

 日常に戻って、人と接すれば接するほどに、理解せざるおえない。

 仲間以外と、人生を共にする孤独さ、ってものを。

 一番の原因は自動翻訳、あと思ったより影響が大きいのは戦時体験。

 多少の価値観の共有を吹っ飛ばす。

 心底私が落ち込んだときに、寄り添える価値観の人間が、この世にこの三名しかいないという。

「学生さんのうちは、無くしたり割ったりしそうだから、あまり質の良くない石にしたけれど」

 私はトパーズのネクタイピンを剣君にあげた。

 質が良くない、とはいったが、催事場で投げ売りで売られていても、三万円ぐらいはするやつ。

「ありがとう。でも、なくさないよ」

「中高生の男の子の『なくさない』信じない」

「補助ちゃんも中学生だよ、今」

「兄さんだって・・・」

「車出してあげてるの、だれっ」

「あ、ごめん。兄さん、身内売るところだった」

「お兄さん、何なくしたの」

 時計とかすぐなくしてくるんだよね。

 誕生日プレゼントした、腕時計も一時行方不明にしたよね。ベッドと壁の間から出てきたけれど。お手伝いさんが『マットもどかして全部きれいにします』という大掃除したときに出てきた。

 今身につけてるから許すけれど。




 まあそんなわけで、乗馬クラブに到着。

 競走馬も育ててるし、地方競馬に出てる子も、隣接された厩舎にいる。

 引退馬が乗馬用に転身とかもある。

 パンフ表紙にいるのが名は認識障害で思い出せないんだけれど、新潟競馬で活躍した牝馬さんだそうで。うん、わからん。あちらにいって、常に馬に乗る生活になるまで、馬にも競馬にも興味なかったからね。



「思ったより、でかいな」

 と、剣君。

 まるで初めて馬を見たように。

 でも、違う。

 サラブレッドだから、大きい。

 あちらの馬って、もっと背が低かったし、足が太かった。生半可なことでは骨折とかしなかったし、持久力があった。農耕馬を戦争用に調教していた、という。

 紹介状と、お試し体験入学扱いで、中に入っているから、スタッフさんがついている。

 手で首をぽんぽんと叩きながら、

「乗せてくれ」

 と、剣君が言うと、馬は素直に身をかがめた。

 この子、白靴下(足が膝下から白い)だね。剣君がこれって言ったのもわかる。

 あとは、剣君はすんなりと乗った。

「あれ、えっと初めての方では」

 スタッフがとまどう。やることがなくなってしまったからだ。

 本当は彼が手綱を引いて馬をしゃがませ、「どうぞ」ともう一人のスタッフが手伝いながら、剣君を鞍にのせる、予定だったのだろう。ひらりと馬に一人で乗れる初心者にはなかなかいない。

「もう少し小さい馬なら乗ってたことあるんですよ。でも、サラブレッドはいなかったので、大きいなって驚いていたんです」

 私が説明しておく。

 兄は乗馬にまったく興味がないので、ここの中にある喫茶室レストランかなで茶を飲んでいる。そのあとは、料金プランも確認してくれるらしい。スタッフがついて、説明してくれるのだろう。この手のクラブは、お高い。月二回ぐらい、高校生になったら、ぐらいの希望のラインは伝えたので、良きに計らってくれるだろう。兄は二〇歳になっている。なので、私の習い事は、家計予算を鑑みて兄が決めても問題ない。親? ネグレストなんで幼稚園の終わりぐらいからは、とことん不干渉。

 私も栗毛の牝馬に乗ろうとしていたら、騒ぎが起きた。

「やっぱり、俺のこと忘れられないからって、こんなところまで追ってきたんだな」

 居たのは私が振った先輩だった。

 一つ上だから、高校生。

 委員会が一緒だった。

 はっきり言えば、嫌いなタイプ。

 そういえば、ここはホームや学校からも近い乗馬クラブだから、学校の子が居てもおかしくない。お高い私立学校だもの。

「あ、こんな地雷あるんなら、ここのクラブ通うのやめようかな」

 スタッフが男女トラブルの気配を察知し、すかさず「レディースデイがございます。女性は少ないため、混雑もなくっ。レディースデイにはナイタープランもございます。安全のため八時半までですが、高校生になるお嬢様には逆に親御様も安心かと」と、勧めてきた。この手のクラブはお高いので、クラブ会員になりそう人を一人でも逃がしたくないのである。

「照れんなよ」

 自動翻訳で、意思が伝わりやすいはずなんだけれど、人間の自尊心が高すぎるタイプには言葉は伝わるけれど、意思が伝わりにくいのよね。

「私は外部に彼氏がいるし、今彼と来てるの。あなたみたいな面倒な人がいるなら、ほかのクラブにしたのよ、本当に。ねえ、剣君っ 来てっ」

 と、剣君を呼んだ。防波堤になってもらおう。

 彼氏が幻というか、嘘だと思っていたらしい先輩は、背後に取り巻きも連れていたので、恥をかかされたと激怒した。

「私、なんにもしてないよね」

 あ、剣君は、俺彼氏なんだよね? 彼氏だ、公認だ、ひゃっはーって顔をしている。

 うん、君は彼氏だ。きっと旦那さんにもなるであろう。喜びすぎるから、今は彼氏枠としか伝えないけれども。

「補助ちゃんの彼氏です、よろしく」

 と、剣君はさわやかな笑顔で言った。

 まっすぐな貴方が好きです。本当に。

 それが許されない世界なら、私が根回しして、そうであれるようにしていくから。

 剣君は背があり、肌もそれなりにきれいなので(清浄化の指輪もっていってたから、ものぐさでもこぎれいさ保てる)、これで明るくさわやかな表情をしていれば、学年で一番ぐらいの正当な美少年ではなかろうか。仲間への贔屓目もあるかもしれないけれども。

 はっきり言おう。

 先輩は勝負にならない。

 性格でも負けてるのに、見た目も勝てない。

 私が釣り合わなくない? と、臆する物件なのでね。いいのかな、私が彼女になってしまったよ。

 私は自分が腹黒いので、剣君みたいにさっぱりしている男が良いのです。勇君は親と兄たちへの怨嗟すごかったからね。当初はさわやかさに欠けてた。

 まあとにかく、私も、ドヤ顔して、彼氏だよっと紹介した。

 私は栗毛に一人で乗り、剣君に並んだ。

「あの人誰」

 と、剣君が聞くから、

「学校の先輩。委員会が同じだった。・・・乞食で嫌い」

 後半は剣君に届くだけの声音にした。

「あ、そういうこと」

 納得したらしい。

 してもらって当然、という人間性。

 お返しをする、という知性がない。

 ただでサービスをねだり、それでいて文句が多い。金を持っているからたちが悪く、家があろうが家族がいようが、安くもしくは無料でサービスを恫喝して手に入れようとするのは、ただの乞食だ。

 一度乞食になると、その品性は二度と戻らない。

 私がそれを心底嫌うのを剣君はよく知っている。

 そしてそういう搾取しかしない思考の糞と付き合いたいと思うわけないだろうに。

 一応、念のため、初心者扱いなのでスタッフが私たちの手綱を引いて、軽く歩くことから始めている。体験入学なので、走るまではさせないだろう。

「触って、こうやって乗れるだけでも久々でうれしい。この靴下のコは、穏やかで良い馬だし」

「私も無性に乗りたくなっちゃって」

「今日は誘ってくれてありがとう。でさ、さらに乗っかるんだけど、父さんと母さんの結婚記念日、二人にディナー行かせたいんだけれど、近くてフォーマルコードもそんなにきつくないところある?」

「剣パパはスーツで、剣ママはジャケット、ぐらいなの? スカートは穿いててほしいけれど」

「うん、それぐらい」

「うちに株主優待券のあるレストランがあったと思うよ。チェーン展開してるし。千葉に店舗あったはず。見せれば三割引とフルコースに変更してくれるやつ。本来は少し軽めのコース風だから」

「貰って平気なの?」

「うちの近くにこの系列店がないのよ」

「じゃなんで持ってるの」

「母の大学時代の友達がそこに嫁いだから、友情株で」

 毎年、十二枚来るのよ。

 兄カップルが年に二回ぐらいは行くけれども、それ以外使わない。三割引券だしね。半額とか無料ならともかく。

 面倒そうなディナーに呼ばれるときには、私も券使ってテーブルマナーの確認に食べにいったけれど、最近とんと・・・あ三年半こっちにいなかったわ。最後はいつだっけ。二月に、使用期限切れそうだから、兄と行ったかな。そう、伯父の家で、息子ちゃん(従兄)大学進学おめでとうフルコースディナーショーするとか言いだしたから仕方なく。

 うん、嫁とめろよ、伯父貴。

 有名なピアニスト呼んでなければ、私もいかなかったよ。

 そんな話をしながら、馬場の初心者用内側のコースをぐるりと半分きて、なんか先輩が疾走していった。

「何、ちんたら走ってんだよ、邪魔だっ」

 とか、馬鹿にした笑い声をあげていった。

 レーン?が違うので、邪魔にならないはずなのに、わざわざ初心者向けに寄せて走っていく、あれの方が邪魔だ。

「頭可哀想なの」

 私が言うと。

「うん、今のでわかった。馬も可哀想だ」

 スタッフが唸った。

「鞭の持ち込み禁止したはずなのに」

 ばんばん、馬に鞭を打って走っている。

 借り物の馬ですよ。競馬で勝たないといけない状態のジョッキーでもあるまいに。

「そういえば、鞭もらってないね」

 と、剣君。まああちらでも、ほとんど使わなかった。命令が通るし、本気で走らせるときって、馬も命かかってるから、鞭で打たなくても走る。馬は賢いからね。せっぱ詰まった要望が私たちの翻訳に通るくらいに。

「必要ないからだろうね」

 乗馬クラブで、素人に鞭使わせるわけないよねー、ましてや高校生になったばかりの未成年に。あの先輩自分で持ってきて、その上それを使うの禁止にされているのに、また使う、と。

 出禁じゃない、そろそろ。

 人乗せて走れる馬を人間嫌いや人間恐怖症にしちゃたまらないもの。意味もなく疾走させられたら、馬だって混乱するだろう。あと、痛みで驚いて速度早めたり、後ろ足立ちになって、素人さんが振り落とされても、クラブの問題になるから、鞭なんて百害あって一利なし。

「補助ちゃんに、格好良いところを見せようとしたんだと思う」

「嫌悪感しか感じなかったけれど?」

「うん。俺たちは素人さんっぽくここにいるけれど、馬を走らせるのはどんな感じがだいぶわかってるからね」

 スタッフが、

「走らせて、みます?」

 と、聞いてきた。

「馬の止め方の合図はわかりますよね」

「ここのルールは知らない」

「手綱引けばいい、っていうだけなら問題ないけれど」

 私と剣君は手綱をとって、止まれと、適切に引いた。

 馬は止まった。

 スタッフはそれだけで、私たちの技量が素人ではないとわかったのだろう。

「あと半分ですし。どうぞ」

 私と剣君は再度歩かせ、走らせる用のレーンに移動し、同じタイミングで早足にし、

「あ、すごい」

 とスタッフさんの呟きを拾った。

「せいっ」

 と、同じ速度で駆け足にした。

 全速である必要はない。だって、私たちの馬術は基本的には行軍のためのもの。

 長い距離を行くためのもの。

 だから、同時に、馬場の開始地点にたどり着き、馬を止まらせた。無理な走りではないので、足に負担も掛けず、二人の二馬、ぴたりと同じ位置で止まったのだ。

「どこにいっても、技術は残るものね」

 こちらに居た、見ていたスタッフさん達が、手をぱちぱちと叩いた。満面の笑みで。

「すばらしい」

「どちらのクラブの会員様ですか。もしや、騎手に登録されていらっしゃいます?」

 兄も騒ぎになったので、見に来た。いや、ここで待って居たのだね。あ、お茶飲み終わって、ほぼ契約も把握済みたいね。

 私たち、けっこうゆっくりのらのら歩いて半分までいったからね。

「すごいの?」

 と、兄が隣のスタッフに聞いている。

「ええ、足並みが二人でぴたっと揃っていて、まるで絵のようといいますか。イギリスで、馬に乗ったまま警備を交代する儀礼があるんですが、ああいうレベルの錬度です。しかも駆け足で」

「すごいの?」

 再度兄が言った。

「すごいです」

 軍隊式だから、そういうのを思い浮かべたスタッフさん正しい。

 っていうか、これ、なんかやっちゃいました、なレベルか。地味に。

「お利口さんな良いお馬さんだよ、おまえは」

 と、剣君は上機嫌で馬を褒めて。

 それで。

 いきなり馬が暴れ、後ろ足立ちになった。

「どうした」


 痛いっ


 たまに聞こえる。自動翻訳で、近いところにいる動物、軍用の、馬や犬の訴え。

 背後を振り返ると、先輩がおもしろくない顔をしていて。手にしているものがなにか、最初はわからなかった。おもちゃみたいな。

 小さな、爪楊枝ボーガンという、かつて販売されたが、今は規制されているそれで。

 撃った、のだ。馬を。

 剣君は振り落とされたりはせず、首にしがみついて、告げた。

「落ち着け。骨折してしまうだろ。治してやるから」

 と、声が通った。

 馬は荒くれていたのが落ち着いて、剣君はぱっと降りて、後ろに回り、スタッフはさすがに「駄目ですっ」と悲鳴のよう叫んで、駆け寄ろうとしたけれど、剣君が足に刺さった爪楊枝を抜いてやる方が早かった。

「そら、抜けたぞ」

 私には『痛い』しか聞こえなかったが、近い剣君にはもっと情報が入ってきたか、サーチして察したのだろう。

 痛みの原因が取り除かれて、馬はその傷を見てぺろぺろと舐めた。

 爪楊枝なので、抜いてしまえば痛みはそんなにないのかも。ササクレが入っていないか、が心配だね。あ、魔法あったわ。

 意識を傷に集中して、遠くからかけると、血がどろっと出て、残っていた異物も出た。

 これで、化膿したりもしないだろう。

「治療してやって」

「ありがとうございます。でも、馬の背後には立ってはいけません。一番、事故がおきますから」

「知ってる。けど、早く抜いてやらないと、暴れてこの馬、駄目になったかも。賢いコなのに、それはもったいない」

 ちょっと何かが刺さったぐらいの暴れ方で、剣君が馬から落とされることもないからね。槍が突き刺さって、半狂乱の死の暴走をする馬でも、振り落とされずに敵倒していたし。

 数百匹の馬が潰れていった。代わりにする馬も連れて、補充して大変だった。騎馬兵いないと、特攻・遊撃難しくなるしさ。

 戦争だったからねぇ。

 先輩はスタッフに連れて行かれた。

 親御さんを呼ぶ、といっている。

「馬鹿だな、馬に怪我させるなんて。父さん言ってたよ。目の前のトレーラー、馬詰んでる、おまえも運転するようになったら絶対近づかないように、車間距離多く取るんだ。追突して馬怪我させたら、破産だからなって」

「言ったじゃない、あいつ乞食だって」

「うん?」

「自分のしたこと、親が尻ぬぐいしてくれる、尻ぬぐいしきれるって信じてるから、ああいうのするのよ。自分でやらないから。いつも、パパがぱぱがぁって言ってて。パパが支払いきれるといいわね。牝馬って繁殖用だもの。血統的には予約入っているかも」

「あー、破産とか」

 傷を消毒され、傷に湿布のような傷テープを貼られた馬は、そのまま厩舎に戻り、

「後日、オーナーから正式に謝罪させて頂きます」

 と、スタッフさん総出で並び、一番深いお辞儀をしてきた。

 剣君や私は振り落とされないけれど、普通のお客さんだったら取り返しつかなかったかもしれないしね。最悪、死ぬかも。サラブレッドって、背中が高いから。

 心臓止まりそうになっただろうな、スタッフさん。


 

あと、読者のみんな、馬の後ろに立つのは、たとえ治療でもだめだよ。蹴られて死ぬからね。


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