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作戦は、冷徹かつ効率的に進められた。
治安維持部門が中毒者たちの供述に基づき貧民街の特定エリアを包囲した。
人の出入りは厳しく監視され、ネズミ一匹這い出る隙もない。
次に、その包囲網の中で、諜報部門が暗躍する。
彼らは物乞いに身をやつし、娼婦の囁きに耳を澄まし、酒場の噂話に金を払う。
エリア内の金の流れ。人間関係。
その全てを洗い出し、膨大な情報の中から、売人らしき人物をリストアップしていく。
そして、その作戦の要となったのが、医療班だった。
彼らは、禁断症状に苦しむ中毒者たちに一つの取引を持ちかけた。
「この薬を飲めば、少しだけ楽になれるでしょう。もちろん、あなたたちが求める『天国』ではないけれど。……売人の、より詳細な情報と引き換えなら、考えてあげなくもないわ」
地獄の苦しみから一時的に解放されるという甘い誘惑。
それに抗える中毒者など、いるはずもなかった。
彼らは我先にと、震える唇で、知る限りの情報を吐き出していく。
三つの部門から集められた情報は、私の執務室に集約されていく。
そして、作戦開始からわずか五日目の夜。
ついにその時は来た。
「目標を捕捉。貧民街、第三水路裏の廃倉庫にて、取引を開始した模様」
部下の冷静な声。
私はただ短く答える。
「……捕らえなさい」
その一言が、引き金だった。
闇に潜んでいた数十名の部下たちが、音もなく廃倉庫を包囲する。
抵抗する間もなく、売人の男は取り押さえられた。
◇ ◇ ◇ ◇
次に男が意識を取り戻した時、彼は私の屋敷の地下にある、冷たい石造りの部屋にいた。
椅子に縛り付けられ、目の前には、深紅のドレスをまとった私が、無表情に彼を見下ろしている。
「……っ! た、助けてくれ! 俺は何も知らない!」
男はありきたりな命乞いを繰り返す。
私は心底つまらなそうにため息をついた。
「時間の無駄よ。あなたに二つの選択肢をあげるわ」
私は静かに、しかし有無を言わさぬ響きで告げる。
「一つは、あなたの元締めに関する情報を、全て正直に話すこと。そうすれば、拷問せずに死なせてあげる」
男の怯えた表情に向かって、私は続ける。
「もう一つは黙秘を続けること。その場合は私の組織が持つありとあらゆる拷問技術をあなたの体でじっくりと試すわ。もちろん最後には無残な死が待っているけれど」
苦痛なき死か、想像を絶する拷問の果ての死か。
男の顔が、恐怖に引きつる。
もはや、選択の余地などなかった。
「は、話す! 全て話します! だから、約束通り、どうか、苦しませずに……!」
男は堰を切ったように全てを話し始めた。
元締めは、王都の裏社会でも古株の闇ギルド。
そのアジトの場所、構成員の数、最近の動向。
彼は拷問の恐怖から逃れるため、知る限りの情報を洗いざらい吐き出した。
全てを話し終え、男はぐったりと椅子にもたれかかる。
これで、少なくとも拷問の苦しみからは解放される。
その安堵が、彼の表情にわずかに浮かんだ。
その瞬間を、私は見逃さない。
「ええ、よく話してくれたわ。褒めてあげる」
私は氷のような笑みを浮かべ、ゆっくりと彼の前にかがみ込んだ。
「でも、私、いつ『楽に死なせる』なんて言ったかしら?」
「え……?」
男の瞳に、困惑の色が浮かぶ。
「私が言ったのは『拷問せずに死なせてあげる』ということ。魔薬の禁断症状がもたらす苦しみは拷問とはまた別でしょう? なにせ、あなた自身も売り歩いていたのだから」
私の言葉の意味を理解した瞬間、男の顔から血の気が引いていく。
「あなたには貴重な治験者として、魔薬が人間をどう内側から破壊していくのか、その過程をその身で克明に示してもらうわ。もちろん途中で狂い死にしないよう、最高の医療体制で手厚く『看護』してあげる。……感謝なさい?」
希望の光が、一瞬にして絶望の闇へと変わる。
男は声にならない悲鳴を上げ、椅子の上で狂ったように暴れ始めた。
私はその無様な姿に背を向けると、控えていた部下に顎で合図した。
「医療班へ連れていきなさい。彼にはこれからたっぷりと、我が組織に貢献してもらうのだから」
「はっ!」
男の地獄の始まりを告げる絶叫が、地下室に虚しく響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇
情報を得た私は、即座に動いた。
選りすぐりの精鋭だけを引き連れ、自ら売買組織のアジトへと向かう。
「……突入するわ」
私の合図で、部下たちが重厚な扉を破壊する。
だが、覚悟していたはずの抵抗は、どこにもなかった。
銃声も怒号も、悲鳴さえも聞こえない。
アジトの中を満たしていたのは、鼻を突く血の匂いと、死んだような静寂だけ。
「……どういうこと?」
警戒しながら、奥へと進む。
床には、黒い外套をまとった構成員たちが折り重なるように倒れていた。
全員が、自らの喉を掻き切って、事切れている。
――まるで、教祖の命令で集団自決した狂信者のように。
私は、嫌な予感を覚えながら、最奥にあるギルドマスターの部屋へと足を踏み入れた。
そこには、豪奢な椅子に深く腰掛けたまま、一人の男が息絶えていた。
闇ギルドのマスター。
その手には、血に濡れた短剣が握られ、机の上には一枚の羊皮紙が残されている。
『我が身、我が魂、すべてを混沌の王に捧ぐ』
その一文を読んだ瞬間、私は全てを悟った。
ウィリアム。
あの男は、直接手を下すまでもない。
彼が掲げる思想。破滅さえも肯定する過激な自由。
それが、これほどまでに人の心を強く惹きつけ、死をも厭わぬ狂信的な忠誠心を生み出していたというのか。
私が売人を捕らえ、このアジトに迫っていると知った彼ら。
ウィリアムへの忠誠の証として、自らの意志で口を封じたのだ。
またしても、後手に回った。
それも、武力や謀略ではなく、思想そのものによって。
あの男のしっぽを掴むことができない。
その屈辱的な事実に、私の奥歯がぎりりと音を立てた。
私は表情を変えないまま、静かに拳を握りしめる。
その瞳の奥で、宿敵への憎悪と、歪んだ悦びの炎が揺らめいていた。
「……ウィリアム。あなたという男は本当に私を退屈させてくれないわね」
冷静さを装った声が、血と沈黙に満たされた部屋に、虚しく響き渡った。




