091 黄金の処刑刀
「おやおや。そこにいるのは、商会で手代(中級の使用人)をしているピエトロじゃあないか」
ロッタ、そしてそのご家族と一緒に、この港湾都市ランテルナの街歩きを満喫し、さあ帰ろうとしていたところ、不意にかけられた声。それはお世辞にも好意的な雰囲気ではなかった。
せっかくの余韻をぶち壊す野暮なやつは誰かと振り返ってみれば……
「お楽しみのようで何よりだ。そりゃ非番の日くらいあるだろうからな。が、賠償金がまだ残っているというのに、また随分と羽振りのいいことだなあ?」
見たとこ歳は五十代半ばほどか。金糸の刺繍が施されたマリンブルーの衣をまとい、ネックレスだの指輪だの、全身にゴテゴテした装飾品を統一感もなく、ただ値段の順につけまくったような……
正直なところ、お世辞にも上品とは言いがたい男性だった。でっぷり肥えた体を窮屈そうに揺らし、脂ぎって血色のよくない顔に皮肉っぽい薄笑いを浮かべている。ブーツには金ぴかの拍車がついていたが、この体では人の助けなしで馬に乗れるかも怪しい。
「こ、これは子しゃ」
「ああ、その名で呼ぶな。今日はお忍びの視察だ、服を見て分からんか? まったく、だからお前はいつまで経ってもうだつが上がらんのだ」
お忍び、子しゃ……もしかして子爵と言いかけた?
なんか前にもこんな。ああそうだ、能力テストのときマスターが辺境伯のことを、領主様と呼びかけて口ごもったことがあったっけ。だからすぐ気づいたんだな。
とすると、この男がベルガモ子爵か。しかし太い金鎖のネックレスをこれ見よがしにぶら下げ、ベルトに吊るしたナイフの鞘は宝石だらけのド派手なもの。言っちゃ悪いが、忍ぶ気ないだろこのおっさん。
「はっ、なんともいいご身分で羨ましいことだ。しかしなあ、遊び回っている暇があるなら、完済めざして少しでも稼いだらどうなんだ? このウスノロめ」
(ロッタの家庭の事情は、詮索する気もないので知らないが……)
話からすると、なんらかの理由で賠償金を支払わねばならないらしい。
それはそうと、大根役者のわざとらしい芝居のような大仰さ、不必要に口数の多い話しかたが、なんとも神経を逆撫でする人物だ。明らかにわざとだが。
と、その時。これだけでも余韻が台無しというのに、さらに人が増える。
「どうしたのです父上。急に駆け出して心臓が破裂しても知りませんよ?」
「旦那さま、あまりご無理をなさらぬよう」
まず、アラサーくらいの男性。子爵らしき人物を父上と呼んだから息子か。もっとも、それ関係なく察しはついただろうが。
体こそ多少絞られているが、髪や瞳の色、目鼻立ち、なにより雰囲気がそっくりだ。腰にぶら下げた剣は父親に負けず劣らずキラキラ飾り立てて立派だが、肝心の本人に威圧感がまるでない。典型的な「絨毯の騎士」といった感じの男である。
他国から寝返った、裏切り者の一族という先入観からか――いや当事者はこの二人ではなく先代だし、戦国乱世では珍しくもないのだが――穴ぐらに隠れた毒蛇のような、網を張って獲物を待ち受ける蜘蛛のような、とにかくどこか陰湿、剣呑で、油断ならぬものを感じさせる親子だった。姫様はベルガモ子爵が苦手と言っていたが、多分こういうところだろうな。
最後の一人は、護衛とおぼしき三十代半ばの男性。
この人物は只者ではない、俺の戦士としての本能がそう告げている。鍛え抜かれた屈強な体、一分の隙もない立ち振舞い。おそらくは、あの剣鬼ビランに比肩する凄腕とみた。
「その、今日は遠方からの客人がおりまして」
「客? ああ妹か。冒険者になったらしいが、まだくたばっていなかったとは! あまりに小さいから目に入らなかったぞ、背も胸もな。ははは」
それセクハラ。しかし嫌味な男だな。どんな事情があるか知らんが、非番の今日はプライベートだ。わざわざ自分から近寄って水を差す必要はないだろうに。
「いえ、妹だけでなく、こちらの方も」
「む? その剣士もか。ほほう、なかなか腕の立ちそうな若武者ではないか。これ剣士よ、そなた名はなんという?」
あ~、これはまた面倒な……。
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ベルガモ家は新参の外様ゆえ微妙な立場で、王家と婚姻を結ぶことを悲願としている。特に、アニス王女にご執心とのこと。
むろん子爵では、余程のことがない限り王族と結婚などできないのだが……それを可能にするのが、海洋貿易による莫大な富だ。
ともあれ、人の口に戸は立てられぬもの。俺が彼女と知らぬ仲でもないことは、こっちにも伝わっているだろう。
正直、厄介ごとの予感しかない。
が、俺とて血と肉でできた人間だ。せっかくの余韻を台無しにされ、しかも親しい友人の家族を邪険に扱われれば、悪態のひとつもつきたくなるもので。
「お初にお目にかかります。俺は迷宮都市リンゲックのSランク冒険者ヒデト。こちらのAランク冒険者、グレーターデーモンやドラゴン退治に活躍したカルロッタ嬢には、なにかと世話になっている者にございます。深い、あるいは長いお付きあいとなるかは分かりませんが、以後お見知りおきを」
と、ちょっとランクやロッタの活躍を強調して、芝居がかった仕草でやり返してやった。
「なんと! ではそなたが、勇者ジュリア様が息にして、いま噂の『桜樹の剣士』と申すか」
「左様にございます」
「ふむ、鎧を着ておらぬゆえ分からなんだ。吟遊詩人の歌だと、二メートルを超える大男となっていたのでな」
「噂には尾ひれがつくもの、無理もございません。いやなに、ここの領主様は義に厚く民を愛する名君と聞き及びますゆえ、市中で身を鎧う必要もないと思いまして」
「ぐっ。……ふふ、これは。なんとも手厳しいな」
こうなったら半ばヤケだ。慇懃無礼に煽ってやるわ。プチざまぁだ。しかし息子の方はこれにカチンと来たらしい。
「黙って聞いておれば。Sランクの凄さは認めなくもないが、しょせん平民の冒険者、要は素浪人だろう。さてヒデトと申したな、貴様がアニス王女殿下の周りをうろつき回っている破落戸か。魔王退治がどうの仇討ちがこうのと持ち上げられているが、夜のデーモンが討伐された記録など過去にもある」
確かにそうだがよく言うわ。ならあんたがザラターやビランと戦ってみろよ。あと、少なくともその腕で俺を斬るのは無理だと思うぜ。
「調子に乗るなよ、小僧。剣を振るうのが上手いだけの無頼漢の分際で、王族に取り入ろうなど片腹痛い。麗しきアニス殿下は、海の覇者たるベルガモ家にこそ相応しいのだ。まあ私は既に妻子ある身ゆえ、彼女を娶るのは弟になるがな」
そういや姫様は愚痴ってたな、ベルガモ子爵家の次男がしつこくアピールしてくる、その目がなんとなくいやらしくて気味が悪いと。もっとも、エロいという点では本人もどっこいな気はするが……。
彼女がリンゲックに留学してきたのは、魔法使いとしての修行のためや、一族が各地に分散することで万一のリスクを減らす安全策がメインなのだろうが、騎士団の任務で王都を離れられない次男を避ける目的もあったのかもしれない。まあ、さすがに俺が目当てと思うのは自惚れが過ぎるけど。
ああもう。いっそのこと「向こうから近づいてくる、呼び捨てにして欲しいと懇願してくる。頬とはいえキスもされたしアクシデントだが肌も見た」とでも言ってやろうか?
……いや、まさかな。ロッタが側にいる目の前で、他の女性のことをベラベラ喋るのはあまりにも品がなさすぎる。
(いずれにせよ、姫様に固執するのは政治的野心だけじゃないってことだな)
なにしろ彼女はとびきりの美少女だ。今は十四歳の小さな蕾だが、あと数年もすれば大輪の花を咲かせることだろう。その時は、王女とか関係なく彼女を妻にしたい男が王都に、いや留学中のリンゲックか? とにかく殺到するに違いない。
そういや、噂ではルイ王子も性的な意味で少女を好むとか。そしてベルガモ子爵はルイ派。ダジャレじゃないが、類は友を呼ぶのだろうか。
「まあいい。父上がお忍びであった幸運に感謝するのだな。本来なら、ギルスタンの処刑刀で無礼討ちにしているところだぞ」
「海神さまへのお布施を弾んでおきましょう。それはそれとして、ギルスタンとはそちらの御仁ですか?」
「ああ。わが家中、いやランテルナ随一の遣い手だ」
ここで、今まで沈黙を守っていた護衛の男性が会話に加わる。
「……ギルスタン。代々ベルガモ家に仕える騎士だ」
「改めまして、桜樹の剣士ヒデトにございます。貴公のごとき豪傑とお会いできて光栄の至り、願わくば日を改めて一手の御指南に与りたいものです。ところで処刑刀とは?」
「この剣のことだ。かつて竜と戦ったとき、先のほうを欠損してな。討伐の記念として、切っ先を尖らせないまま形を整えたのさ」
そう言って彼は剣を引き出す。それは母さんや俺と同じ、ドワーフ秘伝の業物「オルフラム(黄金の炎の意)の剣」だった。
(おや?)
見れば、刀身に文字が刻まれている。
『ガモに仇なす者、この剣の錆となるべし』
……か。先端が失われてて全文は読めないが、明らかに「ベルガモ」だな。
「知ってのとおり斬首刑に使う剣は、突く必要がないので切っ先が尖っていない。なので、『処刑刀のギルスタン』などと呼ぶ者もいる」
「ということだ。こやつに首を跳ねられぬよう、せいぜい大人しくしておけ」
そう捨て台詞を残して、子爵一行は去っていった。
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「キミはさあ! なんであんなこと言うかなぁ!?」
ロッタはお冠のようだが、俺に後悔はない。
「前にジョゼットさんにも言ったろ、たとえ王侯貴族だろうと、俺は仲間を侮辱するやつに媚は売らないんだよ。ピエトロさんに辛く当たるならロッタの敵、ロッタの敵は俺の敵だ」
「もっと器用に振る舞いなよ……」
「上手に生きたければ、はなから武芸者になんぞなってない。さ、戻ろうぜ。歩いたらまた腹が減ってきた」
心配をかけないよう、俺はつとめて明るく振る舞い、足早にロッタの実家に向かう。
「……もう。そういうとこだよ?」
背後で彼女がなにやら呟いた気がするが、はっきり聞き取ることはできなかった。
絨毯の騎士
現実にあった言葉。財力やコネで出世した、実戦経験のない騎士を揶揄するもの。




