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第二夜 現実に引き戻すのはやめて欲しい

暖房器具の一つもない部屋で布団に包まり、三太は携帯電話に見入っていた。

昨日の出来事が夢のようである。

しかし、夢は一本の電話で現実であると証明された。


尾行するなんて、サイテー。


そう言い捨てて未夢は電話を切った。

唖然として反論する間もなく口を金魚のようにパクパクさせた三太は、気を取り直したあとに意気込んで電話を掛け直したが、そのときには既に未夢への着信は拒絶されていた。

イブイブだというのに、日中ずっと部屋に籠もり、テレビを見て過ごした。そしてもうすぐ日付が変わる。

クリスマスの一日前。

つまり、クリスマスイブである。

そしてその日は、三太の誕生日でもあった。

今年こそは恋人と一緒に過ごせるはずだったのに・・・。

悶々とした想いが、彼の布団から抜け出す力を奪っていた。


「先輩、昨日はすいませんでした」


時計の針が深夜零時を指したとき、電話が机の上を振動した。


「お前、今何時だと思ってるんだよ」


声が力ないのが自分でも分かる。


「ひどいな。お祝いの電話なのに」


「そうか、憶えていてくれたか」


「まあ、一度聞けば忘れない日ですからね」


「でも、やっぱり今年も、恋人と過ごす日にはならなかったな」


自嘲めいてそういうと、机に置いてある小さな箱に目がいった。

サーモンピンクの包装紙に包まれた箱は、未夢のために用意していたクリスマスプレゼントだった。


「なあお前、プレゼントいる?」


徐に受話器に向かって呟いてみる。


「どうしてですか? 私があげるんじゃなく、くれるんですか?」


ああ、と呟くと少し考えた間があり、それから柊は答えた。


「それもしかして、冴島さんにあげようとしていたものだとか・・・」


答えないでいると、いりません、ときっぱり撥ね付けられた。


「ちなみに、他にも彼女にプレゼントってあげちゃいました?」


どうして、と訊きながら小箱を開け、中に入っていたリングを摘み出す。

ピンキーリングは、三太のどの指にも嵌らなかった。


「言ったじゃないですか、冴島さん、噂が結構あったって」


それから三太は、未夢に関する噂を延々と聞かされた。

柊の話によれば、未夢は何人もの男を手玉にとっては貢がせている地元では有名な悪女だったらしい。


「先輩、知らなかったんですか」


色恋沙汰に疎い三太は疑いもしていなかったが、考えれば思い当たる節があった。

未夢と付き合った半年あまりの年月に、毎月記念日と称してデートをした。

恋愛に不馴れな自分は失敗ばかりしていたが、彼女は一度も怒らなかった。

未夢はいつでも優しく、ケンカ一つしなかった。

思い当たる節はあるにはあった。

が、思い起こすと、楽しかった記憶ばかりが蘇ってくる。

プレゼントを渡したことだって、三太には幸福な出来事の一つだった。

それなのに、あれが全て偽りだったなんて・・・。


「毎月、プレゼント渡してたけど、あっちもくれたよ」


「何をですか?」


「手作りケーキとか・・・」


「こっちは?」


「だいたい彼女が欲しいって言ってたのを買ってたな。ピアスとか、ネックレスとか・・・」


受話器越しに柊の溜息が聞こえてくる。


「手作りのプレゼントなんて、嬉しいじゃないか」


「ケーキですよね? 実費で5百円も掛かってないですよ」


「お前はいつも現実的なことを・・・」


呆れ声に美しい思い出を汚されているような気がして、三太は口を尖らせる。


「プレゼントは値段じゃないだろ」


「値段じゃないなら、何でネックレスなんて買ったんですか」


「それは・・・彼女が欲しいって言ったから・・・」


「いくらしたんですか」


四万、と答えると柊は大袈裟に驚いて見せ、


「海老で鯛を釣るって、こういうことをいうんですね」


と嘯いた。


思い返してみると、確かに未夢からのプレゼントは金の掛かっていないものばかりだった。

手作りのケーキにクッキー、手紙などなど・・・

だが、やはり三太にとって、それらはかけがえのない思い出だった。

特に、三ヶ月目の記念日にくれた手紙など、何度読み返したことか・・・

しかし紙代は多く見積もっても十円にもならないだろう。

そのお返しに買ったピアスを思い浮かべ、三太はやるせない気持ちになる。


「でも、あっちはピアスとかが好きで、こっちは手作りのプレゼントで十分満足しているんだから、それでよかったんじゃないのかな」


三太は苦しいとわかっていながら、未だに未夢を諦められないところが心のどこかにあった。


「男と一緒に歩いていたのだって、なにか事情があったのかもしれないし・・・」


「先輩、気は確かですか?」


信じられないふうに柊は聞き返す。


「俺、一度なんとか連絡を取ってみるよ。それで、事情を聞いてみたいんだ」


受話器の向こうではなにやら不穏な空気が流れているようだが、三太には三太の空気が流れていた。


「別にやり直そうとか、そういうんじゃないんだ。でも、このまま何も分からないまま別れるなんて気持ち悪いじゃないか」


「・・・あれから、連絡あったんですか?」


尾行するなんて、サイテー。


いや、と三太は未夢の低い声を咳払いで追いやる。


「ないなら、それが証拠じゃないですか」


「なんだよ、証拠って」


「普通、あんな現場を見られて健全な理由があるなら逃げないし、すぐに事情を説明しようとするでしょう」


怒ったように責め立ててくる柊の声。

高校時代から変わっていない関係性。

三太は上からモノをいう後輩に嫌気が差した。


「なにか事情があって、一日連絡が取れなかっただけかもしれないだろ。恋人同士だって、一日くらい電話しない日があっても普通じゃないか」


「先輩、まだ冴島さんのこと、好きなんですか」


柊の冷たい質問に、三太は頭に血が上った。


「そうだよ。始めて出来た恋人だ。今までいろんな話をして、少しずつ相手のことを知って、どんどん好きになって、楽しいことばかりで、クリスマスも一緒に過ごそうねって―――」


「―――そういうやり口なんですよ」


「いつも優しくって、今まで一度もケンカしたことも無かったのに・・・」


「だから、ケンカして別れたら欲しいものがもらえないからでしょう」


三太がアツくなればなるほど、柊は冷静に切り返してきた。

もっともな理屈ではあるが、未夢との他愛のない思い出が、彼の心を掴んで離さないのであった。


「もういい、切るぞ」


「どうして?」


「お前がそんなに冷たい奴だったなんて、知らなかったよ」


「先輩?」


「もうお前の声なんか聞きたくない」


力なく受話器を落とすと、柊の声は聞き取れないほど小さくなった。

暫らく彼女は何か喋っていたが、諦めたように通話は途切れた―――。


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