22話:お嬢様レスラー、マト!!
「傷の舐めあいは終わりましたの?」
イケメン執事軍団に全身を揉まれながら待機していたレイデが、ゆっくりと立ち上がった。
カーーーーンッ!!
リングの中央でお互いに睨みあいながら、再開のゴングが鳴る。
「ずーいぶんスッキリしたお顔をしてるようですけれど、残念ながらねえ!」
レイデは高々と腕をかかげ、チョップを振り下ろす。
「心1つで勝てるプロレスなんて存在しないんですのよーーーーーッ!」
『あーっと!レイデの脳天唐竹割り!!!』
私はそれを、まっすぐに受ける。
『マト、微動だにせず喰らってしまいました!まだ傷が癒えないのでしょうか!?』
「……なんだってんだ」
「あ?」
「こんな痛みがなんだってんだ!こんな痛みで、私を変えられると思うな!!」
「何をわけのわからんことを!」
『レイデ、両手を組んで脳天に叩きつける技『ダブルスレッジハンマー』の構えだー!』
レイデが構えた瞬間、私は体を大きく捻りながら跳び、後ろ足でレイデの腹を蹴り突く!
「ごぉっ……!」
『マト、『ソバット』で応戦ー!ついに動いたー!』
少し屈んだレイデ。
それに背を向けている私は、レイデの顎を肩に乗せ、両手で頭を掴んで落ち、その衝撃をレイデの顎にすべて伝える!
「あがあぁあ…!!」
『『ソバット』から流れるように『スタナー』が決まった!顎と脛椎に大ダメージを与える極悪技です!素人は絶対にマネしないように!!』
「さっき……『悪になる覚悟』とか言ってたね」
私の台詞にレイデが顔を向ける。
「ふざけんなよ。悪になるより、正しくあり続ける事の方が、よほど覚悟と忍耐のいることなんだ」
「んがぁっ!」
『ああっと、レイデ、パンチ攻撃です!プロレスではパンチは反則ですが……』
迫るパンチ、しかし私には軌道がハッキリと見える。
私は膝と肘でレイデの拳を挟み潰し、止めた。
『あ、あの動きで止めた!?マト、なんという反射神経、動体視力!!』
「ユニエは間違っていたのかもしれない」
でも。
「ユニエは嫉妬した。無茶だってした」
でも。
「それでも優しかった!人に優しくあろうとしてくれた!だから私はここにいられた!」
そう。だから、私は──
「ユニエの優しさを、お前に伝えてやる!痛みに代えて!」
──なりたい!ユニエの、『力』に!
ガッ、とレイデに腰回りを掴まれる。
「偉そうに、ハァァ…ご高説している場合ですかねえ?」
そのままレイデは肩で私の腹を突き上げ、ロープまで押し込んできた。
ミチミチと茨のロープが悲鳴をあげ、またもトゲが私の背に食い込んでくる。
「……んぐあああぁっ!!」
私は大声を出し、背中に手をやって悶える。
その様子を見てレイデは吹き出して笑った。
「ぶはあっは!なんですか!この程度の痛みが、とか言ってたクセして……しっかり痛いんじゃないですの!それはそうですわよねえ!前半戦のダメージは!茨の傷は、まだ残り続けているのですから!!」
私は嘲笑にも反応せず、唸りながら身をよじっているばかりだ。
「マト様……!」
ユニエの案じる声が、観衆のざわめきの中でもはっきりと聞こえてくる。
「ユニエといい、ああたといい、負け犬の痩せ我慢ほど惨めなものもなくってよ!ほぅら!もう一発!!」
レイデはもう一回、私の腹にタックルを仕掛ける!!
…… か か っ た !!
姿勢を低くして向かってくるレイデ。
その首に、上から腕を回す。
そして手と手首でレイデの頬を掴み、頭を90度捻る。
『と、捕らえた!マト、レイデのタックルを完全に捕らえましたー!』
「だから、痛くないって言ったでしょ」
「!あ、ああた、誘っていたのですか!あの身悶えは、演技……!」
「演技も本気も出来てこそ、本物のレスラーってもんでしょ」
私はレイデの頭を抱えたまま脚を振り、後方へと倒れこむように勢いをつける!
『こ、この動きは!フロントネック・チャンスリー・ドロップ~~~ッ!!!相手の首を捻りながら投げるこの技がもたらす脛椎へのダメージは計り知れませーん!!』
会場の湧きたつ声がビリビリと乱反射する。
『さあマト!このままフォールで3カウントに……いかない!?』
もちろんこのまま終わらせる気はないッ!
ユニエへの侮辱、暴虐、今この場で全部清算させてもらう!
こんなやつを、ユニエの心の傷痕には、させない!!!
『マト、うつ伏せ状態のレイデの後方へ回り、両脚でレイデの片脚を挟み込んだ!俊敏い!滑るように俊敏い!』
この状態からレイデの体を仰向けにひっくり返し、足首を腋で挟み……!
足首を後方へ丸めるように!
おもいっきり、伸ばす!!
「ひっ……!!」
そして足首の後ろ側、つまりアキレス腱を、手首の骨を使って思いきり締め上げる!!!
「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
『れ、レイデの悲鳴が会場中に響いてます!!これは脚関節技の中でも激痛技として知られる『アキレス腱固め』~!!』
観客のドン引く声も気にせず、私は黙々と締め上げる。
『筋肉を直接引きちぎられるような痛みと言われているこの技!!も、もはやこれ以上は……!』
しかしレイデは、口から唾を吹きながらもロープを掴む。
ロープエスケープのルールにより、ロープを掴んだ相手に攻撃を続けてはいけない。
私は関節技を外し、距離をとらされる。
レイデは、ロープを引っ張ってよろよろと立ち上がった。
茨のロープによって、手はズタズタになっているはずなのに。
「まだ、やるってんだね」
「当、然……!あてくしはねえ!簡単に敗けを認めるほど!簡単に自分を変えてしまうほど!腑抜けた『悪』やっておりませんのよ!!」
そう言ってレイデは、ゆっ……くりと構えて……。
構えきる前にこちらにつっかけてきた!
速い!
アキレス腱を痛め付けてなお、ここまで動けるだなんて!
私は背を丸め、防御姿勢をとった!
しかし、レイデは私の頭を両手で掴み、左膝で顔を攻撃する!
「凶悪な膝が入ったー!!」
鼻をやられた。
鼻の奥に、熱いなにかが溜まっていくのを感じる。
レイデはさらに私の頭を左ももに押し付け、跳び上がる!
『!これは!力技を好むレイデの得意技、『ジャンピング・ココナッツ・クラッシュ』こと、『スカルクラッシュ』だー!』
着地の衝撃がレイデの太ももを経由して、私の顔面へと伝わる!
そしてさらに、上からレイデの頭突きが加わり、さらなるダメージとなった!
ジーンと拡がる痛みと、ツーンと吹き出す鼻血が一気に私に襲いかかった!
鼻で……鼻で呼吸ができないっ!
『マト、盛大に鼻から血を流している!しかしレイデも、アキレス腱のダメージを無視して跳んだせいか、脚がふらついているー!』
レイデ。
あんたの根性は認めるよ。
だけど、私が、私とユニエが、勝つ!!
私は姿勢を低くしてタックルを放つ。
しかし、レイデは私の首に腕を回してきた!
『ああーっ!この状況!!先ほどマトがレイデに『フロント・ネック・チャンスリー』をキメた時の状況と同じです!今度はレイデが仕掛ける番……』
違う!
『い、いや!違う!マトの首を抑えきれていない!マトの頭がレイデの腹の横をすり抜けて、マトの肩がレイデの腹に当たる形となったー!!』
「う、ううううっ…!」
レイデが脚に力を入れ、投げようとする。
だが、もはや私を持ち上げられる力は無かった。
「う、うああ……うああああっ!!!」
レイデの焦燥が確信的な恐怖へと変わったとき、私は技をかける。
私は自分の両腕でレイデの両腕を巻き込みつつ、腰に両手をあてる。
そして!そのまま!!
後方に………投げるっっっっ!!!
『これは!!相手の腕を拘束しての、変形スープレックス~~~!!!!腕を封印されている以上、レイデは受け身はとれません!衝撃がモロに首に入る~~~~~っ!!』
これぞ『ノーザン・スープレックス』だーーーーーッ!!!!!
『そしてそのまま、フォールに入る!スリーカウント!!!』
審判が駆け寄り、マットを叩いてカウントを始める。
「ワン!ツー!!スリー!!!」
カンカンカンカンカンカーーーーーンッッッッ!!!!!!!
ワアアアアアア……!!!
歓声と、ゴングの音が会場内に高らかに響きわたる。
『マト、勝利~~~!!!序盤のやられぶりが嘘のような、大逆転劇となりました~~!!これだから、これだからプロレスはわからない!プロレスは面白い~~!!!』
私は目をつぶって上を向き、呼吸を整える。
まぶたを貫通する強い照明の光。
耳だけじゃなく、肌でも感じる歓喜の声。
急に感じる、自分の肌にまとわりつく血と汗。
……我ながら、今だいぶレスラーっぽい。
……悪い気はしない。
祝福を、全身で感じていた。




