★親
二人とも、息子がなんかおかしい、とは思っている。
突然、知らない友好関係が出てきたことに、妻は動揺した。学校関係は把握しているつもりだったからだ。
ネットはトラブルが多く、与えたスマホにはかなりきつい制限をかけたはず。
もしや、自力で外した?
そうして親の知らない友達が出来た?
そういう疑いがあって、二人で深夜話し合った。
だが、まあ結局。
息子を信じよう、ということになり。
しばらくしてから、妻は言った。
「子が大人になっていく、ってこういうことなんでしょうね。寂しいけれど、知らないことが増えていく」
「あまり干渉しないように。でも、何かあったら助けられるように、気には掛けよう」
それぐらいしかできない。
結納したカップルの家にゆき、その父親と話をした。
親同士で、と言われても。
共通の話題なんて、子供のことしかない。
子供達が縁側から降りて、庭に行った。
目で追いながら、声があまり聞こえないところまで離れて。
「夏の頃から、おかしいんですよ」
この家の家長のはずの男が呟いた。
ああ、うちも、夏からおかしい。
「俺の背よりいつのまにか高くなってて、力も上で」
ああ、この人、あまり背はない。でも貫禄あるのは、横幅があるからだ。
良い言葉ではないかもしれないが、『ずんぐりむっくり』というか。太ってはいない。腕も太く、肩幅もがっちりしていて。
そういえば、袴姿も似合っていたし、あの大妖怪みたいなじいさんが仕切らなければ、さすが花嫁の父親、みたいな言われ方をしただろう。
「娘のくせに、俺より背が高いとか、むかつくでしょう?」
「え、息子一人なんで、よくわからな・・・」
「だから息子だと思うことにしたんです。殴りますし、殴り返されますし、半殺しにされましたし。あれは拷問だった。親に何すんだ」
「お、お察し??? えっと、お体、大丈夫ですか?」
「頭と背中の皮、はぎ取られて、治されて。あれ魔法じゃないですか。天狗にでもさらわれてきたのかっつー」
「ああ」
なんだか、腑に落ちた。
「あの娘、口開けば、学がないから、家業が傾くんだっていうけれど、おまえがうちを立て直したのは、魔法であって、学じゃねえだろと、言ってやって殴り合って、また負けて。まあ、少し俺は拗ねてましたけれども」
あ、怯えてないんだな。皮剥刑されて、なお立ち向かえる親、どれだけいるだろう。
子供達が鹿みたいなものの解体を始めている。
中心にいるのは、息子で。
非常に慣れたように指示している。
「ああ、愚痴れる相手がいなくて、申し訳ない。ただ、ただ、うちの娘は、何かに、選ばれてしまったんだなあって。それが良い存在であることを祈るばかりで」
彼は目頭を押さえて、たぶん涙を堪えていた。
成績も上がったし、大人びた。だから、良い方に変化しているなら、と受け入れたが。
悪い存在に目をつけられた、可能性もあるのだと、思ったら背筋が寒くなった。
あの四人で交流したがるのは、そういったものから、身を守るためかもしれない。
「いつの世も
大人になってしまった子にできることなんて
ただ祈ったり、ちっぽけな助言をしてやることぐらいですよ
お互い、そんな無力な者でしかない」
「ですかねえ。まあ、村から出て行かない婿をと思って用意しましたが、外から連れてきてくれたんで、よしとしました。逃げなさそうだから」
「いろいろありますねぇ」
「親の時代は、150世帯ぐらいいたんですよ。今、20だ。ここから逃げ出さないだろう、逃がさないように、ってんで、前の縁組みがありました」
「婿候補さんも乗り気じゃなかったのでは?」
「ええ、結納式が終わってすぐ、いなくなってしまいましたから」
娘さんを逃がさないために。
村の若い部類の男『も』逃がさないための縁組みを用意していたわけか。
限界集落だな。
捨てて楽になるにも、捨てればこの集落がさらにドン詰まる。
義理堅い人間は逃げられず。
ああ、魔法がどんなことができるのか、知らないが。
ここが立て直せると良いな。
それにしても、解体、気になる。
「ね、お父さん、あれ、見に行きません?」
「いいですよ、俺もすごく、気になりますし」
我々はいくつになろうが、親になろうが、心の奥底にあるのは男の子なのである。
私「治癒パパは嫌な感じの人のつもりだったけれど」
無夜「くそまじめで融通きかない、貧乏くじ引く男なイメージ。変節できるなら、こんな集落捨ててるだろってことで、このキャラ設定」
私「背を抜かれたことを根に持つタイプ」
無夜「殴って、泣かれたら強く出られなかっただろうに、殴って殴り返されたあげくに半殺しにあったので、持ち得なかった息子が手に入ってしまったような感じで、以降本気で、父と息子な殴り合いしてる」
私「家庭内が戦場だ。一応娘愛してるんだ?」
無夜「家が最優先で、次が集落で、そのつぎが娘かな。集落の住人が激減した理由は、集団食中毒事件。治癒パパ十六歳の時。道路を反対側まで伸ばして(ここの道路はこの集落で止まっている)バスを貫通させて、便利にすれば人が出て行かないし、人も来るかな、ってことで話し合ってたけれど『集落の中』を通す派と『集落のすぐ外』を通す派と、『道もバスもいらない』派でもめてて、決定権のある人間が集まって、鍋食べながら、話し合ったところ」
私「え、なにその設定」
無夜「治癒家に祖父母がでばらない(補助家の祖父母の登場の多さよ)理由付けのために捻り出した。で、そこで食事の締めにニラうどんが出たけれど、なんと水仙がまじっていて、全滅」
私「大騒ぎじゃん」
無夜「いろいろバスと道路という利権で揉めていたから、生き残ったというか集まりに参加しなかった跡継ぎたちの誰もが、どの派閥が水仙入れたのか疑心暗鬼。一番嫌なのは、自派閥がやったっていう結末。それだと村八分になるから。集落だけど。だから、一気に離散していく。人数が減ったことで、道路の延長もバスの誘致の資金もなくなって、さらに寂れた。この激動期に、十六歳治癒パパ、田んぼと畑を一人で継いで、高校中退して、一つ下の許嫁(集落出身)に十八歳のときに嫁いできて貰う。十九で治癒ちゃん授かる。そんな感じだから、学がない、とか言われると、苛っとするし、経験則で『学が無くてもなんとかならぁな』ってのがある」
私「ひどい苦労人じゃん」
無夜「説明しないから、治癒も知らない。十四歳の娘に与えられる情報しかしらないからね。この親と娘、殴り合うより前に、話し合うべきだったよね。話し合いの窓口、親が締め切ってるんで、悪いのパパなんだけれどもさ。で、このどうにもならなくなった集落を愛しているというか、依存しているというか、治癒パパはもう方向転換難しいので」
私「ん? 治癒パパ今いくつ?」
無夜「三十五歳」
私「可哀想だよっ。まだ青春っぽいの楽しめる年齢じゃん。治癒ママも」