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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
最高の花婿は蜂蜜の香り……

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 リリスのあずかり知らぬところで発足した『リリス様花婿争奪コンテスト』

 その選考基準は、常軌を逸していた。


 第一次審査『生存能力試験』

 その内容は、リリス直属の護衛隊長との十分間の模擬戦闘。

 開始のゴングが鳴るや否や、訓練場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「ぎゃあああああ!」

「降参! 降参だ! 命だけは! まだローンの返済が残って……ぐふっ!」


 護衛隊長が巨大な戦斧を振るうたび、貧弱な応募者たちが木の葉のように吹き飛ぶ。

 手加減の一切ない攻撃に、脱落者が続出した。


「む、無理だ」

「悪役令嬢の婿になるってのは、これほどに過酷なのか!」


 結局、生存していた数名も、我先にと逃げ出していく。

 わずか半日で、三十名いた応募者は綺麗さっぱりいなくなった。

 後に残されたのは、舞い上がる砂埃と、リリスの部下たちの深いため息だった。


「なんということだ……。リリス様の伴侶たる器を持つ者は、この国には一人もいないというのか……」


「嘆かわしい! 実に嘆かわしい!」


 部下たちが頭を抱え、天を仰いだ、まさにその時だった。


 ガサガサッ、と訓練場の裏手にある森の茂みが大きく揺れた。

 次の瞬間、そこに姿を現したのは――人間ではなかった。


 身の丈3メートルはあろうかという、巨大な黒熊。

 その全身は艶やかな毛皮に覆われ、鋭い爪と牙がきらりと光る。

 どうやら、森の奥で冬眠から目覚め、蜂蜜の匂いにでも誘われて迷い込んできたらしい。


「「「く、熊だあああああああ!」」」


 まだ遠巻きに様子をうかがっていた数名の応募者が最後の悲鳴を上げて逃げていく。

 完全に無人となった訓練場に、熊と、審査員たち、そして護衛隊長だけが取り残された。


 熊はのっそりと巨体を揺らし、護衛隊長と対峙する。

 その瞳に敵意はない。

 ただ、目の前に立つ巨大な人間を、不思議そうに見つめているだけだ。


 しかし、この異常事態をリリスの部下たちは独自の発想で解釈した。


「……見ろ。あの熊を」

「ああ……他の腑抜け共が逃げ出す中、ただ一頭、隊長の前に臆することなく立っている」

「あの威風堂々たる姿……! まさか、これも応募者の一人だとでもいうのか!?」

「なんと気骨のある瞳だ! あれこそ、真の『覚悟』を持った者の眼差しではないか!」


 行き過ぎた忠誠心は、彼らの正常な判断能力を完全に麻痺させていた。

 護衛隊長も、目の前の熊を新たな挑戦者と認識したらしい。

 戦斧を構え直し、雄叫びを上げた。


「オオオオオオッ!!」

「グルルルルルッ!」


 互いの咆哮がぶつかり合う。

 意味不明の模擬戦闘の火蓋が、今、切って落とされた。


 護衛隊長の戦斧が唸りを上げて振り下ろされる。

 熊はそれを俊敏にかわし、鋭い爪で反撃した。

 人間対猛獣の壮絶な戦い。

 だが、部下たちの目には『最終選考』にしか映っていなかった。


「素晴らしい! 隊長と互角に渡り合っているぞ!」

「あの圧倒的な生存能力! そして、敵を前に一歩も引かぬ忠誠心!」

「第二次審査の『幹部の首級』など、あの爪にかかれば造作もなかろう!」


 十分後、激しい攻防の末、両者は共に疲労困憊して倒れていた。

 結果は、引き分け。

 しかし、部下たちにとっては、それは合格を意味した。


「決まりだ! リリス様の伴侶は、彼しかいない!」

「異議なし!」


 彼らは満場一致で採決すると、すっくと立ち上がった。


「者ども、かかれ! 『最高の花婿』を、丁重にリリス様の下へお連れするのだ!」


 十数人の手練れたちが、疲れて動けない熊に一斉に飛びかかる。

 麻酔薬を染み込ませた網が投げかけられ、あっという間に熊は捕獲された。


 部下たちはその檻を意気揚々と担ぎ上げ、リリスが待つ屋敷へと向かうのだった。



◇◇◇◇


 その頃、リリスは自室で一人、頭を抱えていた。

 婚活の失敗、ウィリアムとの全面戦争。

 問題は山積みだ。


(本当に、どうしてこうなるのかしら……)


 コンコン、と扉がノックされる。


「リリス様、失礼いたします。リリス様のために、最高の者をお連れしました!」


 部下が、興奮を隠しきれない様子で報告する。


 最高のもの?

 リリスは眉をひそめつつも、促されるままに応接室へと向かった。


 部屋の中央には、巨大な鉄の檻。

 その中で一頭の黒熊が、きょとんとした顔で座っている。



「……なんで熊?」



 その、あまりに素朴な疑問。

 その言葉を聞いた瞬間、あれほど熱狂していた部下たちの顔からサッと血の気が引いた。

 彼らの頭の中で、猛スピードで思考が回転する。


(……あれ? そういえば、熊は……)

(人語を解さないのでは……?)

(結婚なんてできないのでは……?)

(そもそも、リリス様と熊では、生物種としての壁が……)



 ――熊は花婿にはなれない。



 あまりにも当たり前の事実に、彼らは今ようやく気がついた。

 凍りついたように沈黙する部下たち。

 その異様な雰囲気に、リリスは別の解釈を導き出してしまう。


「……ああ、なるほど。分かったわ」


 リリスは一つ頷き、納得したように言った。


「私が最近気落ちしているように見えたから、これをペットとして献上しようと考えたのね。気を遣わせてしまってごめんなさい」


 あまりにも慈悲深い勘違い!

 部下たちは一斉に安堵の息を漏らした。

 そして、そのリリスの誤解に全力で乗っかることに決めた。


「さ、さようでございます! さすがはリリス様!」

「この熊の、リリス様を癒すに足る忠誠心と愛くるしさを見抜き、我々が捕獲して参りました!」


 彼らの必死の取り繕いに、リリスは内心で呆れ果てていた。


(ペットに熊を選ぶなんて……うちの部下たち、致命的にセンスがないわね……)


 檻の中の熊は大きなあくびをしている。

 その間の抜けた表情を見ていると、リリスのささくれた心も少しだけ和む。


「……いいわ。その熊、私がここで飼うことにするわ。名前は……そうね。蜂蜜が好きそうだから、『ハニー』とでも呼びましょうか」


「は、ははっ! 素晴らしいお名前です!」


 部下たちの背中を、滝のような冷や汗が伝う。


(真相が知られたら、我々の首が物理的に飛ぶ……!)

(この熊を見るたび、胃が痛くなりそうだ……)


 彼らは主君への忠誠心が招いたとんでもない失態を、生涯墓場まで持っていくことを固く誓った。




 その日の午後、リリスは新しいペットの『ハニー』に餌をやる。

 大好物だと勝手に思った、蜂蜜をたっぷりとかけたリンゴ。

 美味しそうに頬張る姿を眺めながら、リリスは小さく笑みをこぼす。


「ふふ、案外、可愛いじゃない」


 悪役令嬢の、少しだけ穏やかな日常。

 その傍らには、彼女のあずかり知らぬところで『最高の花婿』の座を勝ち取った、一頭の熊が寄り添っている。


最高の花婿は蜂蜜の香り…… 完


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

皆様が読んでくださり、温かい応援をいただけるおかげで、ここまで物語を続けることができております。


もし「面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下の★マークから評価をいただけますと、作者として大変励みになります。

皆様からの評価が今後の執筆の大きな参考にもなりますので、ぜひお気軽につけていただけると嬉しいです。


これからも悪役令嬢の奮闘(と空回り)を、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
花婿…まずは人間であることが第一条件ですねwww 上手いこと勘違い!部下が何名も消えるとこでしたねwでも、結果オーライ!可愛いペット!いざという時戦えそう!wリリスさんが嬉しそうだし、真相はバレてない…
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