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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
自由の船は、彼女の港に寄ることはなく……

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 翌日、私はディノとレイヴンに連れられるまま港町を歩いていた。

 北の海から吹き付ける風は肌寒いけれど、市場に並ぶ魚介の威勢のいい売り声や、酒場の扉から漏れ聞こえる陽気な歌声が、町全体を温めているようだった。


「どうだ、リリス! なかなかいい町だろう!」

「お前の船団が来てから、この辺りの金の回りも良くなった。俺たちにとっても悪い話じゃねぇ」


 ディノは自分のことのように胸を張り、レイヴンは面白そうに口の端を上げる。

 私の両脇を固める二人の男。一人は私の庇護下にある漁師で、もう一人は無法者の海賊。

 奇妙な組み合わせだが、彼らが放つ、何の計算もないあっけらかんとした空気は私の心を少しだけ軽くしていた。


 その、穏やかとも言える散策の時間を打ち破ったのは、前方から聞こえてきた甲高い怒声だった。


「言い訳は聞き飽きた! 契約書にサインしたのはお前だろうが!」

「お、お待ちください! あと一月……いえ、半月だけお待ちいただければ、必ずや……!」

「黙れ! 貴様のような者に、もはや選択肢などない! 北へ行け! 北へ行って、その身で借金を返すのだ!」


 道の真ん中で肥え太った商人が、痩せこけた男の胸ぐらを掴み上げていた。

 男はみっともなく地面に手をつき、必死に許しを請うている。

 その光景に、町の活気ある空気がそこだけ澱んでいるようだった。


「……何あれ?」


 私が静かに問うと、ディノが忌々しげに顔を歪めた。


「ああ? あいつはボルコフって商人だ。この辺りじゃ名の知れた金貸しでもあるが、ろくな噂は聞かねぇな」

「金貸し、ね」

「ああ。法外な利子と、詐欺みてぇな契約書で有名でな。金を返せなくなった奴らを、無理やり北の調査船に乗せてやがるんだ」


 レイヴンが吐き捨てるように言葉を継いだ。


「北の氷河の海に古代の財宝が眠っている。そんな眉唾物の噂を信じ込んで、一攫千金を狙っているのさ。自分では行かねぇくせにな」

「調査船ですって?」

「名ばかりのオンボロ船だ。ほとんどが氷に潰されて、帰ってきやしねぇ。事実上の片道切符ってわけだ」


 なるほど。

 借金で首が回らなくなった者たちを、死ぬ確率の高い宝探しへと送り込む。

 労働力というより、使い捨ての駒。

 その非効率極まりないやり口に、思わず内心でため息をついた。


 ディノが、心の底から軽蔑したように言う。


「宝が欲しいなら、てめえの腕で掴みに行くのが筋ってもんだろう。それを安全な場所から人を駒みてぇに動かすだけたぁな。反吐が出るぜ」

「ちっ。あんなボロ船、略奪する価値もねぇ。乗ってる連中も不憫すぎて、奪う気にもならん」


 レイヴンも矜持が許さないとでも言いたげだ。

 私も同感だった。


(それだけの人間を動かせるのなら、一攫千金などという不確かなものに賭けずとも、真っ当な商売でいくらでも稼げるでしょうに……)


 貴重な『人的リソース』を、ただ無為にすり潰している。

 その愚かさに、少しだけ苛立ちを覚える。

 私の経営美学に反するやり方は、単純に見ていて不愉快だ。


 だが、同時にこうも思う。


(まあ、私が手を下すまでもない、ただの小悪党ね。あんな非効率なやり方、そのうち勝手に立ち行かなくなるでしょう)


 そう結論付け、私はその光景から興味を失った。

 ただ一つ、小さな疑問が心の隅に引っかかっただけ。


 そういえば、金貸しと言っていたけれど……。

 あの程度の商人が、どこからそんな大金を調達しているのかしら?



◇◇◇◇



 翌朝、私は滞在先の宿で、この近辺の調査を命じていた部下たちからの報告を受けていた。


「リリス様。ご命令通り、この港町における『魔薬』の痕跡を調査いたしましたが、それらしきものは一切確認できませんでした」

「そう。ご苦労だったわね」


 ひとまずは安堵、といったところか。

 ウィリアムの毒はまだこの北の地までは及んでいないらしい。

 しかし、部下の報告はそれで終わりではなかった。


「ですが、一つ不可解な点が。隣国からこの港町に向けて、使途不明の多額の資金が流入している形跡を掴みました」

「……隣国から?」

「金の流れを追ったところ、その最終的な受け皿となっているのがボルコフという商人のようです」


 ボルコフ。

 あの、肥え太った、小物の商人。

 私の頭の中で昨日抱いた小さな疑問と、今もたらされた新たな情報が一本の線で結ばれた。


 あんな小物、ウィリアムが直接関わっているとは思えないけれど……


 あの男が駒として使うにはあまりにも無能すぎる。

 だが、無関係とも言い切れない。

 隣国からの使途不明の資金。

 それは、ウィリアムの影を匂わせるには十分すぎた。


 私は静かに目を閉じる。

 放置するはずだった小悪党が、見過ごすことのできない脅威の一部である可能性。

 その可能性が生まれた以上、私が取るべき行動はただ一つ。


 まったく……


 私はゆっくりと目を開き、窓の外に広がる灰色の北の海を見つめた。


(放置しようと思ったのに…… どうやらこの男は、私が直々に裁きを下す運命だったようね)

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