そして私たちは帰還した、ってここどこ?
来たときに着用していた、運動靴にパーカーを着て、ちぐはぐながら、重量軽減がかかっていても、ものすごく重たい登山リュックを背負って、魔法陣に立った。
7人の王達に見送られる。
来たときは2人、亡くなったので、その息子と、年の離れた弟が王位に就いてここにいる。
召還者を全員無事に帰還させられれば、捧げた寿命の半分が戻るという。
先の二人は、自分より賢く政の上手い息子や弟の長い治世を渡せれば、いいと思っていたようだ。
悪い王様が、横暴な為政者が、とりあえず私たちの前には居なかったから。
だから、まあ。
魔王を倒せてよかったなぁと思う。
3年半戦った今となっての感想だけれども、あれ、魔王ではなくて、滅びとか死滅の神、みたいだった。魔王軍が歩いた後は、雑草すら枯れて、治癒ちゃんのような治癒師が豊饒を祈って魔力を注がないと、永遠に不毛の地になる、という。傷が塞がらないというのと同様に、生きとし生けるものすべて、削り取っていこうとしていた。
あれは、生命すべてにとっての敵。
魔法陣が光り出す。
王達はすべて、私たちに深く頭を下げて、
下げたまま。
私たちが転移していくまでずっと、最敬礼をし続けた。
で、亜空間、とか呼ばれる異世界間宙域に来た。
男と女がいる。
髪の色が男は透き通るような緑で、女は蛍光的なオレンジ。まず、生物が持つ色合いじゃない。いるなら深海、かな。
ああ、神か、と察せようものだ。でなきゃ、悪魔か。
男の神は、本能的に「あ、うちの神だ」と察せた。女神の方は、あちらの世界担当だろう。
行きは出なかったのに、帰りは出るのか、なんか変なの、と心の奥の奥で思った。不敬になりそうなので、思ったことを他の雑念でさくさく潰しながら。
「いきなり放り込んでしまってすまなかった」
「実は、あなた達で二組目なの。一組目が、ここで私たちが説明したら『嫌だ』っていって拒否してしまったから、連れて行けなくて。だから、すでにあちらの王達、6年削った状態(一組目が帰還したから、寿命半分戻ったけど、失敗しても削られるのか・・・シビアだな)で、さらに12年使って、あなた達を呼び出していて、さすがにもう、これ以上無理させられないから、問答無用で放り込んでしまったの、ごめんなさい」
あ、そういうこと。
一組目、酷い、とかは思わない。
賢いよ。
うん。
私たちは情に流された、のだ。そう、ただの愚か者である。生きているから英雄だけれども。
でも、あのせっぱ詰まった王達の状況を目の当たりにしなければ、私たちも帰っただろう。
二人の老王を無駄死にさせて。
絶望させて。
救いが来ない慟哭を、無音で響かせ、神へ嘆き恨みを募らせたかもしれない。
ぞわっと寒気が走った。
いや、きっとそんなことも知らずに、無邪気に兄に言ったかもしれない。
『異世界召喚されかけちゃって、断ってきちゃった(笑)』
とでも。
神達のやり方はまあ、褒められないけれども。
仕方なしかとも思う。
「ま、とりあえず座りたまえ」
と、、椅子と卓が出てきて、椅子の横に重たかったリュックを置いて、着席した。
一口大のカットされた果物三切れと、お茶。
「ざっくり、だが、それを食べれば3年半若返る。ゆっくり食べると良い。そして、効果が出るのが、一時間弱なんだ」
あ、誤差はそういうことか。
お茶はローズヒップティーに近い酸っぱさ。香りは桃みたいに甘いから、ギャップがある。
白いカットされた果物は、やっぱり桃っぽい。硬めの。でも、食べればとろっと甘い。胃に落ちると力が溶けて染みいる。
「本当は最初に説明するはずだったのだけれども。終わった今となっては、聞いても仕方ない、と思うのなら、語らずにおくけれど」
と、女神。若返りするまで暇なので、質問タイムを設けてくれたらしい。
仙桃みたいなものを、ゆっくりもぐもぐして飲み込んで。
治癒ちゃんと目を合わせ、頷く。
彼女が先に質問する。
「聞きたいことはあります。なんで召還することになったのか。召還するのが魔法がない私たちの世界だったのか。あの魔王は何だったのか」
さすが生死を共にし三年半過ごした仲間。私が聞きたいこと、すべて網羅している。ありがたい。呪いのことが入っていないが、じゃ言語自動翻訳解除しよう、と言われて解除されたら、神とも語れなくなるかもしれないから、最後ね。
とはいえ、勇者君と剣士君には、こういう一体感は望んでない。思考が違うから。
女神の話がたとえがわかりにくいので(神世の人であるから)、聞いたのを要約する。
召還について。
女神の世界の人間には、恩寵として魔法を授けたが、一個人が大虐殺とかできないように、火縄銃のような出力、連弾性(つまり、一度ずつ、そして威力もそうはないものしか撃てない)の制御をした。
あちらの魔法は、治療や回復などは自分か、触れた相手にしか通用せず、結界などは自分の全面に、自分の身長や幅の1.2倍ぐらいにしか障壁を作れなかった。結界もまた、守りたい妻子などと手をつないでいれば、そこもカバーするけれど、手は二本、結局、3名幅分がせいぜいだ。ちなみに、勇者君の結界は、一度で長さ2㎞、高さ300mという、規格外が発生する。私も魔法をかけられるのは、触れてなくても、ぎゅっと一カ所に固まってくれれば最高3000人いけたしねー。
魔法がない世界故、制限がかかってない私たちのような者、が必要だったわけだ。
いわゆる、機関銃的な。ないし、大砲的な。
大出力可能な者を。
で、魔王とは。
神が増えた?ときに、生じる死滅の具現化。
新しい神が増える?と、そのバランスを取るためにパラドックス解消的に生まれる、んだそうな。
?がつくのは、実は増えてないというか、世代交代のため、実質的に増えてないからだ。
三千世界があって、それぞれに神がおり、だいたい三百年間隔で古い神が一人寿命を迎え、新しい神がその少し前に一人誕生する。その少し、時間にして五十年程度の増加したという『その時点の結果』、から生じるもの。
百万年ぐらいは軽く生きるから、ほんとに神時間的に誤差なんだろうが、逆に本当に、誤差とはいえ減るという『その時点の結果』は、変に強すぎる神を産み、秩序崩壊をもたらすという。魔王なんぞどうでもよくなるぐらいの。人間すべて滅ぼして、魔王軍が『神軍』化して、予定調和にない神の死を引き起こし、結果、均衡を破る神が誕生した場合、どうなるのか。
酸素はほかの元素と結合せず、水はなにも溶かし込まない。浸透圧などもなくなる。重力の法則はなくなり、すべてが均等化する。
火が使えなくなる、という絶望的な不便さが目に行くけれども、深刻なのは、呼吸が無意味で、たぶん生命は即死する。
酸素が赤血球に結合しなくなるから。血にも塩分は溶けないから、塩の結晶が血管に詰まるだろう。
こわっ。地味だけど、殺傷力マックス。
魔王は新しいやわな世界か古くて壊れやすい世界のどちらかに出現しやすく、今回は女神の世界だった、と。
古い神が消失した時点で、力の源の世界不均衡がなくなるので魔王は弱体化して現地人でも殺せただろうが、五十年も暴れたらぺんぺん草一つ残らぬ不毛の、無生物の惑星が転がり、且つ魔王軍は他の命を求めて、違う世界を襲うであろう、ということで、早期討伐をするにこしたことはなかった、という。
時間と共に部下を増殖させていくし、やっかいなのだとか。
あー、茸、あいつとか本当に、迷惑だったなー。
私の目と護衛騎士ぐしゃんとつぶしやがった騎馬兵みたいな魔王軍特攻隊の奴も、強かったし。
と。
いきなり、視界がくっきりした。
あ、目が治ったのか。
白い膜が張っていたような状態が消えた。
桃のおかげだろう。
癖になってしまったようで、瞼が少し引きつるけれども、見える。
そろそろ本当に帰る時間かな。
うちの世界の神が言った。
「あちらから、それなりに報償に物品は貰っているだろう。私の世界の秩序に魔法は本来ないが、事前に言ったように、使えた魔法の一つは、魔王を討伐してくれた謝礼として、こちらの世界でも使用を許可し、魔法道具も君たちの手にある限り魔法的な使用続行を認めよう」
正直、魔法道具の使用許可のおかげで、空間収納腕輪と水が出続ける水筒だけでも、相当な報酬である、のだが。
「3年半の拘束、これに対して私からも」
と、350万円という現金が、全員に配られた。
「本物ですか、神の力で、コピーしたり、作り出したら、ぶっちゃけ、偽金」
と、私が恐々として言うと。
「昔、世界的に死なれちゃ困る男が居たので、それを少し手助けして暗殺から救ったら、感謝された。先日日本円を融通してほしいといったら、捧げられた」
その説明に、なるほどね、と思う。
たぶん外国人である(日本円で、と告げたからそう推察する)。男である。世界に影響を与えられる地位にいる、ないしいた。
そして1000万円ぐらいお布施で、ぱんっと出せちゃう。
そういう人がいるということ。
「本来なら、あまり、介入はしないのだが、あの男が死ぬことで、末期が格段に早まってしまうから、仕方なかった」
「ありがとうございます」
介入してくれなかったら、私たち、死んでたかもね。世界対戦勃発レベルな話では。しかも当事者生きてるってことだし。最近の。
なぜ気にするかって、この神と知り合いのはずの人間(有力者で大人)がいるのだから、何かの時に、話とおせるかもしれないじゃないか。
「本来ならこの10倍、100倍与えても良いほどの働きだが、現代常識と摺り合わせて未成年者にそんな大金を渡して、金に飲まれて君たちがおかしくなったら、悔やみきれないからな。この金額で妥協して欲しい」
わかる。
この神は、人の世の常識があり、ちゃんとした保護者らしき意識がある。
三億貰っちゃったら、働かないで、なんならそれこそ、金を使い果たして、30代後半ぐらいに路頭に迷って潰しもきかずに、のたれ死ぬとかありえる。
親が会社経営者だから、見てきた、そういうの。
金を得て羽振りよくなって、だが、お金が減ってきても生活を締められない。
350万。
治癒ちゃんや勇者君の場合、進学の邪魔をされそうだから、実弾(現金)は心強いだろう。
それにしても、一時間で身長や手足が15歳に戻ったら、もっとこう違和感がありそうなのに。
変だな。
あちらの長さとこっちの長さの単位が違ったから、曖昧だけれど7㎝は背が伸びたはず。
「時間が戻るわけではなく、寿命や身体の新陳代謝や生命力を15歳の頃にまで若返らせた、んだ」
「えっと、それだと」
「時間を戻せば、あちらで訓練・鍛錬で手に入れた身体力がなくなってしまうから、3年半多めに、成長期が続くと思えばいい」
私は、あ、と悟った。
「ほんの一時間程度で7㎝伸びたら、何事かと周りが言いますよね」
「周囲には錯覚するようにしてある。こちらの都合で呼んでいるから。具体的には、気のせいで、今の状態が正しい、と思うように。手足の長さ、身長、臓器の重さなど、一気に変わればしばらく、歩くことさえ違和感がつきまとうし、育った物を縮めるのは、あまりいいことではない」
「わかりました」
部活はもう引退しても良い(私は柔道部)。受験生だから。
14・5歳相手に、ほぼ18歳が試合相手になる、というのはほぼイジメ。
それに、体格が元に戻ったとして、格闘技や剣術などは人を殺せば黒帯クラスと言われている。
あまりにも、くぐった修羅場が違うから、学生さんとは勝負になりそうにない。高校は文化部にするとしよう。組み手は兄さんとやろう。5歳上で、男だから、なんかうまくやれるだろう。あの人、黒帯だし。
「もう、時間がないと思います。最後に、この言語自動翻訳機能における、個体名認識不可の呪いを解く、ないし言語自動翻訳機能を解除して呪いまるごとなくすことはできませんか」
私は問うた。
「え、それは何が困る?」
二人の神がとまどうように聞いた。
ああ、やはり神世の生き物だな。
名前にアイデンティティを重く置いたりしてないんだ。名乗らなかったもんな、この人たち。
神、の一人であり、世界管理者。名がいらないのか。
神として自己確立しているからっ。
「魂の深く、集合的無意識層の解放によるすべての生命との対話可能力なので、一度開けたプルタブはそこに戻しても、もう密閉された状態には戻らないという例えで、わかるだろうか」
「自分の名前さえ、もはや耳に聞こえぬというありさまが、『人』には大変きついのですが」
「うーん、個体名が聞こえないことは直せるか、研究はしてみるが、君たちが生きている間に直せるかわからない」
「次の、300年後の召還者達が、孤独に壊れていかないためにも。以前の者とか文句なかったのですかね」
「名前がある者が少なかったか、討伐で死んだか、現地に残って高い役職について、名前自体いらなくなったのか。そんなところだろうな」
そして時間は訪れて。
元の世界に戻された。
で、ここどこかな。
私はウエストポーチに入れていたスマホを取り出した。充電マックスになっている。
住んでいるマンションの下の階に併設されたコンビニに、雑誌を買いに出たところで召還されたから、靴と服とスマホと財布しか持ってなかったんだよねぇ。
あのとき、スマホは80%充電表示だったので、女神か神が満タンにしておいてくれた、らしい。大きなところの認識はずれてるのに、細かいところは手が届くのね。
ここがどこか、現地を表示させようとして。
「あ、待って、まず補助ちゃんに」
「待てないよ、現在位置、確認大事すぎ」
「あ、俺も治癒に」
男子二人、空気読めよ。
人がまったくいない山の中で、道もないところに、四人で放り出されたんだから、まず現地確認なんだよっ。
森である。
えぐい。
広葉樹だ。
杉なら、林業の地域だから、道があるけれども、広葉樹林は下手したら、人が入らない地域の可能性。
蒸し暑いのは、夏休みだからねぇ、今。
7月30日水曜日、午後二時。
森の中だから、まだ涼しい。
「婿入りの件、なんとしても了承させるし、駄目なら身一つというかこの報償を持って、そっちに押しかけるから、待っててくれ、治癒」
と、珊瑚でできた花のペンダントを、あ、指輪だ、指輪をチェーンにつけてて、ペンダントトップにもなるようにしてあるんだね。 とにかく、それを、治癒ちゃんの首に勇者君がかけた。
そこまで話が現実的に進んでいたとは。
「私も、勇君を婿に、と親に言うわ。文句言うなら、暴力をもって父から家督を奪う」
うん、治癒ちゃん。なんか怖い覚醒したね。
お、勇者君を勇君まで縮められるのか。
そういえば、治癒者ではなく、治癒ちゃんって縮められたし。
ん、ならば、剣君でいけるのか。
名前っぽくなる。
私は補助のまんまか。『じょちゃん』は変だしね。仕方ない。
スマホが答えを紡いだ。
山梨 だと。
山があっても『やまなし』県の、奥深い山の中の森の中、だと。
ほぼ北関東の人間の集まりなのに、中部地方におろすなよ。
駅は遠い。が、バス停、道路が比較的近かった。
「補助ちゃん、こっち見て」
「山梨なんだけど、ここ」
「大事な話だよ」
現在地把握以上に大事な話ってある?
と、思いながら、顔を上げると。
翡翠の、花のネックレス。治癒ちゃんが貰ったのと同じやつの石違い、を剣君が持っていた。
「前に言ったよね。あちら二人がくっついちゃったから、なんとなく私たちもそうでないといけないかなって気になっちゃうから、冷静になれる、元の世界に帰ってからにしようって」
「だから、帰ってきたじゃないか」
そういえば、そうだわね。
「私の目も治ったし、責任を感じることはないのよ?」
剣君は特攻隊長で、彼に魔法を届かせるために、少し前線に出たところで、私は目を潰されている。
それをすごく気に病んだから。
でも、ほら、それと恋は違うもの。
吊り橋効果。3年半ずっとぐらぐら橋を一緒に渡っていたら、勘違いもするだろう。
「その面倒くさい理屈を全部、よこに置いてっ。俺のこと嫌いでないなら、受け取ってっ。ちなみに治癒ちゃんとおそろいになるようにしたのは、違うのにしたら」
「怒るよ」
治癒ちゃんが言った。
「そう思ったから。あと受け取ってくれやすいと、勇に言われたからだけど、自分でもちゃんと決めた」
そんな言われたら。
駆け引きとか苦手な男子二人が一生懸命、考えて。
仕方ないな。
私には好きな人が居たわけでもないし。
「今後もお友達として付き合う、のと、恋人的なことは、受験が終わって、落ち着く、夏休みぐらいに再度確認しましょう」
「え、せめてゴールデンウィークに」
「ゴールデンウィークにデートするのはいいけれど、そこはお試し期間で」
「よっしゃぁっっっ」
「ってかさ。本当、帰り道確保しようよ。なんでそんな悠長なの、みんな」
優君が笑う。
「ここに四人いるから、なんとでもなるよ。水もあるし、携帯食料も少しあるし」
そうか。
ああ、そうだね。
四人いる、それだけで。
ここにはあの忌々しい歩いて鍋に入り込む毒茸もいないことだし。
ほんっと、あの茸は。