092 えぇ!? 三度目の竜退治ですか?
ひょんなことから、この港湾都市ランテルナを統治するベルガモ子爵の不興を買ってしまったが……あれから四日、意外にもトラブルは起きていない。
金持ち喧嘩せずというやつか、それとも服装からして見栄っ張りっぽい人なので、一介の武芸者を相手に騒ぐのは癪なのか。むろん油断はせず、いかなる時も脇差を側に置いてはいるものの、鞘から抜くことはなく済みそうだ。
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「行けっ! よそ者に負けるな!」
「海の男の意地を見せてやれ!」
「何やってる! 二人がかりで攻めなきゃ!」
声援のなか、木材がぶつかり合う音が響く。
「鎧が魔法銀に変わって、こっちの重量は落ちたが」
俺は相手の突きを木刀でさばきつつ、木剣を上にいなされてガラ空きとなった胴体めがけ、左のショルダータックルを叩き込んだ。マルジャの鎧は鋼より軽いが俺自身の体重は増えており、体当たりの重さはアップしている。
こないだ測ったときは、身長が3センチ伸びて186、体重も4キロ、むろん筋肉が増えて102だったかな。それでもフィーネより背は低いけど。
ともかく。
転倒させる必要はない、のけ反らせて一瞬無防備にできればいい。ていうか吹っ飛ばしたら間合いが離れて、逆に相手に立て直すチャンスを与えてしまう。
(見てるかメイベル。フルパワーが必要な状況なんてそんなにない。過剰な威力は不要どころか時として逆効果、攻撃ってのは『最強』じゃなく『最適』が肝要なんだ)
次の瞬間、相手の喉元に木刀がピタリと突き立てられた。すぐさま審判が有効を宣言し、まず一人。
「くっ! 早く片方を倒さないと……」
一対二では勝ち目はゼロだ。残る一人は遮二無二突進してリュカを狙うが、彼も心得たもの。盾で身を守りつつ後ろへ下がり、容易に有効打を入れさせない。
「足を止める」
そこへ俺の得意技、光の弾を飛ばす魔法マジックミサイルの四発同時発射、上下左右から曲がるオールレンジ攻撃。それは寸分たがわず相手の腰、股関節、そして両膝に当たり、模擬戦用の魔道具で威力が抑制されたため転倒とまではいかなかったが、よろめかせるのには成功した。
「今だリュカ!」
「応ッ!」
すかさず、リュカの一撃が相手の武器を弾き飛ばす。もと農夫の彼は畑仕事で鍛えられており、また俺より少し遅れて肉体の成長期が訪れているようで、今や身長は180弱、体重も90キロ前後と、戦士らしい堂々たる体になっていた。それゆえ、さすがにアルゴやフィーネほどではないものの侮りがたい膂力の持ち主であり、攻撃には十分な重さがある。
「チェック・メイト」
俺はこの隙を逃さず間合いを詰め、首筋めがけて木刀を振り下ろす。これも寸止めではあったが、屈強な戦士は驚愕に目を見開き、蛇に睨まれた蛙のごとく動きを止め……
カラン。
一拍の間を置き、宙を舞っていた木剣が地面に落ちた。
「ま、参った」
「それまで! ヒデト、リュカ組の勝利!」
周囲から歓声が上がる。もっとも、ため息はその三倍くらいだったが。
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「まさか、あの二人が一方的にやられるなんて。出稽古ってより、まるで道場破りだぜ」
「桜樹の剣士はもちろん、連れも相当なもんね」
「それもだがヒデトの上手さだ。相方を二人がかりで狙ってくると読んで一対一ふた組の状況を作り、そこから逆に数的有利に持っていった。剣術だけでなく戦術の勝利だ」
ギャラリーが感想をつぶやく中、俺とリュカは相手チームと握手を交わす。
ここはランテルナの冒険者ギルド。俺たちのホームである迷宮都市リンゲックと同じく、訓練場のグラウンドが併設されている。護衛対象が帰路につくまで暇な俺は、ひとつ武芸者らしく腕試しをしようと、冒険者仲間のリュカ、メイベルと共に出稽古にきたのだ。そして今、この町でもトップクラスに腕の立つ戦士を相手に、みごと二対二の模擬戦で勝利したところである。
「次はメイベルか。あの悪癖が直りゃいいんだが」
「まあ、誤射防止の魔道具をつけてるし……」
試合が始まった。案の定、彼女は俺への当てつけかは知らないが、例によって過剰な火力でド派手にぶっ放している。着弾寸前で魔法を打ち消すアイテムをつけていなかったら、周囲は地獄絵図だろう。
決着はすぐについた。現時点でもメイベルに勝てる魔法使いは多くない。一対一に限るなら、彼女はあのリーズより強いのだ。
「ま、こんなもんかしら? あなたも気を落とさないことね、相手が悪かっただけよ、うふふ」
ドヤ顔で勝ち誇るメイベル。しかし反応はさっきと対照的で、相手をなぶり殺しにするようなやり方に渋い顔をしている。
「はぁはぁ。た、たまらん。踏んづけて欲しい」
と思いきや……ゲェェーッ、いつぞやのドM! あんたもランテルナに来てたんかい! ていうかフィーネにお熱だったのに乗りかえる気か? この浮気者(?)め!
そう心の中でツッコミを入れたとき。ギルド職員らしき人物が、息を切らして飛び込んできた。
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「この町の冒険者全員に強制依頼、ねえ」
話は要約するとこうだ。
豊かな漁場となっているランテルナ近海だが、そこで魚を狙うのは人間だけではない。様々な水棲生物、時には大型の魔物が餌場とすることもある。
で、いま入ってきた報せによると、五、六匹ほどの海竜の群れが現れて、船舶の航行と漁ができなくなっているらしい。
これは言うまでもなく、海洋貿易と漁業に経済の多くを依存するランテルナの町にとって死活問題である。したがって冒険者ギルドは総力をもってシードラゴンを討伐し、海の安全を回復すべし。
……とのこと。
「つっても、私らは『ランテルナの』冒険者じゃないもんねぇ」
「ヒデトはSランクだから、有事の際には領主の指揮下に入る義務があるけど……」
「そう言うリュカもそろそろBランクじゃん。どっちにしても、義務うんぬんは所属するギルドがあるリンゲックの領主、フェルスター辺境伯の話だ。ベルガモ子爵は違う」
その辺境伯からは「逗留する町が襲撃された時は、護衛対象の安全確保のため守備隊とともに外敵を討伐せよ」と契約条件を出されてる訳だが……
「該当するかはビミョーよね」
「だよなあ。襲われてるのは『海』であって、陸の上の『町』は安全圏だもんなあ」
「事実、海に近づかなけりゃ護衛対象は襲われないし」
う~む……
てな感じで額を突き合わせる俺たち。それを見て、ランテルナの冒険者やギルド職員はお冠のようで。
「黙って見てるつもりか! あんた二度もドラゴンを討伐してんだろ、協力しろよ!」
「魔王を倒した戦士が、シードラゴンを恐れるっての!?」
「洞窟や砂漠では戦えても、海じゃ戦えないのかよ? はっ、たいした勇者様だな!」
と、言いたい放題。
「しかしですね、俺たちはあくまでも護衛依頼でこの町に来てるんです。その護衛対象が危険に晒されていない以上、帰りの安全確保に支障が出るリスクを冒して勝手に戦う権限は、そもそも無い」
「だから戦うなら、旅の責任者である護衛隊隊長の判断を仰がないと……」
ここで、その隊長がギルドに駆けつけた。
「話は聞いた。フェルスター辺境伯から与えられた権限により要請する。Sランク冒険者ヒデト、およびAランク冒険者カルロッタ嬢の二名は、シードラゴン討伐に参加してもらいたい。Cランクのリュカとゴーティエ、Eランクのメイベル嬢には強制はしない」
そういやこの旅は、もともと彼ら護衛隊だけで十分な安全を確保できるものだった。俺をはじめ冒険者が加わったのは、辺境伯とは政治的利害の対立するベルガモ子爵への示威行為、つまり「うちにはこんな凄いやつがいるんだぞ」と見せつける意味があったんだっけ。
てことは……
「ヒデト殿。言いたいことはあろうが、ここは依頼人の意向を酌んでくれ。ランテルナの冒険者や兵に、リンゲックの力を存分に見せつけてほしいのだ」
ですよねー。そうこうしているうちに、ロッタとゴーティエも到着。
「私は頼まれなくてもやるよ。この町は私の故郷だからね。それに、お父さんはシードラゴンに襲われて死んだんだ。もちろん同じ個体の可能性は低いだろうけど、これは弔い合戦でもあるんだよ」
「わしも参加するぞ。回復要員は何人いても困らんからな。あとの二人はどうだ?」
これにメイベルは即答していう。
「もちろんやるわよ。小鬼だのなんだのじゃ物足りないと思ってたところだわ。あんたら運がいいわよ、天才美少女魔法使いメイベルちゃん伝説の始まりを直に見られるんだから!」
「自分で天才美少女とか言うな」
「まあいいじゃないか。さて、最後はリュカくんだが……どうするね?」
彼は数秒ほど黙考していたが、決然と顔を上げる。
答えは聞くまでもない。その目には、戦う覚悟を決めた戦士の輝きが宿っていた。
身長や体重、本来は漢字で書く方がいいのかもですが、スマホで読む限りは数字の方が読みやすい(気がする)のでこちらで表記しました。




