19話:ユニエがいない!
朝。
あんな事があったのに、睡眠はしっかり取れる自分がちょっと悲しい。
特に何の前触れもない目覚め。
いつもならユニエが起こしに来てくれていた、
白いレースのカーテンを開き、外を見る。
朝日がまぶし……くない。
光の当たり方が普段と違う。
なんだか妙だ。
と、ドアをノックする音が聞こえた。
「マト様〜、お目覚めでございますか〜?」
メイドのネネネさんの声だ。
「はい、起きてます」
「大変お疲れだったようですねえ、もうお昼ですよ〜」
昼……そっか。
「すみません、こんな時間までぐうたらしてて」
「いいえー、ユニエお嬢様からも『起こさない様にしてあげて』と仰せつかっておりましたので〜」
ユニエ……。
急にお腹の奥がモヤッとした気分になる。
「その……ユニエ、どんな様子でしたか?」
「何か、あったのですかー?」
「ええと……」
居候の身で家主のお嬢様とケンカしたなどとはとても言いづらい。
言葉を探していると、ドア越しにクスッと笑う声が聞こえて、
「大丈夫ですよぉ、今朝なんて、むしろやる気の出てるような顔をして出かけていましたからー」
「そ、そうですか」
恨まれてはいないようだ、そこだけは安心だ。
なんて保身に入る自分が情けない。
「何があったかは知りませんけれど、ご心配には及びませんよー。お嬢様、マト様の事は信じていると思いますから〜」
ぐっ……。
『信じてる』。
その言葉、今となっては罪のように重くのしかかる。
……このままなんもせずにいるわけにはいかない。
立場的にも、自分の気持ち的にも。
「ユニエはトレーニング場へ?」
「え?うーん、行き先は聞いてませんでした」
「私、会いにいかないと」
ぐーキュルキュル。
「お食事はご用意してますのでー」
改めて、気分に左右されない自分の身体が恨めしい。
食事を済ませて足はやにトレーニング場へ。
しかし、いない。
受付の人に聞いても今日は見てないとの返事。
ええ?じゃあいったいどこへ?
街道沿いの住人さん達に様子を聞くも、目撃証言はあっても行き先は分からないとの答えばかり。
家出……じゃないよね、もしそうなら出ていくべきは私であってユニエじゃない。
誘拐?いやまさか、そもそもユニエ自身が行き先を誰にも伝えてないのが妙だ。
今になってフォスタ夫人の『ユニエを助けてあげてくださいね』という言葉が脳内で反響する。
なにをやってるんだろう私は。
でも、だって……。
「ユニエー!?どこー!?」
声をあげるも、返事はない。
空が曇ってきた時、後ろから声をかけられた。
「あの噛みつき犬なら、ウチに来てっけど」
アーシだった。
「!?アーシ!なんで?」
「……あーしは、お前を案内するよう言われただけ。レイデ姉様にね」
「レイデ? ……まさか!!」
「来いよ」
アーシが駆け出した。
私はその背後を見失わないようについて行く。
「お前、賢いじゃん」
……?
「いや、アイツがバカだったって言った方が正しいか」
!
「もう決闘も終わって、レイデ姉様ゆっくりしてんじゃねえかな」
!!!
「コッチだわ」
目の前にはそこまで大きくない古い屋敷に、チグハグなくらい新しげな専用トレーニング場。
長女ソヴェラの大躍進で成り上がったまさに成金貴族であることが分かる。
いや、そんなことはどうでもいい!
アーシは黙って、そのトレーニング場を指さしている。
私は、体当たりするくらいの勢いで扉を開く。
開いた先では、レイデとユニエが闘っていた。
いや、闘っていると言っていいのか。
ユニエが一方的に攻撃されているだけの光景だ。
観客はいないけど、決闘である以上、立会人兼審判となる人はちゃんといる。
ゆえに反則こそ行われていないけど、だからってこんな……!
「マト……様……」
コーナーポストにもたれかかったユニエが、こちらに気づいて振り向く。
ユニエの顔は無惨なくらい膨れ上がっている。
顔だけじゃない、全身にも痕が!
「審判!」
私が試合を止めるように促そうとすると、それを止める声が響く。
「やめて!!」
ユニエの声だった。
「ユニエ!?なんで!?」
「まだ、まだ戦えます……!」
「何言ってんの!無茶だよ!」
「無茶でもなんでも!やらなきゃいけないんです!わたくしの怒りを、示さなきゃいけないんです!!」
「ユニエ!!」
「貴方には頼らない!縋らない!甘えない!」
!!!
「わたくしが、わたくしの力で、やるんだ……!」
私のせいだ、私のせいでこんな……!
「ああた、や〜っぱり良いですわねえ〜!砕き甲斐がぁ、あるってものォ!」
レイデの肘打ちがユニエのこめかみに容赦無く突き刺さる。
ふらつき、倒れそうになるユニエをレイデが掴み、倒れさせない。
そこからさらに、ユニエの腹にレイデの膝蹴りが入る。
ゲーッホとユニエが咳き込み、唾が飛散する。
「!きったないっ!わねぇ!」
レイデのビンタが2発、3発と入り、ユニエは尻餅をついて落ちた。
ユニエはもはや、躱わすことも守ることすらもできない。
もはや気力だけで耐えている状態だ。
「わたくし、わたくしが……」
ブツブツとつぶやくユニエの首めがけ、レイデが蹴りを放とうとしている。
私は──迷わずリングに入り、ユニエの首に腕をかける。
「「……!?」」
レイデもユニエも驚いていた。
「ユニエ……ごめん」
私はユニエを締めた。
チョークスリーパー。
頸動脈──脳への血液の流れを瞬間的に絶って、相手を失神させる技だ。
上手くやれば痛みもダメージも僅かで済むし、レイデの足技から首を護れる。
……………。
大きく抵抗する様子も無く、ユニエはあっさりと失神てくれた。
抵抗する体力がなかったと言うべきだと思うけども。
ユニエがオチたのを見て、審判がすぐに試合終了の鐘を鳴らし、駆け出した。
医療班を呼びに行ったんだろう。
審判がまだマトモで良かった。
「はあ〜ーーーーーーーあ!!」
わざとらしく大きな溜息をついて、不快さをばらまく奴がいる。
「レイデ……お前……!」
「なあに、なんですの?お怒りは決闘の時まで溜めておいた方がエレガントだと思いますけどね~!?!?」
レイデは煽りながら、手についたユニエの血と汗を丹念に丹念に拭う。
これは間違いなく挑発で、罠だ。
分かっていても、怒りを抑えることができない。
ユニエに怒りを抑えさせておいて、自分がこうだなんて。
ごめん、ユニエ。
本当にごめん。
「決闘の時までなんて待っていられない!!!今すぐにでもお前をボコボコにしてやらなきゃ気が済まない!!」
「ああら、お盛んですことねえ。でも今すぐは流石に観戦希望者や関係者にご迷惑というもの。明日!明日にはこちらから『舞台』をご用意してあげましょう。……いえ、『処刑台』と言った方がよろしいのかしらね?」
「処刑されるのはお前の方だ!首を洗って待っていろ!」
そして翌日、私を待っていたのは、蕀のリングだった。




