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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
神の血脈は怒りによって作られて……

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 始まりは、私の組織と懇意にしている、とある大商人からのささやかな依頼だった。


「リリス様。貴組織の内部で運用されているという超高速の配達システム。そのあまりの速度と正確性は、王都の商人たちの間でも噂になっております」


 確かに、突如として郵便網が築かれたら噂にもなるだろう。


「ご迷惑にならない範囲で、我々の重要な商談の契約書も運んでいただけないでしょうか?」


 まあ、組織の報告書を運ぶ馬車の片隅に、手紙の一つや二つを載せたところで大した手間ではない。

 私はほんの気まぐれと、貸しを作るくらいの軽い気持ちでその依頼を許可した。


 それが間違いだった。


 私の組織が誇る情報網だ。

 王都から発信された契約書は通常なら馬を乗り継いでも数日はかかる遠方の領地へ、わずか半日で届けられた。


 その商人は狂喜乱舞した。


「奇跡だ!」


 そして、その『奇跡』の噂は瞬く間に王国全土を駆け巡った。


 翌日には私の元へ同様の依頼が十通届いた。

 その次の日には百通。

 一週間も経つ頃には、もはや数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの依頼書が、私の屋敷に殺到していた。

 それは、あの日の書類の雪崩を彷彿とさせる光景だった。


「……ジェームズ。ハロルド」


「「はっ!!」」


「この需要、ビジネスになるわね。システムを外部にも開放しなさい。ただし、料金は相場の三倍で設定すること。私の息のかかった役人を通じて、国家事業として体裁を整えるのも忘れないように」


「承知いたしました!」


 こうして、国家事業『王国郵便』は誕生した。

 当然、実質的な運営と利益はその全てを私の組織が掌握している。


 高額な料金設定にもかかわらず、その圧倒的な速度と信頼性を前に利用者は爆発的に増加した。

 情報は金よりも重い。それを知る者たちにとって、このシステムは必要不可欠なインフラとなったのだ。


 魔導馬車と鉄道が、情報の動脈として大陸を縦横無尽に駆け巡る。


 人々は、血脈のように王国の隅々まで情報を届けるこのシステムを、いつしか畏敬の念を込めてこう呼ぶようになっていた。


『神の血脈』――と。



◇◇◇◇



 もちろん、この『神の血脈』もまた、私の懐を大いに潤わせることになった。

 執務室に届けられる帳簿の黒字がまた一桁増えた。

 結構なことだ。実に結構なことなのだけれど。


「……はあ」


 私はようやく片付いた執務室の椅子に深く身を沈め、静かに天を仰いだ。


 王国全土を網羅する情報インフラ。

 その頂点に私が君臨しているということは、私が管理・監督すべき業務も膨れ上がったということに他ならない。


「業務を効率化するために新たなシステムを作れば、そのシステムを基盤にした新たな事業が生まれる。そして、その新事業のせいで私の仕事がさらに増える……」


 まるで、無限に続くメビウスの輪だ。


「私が楽になる日は永遠に来ないのかしら……?」


 私のその悲痛な呟きは、誰に聞かれることもなく、静かな執務室に虚しく溶けて消えた。




 しかし、私の悩みはそれだけでは終わらなかった。

 この『神の血脈』がいかにして誕生したのか。

 その「発祥の物語」について、巷ではある一つの噂がまことしやかに囁かれていたのだ。


「聞いたか? あの郵便網ができた理由を」

「おお、聞いた聞いた! なんでも、とある恐ろしい上位貴族が、あまりの伝令の遅さにブチ切れなさったのが始まりらしいぞ!」

「執務室が報告書で埋め尽くされて、圧死しかけたとか……」


 情報部門が持ってきた、街の噂をまとめた報告書。

 私はそれを読みながら、こめかみがピクピクと痙攣するのを止められなかった。



 ……なんとなく事実も含まれているのが、余計に腹立たしいわね!



 もちろん、私の組織が生み出したということは部下たちによって巧妙に伏せられている。

 それでも人の口には戸は立てられず、そんな噂が王国中に定着してしまっていた。


 私が微妙な顔でその報告書を睨みつけていると、部下がさらに追い打ちをかけてくる。


「リリス様、例の噂の件ですが、さらなる問題が発生しております」

「……まだ何かあるの?」


「はっ。例の噂にちなんで、民衆が初代の『魔導エンジン搭載型・超高速輸送馬車』を、とんでもない俗称で呼び始めておりまして……」


 部下は、私の顔色を恐る恐る窺いながら、続けた。


「……『御立腹記念号』と」


「……」


「『あの馬車こそ、貴族様の怒りを乗せて最初に走った伝説の魔導馬車だ!』と……。すでにその呼び名が完全に定着してしまっている模様です」


 私は即刻、そのふざけきった名称の使用を禁止するよう組織全体に通達を出した。


 だが、一度広まった俗称の力は私の権力をもってしても止められなかった。

 その俗称は瞬く間に王都中、いや、王国全土へと広まっていった。

 先日行われた王家主催の園遊会でも、貴族たちが「噂の『御立腹記念号』の事業が……」と囁き合っている始末。

 もはや王家でさえその呼び名を無視できなくなるほどに。


 ……不本意な形で、私の怒りが周知の事実になっていく。


 そして、悲劇はついに決定的な結末を迎える。


「リリス様、王家より正式な通達でございます」

「……何かしら」


「はっ。例の初代馬車ですが、この度の歴史的偉業を鑑み、王立博物館に寄贈・展示される運びとなりました」


「……そう」


「つきましては、リリス様に寄贈される馬車の最終確認をお願いしたく……」


 数日後、渋々王立博物館へと足を運ぶと、そこにはすでに美しく磨き上げられた初代馬車が鎮座していた。

 そして、その傍らには真新しい真鍮のプレートが誇らしげに掲げられている。

 私はそこに刻まれた文字を読み、こめかみを引きつらせた。


『王国の情報網に新たな時代の幕開けを告げた伝説の馬車――通称『御立腹記念号』』



 ……しっかり、不本意な俗称まで公式採用されているじゃないの!



私はその真鍮のプレートを見つめ続ける。

 私の怒り。私の苛立ち。

 組織の非効率性に対する純粋な憤慨が、こんなにも滑稽な名前で歴史に刻まれてしまうなんて。


 博物館の荘厳な静けさの中で、私はただ、何とも言えない微妙な顔で立ち尽くすしかなかった。

 私の嘆息だけが、やけに大きく響いた気がした。


 今日も『神の血脈』では、王国を飛び出して他国へと繋がる勢いで魔導馬車が駆け回っていく――



神の血脈は怒りによって作られて…… 完

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― 新着の感想 ―
的を射てる俗称!ワインも失恋ワインなんて呼ばれてましてねw歴史に、リリスさんの黒歴史が刻まれていくwまあ、経済も情報インフラも良い感じに回ってるから、諦めましょう!w
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