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雨音、粒の合間の怪

作者: 坂栄逆酒

この企画的なやつやってみたかった。

ザアザアと雨音がしていた。


酷い音だ。ブラウン管の音も聞こえない程の音量だ。ただ近くを通った救急車両のサイレンだけは聞こえてくる。


「明日香、外はどんなだ?」


「とっても酷い雨だわ...何も見えない」


「こんなことないのになぁ、今年は天気が良くないことが多いね」


「そうね、なんだか...なんだか少し不吉」


他愛もない会話をしていると、バリンと2階で何かが割れる音が聞こえた。


「なんの音だ...!?」


夫と一緒に2階へ上がった。そこには鴉が窓を突破って部屋に入り込んでいた。大雨も部屋の中に入り込んでいて、窓際に置いていたラヂオもカーペットもぐしょぐしょになっていた。


「おいおい、なんでこんな事が...こんな台風みたいな日に鳥が飛んでいるものか?」


余りにも雨が大きく強いので、じゃんじゃんと割れた窓硝子と共に部屋の中に入ってくる。


一先ずガムテープと何重にも重ねた段ボールで窓を塞ぎ、一旦は安心できた。


「あなたお疲れ様...今、お茶を入れますから」


「ああ、有難う」


下に降りて行って茶っぱをとり、お湯を沸かした。

数分待っていると、玄関のベルが鳴った。


「どなたかしら?こんな日に...はーい!少し待っててくださいね!」


台所から玄関へ続く扉を開けて向かっていった。


「お待たせしましたーって...あれ?」


そこには誰も居なかった。


だが何故か靴があった。それも玄関の方向を向いてるのではなく、爪先は全くの外の方向を向いているのであった。


「えぇっ、どうして靴が玄関に...」


「どうした明日香、何かあったか?」


「あ、あの、玄関先に靴が」


「靴?なんで?」


「私も良く...よく分からなくて...」


「ま、まあ放っておこう。誰かの靴が風で飛ばされてきたのかもしれないからな」


「そう、ですね」


風など吹いていない。拷問のような雨なら降っている。玄関の扉を閉めて、鍵を閉めた。


「おい、何だこの音」


「あっ!やかんが!」


甲高い音の元に急いで戻り、火を消す。


火を消した。火を消したのだ。火を消しているのにも関わらず、その音は止まらない。次第に泡も膨れ出てきて、火傷しそうになった所でシンクにやかんをほおり投げた。


「おいおい今度はなんだ!何が起こってるんだ!」


「火、火を消したのに全く音が収まらなくて...!」


「はぁ!?そんなことが...」


「あったんです!あなた信じて!」


「ああ、まあ、信じるよ信じるさ...茶はもういい。少しお前も休め明日香」


「大丈夫です!また沸かしますから...」


夫はお茶を入れ終わるまで一緒に居てくれた。茶の間で二人でお茶を飲んでいる時も、怯える私の肩を抱いてくれていた。私は夫の優しさを感じていた。


あれから数時間経った。雨は未だ降りしきっている。少し不安の残る中で眠りに着こうとしている時だった。ふと喉が渇いたので、台所に向かった。


家の台所には正面に窓が付いている。と言っても磨り硝子だが。


水を1杯飲み干した。前を見ると明らかな人間の顔が磨り硝子というその荒い透明度でも分かるはっきりした男の顔が見えた。


「きゃあ!」


思わず尻餅を着いてしまった。男の目線は床に着いた私の方に向いていた。


「ど、どうした!」


「あ、あなた...お、男の人が...!」


声とも言えない明らかな怯え、掠れた声で話す。


「はぁ?何を言っているんだ!」


「ほ、ほら...窓硝子の方に...」


電気の付いていない暗い方へ指を指す。この一日で精神が疲弊している。もう何にも出来ないような、へとへとになってしまった体と、心と。


せめて何があるかだけ示そうと。


指を、指した。


「...?何を言ってるんだ明日香...なんにもいないじゃないか!頼むそういうのはやめてくれ...冗談だけにしろ!」


「え...?でも...そこにいたじゃないあなた...」


「大体なんなんだ一体!朝からずっとじゃないか!一体お前には何が見えてるんだ!」


「...ごめんなさい」


「...寝るぞ」


「...はい...ねぇあなた?」


「なんだ」


「その...今日は一緒に寝てもいいかしら...」


「はぁ...好きにしなさい」


「ありがとう...」




雀の遊ぶ声が聞こえる。目を開けて日が昇っていることを解ったので、起きて布団を畳んで自分の部屋に戻す。


今日は大事な約束がある日だ。いつも忘れないようにメモ帳に書いて、いつも目覚まし時計の下に置いている。そのおかげで今日もその事を忘れなかった。


新しいワンピースに着替えて、朝食と夫のお弁当を作っているうちに夫が寝室からでてきて「おはよう」よりも前に言葉が聞こえた。


「昨日はお前何をしてたんだ?ガタガタガタガタうるさかったぞ!眠れたもんじゃなかった!」


「え?何言ってるのあなた、あたし直ぐにあの後寝たのよ?途中で起きてなんかないわ」


「なんだって嘘をつくんじゃない!俺は今日大事な取引があるのに、寝不足だぞ全く!」


「ごめんなさい...」


黙々と朝食を食べ進め、皮の鞄と弁当を持たせて、昨日のうちにアイロンをかけておいたスーツに着替えた夫も家を出たころ、私も用事へ出掛けるために化粧をして、目一杯に綺麗にして出掛けようとしていた。


「窓は閉めた...ガスの元栓は止めたわよね...」


昨日男が覗いてきた台所の磨り硝子にカーテンをして、外側から少なくとも茶の間は見えないように、ある程度対策はしていった。


この家の玄関の扉は引き戸で透明な硝子が大きく使われている。黒い縁に硝子が付いていて、外がよく見える。


「ん...しょ...」


靴を履いて、もう行かなきゃ。あと20分程しかない。


扉に手をかける為に前をパッと向いた。


通行人が通っている。黒いスーツに黒い靴。黒い髪黒い手袋。黒いネクタイ。


お葬式でもあるのかなと、気づいたらその人は通り過ぎて見えなくなっていた。


家を出て、駅まで向かう。


コツコツコツ...三歩歩いてふと思った。その黒いスーツも黒い靴も、黒い髪も黒い手袋も黒いネクタイも、なんだか境界線がなかったような気がする。


さっきの通行人のことを思い浮かべる。


全身に黒い服を身に付けていた。それは、解った。ただ分からなかったのはその通行人の横顔だ。


思い返しても思い返しても、その男の横顔が、横顔というより全身の肌が、通行人の男の姿が、真っ黒な影のようだった。


袖と手袋との境界線が見えずらかったのでは、分からなかったのではない。そんなものなかった。全身が影のようなもので出来ているのだから、そのような区切りは目では見えないのだ。


そしてもうひとつ思い出した。同時に背筋も気味悪く凍りついた。まるで凍らされた死体が背中にまとわりついている様に。


その通行人の向かった先は、行き止まりだった。


全くの、コンクリートの石壁であった。


恐る恐る振り返れば、行き止まりの壁の数歩手前、昨日の豪雨によって大きな水たまりが出来ていた。


黒い影の頭らしきものだけが水面から飛び出していた。


私は恐ろしくて走って逃げた。



駅前には人気の代わりに水たまりが多くあった。

雨もぱらぱらと降り始めてきてしまった。


もうとっくに集合時間だと言うのに、約束の友人はまだそこにいなかった。


集合場所に指定した所と同じところに、赤い傘を持った男が突っ立っていた。


少し左右にゆらゆらと揺れながら、誰かを待っているのだろう。


異常なほどの静けさだ。私はその雰囲気の悪さに足を運べないでいた。


雨も少し強くなってきた。


水溜まりは大きくなってきた。


やがてみるみると言う内に水溜まりは広がってやがてコンクリートの地面を覆い尽くした。


「明日香ぁ」


「...あなた?あなたなの?」


「明日香ぁぁ」


「どうしました?私はここにいますよ?会社はどうしたんですか?まだお昼の時間じゃないでしょう?ここで何をしてるんです?」


「邪魔...しやがって...お前のせいでぇぇ」


「はい?...」


「お前のせいでぇぇぇ!!!」


ガっとこちらに振り返った夫の顔はよく見えなかった。よく見えなかったが恐ろしかった。


ひっと怯んだ途端、コンクリートの上に張った水面から黒い腕が無数に出てくる。


私の足を大量の腕が掴んで水面に引きずり込もうとしている。


「いやぁあっ!なにこれ!いやっ!」


「明日香ぁ...送られろ...送られろ...」


「あなたっ!助けて!」


「明日香ぁ...地獄に...送られろ...送られろ...」


「んっ!もう離してったら!」


なんとかヒールで蹴りを入れて腕は足から離れた。


私はその隙に逃げた。ヒールだから最も走りにくかった。


「明日香ぁ!!逃げるなぁ!」


夫のような人は包丁を取り出してこっちに走ってきた。雨は未だ強くなりつつある。


「いやっ!あなたやめて!」


「お前のせいで!お前のせいでぇ!」


走って、もう体力も尽きそうになってしまった。


「明日香ぁぁぁぁ!」


「まだ追ってくるの!もうやめて...もうやめてよ!」


ある十字路に出た。確かここは、右に曲がれば踏切があった。


「送るぞ、送るぞ明日香!」


「はぁ...はぁっ...来ないで!」


「送ってやる...送ってやる!」


「やめて...来ないで...」


包丁を握り直してこっちに向かって走ってくる。


直ぐに男は見えなくなった。電車の車体で男は隠れた。


大きな音と共に電車が通り過ぎた後も、男の姿はなかった。


少し走った先で電車が止まった。運転手が降りてきて叫んだ。


「おーーい!!誰か救急車を呼べっ!」


「じ、人身事故を起こしてしまった!救急車を!」


少し遠くでは大騒ぎになっている。


水面から人の形をした影のようなものがこっちを見つめていた。


夫と似た、いや多分本人だろう。その一度愛した男の顔の上半分が影と一緒に私を見つめていた。


私は足をがっちり掴まれたようにそこから動けなかった。


あんまり怖くは無いと思うけど、できる限りを尽くした。初めて短編を出しましたね。面白いと思って頂けたら光栄であります。

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