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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
王子が倉庫で腐っちゃう……

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 倉庫から再び応接室へと運び込まれた、土下座状態の王子。

 私は腕を組み、台車の上でオブジェと化した彼を冷ややかに見下ろしながら思案していた。


(本当に置物にしても、腐るだけでいいことはないのよね……)


 倉庫に放置したことで、彼の顔色はさらに悪くなっている。

 このままでは屋敷の備品リストに「王子の腐乱死体」などという、笑えない項目が追加される。


 そもそも、私は悪魔ではないのだ。

 こんな呪いの供物のようなものを贈られても、ただただ後始末に困るだけ。


(それにしても、この男……本当に、顔だけは良いのよね……)


 恐怖と絶望に歪んでさえ、その造形は芸術品のように完璧だ。

 この、唯一にして最大の資産。何か、良い使い道はないものかしら。

 私はしばらく考えを巡らせた。

 しかし、すぐに思考を放棄する。


(いいわ、もう。こんなことを考え続けるのも阿呆らしい。王子の処遇も、王家への資産の移譲も、全部まとめて強引にやってしまいましょう)


 方針が決まれば、あとは実行あるのみ。

 私はアレクシス王子の前にかがみ込み、凍てつくような微笑みを向けた。


「これから、あなたは私の人形として、一生働いてもらうわ。……いいかしら、王子様?」


 その圧に、拘束された王子は恐怖に震える。

 そして、こく、こくと、かろうじて首を縦に振ることしかできなかった。



◇◇◇◇



 翌日、ゴーストタウンと化していた通りに人々が恐る恐る戻り始めた。

 物流は再開され、商店も営業を始める。


 ――しかし、彼らが目にしたのは。

 王都の至る所に貼り出された、巨大で、そしてあまりにも唐突な宣伝看板だった。

 そこには、筆の早い絵師によって描かれたアレクシス王子の憂いを帯びた肖像画。



『第六王子アレクシス・ドラクール、主演! 大衆演劇『ガラスの王冠』、近日開演!』



 王都中の誰もが、首をかしげた。


 王子が、突然、演劇役者に?


 その疑問に答えるかのように、王家とヴォルテクス家は連名で一つの声明を発表した。

 ――先日の夜会で起きた「婚約破棄」騒動は、すべてこの演劇のための壮大なサプライズ宣伝であった、と。


 あまりにも苦しい言い訳。


 だが、私の権力と王家の威信を前に、それを公然と疑う者はいなかった。

 こうして、王子と私の「和解」は極めて奇妙な形で演出されたのである。


 もちろん、当の王子に演技の才能などあろうはずもない。

 しかし、彼は私の無言の圧力を受ける。


「この演劇が流行らなければ、あなたは本当に『置物』になるのよ。今度は、二度と倉庫から出ることのない、石膏のね」


 練習の際、私が耳元でそう囁くと、王子の顔は真っ青になった。


 彼は、文字通り、必死に頑張った。


 その鬼気迫る演技は観客の心を打った。

 そして何より、彼の神がかった美貌が王都中の女性たちの心を鷲掴みにした。


 舞台は空前の大流行となったのだ。



◇◇◇◇



 演劇の成功に伴い、莫大な興行収入が生まれた。

 その利益に追加して、主演であるアレクシス王子には、他の役者とは二桁は違う、破格の報酬が支払われる。

 そして、その金はそっくりそのまま王家の金庫へと吸収されていく。

 当初の目的であった、ヴォルテクス家から王家への資産の移譲。

 それはこんな歪で遠回りな形で実現されたのだ。


 王子のありえない高給を、他の役者たちが羨んだ。

 そんな彼らに、一部の事情を知る貴族たちは声を潜めてこう語ったという。


「仕方ない。あれは、リリス様の『操り土下座像』なのだから」


 土下座させられた姿のまま、操り人形のように富を洗浄する美しい像。

 その意味の分からない言葉は、いつしか王子そのものを指す言葉へと変わっていく。

 人々は舞台の上で輝く彼を、畏怖と、一部の人間は少しの憐憫を込めて、こう呼ぶようになる。



 ――『アイドル(偶像)』と。



◇◇◇◇



 今日も王都の街角には、新たな広告が貼り出されている。

 ハロルドクリーンカンパニーの清潔な制服をまとったアレクシス王子。

 絵の中の彼は、凛々しい表情で微笑んでいる。

『日々の清掃は、ハロルドクリーンカンパニーに』

 そのキャッチコピーは、彼の美貌と相まって絶大な宣伝効果を生んだ。


 彼は、私の組織が手掛けるありとあらゆる事業の広告塔となった。

 その結果、私の事業の売上はさらに底上げされる。

 部下たちは私の執務室で、口を揃えて称賛の声を上げた。


「さすがはリリス様! 王族の愚行さえも、新たな広告塔を生み出す好機に変えてしまわれるとは!」

「ご慧眼、恐れ入ります!」


 私はその言葉をただ微笑んで受け流す。

 しかし、内心は、実に、実に複雑だった。


(今までの婚約者は、私の事業の規模や、裏の顔、あるいは『可愛げのなさ』で離れていったのかもしれないけれど……)



 ――純粋な政略結婚すら上手くいかないなんて、一体どういうことかしら……!



 ふつふつと、怒りとも呆れともつかない感情が湧き上がってくる。

 私はそれを抑えるように、目の前にあった三段重ねのケーキスタンドから、一番上のレモンタルトを、大きな一口で頬張った。

 甘酸っぱさが、やけに心に沁みる。


 その、まさにその時だった。

 コンコン、と軽いノックの音。


「リリス様、失礼いたします。今月の収益報告、並びに、来期の事業計画についてご報告が。……つきましては、そろそろ俺と結婚し、専業主夫として、あなた様を陰ながらお支えする許可をいただけないでしょうか?」


 そこに立っていたのはハロルド・エイムズ。

 いつものように、完璧な事業報告と、完璧に場違いな求婚をセットで持ってくる。


 私は口に含んだタルトを、危うく噴き出しそうになるのをこらえ、ただ、天を仰ぐ。


 ――もはや、ため息しか出ないのだった。


王子が倉庫で腐っちゃう…… 完


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


もし「面白いな」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下の★マークから評価をいただけますと、作者として大変励みになります。

皆様からの評価が今後の執筆の大きな参考にもなりますので、ぜひお気軽につけていただけると嬉しいです。


これからも悪役令嬢の奮闘(と空回り)を、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
まさか、最後は彼と結婚して彼を専業主婦に!?wにしても、馬鹿アイドルも使いようですね!さすがです!表にお金も流せたし!そういえば、馬鹿アイドルの恋人はどうなりました?
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