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 勇者の婿入り

 普通のそこいらへんの、町とか、サラリーマンの家庭とかなら、そのまま身一つでお世話になります、と封筒に現金でもそそっと入れて差し出して、養子入りすればよいのだそうな。婿としての養子入りとかは、普通のお宅にはそうそうないけれど、普通のお宅ならそれでも、身一つで『婿入りしました』とご近所に挨拶すればいいんだ


 けれどもっ!


 治癒ちゃんは古くからの土地持ち農家さんで、別のやはり土地持ちのところから三十過ぎの婿を貰う約束を父がしてしまって、父を半殺しにしてそれを取りやめさせた、という。

 いいなあ、幻の回し蹴り(あちらの世界では、足が見えてはしたないと言われて封印されてしまった、側仕えしてくれたメイドさん達によって)は炸裂したんだろうか。右ストレート、私が教えたけれども、芸術品だったよね。見たかった。

 まあ、それは置いておく。


 嫁入り行列ではなく、婿入り行列をやる。


 よその土地から単身で来た未成年者の勇君が侮られないために。そして近しいところの婿候補には、これだけのご子息に打診され、また娘とも恋仲になりましたので、辞退あいもうしわけございません、的なことを相手に通じやすくするために。

 要らぬ者として押しつけられるんじゃなく、縁者がこんなにいる大事な若様をお渡しするんですよ、というポーズ。

 四の五の言わせないぜ、という。

 かき集めた大人が、兄カップル(二十歳だから大人だし)含めて八人と、戸籍上子供だけれど見た目は背がある大人枠の私と剣君もついていく。

 十人ぐらいでぞろぞろ行く予定だった。

 うちの身内も、剣君の親も快くのってくれたしね。

 だが、その日、六台のワゴン、軽自動車四台、総勢四十名でいくことになるとは、誰が想像しただろう。

 ばあちゃんたちが老人ホームで計画をぽろっと話して、参加者が増えたんである。


「十四歳のお嬢さんに、同じ年の好きな子で、婿入りもしてくれるっていっている彼氏がいるっていうのに、三十過ぎのおっさん婿にさせようなんて、今時じゃないよ」

「わしら、若いカップルを応援するよっ」

 暇していた老人ホームの、元気な層が参戦したのだった。高級老人ホームなので、機動力(車)も金もある。

 というか、ドンが絡んで、あの人が仕切ってきた。暇だったんですね、あの人。

 埼玉県グループはてこてこ発進し、千葉県の剣君一家と合流。

 私を見た剣君が

「日本人形みたい、だ?」

 とこぼした瞬間、もっと違う褒め方あるでしょっと母親に背中をばんっとひっぱたかれていた。

 そのあとは、兄と彼女っぴに、

「へー、君が彼ぴかぁ。妹をよろしくね」

「この子が妹ちゃんの彼ぴなんだ。可愛い」

 と、絡まれていて。

 え、と私は寒気を覚えた。

 その単語、まさか本当に二人とも使ってたの?

 軽く絶望した。え、だって、そんな軽い言葉、使わない種族だと思ってたのにぃ?



 そんなこんなを経て、船橋駅の喫茶店で待つ勇君を拾う。

 ばあちゃんたちいっぱいのワゴンに乗せられた勇君は、紋無しだが袴を着せられている。

 紋無しの方が、婿入りしますという意思表示でいいかな、と。

 いや、嘘。勇君ちの家紋が用意できなかっただけ。

 勇君スマホないから、画像送れないし、あれよあれよというまに、婿入り行列になったからね。画像くれても、用意できたかわからない。

 ただ、うちの参加者全員紋付きの着物で、参加させたから、一人無地なのは、逆に映えるはず。私も、紋付きの振り袖だしね。

 剣君家族は着たことないとかで、合流したとき、早着替えさせられていた。

 似た家紋持っている人がいたので、お借りした。その人は不参加。長距離移動きつい、腰痛持ちさんだったから。

「もう着る人もいないから、どうぞ」

 と。

 これ、一式、二百万ぐらいするよね、と思ったから、剣君一家には『思い出の品っぽいから、汚さないようにね、醤油とかビールかかったとか、何かあったらすぐ言って』とだけ言って、金額は伝えてない。教えたら、着ないだろうから。

 ついでに言うと、勇君のも、見劣りしないように、ドンから、予備の無地の袴を実家から取り寄せてくれるというので、貸りた。

 やっべー品だったねっ。

 わかる人にはね。

 汚したら、私が持ち込んだ絹のいくつかを捧げて、ごめんなさいしよう。金で支払える奴じゃないやっ。ははっ。エターナルかけると、針と糸通らなくなるから、完成品の紋付きはともかく、この紋無には使えない。

 バブリーな時代の建設業の会長さんとか、あのときは金で買えた最上級品持ってるなっ。


 そう、旧家があつまり、見栄を張ることにそこそこに意識かる連中なら、この集団が堅気じゃないか、相当な資産家だとわかるはず。

 四十人の集団で、着物も高いけれど、帯飾りや簪、ちょっとした小物。

 たぶん、総額二億円以上の物品団体が移動している。

 通りで、護衛が後ろからついてくるはずだよ。国産軽で目立たないけれど、がたいのいい男四人乗せた車が、適度な距離でついてきてる。二台もっ。強盗かと思って、ドンに聞いたら、「ああ、うちのに護衛させてる」とあっさり言われた。

 この人たぶん、やー様だよね。袴着慣れすぎてる。

 ああ、もう、何この集まり。

 私的には百鬼夜行だよ。

 神? 神が手助けしていない?

 と、後々治癒ちゃんに質問をぶつけたら、豊饒の祈りと舞の礼で、勇君の婿入り手助けされているという。

 それで、この魑魅魍魎が集まってしまったのか。

 ああ、うちの祖父母も、たぶん父母も、この魑魅魍魎と同じようなもの、なんだよねぇ。

 ははは。

 笑うしかない。



 さて、婿養子ざっくり説明。

 まず、相手の家に『養子縁組』します。

 結婚してから、養子縁組するのもできるけれども、提出書類が増えるので、先に養子縁組します。

 で、養子縁組ついでに『婚約式』流れるように『結納』する。

 二人が十八になったら結婚する予定で居るけれど、高校卒業まで待とうかと説得中。治癒ちゃん、誕生日から三ヶ月も待てば卒業じゃん。って思ったら、勇君、三月か。一番、誕生日遅かったね。やはり、高校卒業後、になった。

 それはともかく。

 結納を今日済ます。

 こんな豪華面子、もう集められない。次は結婚式にっ。

 何人生きてるかな。ドンは九十二歳だし、最高齢は九十五歳のばあちゃんだから。



 で、結納で渡す品。

 婿入りなので、妻側が用意する。


*目録

○長熨斗

◎御帯料

*末広

○友白髪(素麺)

子生婦こんぶ

寿留女するめ

勝男武士かつおぶし

家内喜多留やなぎだる


 よくわからない?

 ○したものは食べ物で、◎は現金だと思えばいい。家内喜多留は、治癒ちゃんちでやるからもしかしたら現物(酒・つまり樽)かも。昨今、お金で済ますことが多い。樽酒もってこられても、普通のおうちは持てあますからね。

 目録とはなんぞ?

 それは、贈り物の名前を記した紙。

 末広は真っ白い扇子。

 婿入りだと、妻の家側が結納品を用意して、夫になる側は半返しになる。

 婿入りの場合、相場が八十万~百万円。ちょっと高くなる。

 半返し、五十万ぐらいか。

 つくづく、神が現金寄越してくれてよかったよ。

 金かかるわ。

 治癒ちゃん一人でやらせるのは可哀想だったし、子がやるもんじゃない。親がやるはずなのだから、私が手配したよ。物品集めはお任せあれ。封筒は渡したから、現金の用意は頼んだ。

「なんで、中学生の孫ちゃんが結納の段取りできるの」

「お兄ちゃんがつい最近、結納したのよ。そのとき、あれこれやっていたものね」 

 長熨斗も、本物の鮑を用意したので、文句の付けようもあるまい。

 まあ、私たち、受け取る側みたいな顔しているけれどもね。

ご家族が協力的ではなかったので、うちで利用している美容院から着付けできる人を二人派遣している。治癒ちゃんは跡取り娘だから、ちゃんとした振り袖が用意されている、とは思うが、見劣るものだったら、こっちを着せるようにと、私の小学校卒・中学入学祝いな振り袖を渡しておいた。豪華絢爛ではある。百花の王に、飛翔する鶴。結納でも使える柄。

 着物のいいところは腰や襟で調整するから、体格が変わっても、在る程度まで着られるんだ。大人になっても着られる丈はあったから、いける。なんなら成人式にも着られるはず。まあ、きっと祖父母達がその祝いに別のを仕立ててくれるだろうけれど。

 私は母のタンスを漁って、振り袖を裁ってない紋付きを選んで着た。母は着物に興味ないから、喪服と二着ぐらいしか持っていっていない。興味ないから、わざわざ袖裁ちして既婚仕様にしてない着物がわらわらある。娘に継がせるとかいう配慮もない。きっと忘れてるんだろうな。

 ん、母は中近東あたりにいるんじゃないかな、今は。父も一緒に。



 治癒ちゃんは、私の振り袖を着て、絢爛なラピスラズリと珊瑚の簪をつけていた。あちで作っておいたのね。

 門の前に三人(ご一家)、だけでなく、計十人ぐらいで迎えてくれた。

「剣君」

 サーチ付属の鑑定をして貰い、

「先頭が治癒ちゃんの父母、父横が集落代表。他はこの集落の家長みたいだ」

 集落所属が二十世帯しかないそうだ。

 そのうち、6世帯は、家は置いているけれども、いなかったり(町や市に拠点移してる)、もう畑などはやっていない引退した老夫婦だったり。実働している家で、動ける家長で治癒ちゃん家と反目していない者が全出、しているんではなかろうか。ほぼ半数になるから。

 ああ、数の暴力ってすてきだね。

 四十人超えでぞろりと現れたので、彼らはひるんだよ。

 そしてドンにもう取り仕切らせてしまった。 貫禄とか、年齢で一番責任者に見えるから。

「我が曾孫の」

 けして大声ではないのに声が、よく届く。

「婿入りのための結納に」

 人を喰らいそうな顔で笑って見せて。

「この老いぼれ、しゃしゃり出させて貰いました。本日は、老い先短い私めの冥土のみやげになるような、よき儀にならんことを、願ってやみませぬ。なにとぞよろしく申し上げる」

 すごーい、よろしくとか言ってるのに、この爺さん、頭下げない~。

 睨んでるよ。めっちゃ、相手を睨んでるよ。

 代表やるにあたってどうするか。

 ドンは、非認知の子(戸籍に入ってないが、養育支援はしたらしい)が六人いる。戸籍ちゃんとしている法的な息子は三人だそうな。

「曾孫なんか何人いるかなど、誰にも追えまいよ。私だってわからんのに」

 とのことで、曾孫扱いすることにしたらしい。自分で追えてる孫だけで、二十人おり、曾孫は数え切れないという。

 ヤクザが親や祖父なんて嫌だ、と逃げたり、息子がまた婚外子をもったりとか、本当に古いヤクザさんだなあ。




 古い家屋、でそれなりに名家だったようで、母屋と離れがあり、母屋は襖を取り払われ、32畳間(8畳の部屋四つぶちぬいたのね)、となっていた。

 桶に入った寿司が膳の上に置かれている。

 ドンの横に勇君は並び、上座へと。

 勇君の、歩く姿勢の美しさ。ドンの横でも気圧されず、負けぬ存在感。

 袴は初めてっていってたから、ドンがレクチャーしてたな。動きとかは一発で覚えるのよね。

 騎乗パレードもよくやらされていたから、背筋も伸びている。

 

 ずらっと並び、ドンが朗々と身内の紹介をする。

 名前と『続柄』が必要なはずなんだけれども。

 ホームの全員を大伯(叔)父、大伯(叔)母ないし、外縁伯父伯母(叔父叔母)ですませ、剣君一家とうちの家族は遠縁だが勇君と仲が良いため今回参加した、という説明。

 どうせ調べきれないからね。

 私たちが勇君と頻繁に会うから、へたに親族にしてしまうとぼろがでる。


 そして、あちら様が自己紹介。

 立会人として集落の長と副長。

 他、治癒ちゃんちの遠い近い親戚。

 母方の従姉妹の嫁ぎ先の家長、とか。治癒ちゃんの父方の大叔母の実家とか。一番近い身内が父親の叔父。

 軒数も減ってるから、みんな身内なんだと思う。

 で、たぶん血縁が一番遠かった、婿候補だった家の人も来ていた。当人ではなく。

「いえ、こちらのご縁はなかったことと、ええ、特にこう思うところはございません、本当ですよ」

 と、言っている。     

笑おうと努めて、笑えてない。

 討ち入りみたいな人数が来てしまったので文句も言えまい。

 治癒ちゃん家より、結納の品がずいっと並べられ、目録が読み上げられる。

「お確かめください」

 家内喜多留がお金ではなく、樽酒だったね。

 日本酒と、ビールサーバーのレンタルの奴。

 兄の時はお金だったけれど。

 この人数だから、飲めるだろう。

 運転手が飲まないように目を光らせなくては。

 運転手と未成年にはウーロン茶、他にはビールがまず配られて。


 乾杯。


 その後、ドンが、手をパンパンっと叩くと、後ろから尾行してきていた護衛さん達が入ってきた。

 黒服。スーツだが、明らかに、その筋の。筋肉の付き方が、明らかに暴力の専門家。

「結納の返礼の一部として、小樽、そして餅を集落全戸に配らせていただきましょう」

 うおっ、アドリブっていうか、こちらに相談なく何すんの。

 集落全部にやらなきゃいけなかったの?

 と、視線で祖父たちに助けを求めると。

「ああ、戸数少ないからな」

「やれるなら、やっちゃうかな。市内にはやらないが、町内なら、わしの知り合いも配ってた」

内心動揺気味の私に対して、勇君さすがである。

「おじいさま、僕のためにありがとうございます」

 はにかむように、まるで本当の身内の血縁者に甘えるように、返礼した。

 でも、それ、その腕の動き。

 騎士の礼だからね。あっちも動揺してたらしい。

「なに、年齢的にわたしが婚姻の面倒を見られるのは、おまえが最後となるだろう」

「そんな」

「仲人も趣味でな。記念すべき50組目。しかも曾孫のおまえだ。金に糸目はつけんよ。はっはーっ」


 というわけで、ドンの無双が続いた。


「おまえの正式な婚姻まで、私の目を黒くしておこう」

 私の目が黒いうちは、という言葉はあるが意志力で黒さ(命)保つ気だ。

 結婚までにトラブルあれば、ドンが出てくるよ、と言外に言う。

 治癒ちゃんの父と長の顔が真っ青だよ。

 治癒ちゃん、ごめんね。

 結納品、あれ本当に一般的な普通の結納の品で、恥ずかしく無いんだけれども。

 金持ち甘くみてたよ。あと、ヤー様の、マウントのえげつなさを。

 そして黒服さん達は

「婿入りのための結納の、お返しの一部です。どうぞ、近隣の皆様、婿になる彼をよろしくお願いします」

 と、言って、各家に樽と紅白餅を配っていった。

 あとで余ったのを貰った。

 家で食べたが、大変美味しい餅だった。思ってたよりでかいので、彼女っぴと通いのお手伝いさんでわけた(お手伝いさんはこちらで出されたものの飲食を禁止されているので、目の前で開封して切り出して、お持たせした)。白だけで大人四人分以上あった。赤は冷蔵庫に入れて後日食べる。

 紅白餅って、こんなサイズだっけ?



 儀式は、心情的には滞りありまくったというか、しこりはあったが、表面上は滞りなく進み、主役である勇君と治癒ちゃんが上座に二人並んで座り、食事になった。

 誰しもが未来の夫婦になる二人がぴたりとよく似合う、神が一組にと誂えたもの、に見えただろう。

 中学生で、本日初顔合わせだと周りが思っているけれども、3年半の間ほぼ「おはよう」から「おやすみ」まで、時に夜襲昼襲の途切れが無く何昼夜も睡眠不足でおかしくなりながら共に戦場にいたのだから。

 しっくりと『合う』のは当たり前だ。

 これ以上のカップル、そうそう見つけられるものか。


 あとはもう、食べて帰るだけだよ。

 さすがに形式張った儀式を進めさせたら、年寄り連中、強い。

 たぶん、嫁入り結納の知識は集落独自のって作法とかあるかもしれないけれど、婿入りはこの40年なかったという話は事前仕入れしている。

 在る程度こちらで進めて構わないんだろうけれども、次にここで婿取りすると、ハードル上がったのではなかろうか。

 今後、15年ぐらい、婿入りなぞなく、すごかったけれど詳細よくわからないぐらいにぼやけていて欲しい。

 ドンを引っ張り出してしまった私は時間が証拠隠滅してくれることを願ってやまない。

 またドンが演技力がよく、

「おまえそれ嫌いだろうに、交換してやろう」

 と、実際、勇君は、火の通った烏賊は食べられるけれど生烏賊苦手なので(車の中で聞いてたな)、箸を使う前(気遣いっ)にささっと、寿司の烏賊と鮪を取り替えていた。

「おまえの慶事だから、嫌いなものを我慢して食べて、嫌な気持ちになることはないよ。今日は今までで一等の幸せな日でありなさい」

 と、まさしく祖父とか曾祖父っぽいことやっている。

 誰が疑うだろう。

 本物なんじゃ、と私すら思う。

 その後、見張っていたらドンがするんっと長・副長に酒を注ぎにゆき、するんのらりんっと、札束入っている封筒を襟に入れやがった。

「なにとぞ、曾孫をよろしくおねがいします」

 あの男、この縁もゆかりもないはずの勇君の結納に、いくらかける気だ。

 私がはらはらしていると、祖母が囁く。

「怒られて金額減らしたけれど、今だってホームに来た落語家さんに、ご祝儀で一人に20万ぐらい平気で包んじゃうもの。あのくらい痛くないわね」

 誰があのじいさんに怒れるのか。そっちもすごいな。

「怒られる前は」

「前座に、70万。『とり』には100万」

 その言い方なら、噺家、最低3人呼ぶだろう。

二時間に満たない娯楽に、250万ぐらい平気で出せる、人種か。ここでも、趣味の仲人のための出費としてこんな感じか。

 あ、駄目だ。

 ドンへの返礼で、自宅に余ってる(父母の)洋酒を流すことにしてたけれど、足りない。

 この場合、お金では返せない。

 仲間から、物品徴収しよう。

 珊瑚と翡翠、けっこうこちらでお値打ちなの、持ってきていたはず。金を添えて。酒添えて。

 ホームの人たちには後日、ひいきの洋菓子店から、日持ちする菓子を贈らせてもらう予定。出向きがてら、祖父母たちには甘えに行く。兄カップルには、身内なので今回は『お礼』だけですませる。結婚式の前々日に、魔法で少し助力するつもりはあるんで後で借りは返す。


 ん?

 ちょっと目を離したら、なぜ、曾孫の若いカップルにドンがトラクターを買ってあげる話になっているんだ。

 治癒パパが「あ、いえ、七千㎏ぐらいしか取れない畑なので、採算が取れません」とひたすら恐縮している。

 米の収穫は百二十俵ぐらいで、集落に分けるのと自分たちが食べるのでほぼなくなるそうな。だから、今時、集落の人に手伝って貰いながら手で田植えして、稲刈りしてたとかで、

「私たちの代には人も減るし高齢化してるんだから、このやり方無理なのよ」

 と、叫んでたな。暇な戦争中(勇君の結界で守られてるから、戦時でも暇なときあるのだ。寝ては居られないので、お喋りして意識たもつ)。



 酒と餅を配りに行った部下の黒服の人たちが戻り、多めに取っておいた寿司を、治癒ママが勧めにいったが、彼らは断った。

 護衛は仕事中、同じ食事はしない。毒が入っていたら、ドンを守れなくなってしまう。

 まあ、勧めた、ことが大事。



 ドンが笑いながら、カタログを見せて。

「田植えと稲刈りと、除雪もできて、これはお得だぞ」

 と、指さしている。

 なんか、高そうだな。

 治癒ちゃんが私に救いを求めている。


「も ら っ ち ゃ え」

 音に出さず、口を動かす。

 唇の動きを治癒ちゃんは正しく読みとり、覚悟を決めたようである。


 換金用にもってきた『金』と『プラチナ』で、ドンになら支払いできるから。手数料かからないことを考えると、取引相手として最適だろう。

 ざっくり、金は㌘千円以上といったけれど、帰宅して新聞見たら、一万円超えてたね。

 あれだ、異世界だと金も価格そんなに高くなかったのだ。あと、プラチナの方がこちらの世界では価格下がってた。希少なのに解せない。とはいえ、プラチナも㌘五千円以上。悪くはない。

 治癒・勇カップルが金100㌘の塊を二つずつ、私と剣君が祝儀がてらに一つずつ出し合えば。6塊で、900万円超え(この時ゴールドは㌘15000円以上)のお返しになるから、もうそれでいいんじゃないかな。たぶん、ドンにざっくり換算一千万以上、かけられてしまったから。目上からのご祝儀に全返しは可愛くないので、8割ぐらい返せれば。

 プラチナは、結婚指輪作るときに工房にでも持ち込んで使用すればいいと思うよ。今は金より安くなったけれど、希少なのは変わらないから、20年も寝かせば上がるだろう。

 そんで、換金しやすい貴金属、プラス治癒ちゃんのラピスラズリと珊瑚のよさげなやつ添えて、私がブランデーつける(ブランデーはソーダ割りにして熱い日は飲む、とか雑談した時に聞いたから無難)。

 もうそうしよう。

 ああ、解決。

 もう寿司を美味しく食べるとしよう。

 今回の結納、心臓に悪いな、本当に。

 食べ終わって、私も集落の関係者に酒を注ぎに回ろうかと思ったら、ばあちゃん達に『座ってなさい』とハモり命じられ、彼女らは接待にいってしまった。

 とまあいうわけで、剣君と久々にゆっくりとお話できたわけで。

「俺、どうすれば? 俺も酒注ぎにいったほうがいい?」

「未成年にお酌やらせるのは見栄え悪い、とホームの人たちが判断したっぽいから、座ってて。あと、うちが過剰人数なんで、あちら様陣営が潰れてしまう」

 見るまでもなく押し負けてる、治癒陣営。

 祝い酒を断れない。古い習慣が残れば残るほどに、ね。矜持が許さない。

 ということで。


 潰しましたねっ。



「結納って、こんなのなの」

 と、剣君が問う。

「んなわけあるか」

 と、剣君パパが私より先に答えた。

「すいません。こんな有様におつきあい願いまして」

「うち、必要なくない?」

 剣君ママ。

「要ります。ご老体が多いので、様子見には私や剣君がこちらに来ますが、未成年なのでお車を出して頂かないと」

 高校三年間、月1で様子見にくる予定だ。集落がどこまで排他的で非常識かわからない以上、『部外者が見てます』は必要。

 うちの祖父二人、兄、そして剣君家で、交代で車出して貰う予定なので、四ヶ月に一度やってもらいたい。高校卒業まで、それぞれが計9回。これくらいならものすごい負担ではないだろう。

 で、そのためのドンが信頼する、遠縁の者な説明と顔合わせだったのだ。

 本当にちゃんと親戚が気にしている、というポーズが必要。

「剣ママ。こちらにくるたびに、お米やお野菜貰えると思います。農家なので」

 一度、治癒ちゃんの豊饒の力に満ちた野菜や穀物を口にすれば、もはや逃れられまい。

「それはありがたいけれど」

「どうぞ若い二人を見守ってください」

「あなた何歳なの・・・」

「相変わらずの根回し職人」

 と、剣君がぼそっと呟いた。

「円滑な組織運営の基本です」

 黙らせるためにぱちっと剣君の太股を叩き、私は婉然と笑った。

「剣君とは、健全なおつきあいをさせて頂いております。受験生のため、告白は保留にしておりますが、学生の身には、千葉と埼玉、少し遠距離となります。私たちの交際も温かく見守って頂きたい、と切に願っております」

「それもう、オーケーという返事なの?」

 剣君が首をかしげる。

「志望校に入れなかったら、ご両親に申し訳ないから、お付き合いはなかったことに」

「そこは変わらないんだ」

「将来かかっちゃうからね」

「ご立派なお嬢さんじゃないか」

 と、剣パパは褒めてくれて。

 剣ママは

「彼女と嫁姑するの、怖い気が・・・」

 と、臆していた。

 改めて、祖父母たちと兄と兄の婚約者を紹介した。

 剣ママが、

「中学生の恋愛って、ここまで家族紹介しあったりするんだっけ。うちもおばあちゃん連れてくるべきだった?(ご実家は兵庫県でちと遠い)」

 と、困惑していた。

 一気に全部済ませたかったんだよっ。


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