★治癒師
田舎というか古い集落。村ですらないような。歯が抜けるように人が去っていき、逃げられない人間だけ、残る。
家長制度が色濃く残るけれども、それは密室な家庭の中で序列が守られるからであって、少数になると謀反人が一人出るだけでひっくり返る。
結婚したい人が出来た、って言ったらいきなり殴ってきた。
「ふざけんな、『西の畑持ちの次男(名前いってる)』貰う約束してるんだ、俺の顔つぶしやがって」
その人、三〇過ぎてるじゃない。父さんと5歳も変わらない男を息子にすることに、なんの疑問もわかないんだろうか。
頬がじんじんして、私も引くに引けなくなってしまった。
右のアッパーがきれいに決まり、父の顎を一撃で砕き、後ろに倒れるのを追って、両手両足の甲を踏み砕く。裸足でもやれるものだね。
腕輪から万能ハサミを取り出して、そのまま口を殴って前歯をたたき割り、隙間から舌を引き出して切り落とす。頭から背中までの皮と肉を熊手みたいな器具で抉り剥ぐ。
不快な悲鳴が漏れるけれど、隣家も離れているし、道具で結界も張ったからどこにも届かない。
癒し魔法道具で、全部快癒させて。
また同じことをした。
心は完全に砕かないと、自分だけでなく仲間も危険にさらすから。私が殺されるだけならともかく、勇君を婿にするから、彼までも。
仕方ないのよ、親だから、日本だから、殺すわけにいかないから、私もしたくてしているわけじゃない。
殺しちゃった方が、簡単で安全なんだから。この手間暇が情なのかもね。
補助ちゃん達にばれないよう、一人の時に、『相手を殺さないような拷問器具』を入手しておいて、よかった。
それはそれとして、私のストレスきついから、はやく壊れて欲しい。
いきなり殴ってきたら、私も攻撃しないといけなくなるじゃない。なんでワンサイドゲームで、殴れると思ったんだろう。
母は、傍観しているだけだったから、針を出して、爪の間にすっと刺すだけで終わらせた。軽い暴力で、この人は言うことを聞くから。
一晩で、三度半殺しにして、ようやく勇君を養子縁組する書類にサインしてくれた。
ああ、ほっとした。
そんなところで、神が交信してきた。
この世界の神。
「豊饒を祈って欲しいのだ。報酬は正義感溢れる弁護士がマスコミを使って、勇者の家族を断罪し、勇者のこちらへの養子縁組をスムーズにする」
悪くない取引。
「急ぎますか?」
「早いほうがいい。が、君がこちらの生活が落ち着いたら、と思っていた」
「今、家を掌握したので、落ち着きました。万全な豊饒の儀を施すために、二時間ほど睡眠を取るのと、着替えますから三時間後に、連れて行ってください」
「思っていたより早くてありがたい。が、大丈夫なのか」
「回復指輪つけて寝ますから」
治癒師とざっくり言われているが、どちらかというと呪詛の解除。
と、なぜか豊饒の魔法がある。
魔王が生まれ、濃厚な死の呪いから魔王軍が発生し、彼らは土地を汚染する。
汚染を解除せねば、土地は癒えない。
この呪詛の解除が、『生命力付与』的な力であり、呪いより多く土地に染みこむと豊饒をもたらす、のだろうなーと補助ちゃんと語り合った。
勇君剣君は
「とりあえずできるんだから、いいじゃん」
で済ませてしまう。
理屈というか、からくりというか、それが知りたいのですよ、私たちは。
連れてこられたのは。
地球ではないところ。
地面が、土がなくなっている。元から『ない』のかも。
呪詛が濃く残っている。
ここにも、魔王が来たのだな。
知っている神が降り立った。
透き通る、緑の色の髪の。
いや、全体が透けている。
「人間は、魔王が来たときに肉壁、みたいなものですね」
「もっとわかりやくいうと、デコイ(囮)か。人のいる星に出現するから、助かる」
異世界から帰るときに彼は言っていた。
人類の末期が近い、と。
速まりすぎるから、食い止められる者を支援している、とも。
「次の人の住む地ですか、ここが」
「前の人類が住んだ星だ。死に、飲まれた」
緑と茶色の衣装に、水色の飾り帯を身につけて。
前の人類が滅んだ惑星で、私は歌い踊り、魔力を捧げた。
あちらの世界で、北海道ぐらいの面積に豊饒を祈ると、魔力は8%ぐらい持っていかれた。
最終決戦の前々日に、私が死んだら、大規模範囲に祈れる者がいなくなってしまうので、世界全体に対して祈り踊り歌ったときには、総魔力の七〇%ぐらい消費した。
あとは、個々の巫女達が、やるだろう。
手を突いた地面、半径二メートルぐらいを豊饒できる者たちがいるのだ。一日、せいぜい4・5回しかできないが、こつこつやっていけば、あちらの世界は大丈夫。
今回、八割以上の魔力を消費した。
空に漂う死の気は去り、大地に土が生まれた。まだ、匂いがないけれども、最初の植物たる神花が芽吹き、土を守るだろう。
歌いながら、理解した。
囮として置いた人類でも、神々も情はわくのだ。
囮なら、その役目をまっとうして、五〇年の歳月、魔王を縫い止めてくれればいいのだから。
いつからか、それが見ていられなくて、救済のシステムが生まれ。
私たちはその、神々からしたら同情やら愛情やらという、不確かでやわらかな愛で、互助される。
「私たちが滅んだ後、この地の者がデコイとして、ないし救済への互助派遣者としていくのですね」
「そうなる」
滅亡は近いのかも。
「どれぐらいでここの人類は発生できますか?」
「どれぐらい? すぐにでも」
「すぐ、を人間時間で知りたいのですが」
「うむ、豊饒の魔法と私の加護により、三千年後に原人ができる、というのは楽観過ぎるか。五千年後ぐらいには生まれもしよう。土器などの道具を作れるような原始的な人類は一万五千年以内にはできるだろう。どうだ、早かろう」
ああ、神の時間って、そういう。
すぐ、とはそういう。
天文学者並の時間感覚ですね。
「安心しました」
次のデコイが育つまでは、私が所属する人類はなんやかやと神の助力があるのだろう。
予定よりずっと早く、勇君がうちに来た。
こちらの学校に転入して、県立高校のそれなりに落ち着いたところを受験する。
ちっぽけな、だが大切な私の日常。