第三夜 クリスマスイブな一日〜特別な誕生日
クリスマスイブ。
いつもと変わらない夜明け。
誕生日。
やはり今年も一人のようだ。
いつもと何も変わらない。
今日は限界まで寝てやろうと心に誓い、布団を頭からかぶる。
暗闇の中で目を開けると、薄い布団から微かに光が透過されてくる。
高校時代、野球部の二番手ピッチャーだった三太は、新人マネージャーだった柊の教育係を押し付けられた。
何も知らない柊に、雑用のノウハウからスコアのつけ方まで教えたのは彼だった。
雑用をこなしながら二人はよく話した。
奥手だった三太も、気付けば彼女とは気兼ねなく話せるようになっていた。
人懐っこく男勝りな性格が、彼には合っていたのかも知れない。
卒業後も地元に残った二人は、主に柊のお節介によって連絡を取り合っていた。
連絡が密になると少し鬱陶しいものだが、暫く来ないとなんだか心細くなる。
そんな時は三太から様子を伺うこともあった。
二人は先輩後輩として、細く長く繋がっていたのだ。
そういえば、柊ともこれまで一度も喧嘩はなかったな。
布団から顔をだし、起きない頭で考える。
あいつはあいつなりに気を遣ってくれたのにな。
あいつはいつも正しいことを言うのに、俺はそれを聞かないんだ。
俺が間違っているのは分かってるけど、あんまり冷たい言い方だったから、頭にきたんだ。
でも、いきなり電話を放り出さなくてもよかったか。
悪いことしたかな・・・。うじうじ考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
どうせ新聞かなんか勧誘に決まっている。
ミノムシ三太は再び布団を頭から被る。
またチャイムが鳴る。
二回、三回、四回。
しつこい業者だ。
五、六、七、八・・・
無視しようと努めても、いつのまにか繰り返されるチャイムの回数を数えてしまう。
十一、十二、十三・・・
十四回目のチャイムで我慢の限界が訪れ、三太は布団から飛び起きた。
どれだけしつこい業者なんだ。
一つ顔を見て、怒鳴りつけてやろう。
―――勢いよくドアを開けると、そこには膨れっ面をした柊が立っていた。
「な、なんだよ。お前かよ」
睨まれ、気押され気味に三太は言う。
さっきまで謝ってやってもいいと思っていたが、面と向かうと何を言っていいのかわからなくなる。
「なんだよ、なんか用じゃないのかよ」
そっけなく訊いても、彼女はムッツリ顔を膨らませてなにも言わない。
「なんとか言えよ」
「先輩がもう声聞きたくないって言ったんじゃないですか」
と早口でもごもごと一人ごちる柊は、三太を睨みつけ、着替えてください、と呟いた。
寝巻きに寝癖の三太が状況を飲み込めないでいると、早く、と急き立てる。
「早く着替えて、出かけますよ」
五分で、と言いドアを閉められた三太は、頭を掻きながらも着替に取り掛かった。
一晩経ち、柊の態度は元に戻っていた。
ユニットバスの鏡に向かってニンマリすると、三太は寝癖を直し、再び玄関のドアを開けた。
「―――もう少しマシな格好でお願いします」
来た時と同じところに立っていた柊は、三太の格好を見て、即座にドアを閉めなおした。
ジーパンにフリース。
何が悪いんだ。
「髭も剃ってくださいね」
ドア越しに出る指示を、無精髭を撫でながら彼は聞く。
とにかく、自分の持っている中で一番まともな服を来ていけばいいらしい。
不承ぶしょう髭を剃り、黒のナイロンパンツを履き、ボタンの取れかかったPコートをはおり、みたび玄関のドアを開ける。
するとやはり待ち構えていた柊に、上から下まで格好を見られた。
彼女は短く、行きましょう、と言って踵を返した。
三太がついてきているかも確認せず、柊は大股でズンズン歩いていく。
駅までの道を二人は無言で歩いた。
自転車が主な移動手段である三太は、久しぶりに徒歩でみる景色を呑気に楽しんでいた。
クリスマスのイルミネーションに命を賭けているような住宅地を抜け、通りの激しい国道沿いを歩く。
駅前通りを曲がると、ずっと昔に整備された並木の下を通る。
すでに枯れ葉一つない木々が寒々しい。
「どこにいくのかな?」
黙って歩く柊に追い付き、聞いてみる。
「どこがいいですか」
と彼女は前を向いたまま答える。
足取りは確固たるもので、行き先に迷いは感じられない。
「どこがいいってお前、どこに向かってるのさ」
「とりあえず、駅へ」
一問一答に話も続かず、三太は見えてきた駅に着くまで大人しくついていくことにした。
「先輩、絶叫系、苦手でしたよね」
駅につくと、そういいながら柊は路線図を見上げる。
躊躇いなく切符を買う。
1960円。
どこまで行く気なのだろう。
遊園地で絶叫系の乗り物で耐久レースでもされた日には敵わない。
「柊ちゃん。ほんとにどこに行くのか教えてくれないかな」
恐る恐る訊く三太を彼女は睨むだけだ。
電車に乗る。
滅多に乗らないローカル線。
見慣れない景色。
どうやら、都会には向かっていないらしい。
三太は一人、肩を撫で下ろす。
「海、見たくないですか」
席に座ってから大分立った後、窓の外に目を向けながら柊はそう呟いた。
「ばっきゃろー!」
柊は海岸に着くなりそう叫んだ。
ローカル線に二時間弱揺られると、水族館の名の着いた小さな駅に、二人は降りた。
「先輩も、どうですか」
息切れしながら促され、ばっかやろーと叫んでみる。
「ダメダメ。もっと心の底から叫ばないと気持よくないですよ」
「だってあっちで犬の散歩してる人、見てるぞ」
「そんなの気にしなくていいんですよ。先輩、試合の時は相手のベンチが怯むくらいのヤジ飛ばしてたじゃないですか」
そういって叫びまくる柊は、勢いあまって砂につまづき転んだ。
海に向かって叫ぶなんて、青春ドラマじゃないんだから・・・
なんだか面白くなってきた。
「ばっっきゃろー!!」
思いきり叫ぶと、笑いがこみあげてくる。
柊を見ると、やはり彼女も笑っていた。
手を貸し立たせ、それから二人は、人もマバラな真冬の海に向かって叫び続けた。
一頻り叫んだ後、二人は海岸線を歩いた。
冬の海は厳しく、風が柊の髪を揺らす。
「あれ? お前、髪染めた?」
海岸沿いにある小さな水族館まで着くと、三太は口を開いた。
「今頃気付いたんですか? 先輩、びっくりするほど鈍いですね」
呆れた風の柊を見てみると、珍しくスカートなど穿いている。
普段は滅多に穿かないのに、その上、ブーツまで履いているなんて・・・
「今日、なんかあったか?」
三太の問いを彼女は笑い飛ばした。
町の小さな水族館は見るものも限られていて、隅々まで楽しんでも二時間はかからなかった。
帰りの電車は二人とも、行きの分だけ饒舌だった。
高校時代の思い出や、同級生の近況など、いくら話しても話題は尽きなかった。
「俺、柊とだったら死ぬまで喋ってられそう」
地元に戻り、二人の行き着けの居酒屋で落ち着いたとき、ニコニコして三太はそういった。
「それって、どういう意味ですか?」
「気がねもいらないし、妹みたいだし。ほら俺、普通の女の子となんてまともに話せないじゃん。だから」
「・・・冴島さんとは半年付き合ってみて、少しは打ち解けられたんですか」
未夢の名前を出されて、三太は思わず忘れていた二日前の出来事を思い出してしまった。
男と腕を組んで歩く未夢。
三太と目があったときの無表情な顔。
電話の低い声・・・
「嫌なことを思い出させてくれるな」
「半年付き合ってまともに話せてないなんて、それって付き合ってたっていうんですか?」
真剣な眼差しを向ける柊と目をそらし、うるさいなぁ、と三太は呟く。
「女将さん、焼酎もってきて!」
説教の時間にならないように、三太はわざと声を張る。
「先輩と普通に喋れるってすごいですか」
いつの間にか今朝のムッツリ顔に戻った柊が訊く。
どこかで地雷を踏んだらしい。
「冴島さんにできなかったことを、私には自然とできるって、どういう意味ですか」
すでに干してしまったグラスをすすり、三太は質問の意味を考えた。
「―――柊ちゃん、今日、お誕生日だったでしょ」
焼酎に加え頼んでもいない鯛の煮付けを差し出して女将は言った。
「サンタも、おめでと。これ、気持だから食べて」
三太は柊の顔を見た。
「・・・お前も、今日が誕生日だったの?」
「やだ、知らなかったの? 12月24日の誕生花、ヒイラギ。分かりやすい名前じゃない」
「柊がクリスマスイブの花だなんて、知らなかったし・・・」
「だめよ。二人ともこんなに仲がいいんだもの。しっかりお互いの事を知っておかなくちゃ」
カウンターに戻る女将に、ありがとう、と笑顔で挨拶する柊を見て、三太は腑に落ちない気持ちになった。
「なんだよ、水臭い。どうして言ってくれなかったんだよ」
「そういうの、自分でいうものでもないですから」
ホットの梅酒を手で包み込み、柊は湯気を一息吹いて見せる。
「誕生日だってのに、おれなんかといてよかったのか」
三太の問いに、彼女は今朝から何度目かの白々しい顔をしてみせる。
「てゆうか、ここ何年か、俺とばっかりいなかったか?」
彼は高校を卒業してからのクリスマスの記憶を辿っていた。
一人で寂しく過ごした記憶しか残っていなかったが、よく考えると柊が決まって遊びに来ていたような・・・
「お前―――」
その時、彼の言葉を遮るようにテーブルの上の携帯電話が鳴った。
着信 冴島未夢
ディスプレイに写し出された名を見て、三太は考えなしに通話ボタンを押した。
「サンタ君?」
受話器越しの未夢は、付き合っているときと同じ甘い声をだした。
「今日、一緒に過ごそうって言ったの憶えてる?」
以前の約束を、未夢は言っていた。
うん、と三太は短く答える。
柊は誰からの電話か気付いたようで、黙って彼の受け答えを聞いている。
「この前のことは、誤解なの。説明もしたいから、今から会ってくれる?」
そういって未夢は駅前のホテルのバーにいることを告げた。
「プレゼント用意して待ってるから。クリスマスプレゼント」
その言葉を最後に電話は切れた。
とても誘惑的な声だった。
携帯電話を閉じ、三太は立ち上がった。
会計をしている間、彼は楽しかった未夢との思い出を思い返していた。
ぎこちない自分にいつも優しくしてくれた未夢。
喋ることが無くて困った顔を見て笑う未夢。
プレゼントを受けとり目を輝かせる未夢―――。
駅前広場のクリスマスイルミネーションは、澄んだ空気に一層輝いていた。
「先輩、行くんですか?」
後をついてきた柊に、三太はベンチに座るよう促した。
三太と未夢が初めてデートした時に座った、あのベンチに。
「あの時もここに座れって言われてさ」
三太は空に消える白い息を見上げる。
「その日はほんとに俺、いいとこなしで、きっと怒られるんだって思って縮こまってここに座ったんだ。でも、彼女は怒らなかったんだよなー。俺の肩に頭なんか乗せて、落ち着くって言ってくれたんだ。俺、あの時のこと、まだ憶えてるよ。嬉しかったなー。女の子にそんなこと言われたのなんて初めてだったし、怒られると思ってたから一層、嬉しかったんだな」
三太は噛み締めるように動作を交えて柊に当時を説明した。
「その後だって、まともに付き合ってたなんて言えないんだ。話しかけられても答えられないし、話しても何をいってんのかわからないし。ドジばっかりで、とっくの昔に愛想をつかしてもいいはずだった。
でも彼女は怒らなかったよ。俺がどんなにイジイジしても、失敗ばかりしてもさ。・・・優しかったんだ。・・・優しかったなー・・・」
話してもいる途中にも、微笑む未夢の顔が浮かんでくる。
なんでも許してくれる、女神のような笑顔。
「・・・でも、それだけだった。今考えると、優しいだけだったんだよ。真剣じゃないから、きっと怒る気にもならなかったんだ」
薄々気付いていたことを言葉にすると、彼の中でそれが確信に変わった。
「さっきの電話ではっきりしたよ。彼女、プレゼント用意してまってるって言ってた。クリスマスプレゼント。きっと、俺の誕生日なんて忘れてて、自分がもらえるはずのプレゼントで頭がいっぱいだったんだ」
そこまで話すと、急に肩の力が抜けたように、三太は溜め息を着いた。
そしてクリスマスツリーと化している駅前広場の大木を指差し、
「あれってヒイラギ?」
と訊いた。
「いえ、違います。柊の葉っぱはギザギザしてトゲがありますから。冬の木でもクリスマスツリーとしては使われないんですよ」
彼女の答えに、へー、とだけ三太は応える。
「俺、考えてみると、お前のこと、あんまり知らないんだな」
ハッとして柊は三太の顔を見る。
「誕生日のこともそうだし、俺、いつも自分のことしか考えてなかった―――」
その時、三太のポケットの中の電話が鳴った。
着信 冴島 未夢・・・
「思えばいつも、お前はそばにいてくれた」
振動を続けるディスプレイを見ながら三太は言う。
「俺が寂しいときは黙って側にいて、俺がダメな時は叱ってくれて、俺がちょっとやる気を出すと、手放しで応援してくれた・・・」
電話を握った手で未夢からの着信を断ち切ると、彼は柊を正面から見た。
「今まで、ありがとうな」
微笑む三太を見て、柊も笑った。
しかし彼は考え込む。
「で、結局、俺はなにがいいたいんだ?」
どこまでもダメダメな三太は途方に暮れ、道行く幸せそうなカップルたちを見送る。
「先輩、冴島さんと、まだキスもしてなかったんですよね?」
イタズラっぽい問いに、口を尖らせ三太は柊に向き直った。
―――その時、彼女は三太の頬に手を添え、とても短いキスをした。
「これで一気に、冴島さんを追い抜きましたね」
キョトンとする三太に、柊は満面の笑みを浮かべたのだった。
「じゃあ、俺の家にでも帰りますか」
妙に大きな声を上げ、三太はベンチを立つ。
「いいですけど、エッチなことは禁止ですよ」
「えっ? なんで!?」
「私、先輩の考えてること、八割はわかってるとおもいます」
苦笑いする三太のコートのポケットには、彼の手に繋がれた、柊の小さな白い手があった。
寄り添い、広場を横切るカップルの一組と化した二人は、イブの夜の幻想的なイルミネーションの光の中に消えていった。
みなさまに素敵なクリスマスが来ることを祈って