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兄と私

 自宅に帰る。

 ものすごく、長く離れていた気がする。というか離れていた。

 駅から5分もかからない、マンション。

 コンビニと喫茶店が一階に併設、スタッフがいるロビーがあり、そこにあるラウンジでは、コーヒーが頼める。

 まるで、ホテルだな。ずっと住んでいるから、気が付かなかったけれど。

 スタッフがエレベーターのボタンを押してくれ、私かロビーのスタッフとエレベータースタッフに会釈するとエレベーターの扉の前に立った。

 スタッフは、私が乗り込み扉が閉まるまで、見守っている。

 12階から24階まであるボタンの、18階を押し、その横の穴に鍵を差し込んで捻る。

 12階から上の階は、ワンフロアが個人宅になる。だから、鍵がないと、停まることもなく、ドアも開かない。例外はフロントが新聞や手紙を届けに、毎朝来ることだが、扉は開かず、ドアについた猫窓みたいなのから、ポストに新聞や手紙類をねじ込むだけで、立ち入れはしない。

 小学校上がるまで、これが特別とは思わなかったな。

 ドアが開いて、広めのエントランスがある。

 自転車・バイク・ヘビーカー置いたり、濡れた傘広げたりする用、というふれこみだった。夏は兄と祖父母とで、ここで花火したね。焦げたあと残ってる。最初にしたとき、スタッフ長さんから、やるならスタッフ付けて、と後でクレーム来たので、以降、年に二度、スタッフ見守り(バトラーサービスの一環)で、床に防炎布敷いて(スタッフが敷いてくれる)やってる。あれだ。火災報知器とか作動したらしい。

 一応、外扱いの領域と、三つのドア。

 中は繋がっている。薄い板で区切られて、ドアがあったけれど、もう区切りのドアが解放されたまま。

 元々、両親が祖父母も一緒に暮らす前提で買ったから、出入り口が分けてあるし、別棟にしてあるんだけれども、当の祖父母達が拒否ったので、今は兄と私しか暮らしていない。

 なんで、と思ったけれども、今ならわかる。

 祖父母たちからしたら、子供の義家族だけれども、他人と暮らすとかご免である。うん。先に確認してから、家を買え。

 とまあ、金はあるけれども、そういう親だった。サイコパスって、家族関係は破綻気味だけれど、経営とかでは成功者になりやすいのよねぇ。

 どのドアでも、このエレベーターと併用の鍵で開くけれども、私の部屋は右側が近いので、右ドアから入る。

 どうでもいいかもしれないが、8階までは10世帯、9~11階までは6世帯分譲している。管理費、きっと馬鹿高いけど、このセキュリティーでは仕方ない。

 11階までの住人の使うエレベーターは別。 立地的には、駅中にフィットネスクラブもあるし、ゴルフの打ちっ放しも近いし、スーパー二軒もあるので、いいところだとおもう。

 人口もそこそこいるので、幼稚園、小学校、中学校が徒歩15分圏内にある。私は幼・小・中一貫制私立だったから、お迎えバス来るけれど。

 高校からは自分で決めなさいって。

 付属高校もあるけれどもねぇ。

 友好関係が、狭くなり過ぎちゃうから。

 だって、ずっと同じ面子だったからねぇ。




 中に入って、いつも通りにほぼ無意識に鍵をかけ、かけ終わってから、三年半経っても手が忘れてないのね、と感動した。

 革長靴を腕輪に収納し、あの日はいっていったスニーカーを玄関に置く。

 何曜日で、何日だったけ、と何度目かスマホで日時曜日を確認する。

 お手伝いさんが来ていた日だったけれども、時間的には帰っているね。

 夕方というか夜か、もう七時に近い。

 けっこう遠いな、山梨山中。日帰りは無理だ。兄にはいわんで置くべき。と思いながら、土産はなんか買ってしまったよ。

 桔梗信玄餅ね。いや、近場のスーパーでも、頻繁に売ってるけれども。現地行ったからさっ。

 自分の部屋にリュックを置いて、土産は出して、腕輪に収納。

 空間魔法がなくなったからその穴埋めなのか、私の腕輪収納、四畳半に、高さ一八〇センチぐらいあるわ。昔の、体育館レベルに比べれば、小さいけど、普通の人には十分な物置。他の人たちの5倍ぐらいか。




 ご笑納ください


 と、メインリビングに出てきた兄に差し出したる信玄餅。


「山梨の友達が東京に出てきたとか、こっちにきたとかあったのか」

「そんなところ」

「ありがとう、美味しくいただきます」

 身内でも、贈答の定型がなされる。

「あと、プルーン」

「おお、季節物感だな。あれ、山梨なんだっけ」

「産地は長野って書いてある」

 でも、売ってたんだよねー。試し食いしたら、美味しかったので。

「彼女っぴ、妹がお土産くれたから、一緒に食べよう」

 油断したっ。

 くそっ。

 我が兄ながら、クール系のこの顔と行儀の良さなのに、呪いのせいで、彼女さんの名前が、よりにもよって『彼女っぴ』変換されるとは。

「うん、彼っぴ。妹ちゃんもありがと。お湯もうすぐ沸くから、お茶もっていくね」

 こっちもかっ。

 兄と彼女さんは高校卒業のときに告白し合って付き合い、二年前目超ぐらいか。昨年から、身内にも紹介され、もはや婚約者的に認知されているが。あ、記憶が曖昧になったけれど、そういや、結納済ませたから、完全に婚約者だ。

 居たのか。

 台所に居たのだろうけれど。たぶん、お茶の葉の土産持ってきたんだろうね。そうすると、温度とか重要だから、湯が沸くのじっと見てるのですよ、この人。誰にもこの仕事は譲りませぬ。

 ああ本当に、育ちの良い、ちゃんとしたお嬢さんだったよ、彼女さん。

 のろいめっ。

 なぜ、その単語を選択した。ほかの代名詞あっただろうっ。

 神様。

 このでかい弊害になんで気が付かなかったの。わかってくれないのっ。


 と、心の奥で罵り倒して、精神が疲れた。


 彼女ッぴの入れてくれたお茶は、城で、特別な来賓に出すお茶入れる上級メイド並。

 香りを楽しみ、ゆっくり飲む。

 茶葉、お高そうだな。

「わあ、信玄餅、おいし。お相伴させてくれてありがとう。プルーンも食べどき逃すと、来年まで食べられないものね」

 菓子と果物が明らかに茶のレベルに釣り合ってない。

「そっか。でも、だから、いつもと違う匂いしてるんだな。遠くから来た子たちと会ってたのか」

 首をかしげかしげ、理解しやすい方に理解したことにした兄。

 家に帰って、露骨に異物感があるんだろうね、私は。そして兄は、男にしては勘が良い。

 いつも使っていたシャンプーの匂いも、ソープの香りも、服に付いた柔軟剤、洗剤の香りも、すでにないか、とんでいる。

 日常にはまったことで、変な感じがより際立つだろう。

 この土産でごまかせたのなら、それなら結果オーライか。

 二・三日で馴染むだろう。もともと、ここの人間なのだし。



 彼女っぴさんは節度を守り、八時ぐらいには帰宅した。

 兄が車で送っていった。家族紹介済(今年のゴールデンウイークに結納した)なので、お相手の親御さんからの信頼も厚いため、門限はあってなしのごとしたが、それに甘えないようにしている、とかなんとか。

 私は自分の風呂(予定が壊れたが、三世帯で暮らす予定だったので、風呂は三つ、キッチンは三つ、玄関も三つあるんだよ)に入った。

 久しぶりに、自分の匂いに戻った。

 使い慣れたシャンプー、ボディソープ、入浴剤。決まった銘柄の洗剤で洗われたパジャマ。

 匂いは、兄が言うまで意識しなかったけれども。

 疲れ切って、寝ちゃいたいから、とりあえず、体力回復指輪を装着して二時間、爆睡した。

 起きると、兄も帰っていて、遠出したからもう寝るね、と伝えて、また部屋に籠もった。

 体力も気力も回復したので、集中力アップの指輪をつけ、まず英語の教科書を中一から広げ、ひたすら読んだ。

 デメリットが大きいとはいえ、自動翻訳機能は素晴らしい。読めて、書けるから試験はこれでいいだろう。

 英語が問題ない、と安心できたのは、十二時過ぎだった。中学三年生の教科書、最後まで確認し終えた。

 再度、指輪を集中から体力回復に付け替えて、一時間眠り、感覚をリセットして、集中力の指輪を装着。

 国語もまた、中一年から中3までを読破して、言語系はやはり問題なし、と確認できた。

 これは大きい。

「理科系、数学、社会歴史に専念すればよし、と」

 指輪を全部外し、ほっとしながら、カンテラみたいな道具で簡易結界を張って、眠った。

(中の水晶柱で結界張れるけれど、持ち帰るときに、保護外装つけてもらった。割れたらもう使えないから)

 体力回復指輪を常につけてると、ある日どどっと疲れが出たりするから、慢性的に使うのは駄目なんだよ。集中力アップの指輪も連続使用は不可。集中力の方は、狂う、ことがある。わりと危険。



 予定時間に起きて、兄が作ってくれた朝食を食べた。

 受験が終わったら、食事当番交互にしようとは言われた。

 そもそもが、小学生は火を使うのが駄目で、下拵えとか包丁使うのも、大人か兄が見ているところで、と兄と祖父母達から言明されていたし。

 お湯を沸かすのも?

 それは電気ポットあるから、火は使わないからオッケー。

 で、中学上がって、朝食だけは交互にやるようになったのだけれど、三年生になって、

「受験に専念してほしい」

 と、当番が取り上げられて、今ここ。

 兄は受験でも私の朝食作っていたのにな。

 祖父母たちは私が七歳、小学校に上がると、ここに近い老人ホームに入ってしまった。同じホーム。

 週に一回、別々に泊まりに来て面倒見てくれている。

 私の心配、のためにホームに入ったのではなく、兄の為なんだろうなと、今は思う。

 兄は、外からは絶対にわからないだろうけれど、ほとんどヤングケアラーだ。

 妹の私の世話の他に、何かあって動けなくなった自分たちの世話がかぶさってしまったら、と考えた祖父母達は、一緒に暮らすことをよしとしなかったし、何かが起きたときのために、ホームに入ったのだろう。

「あ、今日は病院のばあちゃんに会いに行ってくる」

「車出すか?」

「ありがとう。帰りは自力で帰るから」

「タクシー手配しておく」

「うん」

 流しのタクシー拾うことはほとんどなく、専用にしているタクシー会社があるので呼ぶ。

 私も呼べるんだけれどもね。待てなくて、知らぬタクシーに乗ったことがあって、怒られたよ。

 治安の良い日本で、めったに起きる話じゃなくても、そのめったに、家族が巻き込まれるわけにはいかないのだと。

 その運転手に借金があり、それこそ億単位の金を身代金として払える親の、中学生の娘を拾ったことを誰にもばれていないとうっかり知ったときに、その運転手は誘惑に勝てるだろうか、と。

 そして。

 加害者はむろん悪いが、される必要もなかったのに、その要因を作ったのは、私であり。

 このタイミングがなければ、こつこつ借金を返していたはずの男を殺人犯や重犯罪者にしたのは、やはり軽率な私の判断だと言うこと。

 誰一人、幸せにならないシナリオを、『ついうっかり、軽率に』始めようとするじゃない、と。

 専用に使っている会社なら、私がその車に乗ったことを、予約を確認する人も、手配を回した人も知っているから、『知られている』というそれだけで抑止力になるのだから。




 そんなわけで、階段で転んで骨折して、ホームの病棟に入っている祖母に会いに来た。他の祖父母は週一で会えるから、帰還後はやはり顔を見ておきたい。それに、土産も渡したい。

 狭いけど、個室。部屋内にバストイレ付き。

 金取っているからね、ここのホームも。

「おばあちゃん」

 めっきり年取った。

 することがないと、嫌な記憶でもぐるぐる回るんだろうな。

 祖母の祖母がくれた、あの高価な帯。

 世界大戦すらくぐり抜けたのに、隣家の出火のもらい火で、ロストしてしまってから、祖母はめっきり、気力を失っていた。

 私に、渡すこと、伝えることができなくなって、落ち込んだのだ。

 絹のハンカチを取り出して、その手に握らせた。

「貰ったの。おばあちゃんに、いいかなって持ってきた。ほら、触ってみて」

 弱々しくなった声で、

「ああ、これは良い絹だねぇ」

 と、しばらく親指の腹でハンカチの表面を撫でていた。

 しばらく待ってみたけれど、様子が変わらないので、それのすごさわかんないかな、とがっかりした。

 不意に、おばあちゃんの目がぐわんっと開いて、身をがばっと起こした。

「ひゃっ」

 驚いた。そんな元気あったんだ。

「ちょっと、孫や、そこのっ、そこの眼鏡っ、とっとくれ」

「はあい?」

 眼鏡、めがねっと。

 ケースに入っていた、鼈甲枠の老眼鏡を取り出して渡すと、ハンカチに顔を近づけて、見た。けど、老眼なので、近いと見えないらしい。少し顔を離した。

「これ、どうしたんだい。あの、絹織物、に近い。感触が。糸、が今時のと違う。全然、細さがちがう」

「たまたま、手に入ったの。おばあちゃんなら、その絹のハンカチの価値がわかるかと思って。そういう人に、持って欲しいって。それ、いつか、私に遺してね。そしたら、私も次に伝えるから」

 ばあちゃんがぐっと泣くのを堪えるように、ハンカチを握って顔をくしゃくしゃにした。

 まあ、いっぱい、レースとかハンカチとかスカーフとか貰ってきたけれどもね。

 しばらく、服飾と絹の話で盛り上がった。おばあちゃん、ものすごく気力が満ちたみたい。二時間ぐらいして、看護士さんから羊羹とお茶を出してもらった。当たり前と思っていたけれど、剣君たちが、「面会客に茶と菓子出す病院なんて俺しらねえぞ」と言っていたので、高額患者さんへの待遇なのか、ホーム待遇なんだろうな。

 私はたぶん、彼らに会うまで、一般常識に疎かった。

 食べ終わると、『帰るね』と病室を出た。

 タクシーの予約時間まで、十五分ある。

 ロビーで待つとしよう。

 そこで、貫禄のあるご老人とかちあった。定期検診に来ていたらしい。

 ホームのドン、である。

 付き人待ち(たぶん、今、精算とかしている)で、やはりロビーにでんと座っていたのを、珍しいのが来たと寄ってきた。

 祖父母全員いるホームなので、私も十数回は来ている。そのときに紹介されている。

 名前。名前どうする。

「お久しぶりです、ドン」

 あ、そっちやはり選んだか、自動翻訳め。

 と、意識を奪われたら、右手を握り左肩あたりに当て腰を折る、あちらの騎士の礼をしていた。

 毎朝、毎夕、日に四・五度やっているからね。意識しないと、出るんだよ。

 そのことに何も言わず、

「子供達というは、ちょっと見ないとすぐに大きくなってしまうのだねえ」

 と、目を細めて、矍鑠として笑ってくれた。




 おばあちゃんは気力を取り戻して、退院して、また私のところに週一で泊まりに来ている。歩くのに、杖が必要になった。

 うちのマンションは祖父母が行動する範囲に、手すりをつけたり、段差を埋める工事をした。二日ぐらいで、なんとか改修した。

私「三百万円か。かかるねぇ」

兄「段差があるのと、キッチンの棚が危ない(踏み台載るのが危ない)から、別に棚増やしたのもあるから。使いやすくはなってるよ。父さんが払っておくって」


 それから、夏休み半ばに

 治癒ちゃんより葉書がきて。


 事実上の家督奪取完了しました

 安心して遊びに来てね


 とあった。

 あ、暴力で実権握ったな、とわかった。

 拷問道具持っていったものね。おっと、私は知らないことになっていた。


さらにしばらくして、勇君の実家は、搾取子の三男への虐待で、ニュースになっていて、社会的に殺された勇君家族の冥福を祈った。

 そして夏休み終わり頃に、勇君は治癒ちゃんの家に養子縁組されることになり、そちらの中学に通い、進学することになったと、メールが届いた。

 スマホは持ってないけれど、パソコンでメールのやりとりは出来るようになったと、追記されていた。


 シルバーウイークにでも、剣君連れて様子を見に行くか。

 と、悠長に思っていたら、勇君を家までお届けする役目を治癒ちゃんから仰せつかった。

 説明を受けて、古い土地って面倒くさいと、内心思いながら、祖父母二組と兄と彼女っぴも巻き込んで、剣君も親御さんを巻き込んで勇君婿入り大企画を実行することになる。


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