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086 第7章プロローグ(ロッタ視点)

 念願の交易船を手に入れた日。お父さんの誇らしげな笑顔、今もはっきり覚えてる。


「中型船としては小ぶりな方だけど、やっとここまで来たよ。ありがとう、クラウディア、ピエトロ、カルロッタ。皆のおかげだ」

「おめでとうございます、あなた」

「おめでとう父さん!」

「やったね、未来の大商人だよ!」

「ありがとう、ありがとう。これからは皆のためにも、もっともっと頑張るよ」


 私の生まれ故郷、港湾都市ランテルナ。

 ほんの半世紀前まで他国に属していたけれど、領主であるベルガモ子爵が寝返ったことで、新たにエスパルダ王国に編入された町。


 ここは海洋貿易の要衝ようしょうでもある。当然、王国中から様々な人が押し寄せた。奪還を狙う相手国の反撃を見越した傭兵、海の利権を握る子爵との人脈形成をもくろむ貴族。


 そして、新天地での交易に賭ける商人も。そのひとりが、今は亡きお祖父じいちゃんだった。

 お父さんは後を継ぎ、がむしゃらに働いて少しずつ商売を大きくしていった。そして親子二代に渡る苦労が実り、とうとう自前の船を持つまでになったのだ。


 私たち家族の前に洋々と広がる未来は、このランテルナの海のようにどこまでも広がり、美しく輝いていた。


 海竜シードラゴンに襲われ、船が沈没するまでは。


 ━━━━━


 中型船でも、収納魔法を使えば多量の物資を運べる。それは逆に言えば、船が沈むと莫大な損失を出すということ。


 いや、そこまでならまだ立て直すことはできたろう。お父さんが帰ってきてさえくれれば……。

 さらに運の悪いことに、よりにもよって船には、国王陛下に献上される異国の品が積まれていた。


 過失だろうと献上品を失ったことで、残された兄さんはベルガモ子爵の不興を買い、商人の資格を剥奪されたうえ天文学的な賠償金を課せられてしまう。この新天地で成り上がるという私たち家族の夢は、文字どおり海の藻屑と消えたのだ。


 兄さんは、ある商家の下働きとなる。この国では奴隷は犯罪者か戦争捕虜に限られるから身分的には平民のままだけど、実質的には同じことだった。

 私は一念発起して冒険者になった。いつかお父さんを手伝って交易をするときのために、盗賊やモンスターの襲撃に備えて戦闘訓練は受けていたから。


 目指すは冒険者の本場、迷宮都市リンゲック。


 危険とひきかえに、一攫千金の夢を見られる町。

 己を駒に命をベットする、荒々しい出世双六のボード。

 ここで上手くいったなら、賠償金を払って家族がやり直せるかもしれない……


 ━━━━━


 甘かった。

 私の力など、一流冒険者たちとは比較にもならなかったのだ。


 体格に恵まれず、魔法の適正も乏しかった私だけど、偵察や探索を行う斥候スカウトの才能は人並み以上にあった。でも、結局モンスターを倒して富と名声を得るのは、直接の戦闘要員、とくに戦士だ。エスパルダ王国はその名のとおりエスパルダによって興った国だけあり、伝統的に武勇をたっとぶ。


 私はできる範囲で頑張ってはみたけれど、所詮スカウトはサポート要員、花形ポジションのオマケ扱いは否めない。

 だから、誰か有力な冒険者にくっついて、そのおこぼれにあずかるしかないと悟った。でも、そんな都合のいい人が簡単に見つかるはずもなく。


 悔しかった。

 惨めだった。

 家族の力になれない自分が情けなかった。


 そんな時だった、突如現れた若き竜殺しの噂を聞いたのは。私は一か八か、この人物に賭けてみようと思った。


 どんな人かは分からない。荒くれ者だったらどうしよう? けんもほろろに追い返されるかもしれないし、もしかしたら……考えたくないけど、見返りに身体を求められるかもしれない。こんなロリ体型でも、物好きな男の人はいると聞くから。


 ━━━━━


「ねえ、ここ座ってもいいかな?」


 私は覚悟を決めて、その剣士に接触した。いざとなったら、誰にも許していない肌を汚されてもいいとまで思い詰めていた。

 でも、彼は思っていたよりずっと優しく、紳士的だった。母親であり師匠でもある「桜花おうかの剣士」こと勇者ジュリア様のしつけや、武芸者独特の美意識もあるんだろうけど、単純に善良なんだと思う。


 彼とは何度もパーティを組んだ。ていうか、なんとなく私と彼と、あとフィーネとリーズの四人が多くて、必要に応じてメンバーを追加する感じになってる。もっとも彼は、一人で他所よその助っ人に入ったりもしてるけど。

 とにかく勇者直伝の強さは規格外で、今まで潜れなかったダンジョンも、彼と一緒なら楽に攻略できた。


 しかも彼は武者修行中の武芸者、つまりお金より戦いの経験が一番の目的だからか、分け前に関して極めて淡白だ。

 前に探索メインの依頼を二人で受けた時なんて、九割私の取り分でいいって言ってくれたくらいに。有力な戦士の中には、ダンジョン攻略は俺の手柄だと儲けの大半を要求する人もいるのにね。


 なのでギルドに預けてあるお金は、貯まるペースが飛躍的に早まった。先のガドラム山脈とマウルード王国の戦いの恩賞で、賠償金の完済も近い。


 それが私の罪悪感を駆り立てる。なんのことはない、彼をお金儲けに利用しただけじゃないか、と。


 そんな彼との心の距離は、少しずつだけど確実に縮まった。私に女としての魅力を感じているかは知らないけど、少なくとも嫌われてはいないと思う。

 そして私も、彼に対して特別な感情が大きくなっている。誰かに女として見られたことなんてないから、自分には無縁のことと諦めてたけど。いや、だからこそ惹かれたのかもしれないね……


 そう。恥ずかしいけど認めるよ、ヒデト。キミが私の初恋なんだ。


 でも私には、キミに好意を伝える資格も、キミの好意を受ける資格もない。私はそんな誠実な女じゃないんだよ。


 実際、私のことを「強いけど世間知らずな勇者の息子に取り入った腰巾着」と思ってる冒険者もいる。例の依頼のとき、商家に盗みに入った女冒険者は、面と向かってそう言ったっけ。

 フィーネにボコられた兄弟もそうだった。でもその時キミは、私のために怒ってくれた。謝罪しないなら決闘だ、とまで言ってくれたよね。結局マスターの仲裁で刃傷沙汰にはならなかった(まあ、なったらあの二人死んでたと思う)けど。


 嬉しかったよ。惚れ直しちゃった。

 でも同時に辛かった。だってあいつらの言うとおりなんだもの。


 いつか言ったよね? 力を持つ者には、それを利用しようとする者が寄ってくるって。

 それが他ならぬ私だよ。キミの優しさにつけ込んで甘い汁を吸ってるずる賢い女。それが私、カルロッタの本性なんだよ。キミは気付いてないみたいだけどね。


 まったく、しょうがないなあ。そんなんじゃ、いつか私よりたちの悪い女に引っかかるよ?


 ━━━━━


「さて、今日は素材ダンジョンですわね」

「ここって強い魔物は出ないけど、数が多いんだよね……」

「だから範囲攻撃できる魔法使いが二人いると有利なんだぜ。ローテーション組めるからな」

「兄貴、調子こきすぎ」

「よろしくな、ジェイク、ウェンディ。さてロッタ、こっちは準備万端だ」

「私もオッケー。じゃ、行こっか」


 賠償金を払い終えたら、私が冒険者をする理由はなくなる。キミは私のことを先輩として何かと頼ってくれるけど、もうすぐお別れだ。


 知ってる? ランテルナではね、「男は船、女は港」って言うんだよ。キミは私というちっぽけな港に、いつまでもいかりを降ろしてるような小舟じゃない。

 姫様からの覚えもめでたいし、そろそろ出港していいんじゃないかな。そしてどこまでも遠くへ行くんだ。


 水平線の彼方まで。私から見えないところまで。

 そのとき、少しでも私のことを覚えてて、たまに思い出してくれたら、それだけでいい……


 罪悪感と淡い恋心を隠して、私は今日も彼と一緒にダンジョンに潜る。


 分かってる。この恋は実らないって。

 でも、こっそり胸の内にしまっておいて、大切にするくらいならいいよね。


 好きだよ、ヒデト。愛してる。

報酬九割ロッタの取り分だった依頼

詳細はギルマスが主人公の別作品「元ギルドマスターの手記」9話参照。なお超絶鬱展開なので注意。

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