18話:闘えない私だったはずだから
「そこまで!」
声が響いた。
メイヤさんだ。
「煽りあいからの揉め事など、貴族のなさる事ではありません!」
メイヤさんは私とユニエ、それからレイデを一暼する。
レイデに対しての方が、睨みが強い。
「トレーニング施設は令嬢の喧嘩場ではありません、公共の施設です。これ以上勝手する様なら、憲兵を呼びますよ!」
メイヤさんがそう一喝すると、レイデはつまらなさそうな顔をして肩をすくませる。
「これはこれは失礼しましーた!」
レイデはそう言って、その場を余裕そうに去っていく。
「これ以上先は、あとで、ね」
レイデはユニエを見て、ニヤリと笑った。
嵐が鎮まると、ユニエは私の手を乱暴に振り解き、メイヤさんに頭を下げた。
「失礼、いたしました」
「……お気をつけください」
「はい」
ユニエはもう一度深く頭を下げて、帰ろうとする。
私を置いて。
「あの、メイヤさん。ありがとうございます、助かりました」
「一般の方から、喧嘩が起きそうだと呼ばれて来たまでです。それより……ユニエさん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよきっと、ユニエは私よりしっかりした人ですから」
「ではなぜ先程は、あんなに怒ってたのでしょうか」
「それは、きっと……なんだか今日、ユニエがイヤな気持ちになるような事が多かったから……あと、ユニエが大切にしている『家名』までバカにされたから……」
「……そうですか」
メイヤさんの相槌になんだか含みを感じるけど、なぜだかそれを聞く気になれなかった。
私もメイヤさんに一礼し、ユニエの後を追う。
なんだか、すごく胸が騒ぐ。
何かが崩れる、予感がする。
フォスタ家の屋敷は、街外れに建っている。
ので、屋敷近くの道は人通りが少ない。
その道で、やっとユニエに追いついた。
「ねえ、ユニエ。その、怒ってる?」
「怒ってないと言えば嘘になります」
「やっぱり、レイデに?」
「…………色々な事に」
「もしかしてそれって、私も含まれてる?」
「……………わかりません」
そこを分からないと返されては、何も言いようがない。
「なんて言ったらいいか、分からないけど……ユニエには、いい気分でいてほしいよ、私は」
「………」
「レイデの言ってた事なんて気にしない方がいいよ!ああいう奴には無視が1番だって!レイデだってララフェイドみたいに、何してくるかわかった物じゃないんだからさ!『嫌な奴の言うことは聞き流すのが一番の対応』って世間様も言うし……」
ユニエの足が止まり、口が開いた。
「マト様に、正義はありますか?」
え?正義?何の話?
「自分の中の、絶対に譲れない、踏み込まれたくない領域、信条……」
「それが私には無いって言いたいの?そんなこと…!」
「わかっています。マト様にもそういうモノがあるというのは。だからこそ、私の怒りも分かってほしかった」
「分からないわけじゃないよ!……」
「『だけど』?」
ユニエが予想した私の次の言葉に、私は黙ってうなづく。
「『痛いだけだから』ですか?」
私はまた、黙ってうなづいた。
ユニエは唇をぐっと噛み締めた後、開いた。
「マト様、どうしてしまわれたのですか?」
「どうもこうも……私は、元々こういう人だよ」
「いいえ!」
ユニエは私をキッと睨んで構える。
「マト様は、善悪を判断し、立ち向かう意志を持っている方のはずです!」
「な、何を言って」
「では、私を最初に助けてくださったのは、何故なのですか?」
「それは……」
「マト様はきっと、痛みを恐れているだけなんです!過去に恐怖して、未来をただ安寧に過ごすことだけを望んでいる!」
「やめて……」
「でも、きっとマト様だって分かっているはずです!どんなに眼を背けても、闘わなくてはいけない時はいつかきっと……」
「やめてよ!!!」
私の拒絶に、ユニエが言葉を失った。
「ごめん、ユニエ。でも、私、闘いたくないよ……ユニエとだって……」
「マト様……変わる事は、できないのですか……?」
「人間、そんなに簡単には変われないよ……」
ユニエは一瞬、落胆したような顔を見せた後、悲しげに走り去ってしまった。
ああ、私はこれからどうなっちゃんだろう。
私は変われないのに、変わりたくないのに。
周りだけが私の意思に反して、激しく変わっていく。
モヤモヤとしたものが私の頭の中で流れて動いている。
そのせいで、何も考えられず、ボッと立ち尽くすことしかできなかった。
走り去る足音が2つあったことも、気に留めることができなかった。
翌朝。
ユニエは、いなかった。




