087 変わる日常、新しい仲間(?)
いくらかの月日が流れ、新緑が目にまぶしい頃。
俺は十七歳になった。母さんからの小包は届いたが、思えばあの人が同席していない初めての誕生日……なんだか不思議な気分だ。
まさに激動の一年だった。
ちょっと大袈裟かもだが、普通の人の一生、少なくとも半生ぶんのイベントが起きたよ。武者修行に出てドラゴンを討伐し、冒険者になって多くの人と出会い、あるいは再会し。
様々な敵とも刃を交えた。グレートドラゴンやマンティコア、剣鬼ビラン、そして魔王ザラター。
マウルード王国から戻っての期間も半年に満たないが、この長くもない間に、俺の生活は随分と様変わりを見せている。
まず、アニス王女をはじめジョゼットさんやキュルマさんらが、迷宮都市リンゲックに居を移したこと。
この町は魔法研究の本場であり、多くの魔法使いが在籍する学術都市でもある。なので、魔法の適性をもつ姫様が留学してくること自体はおかしくない。
ただ、彼女は相も変わらず、祖父である国王陛下の命を救った母さんの弟子である俺に対して、勝手に白馬の騎士のような幻想を抱いているフシがある。
もちろん無下には扱えない。彼女の父フィリップ王子は、領主であるフェルスター辺境伯の兄貴分だから尚更だ。
しかし関わりすぎるのは心臓に悪い。武芸者らしくもない。なので程々にしたいのだが、避けられないのが厄介なことで。
というのも、マノン院長の孤児院にも変化が訪れていたからだ。俺の弟子である騎士志望の少年エティエンヌが辺境伯の館に迎えられ、見習い騎士として修行させてもらえることになったのである。
院長先生の実家である男爵家への忖度もあろうが、一介の孤児にとっては夢のような話だ。俺は剣や槍を教えているが、乗馬や騎士の作法は伯のもとで学んだ方がよいのは言うまでもない。
「おめでとうエティエンヌ。立派な騎士になるのですよ」
「はい、院長先生。ご恩は一生忘れません」
彼が孤児院で過ごす最後の夜には、フィーネが腕をふるった料理を囲んで盛大な、そして心のこもった送別会が行われた。
俺の指導についてきただけあって、へこたれず頑張っているそうだ。幸い、孤児出身であることで辛く当たる者もいないとか。現当主フランツ様は、身分や種族にこだわらず正当な評価をする人物とみえる。
といって師弟関係が消えた訳でもなく、週一で指導する習慣に変化はない。
つまり俺は毎週領主の館に出向き、そこでエティエンヌはじめ見習い騎士の少年に指導をしている。また、伯の家臣やキュルマさんらも一緒に鍛練を行い、合同練習となっているのだ。
俺の剣術は東方のサムライ式、王国古式剣術とは大いに異なっている。船頭多くしてというし役に立つのか不安になるが、そこはみな心得たもの。各自が研鑽を行い、自分に合った技のいいとこ取りといった感じで、独自のファイトスタイルを模索している。
むろん俺も武芸者として学ぶことは少なくない。いずれこの中から、サムライ式と王国式のハイブリッドともいうべき流派が生まれるかもな。
稽古が終われば姫様主催のお茶会。武力を持たない貴婦人や貴族令嬢は、いざという時に味方となる騎士を増やすため、こうして人脈を作る。ちょっとしたサロンだ。
これが噂になり、巷では安っぽいゴシップもちらほら。
いつかロッタが言ってたっけ。人は他人に勝手な願望を押しつけるものだと。
それによると俺と母さんは実の親子で、あの人は昔、お家再興のため東方から落ち延びた王子を助け、恋に落ちて俺を産んだらしい。で、その血を引く王子である俺とアニス王女が、運命的な出会いからどうのこうの……もうツッコむ気にもならん。
もちろん他にも変化はあった。特に影響の大きいことは、冒険者ランクが一足飛びに最高のSになったことか。
守秘義務の都合で細かいことは教えてもらえなかったが、魔王を討伐した者がCやBではまずいらしい。もっとも有事には領主の指揮下に入る義務が生じたわけだから、その辺の思惑もあるだろう。
気になる点といえば、その領主の兄貴分フィリップ王子と次期国王の座を争う二人、ジェローム王子とルイ王子の動向も。
彼らが支持拡大のため来訪したのは旅と重なっていたので会うことはなかったが、宿に置き手紙はされていた。文面はどちらも自分の正当性と力をアピールし、賢明な判断を期待している、みたいな感じ。
俺がそうであるかは置いといて、この国には伝統的に「英雄が助力するのは王にふさわしい人徳の証」という考えがある。勇者の息子を陣営に取り込みたいのだ。
いずれにせよ、近い将来やってくる王位継承の争いからは、この国にいるかぎり、そして剣を持つ身であるかぎり逃れることはできない。今日明日の話ではないが。
最後に、馴染みの受付嬢であるクレアさんを呼び捨てにするようになった。本人がそうしろと言ってきたんだから仕方がない。
断ろうとした時の目がヤバくて、とてもじゃないが逆らえなかったんだよ。やっぱ女って怖えーわ。
そんなこんなで冒険者として順調(?)に功績を積んでいたある日、クレアが指名依頼を持ってきた。
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「都市間を移動する一団の護衛、行き先はランテルナ。依頼人は辺境伯本人、っと」
事のあらましはこう。
エスパルダ王国第二の規模を誇る港湾都市ランテルナには、当然ながら各地から様々な人が出入りしている。特に多いのは海洋貿易に携わる商人と、海の神様を詣でる巡礼者の皆さん。
彼らは魔物や盗賊の襲撃に備えて、武装して集団で移動するのが常だ。しかしそれは、襲う側にとっては獲物が群れているわけで、諸刃の剣でもある。
したがって、その護衛はギルドの定番依頼なのだ。ついては道中の安全確保のため、俺の腕を買いたい。
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「伯の手勢もいくらか付くんだろ? 正直、それでお釣りがくると思うぞ」
「そこはほら、魔王を討伐したあなたを、ルイ派、つまり政敵のベルガモ子爵に見せびらかしたいんですよ」
水面下の争いか。
「なるほどね。俺はあの人の家臣じゃないが、Sランクになった今、有事の際には指揮下に入る義務ができた。もちろん他の町に移ればそれは消滅する訳だが……」
「そこの領主が同じことするだけですね」
「だよなあ。ならこの町のままでいいってことになる。エマおばさんやマスター、院長先生と、大切な人たちだっているし」
これを聞いて、クレアがずいっ、と身を乗り出してくる。薄くリップを塗った薔薇色の唇が近づき、ほのかな芳香が漂ってきた。
「私は?」
「はい?」
「だ・か・ら! 私は?」
うわあ。にっこり笑ってるけど目が怖い。
「あ、ああ……もちろんクレアのことも大事さ」
「ですよね? 言いましたね? うふふ、大事にしてくださいね、ず~っと♡」
ニュアンスが違うんだがなあ。まあいい、依頼は断る理由もないし。
それに、ランテルナはロッタの生まれ故郷でもある。俺も母さんが現役の冒険者だった頃、短期間だが滞在していたはずだ。記憶はほとんどないが、個人的にも行ってみたい。
「じゃ、受理ってことでいいですね?」
「ああ。手続きは任せる」
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そして出発の日。
「ん~、いいお天気。絶好の旅立ち日和だね」
いつも快活なロッタだが、故郷に錦を飾るとあって普段以上にテンションが高い。
冒険者ギルドからの助っ人は俺を含めて五人。珍しく今回はフィーネ、リーズとは別行動となる。彼女らとて教会の宗教儀式とか、冒険者とは別の魔法使い同士のやりとりとか、それぞれ都合があるのだ。
ちょっと意外だが姫様もこない。なんでもベルガモ子爵が個人的に苦手らしい。新参の外様ゆえに王家と血縁になりたがってて、しつこくアピールしてくるからだとか。てなわけでランテルナから戻るまで、彼女らとはしばしのお別れとなる。
ま、心配は要らんだろ。リンゲックには伯の兵と冒険者を合わせて、十分すぎる戦力が駐留している。この町を攻めるなら、それこそ完全武装の母さんでも連れてこないと無理だよ。
その母さん、あとエマおばさんやマスターたちにもそうだけど、特産品の真珠をお土産に買ってこよう。料理人でもあるフィーネには、いろんな海産物も。
あとの三人も準備万端。まずは一人め。
「ランテルナかあ。依頼だけどワクワクするな」
まずは能力テストで同期だった農村の若者、リュカ。
サレット型の鉄兜はあの日のままだが、古い革鎧は深紅の胸当てに、薪割り用の斧は短剣に変わっている。盾は緑の地に黄色で蹄鉄の図柄が描かれており、もう一端の冒険者といった風情だ。
彼は農夫ゆえに戦闘技術が未熟だっただけで、腕力やスタミナは畑仕事で鍛えられており、平均以上のフィジカルは元々あった。そしてコツを掴んだのか最近めきめき腕を上げ、今やどこに出しても恥ずかしくない戦士となっている。誠実な性格で問題を起こさないこともあり、ギルドでも評価急上昇中の注目株だった。
(母さんが言っていたな、男は三日あればどう成長しているか分からない、昔のままでいると思うなと)
だがそれは俺とて同じこと、まだまだ追い抜かれるつもりはないぜ。
二人めは。
「巡礼の護衛を務めるのも、僧兵の修行」
やはり同期である、ドワーフの僧侶ゴーティエ。
アルゴを見慣れていると感覚が麻痺して小柄に見えるが、身長は百四十センチほどあり同種族の平均を上回っている。寡黙だが義理堅く、タフな回復役ということで冒険者仲間から頼りにされている一人だ。
そして三人め。
「ふーん、あなたが噂の『桜樹の剣士』? おっぱいメガネはずいぶん誉めてたけど、どれほどのものかしら。ま、他の連中ともども、私の足は引っ張らないでよね。この美脚に目が行っちゃうのは許してあげるけど!」
艶やかな亜麻色の髪を指先で弄びながら、まだ幼さの残る少女が挑発的な眼差しで微笑む。
新人魔法使いのメイベル。
リーズから噂だけは聞いていたんだ、驚異的な適性を持ち宮廷魔法使いにスカウトされたが、宮仕えの堅苦しさを嫌って冒険者になった少女がいると。にわかには信じがたいが、彼女いわく「素質は私より上」らしい。
俺より二つ年下ながら、緑色の瞳をもつ大きなツリ目はいかにも勝ち気、もっとはっきり言うと生意気そうで、年長者に対する遠慮とかがまるでない。同じ魔法使いでも、大人しいリーズや天真爛漫な姫様とはまったく違う、いわゆるメスガキ系の美少女だ。
身にまとうローブもド派手な赤で、俺の朱槍がまるっきり霞んでしまう。横には大きなスリットがあり、ロングブーツを履いた本人いわく美脚、太ももがちらりと見え……いやたぶん見せていた。黒い三角帽子にも大きな黄色の花飾りがついており、自己顕示欲の強さがうかがえる。
なお、彼女のいう「おっぱいメガネ」とは、言うまでもなくリーズのこと。
魔法使いは先輩後輩の関係に厳しいはずなのにコレ、確かに宮仕えは無理だな、この娘。それはそれとしてピッタリのあだ名ではあるが……。
(戦士が二人、斥候、ヒーラー、魔法使いとバランスは取れている。でもリュカとゴーティエはともかく、この娘には苦労させられそうだなあ)
そんな心配をよそに城門が開いた。フィーネやリーズ、マスターや姫様らに見送られ、港湾都市への旅が始まる。
正直、今までとは別の不安があるが、もう後戻りはできない。ランテルナの海神さま、ちょっと早いけどご加護をお願いできませんか。
サレット
可動式のフェイスガードがなく、目の周囲はガードするが口のあたりは露出する簡易的な兜。パーマンやロボコップを想像すると分かりやすいかも。




