32話:ただいま
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まぶたを貫通して視界を白く染めた光が止み、急に身体が重くなる。
全身を『感覚』が覆いはじめて、いつの間にか、立っていた自分が崩れるように座り出した。
眼を開く。
……見慣れた、いや、見慣れなくなりそうだった、自宅とスーパーマーケットの間の大通り。
車の排気の音が、私を横切る。
帰ってきたんだ。
本当に。
……足下を見ると、転移する前に齧っていたソーダアイスの箱が落ちている。
箱から1本取り出した。
まったく溶けてない。
辺りを見回したけど、転移する時に入った裏路地は、元からそうだったかのように閉じられ、存在しなかった。
目をつぶり、ゆっくりと鼻で深呼吸してみる。
あの世界で過ごした日々が、鮮明に、何度でも、まぶたの裏に映える。
歩きだそうとしたら、足がうまく動かせなくてふらふらとよろけた。
それが嬉しくて、つい笑っちゃった。
父の運営するプロレスリング団体「豪剛プロレス」。
その練習場の引き戸を開けて、中に入る。
「ただいま」
父さんとお兄が、驚いた顔をしてこっちを見る。
「おかえり」
お兄が手を上げて返す。
「ん、お、おかえり。……早かったな。てっきりどっかで時間潰すと思ってたんだがよ」
父さんはなんだかバツが悪そうに返す。
そういや、口喧嘩したあとだったんだっけ。
なんで喧嘩したんだっけ?
……そう、プロレスのことで、だったね。
「………あのさ、父さん」
「お、おう?」
「プロレスのこと、また色々教えてくんないかな」
「え、ええ?いや、おう、ど、どうしたんだ急に」
「真剣に向き合いたくなったんだ」
「……将来の事を、か?」
「う〜ん。いや、『闘うってこと』を、かな」
「……」
父さんが急に私の顔をジロジロと見てくる。
「マトお前、なんか急に……」
「大人っぽくなったよね。お嬢様みたいだ」
お兄が急に茶化してきた。
ふふ、お嬢様、か。
「なんかあったのか?……いや、深くは聞くめぇ。よし!練習もするか?」
「久々だね!お願いしまーす!」
さあ、次の闘う相手は───……




