21話:悲痛なる叫び!心まで闘え、マト!!
『ああっと!?ユニエです!今までのマトの試合で、セコンドをしていたお嬢様です!』
ユニエは全身がテーピングされ、メイドのネネネさんに介助されている。
歩くことは1人でも出来ているようなので、深刻な怪我は無いのかもしれない。
が、歩くたびに声が漏れていて、苦痛のほどは相当なもののようだ。
それでも、彼女はここに来た。
「マト様」
何が言いたいかは分かってるつもりだ。
恐怖で内蔵がぎゅうぎゅうと蠢く。
私は下を向き、歯をくいしばって、非難を受け入れる心の準備をした。
「ごめん……なさい……」
一瞬、自分が無意識に喋ったのかと思った。
でもそうじゃなかった。
ユニエが私に謝った。
ユニエが???私に???
「わたくし、貴女に嫉妬していた。わたくしの願う通りに動いてくれない貴女に、憤りを感じていた」
ユニエの声が震えている。
「でも、でもだからって!貴女に傷ついてほしいだなんて!痛い目にあってほしいだなんて、思っていたわけじゃなかった!……わけじゃなかった、のに……」
ユニエの怒りの矛先は、私に向かっていない。
「わたくしが勝手に決闘を挑んだから!無謀な真似をしたから!我慢できなかったから!自分だってできるんだぞって、皆に示したがったから!わたくしが!」
ずぶぬれになったような声で、ユニエが声を漏らす。
「わたくしが……弱いから……弱いから、起こったことなのです……」
……今のユニエの言葉。
きっと、私が否定しても、届かない。
もう、終わりなの?
なにも、かも……。
「いいかげんになさい!!!!」
突然の叱咤が響く。
頭をガツンと殴られるような衝撃に、感情が一瞬吹き飛んだ。
フォスタ夫人だった。
いつのまにか、私達のすぐ横まで近づいていたのだ。
「おかあ、さま……?」
「先程から聞いていれば、他人を妬み、いざ迷惑をかければ自分の弱さに嘆いて自分を責めて泣き。それで誰が救われるというのですか!?」
「っ……あっ……ぅ……」
「大人になりなさい。ユニエ」
「おとな……?」
「悲しいけれど、人は生まれた瞬間から、できることできないことが決まっている場合もあるのです」
「……!」
「それを受け入れ、自分の出来ないことを知り、出来ないことは他者に『命令』や『強制』ではなく『依頼』し、互いの不足を補い会う」
「……それが、『大人』……」
「そう。それができるのが『大人』であり、『大人』の集まりが『社会』なのです」
ほんの少し、重い沈黙で場が染まる。
「もう一度言います。大人になりなさい。ユニエ」
「わたくしは……」
いたたまれなくなり、私は会話をさえぎるためについ叫んでしまった。
「夫人!」
夫人はすこし驚いた顔をしていたけど、私を責めるような目をしてなかった。
私はユニエの方に向き直り、頭を深く下げる。
「ごめんなさい!」
「マト様……?」
「私、きっと、ユニエが苦しんでるって、気がついてた。でも、闘いたくなくて、痛みが怖くて、自分を変えたくなくて、見て見ぬふりをしていた」
私は唇をぐっと噛み締めたあと、続けて喋った。
「ユニエを助けてあげるって、フォスタ夫人と約束したのに、その言葉すら自分の都合のいいように解釈していたのかもしれない」
ユニエが夫人と私を交互に見る。
「私だって、『大人』じゃなかった。あれだけユニエに優しくされておきながら、自分のできることでユニエにお返しをしようって、できなかった」
そう、補い合えるのが大人だっていうなら、私だって……。
「だから、本当に、ごめん!」
私がもう一度頭を下げると、すこし間を開けて、フォスタ夫人が頭を下げた。
「……ユニエ。私からも、ごめんなさい」
「お母様!?」
「考えてみれば、貴女がそうやって孤独に闘おうとする子になったのは、私達の育て方に問題があったのかもしれません。貴女に期待しすぎてしまった。貴女に望みすぎていた。貴女に甘えていた」
「お母様、そんなことは!」
「マトさんに頼むより、もっと早く、もっと直接、貴女を抱きしめて、救ってあげるべきだった」
「お母様……」
「ユニエ。母からのお願いです。どうか、自分の弱さを晒すことを恐れないで。人に頼ることを、甘えと切り捨てないで。貴女は孤独でないと、どうか信じて……」
ユニエは固まったような表情の後、垂れていた両手をグッと握り、私の方へ向き直る。
「マト様、どうか、どうか、お願いします……あなたに託すことしかできない、私を許してください……」
ユニエが、震える声で喋っている。
その声には、恐怖と、迷いと、怒りと、恥と、謝罪と。
様々な負の念が混じっている。
私は、そんなに長くない人生で、理解していることがある。
『人が急激に変わろうとする時、そこには痛みが伴う』。
私は、かつて痛みで変えられてしまった、そこから自分を変えられないでいた。
それに対してユニエは、変わろうとしている。
自分が信じていた考え方を曲げて。
自分の弱さを受け入れて。
それらが及ぼす、精神的な痛みを受け入れてまで。
ユニエ自身のため、ユニエの家族のため、そして
私の為に。
どこまでも、ユニエは本当に良い子だった。
そんなユニエの為に、今、私が出来ること。
……決まってる。
「マト様!どうか!勝って!!!!」
ユニエの悲痛な叫びが、激流になって私の心に届く。
その大きな流れは、私の不安も迷いも恐怖も、すべてを呑み込んでくれた。
私は、ユニエを両肩に手を置き、笑顔で答える。
「まかせて!」
まだ飲んでなかった紅茶をポットごと飲み、頭にも浴びて、顔をパンと叩く。
もう、惑わない。
もう、恐れない。
私も……!
『後半戦、ただいま開始です!!!』
ゴングが、心まで鳴り響いた。




