095 母の教えと冥途の土産
やば……ソシャゲにハマってたら1ヶ月も更新サボっちゃってたよ。
なおそのゲームは別作品「ファンタジーものの資料に関する考察とか」81話参照。
咆哮をあげ、シードラゴン二匹が浮上した。一方は15メートルほど、もう一方は20メートルを超える超大物。海面が盛り上がってうねり、味方の船が大きく揺れる。
ざばん、と音を立てて跳ねた波が口に入った。
やたら塩辛い。五感が鋭敏になっているんだな……
「うわぁぁあ!」
「だ、誰か何とかしてくれぇ!」
船員たちの悲鳴が耳をつんざく。海の魔物を見慣れている彼らをしてこの反応、親玉がいかに巨大か分かろうというものだ。
「で、でかすぎる!」
「むう、まさかこれほどとは」
リュカとゴーティエも動揺を隠しきれない。さすがにこんな規格外と相対したことはないのだろう。
「あ、あわわ……」
そしてメイベルも。いくら気が強くたって所詮は新人だ。ザコとは別次元のプレッシャー、それは天才の彼女にとっても未知の領域ということか。
まずいな、味方が浮き足立っている。いくさ場の「熱」が冷めてしまう。
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戦いに必要なメンタルは、勇気や冷静さだけではない。奇妙だがそれらと真逆のもの、ある種の非現実感や狂気も不可欠なのだ。
もともと生物は死を恐れ危険を避ける。その本能に逆らい、殺戮の渦中に身を投じる狂的な闘争心……俗にいう「ハイになってる」状態が、である。
冷静になってしまうと恐怖が先に立つ。忘れていた疲れや痛みも押し寄せる。そして弱気は容易く伝染するものだ。
一人が怯えれば隣の一人が逃げる。ドミノ倒しのような負の連鎖。そうなったらもう収拾がつかない。合戦の記録を見ても混乱からの敗走はよくあるし、ビランやザラターの手下もそうだった。
そんな思考――時間にすれば一瞬だが――を、旗艦となるベルガモ子爵の船、それを指揮するギルスタンの叫びが中断させる。
「ええい、狼狽えるな、円陣で囲め! 破裂する甕も用意しろ、下に回られるのを防ぐんだ!」
破裂する甕とは鉄屑などを詰めた甕の中に錘と爆発の魔法を付与した巻物を入れ、船から投下して水中の敵を攻撃する武器だ。どこの言葉やら、母さんは爆雷と呼ぶ。
領主の旗印、そしてランテルナ随一の遣い手の檄には一定の効果があったようで、味方は戦意高揚とまではいかずとも潰乱は免れ、辛うじて陣形を保った。全体で円形を作り敵を包囲する格好、要は追い込み漁だ。
そしてバリスタを打ち込むが、なにせ敵のでかさが、皮膚や鱗の厚さが違う。遠巻きでは有効打を与えられない。このままだと、トドメを刺せないまま矢が尽きるかもしれん。
さりとて接近戦を挑む者もいない。みんな「誰が行く?」とか「お前が行けよ」みたいな感じで躊躇している。まだ熱が行き渡っていないのか。
どうする? 状況を打開する一手はなんだ? こんなとき母さんなら?
ああ、船とピンチ、あと危険に向かわせるで思い出した。あの人は言ってたな、こんな時、味方を奮い立たせるにはなんと言うべきか。
ある人には「みんな敵に向かっていますよ」と、またある人には「危険ですから逃げてください」と、はたまた別の人には「さっき美女が先陣を切りました」と、そして……
「私の場合、『いま立ち向かえばあなたはヒーローです』なのよねえ。いや女なんだけど」だとか。
諧謔めいた言い方ではあったが、もしかして「私」ってのはジュリアという個人ではなく、戦士という意味ではなかろうか?
つまり、「武士たるもの率先して勇気を示しなさい。味方が『勝てない』と思って狼狽えるなら、あなたが『勝てる』と思わせなさい」という教えと思っていいだろう。
「一頭の駿馬は、百頭のロバに翼を生やす」という諺もある。優れた人物が先頭に立てば、勢いにつられて他の者も実力以上の強さを出すという意味だ。
なら、やってやるさ!
(といっても、今は必殺技ともいうべきあの技、剣に魔力を込めての攻撃を使えるかは微妙なところだな)
あの技は、しっかり両足を踏んばる必要がある。浮遊の魔法はフワフワして安定を欠くし、仮に解除しても揺れまくる船の上では大差ないだろう。
ドワーフ秘伝の業物「オルフラムの剣」になって魔力の伝導効率は上がったし、俺自身も強くなっているはずだが、それでも地上と同じ攻撃ができる自信はない。技量が母さんの域、せめてその七、八割にでも達していれば空中でも使えるのだろうが……それは今言っても仕方ないことだ。
(いずれにせよ)
敵はもう浮上したまま向かってくる。爆雷を警戒したのもあろうが、ドラゴンは魚と違ってエラ呼吸できないし、何より怒り狂って退く気が無くなってるのだ。相手が殺る気満々な以上、ここで弱みを見せたら総崩れしかねない。
(ここが勝負どころか)
「わざわざ攻撃されるのを待つ必要はない。ロッタ、リュカ、メイベル、水上で迎え撃つぞ! ゴーティエ、急を要する負傷者はいるか?」
「ひととおりの処置は終わった」
「よし、ならゴーティエもだ! 総力戦だ!」
号令一下、俺は船から飛び降りた。が……
「メイベル!?」
彼女だけが来ない。足がすくんで動けないのだ。
「メイベル、天才ってのはハッタリか! 伝説の始まりにするんじゃなかったのか!」
「あう……で、でも」
「前に言ってたな。戦士は盾になって私を守ればいいと。なら俺が守ってやる! それともゴブリン相手にオーバーキルはできても、ドラゴンは怖くて戦えないか!」
「そ、そんなわけ……ない! 私は……私は美少女天才魔法使い、メイベルだぁーっ!!」
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相手が人間だろうが竜だろうが、複数対複数の戦いにおける基本は同じ。集中攻撃で各個撃破、倒せるやつから倒して数を減らすことだ。当然、先に狙うのは小さい方になる。
「中ボスに手間取ってられん、一気に叩く! 身体強化、全員だ!」
まずは皆のフィジカルを強化。この魔法は耐久力も上がるから、筋力関係ない武器を持ってるロッタとリュカ、肉弾戦をしないメイベルにもかけておく。タフすぎて損はない。
続いて再度アトラトルがうなり、二本のからくり槍が飛んだ。こいつはそこまで高価な武器じゃない、予備はあるんだよ。
そして片方の鎖は自分で持ち、もう片方は怪力のドワーフ族であるゴーティエに投げてよこす。
「左右に引いて動きを止めるぞ! メイベルはボスを魔法で足止めだ!」
「任せろ!」
「はん、あんたの獲物残らないわよ?」
メイベルが杖を構えた。ブルードラゴンは空中で魔法を使うと落下していたが、人間はこの状態でも攻撃できる。何トンもある巨体を上空まで飛ばすには常時浮遊をかけないといけないが、俺らの体を短時間50センチ浮かすだけなら、一度付与すりゃ十分なのだ。
ゴーティエも鎖を引く。さすが屈強をもって鳴るドワーフ、中ボスの動きが鈍った。しかしまだ足りない、長い首の動きを封じないと近づけん。
(似たような敵が相手なら、前に上手くいったやり方でいけるはず!)
仕上げはこれだ。マウルードでの戦いと同じく、分銅と鉤爪のついた鎖を喉首付近に投げて巻きつけ、こちらもフルパワーで引っ張る。
敵の頭が下がり、やがて動きが止まった。お膳立てはしたぞ!
「今だ! ロッタでもリュカでもどっちでもいい、パイルバンカーぶっ刺せ!」
「応ッ!」
死角だから見えないがこの声はリュカか。次の瞬間、視界の隅を赤と緑の人影が横切る。そして……
「当ったれえぇぇ!!」
一撃必殺。爆発音が轟き、ゼロ距離から叩き込まれたパイルバンカーが、中ボスの胸部を貫く!
「グォアァァ~!!」
空気を震わせるすさまじい断末魔。皮膚は裂けていないし杭が傷口を塞ぐ栓になってるから、ほとんど血は飛び散らない。
だが鎖を通じて、敵の命が潰えていくのがはっきり伝わってきた。これであと一匹、親玉を残すのみだ!
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「は、はは……。やった、やったよ、ドラゴンを」
「見事だったぞリュカ! さてどうするヒデト、船まで戻って飛び道具で叩くか?」
ゴーティエの言葉も一理ある。ここまできたら囲みを狭めて、近距離からバリスタや爆雷の袋叩きでいける気がしなくもない。だがその思考はロッタの声にかき消された。
「いや、いまキミが退いたら、味方は『勇者が逃げた』と思ってパニクるよ! あいつはメイベルの魔法で弱ってる、このまま一気に叩くんだ!」
「確かに、それが最善手か」
「それに……お父さんの船、『四羽のカモメ号』もシードラゴンに沈められたんだ。これ以上、そうなるのは見たくない」
「ロッタ……」
そうだ。この戦いの目的は制海権の回復だけじゃない、彼女にとっては父親の弔い合戦だったんだ。なら仇討ちに協力するのは、もののふの作法じゃないか。
「よし、俺がサポートする。最後のパイルバンカーはロッタが打ち込め!」
「うん!」
俺たちは再び陣形を整え、巨大なシードラゴンと対峙する。
その時、思いもよらぬことが起こった。なんと、敵が人語を発したのだ!
「『四羽のカモメ』号? アア、アノ船カ」
「なっ!? 貴様、人の言葉を話せるのか!?」
「ムカシ、覚エタ。オ前タチノ生マレルズットマエ、ワレハ人間ニ飼ワレテイタ」
「なんだと!」
物好きな金持ちの中には、珍獣をペットにしている者もいると聞く。こいつもそうだったのか。
だが問題はそこじゃない、ロッタのお父さんの船を知ってるということだ! つまり……
「お、お前かっ! お前がお父さんを殺したのかっ!!」
ロッタが激昂して叫んだ。小さな体のどこから出てくるのかと思えるほどの大音声、愛らしい容姿からは想像もつかない鬼気迫る絶叫だった。かれこれ一年の付き合いになるが、彼女がここまで感情を露にしたのは初めてだ。
「サテ、ドウカナ。オ前タチ人間ハ、コウイウノヲ『冥途ノ土産』ト言ウカラ教エテヤロウ。アノ船ハ、ロウソク岩カラ太陽ノ沈ムホウヘ、20キロ進ンダトコロニ沈ンデイルゾ」
蝋燭岩? 字面から察するに、海上で目印になる縦長の岩か何かか。
「嘘ダト思ウナラ、確カメテミルガイイ。モットモ……ココカラ生キテ帰レレバノ話ダガナァ!!」
諧謔
ウィットに富んだ洒落、ジョークのこと。
ロバに翼を生やす
元ネタは「ロバが空を飛ぶ」という、あり得ないことの比喩。イタリアのサッカークラブ、キエーヴォがセリエAに昇格した際、サポーターは翼の生えたロバの横断幕を掲げた。




