そこには行けないチケット
長いので暇な方は読んでみてください。
電車で2時間ほど、目的地に着いた。
駅を出ると、夜の暗さなどないかのように多種多様なあかりが煌々と街を彩っていた。
住んでいる所がこの場所よりは閑散としているので、この眩しさは少し鬱陶しくもあった。
私には趣味がある。それは食べ歩きだ。
ドラマの影響だが、テキトーな店に入り食事をする。
そして脳内でドラマのような独白を真似事する。これがなんか楽しい。
これまでの経験からマズイ店に入ることは珍しい。大体は問題ない店に入れる。
ハズレの店を引いても、話のタネなるからむしろおいしかったりする。
今いる場所は駅前の繁華街であり賑わっていた。様々店が乱立しており、どこにするか迷ってしまう。
そこら辺を歩き回り、あっちもよさそう、こっちもおいしそうと決めあぐねて練り歩いていると
1軒の店の前に止まった。
両隣がよくあるチェーン店の間にその店は存在していた。
その店は開店したばかりらしく、店先にお祝いのアーチがいくつかあった。
外観は褐色を基調としており、入り口には赤・緑・黄色の糸で編み込まれた暖簾がかかっていた。雰囲気としては、エスニック的と言えるかもしれない。
店の上部にある看板には『異国亭』と書いていた。両隣の店の画一的な見た目に比べて煩雑と言える物ではあったが、私の琴線に響きこの店に入ることに決めた。
「いらっしゃいませー。」
店内はカウンターが6席、4人掛けのテーブル席が2つ程あった。
他に客はいない様だ。
カウンター席に座り店員がお冷とメニューを持ってきた。
(さて、何を頼もうか。)とメニューを開く。
ご飯もの
・مجبوس(كبسة)
・مندي
・مُجَدَّرَة
肉料理
・كبة
メニューを閉じた。
ん?なんだ?見間違えか?
もう一度開く。
ご飯もの
・مجبوس(كبسة)
・مندي
・مُجَدَّرَة
見間違えではなかった。
メニューには馴染みのない文字(?)が書かれていた。
かろうじてカテゴリーは日本語で書かれているので分かる。
メニューをパラパラとめくる。
ご飯物・肉料理の他には魚・麺料理、デザートやドリンクがあることが分かる。
しかしどんな料理かは分からない。
(どうする?店員に聞くか?)
そう思ったが、かぶりを振る。
一層のこと、ここは何も知らないままで決めるのはどうだろうか。
そうした方が面白いのではないだろうか。特に好き嫌いもないので出されたものは食べれるだろうと高をくくっていた。
店員を呼び、「これを下さい」と言い、【ご飯物】の一番上に書いている文字に指をさす。
「マクブース1つー。」
店員が厨房の料理人に声を掛ける。
(私が注文したものはマクブースというのか・・・)
楽しみに料理を待っている間に店内を見渡す。
暖色系の照明が優しく店内を照らす。
壁やカウンターには装飾品が飾っている。木製の人形には細かい模様が彫られている。
店の匂いも柑橘系、香辛料系の匂いが入り混じっているが、嫌みにはならない。まるで外国に来ているようだった。
座っている場所の横に本棚があり、週刊誌や海外についての専門誌があった。
その中の一つをとりペラペラめくる。
「うぉ・・・。」
思わず声が漏れてしまった。
捲っていたら、芋虫の写真が載せられていた。
『この部族は虫を食べるそうです』などと説明が書かれていた。
少し辟易としながら漫画雑誌に変えて読む。
(私が頼んだ物には虫が入ってないよな・・・)
読みながらふと思った。
(流石にそれはないだろういやしかしここは外国料理の専門店だしあり得るのか?だけどここは日本だしそんな尖った料理を出すか?だがメニューを現地の言葉で書いているし店内の装飾も外国を思わせる。生半可な気合の入りようじゃない。ならあり得るのか・・・?)
この妄想を否定しようとするが、これまでの印象・情報が『まさか・・・?』の可能性を補強していく。
先ほどまで楽しみにしていた待ち時間が、さながら刑罰の執行猶予のように思えてくる。
あぁ、こんな思いをするのなら店員に説明を求めるべきだった。もしくはもっと他の店を探せばよかった。もし虫料理だったらどうしよう。そのまま出ていくか?しかしそれは失礼k「おまたせしましたー。」
来た。
雑誌から顔を上げる。そこには肉の塊が乗った米料理があった。
安堵。ただただ安堵。
早速食べてみる。うまい。米は日本のものより細長いものだった。心なしか米自体に香りがついているように感じた。
香辛料と肉のうまみが米に移されていて、嚙むごとにうまみが広がる。
他にもナッツが食感のアクセントに、レーズンが味に深みを齎していた。
形容するなら洋風炊き込みご飯という感じだ。
肉にも口をつける。マトンの独特な癖がこの料理に合っていた。
あれよあれよという間に完食した。
終わってみるとなぜあんなに狼狽していたのかと思うほど満足していた。
会計をする時に店員と少し話す。
「マクブースって初めて食べましたが、美味しかったです。」
「ありがとうございます。今月はアラブ料理フェアなんですよ。毎月メニューを変えて行こうと思っているのでまた来てくださいね。」
会計を済ませたら店員がクーポン券をくれた。
帰りながらその券を見る。
その券は航空機のチケットを模してデザインされており、スマホで実際の物と比べるとよく似ていた。
中央には『異国亭 行き/100円引き』と書かれている。
あまりの拘りの強さに少しニヤっとした。
ここの近くを通るならば、また来ようと思った。
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取引先との商談を終えて、私は帰路についていた。
家に着くころには夜も遅くなるので、夕食をここで済ますことにした。
ここの近くと言えば、今でも覚えている店がある。
行き先をスマホで確認する。タイムラインを見るとあれから1年程経っていたことに気づく。
タイムラインを頼りに歩むと1軒の店の前に止まった。
両隣が私の地元にもあるチェーン店の間にその店は存在していた
その店は開店したばかりらしく,店先にお祝いのアーチがいくつかあった。
白を基調としており、入り口には『らーめん』と書かれた赤い暖簾があった。
あの店は無くなっていた。
あの店が無くなったことを意外に思っている自分がいた。
それと同じく、(まぁ、そうだろうな)と納得する自分もいた。
なんとなくこのラーメン屋に入った。
「「いらっしゃいませー!!」」
店員達の威勢の良い挨拶が飛ぶ。
「こちらにどうぞー!」
案内された席に座り、らーめんを頼む。
待つこと数分、らーめんが運ばれてきた。
「お待たせしましたー!」
(おいしい。おいしいが・・・)
食べ終えて、会計をする。
「割引券お持ちですか?」
「あっ、はいあります。」
財布から割引券を出す。しかし、店員が困っていた。
目を落とすと『異国亭』で貰った割引券だった。
「あ・・・すいません。」
割引券を引っ込めて会計を済ます。
駅に向かいながら、先程の割引券を見る。
航空機のチケットを模したもので、中央に『異国亭 行き/100円引き』と書かれている。
今に思うと、あの店が夢幻のようにさえ思えてくる。
だけど、この券があの店の存在を肯定している。
しかしもうそこには行けない。
財布にしまい一抹のさみしさを抱え、帰路を進む。
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「こんなところかな。」
準備したものを確認する。着替え数日分、スマホ、充電器、パスポート・・・etc
確認を再度する。初めての海外旅行だから慎重になっている。
『異国亭』が閉店した事を知ってから数か月。日々を過ごしていたが、私の中に寂しさが残っていた。
そんな感情は時間によって風化していくものだが、残り続け、ついには海外旅行を決意するに至った。
時計を見ると、家を出る時間になったので、玄関に行く。
玄関の靴箱の上に置いているチケットを手に取る。
チケットの中央には『羽田→アラブ』と書かれている。
期待と緊張をしながら、旅路を進んでいく。
ここまで長い文章を書いたことがなかったので、疲れました。