083 第6章エピローグ(モニカ視点)
魔界にあるオルダス城。
私がお仕えする魔王カレン・オルダス様の本拠地であり、私たちの生活の場でもある。今日も今日とて各地の伝令が行きかい、軍備の増強も休むことがなく喧騒が絶えない。
あの方の魔界統一は、今や大詰めの段階に入っている。
地上界――人間たちは勝手に人間界と呼んでいるけど――への進攻そして制圧は、私たち魔族の悲願だ。しかしその前に、複数の魔王が群雄割拠する魔界を掌握しなければならなかった。
人間と敵対しているのはどの魔族も同じといっても、支配が確立していない状態で地上へ出れば、その隙に別勢力が本拠地を脅かす。敵の敵は味方ではなく、別の敵なのだ。
その敵のひとりが双頭のトカゲ魔神、通称「夜のデーモン」のザラターだった。しかしあの方の使役するモンスター軍団によって、その勢力は駆逐される。ざまぁ。
しかし首級は挙がらなかった。地上界へ落ち延びたのだろう。死んだほうがいいやつに限ってしぶといのよね。
カレン様は近い将来の進攻に備えて、地上の情報収集にも力を入れ始めている。やがて、ザラターという魔法使いが突如頭角を現したことをつきとめた。警戒が厳重で得られた情報は限定的だったそうだが、十中八九あのトカゲ頭が憑依しており、これ見よがしに正体をほのめかしていると思ってよい。
というのも、魔界から地上へ行くには多大な魔力が必要になる。正確にいうと、送り込む魔物の強さによって加速度的に必要な魔力が増す。重いものを運ぶのと同じ理屈だ。
あれでも魔王の端くれであるザラターを追撃して側近ともども討伐するには、相当な戦力を割かねばならない。そうすると、魔界で従属している勢力が何を企むやら。討伐隊を出そうにも出せないのである。
それが分かっていて、あえて偽名を使っていない。まったくもって忌々しいわね。
このままでは、やつが勢力を盛り返す可能性がある。せっかく魔界統一が近いというのに、地上進攻が遅れてしまう。
私は侍女に過ぎないけれど、数匹の小悪魔くらいは動かせる。当然、私はその者らに魔法使いザラターのもとへ差し向けた。幼い頃、明日をも知れぬ運命にあった私を助け、娘同然の愛情を注いでくれたカレン様に、少しでも恩返しがしたかったから。
取るに足らないインプなら、かえって気付かれずに済むかもしれない。もしあのトカゲ野郎だとしたら、あわよくば寝首を……
ところが事態は急転する。
魔法使いザラターは、やはり魔王の依代だった。ここまではいい。
しかし信じがたいことに、一緒に落ち延びた側近の上級魔族ともども人間に倒されたという。それも一騎討ちで!
これは放っておけない。あいつは頭が二つもあるくせに脳みそは足りない暴れ者だったが、戦闘力だけならカレン様を上回る。それはあの方も認めている。
使い魔の召喚と使役が専門なので、単独だと魔王の中では弱い方なんだとか。もちろん王は手足となり盾となる家来がいるから王なのであり、本人が最強である必要はないのだけど。そんなことも分からなかったからザラターはくたばったのよ。
それはそれとして、魔王を倒した戦士のことは警戒する必要がある。そう遠くない未来、私たちの前に立ちはだかるかもしれないのだから。
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「桜樹の剣士ヒデト? まさか、いやきっと」
件の戦士のことを聞いたカレン様は、珍しく動揺を見せた。もしかして心当たりがあるの?
「ありがとうモニカ。このことは、私が引き続き調べておきましょう」
「分かりました。それでは」
しばらくして……
その戦士のことを教えてもらい、私は驚きを隠せなかった。なんと戦士ヒデト、いやヒデト様は、カレン様のご子息だというではないか!
十五年、もうすぐ十六年前、桜花の剣士ジュリアに敗れて左手を失ったカレン様。辛うじて魔界に逃げたが、ヒデト様はジュリアに奪われてしまった。地上進攻計画は、愛するわが子を敵の手から取り戻すための、母親としての戦いでもあったのだ。
しかもその女は、勇者とおだてられていい気になっているらしい。勝手なものだ、人様の子を拉致しておきながら……
は? 子連れ勇者?
ふざけるな! ヒデト様はカレン様の子だ! お前のじゃない!
それはともかく、ヒデト様はその悪女から訓練を受け、これほどの戦士になったわけだ。地上界だってモンスターが跋扈しているのは同じこと、身を守れる力を身につけさせようとしたのだろう。ジュリアって女、性格は最低だけど判断力はあるのね。
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「はぁ……。早くお会いしたい」
私室のベッドに寝転がり、私は吐息をもらす。
この話を聞いてからというもの、私はヒデト様のことが気になって仕方がない。
当然だ。カレン様のご子息ということは、本来なら私たちの側におられるべき方であり、いずれは魔王の後継者となる存在なのだから。
それに……
畏れ多くて口には出せないけど、私はカレン様のことを母親だと思っている。ならヒデト様と結ばれれば、文字どおりお義母さんになるじゃない!
「どんな方なんだろう? でも母親が目の前にいるんだから想像はつくわよね。遺伝的に」
私はまだ見ぬ王子様(魔王の息子だから比喩でなく本物の王子だ)を思い描いた。と同時に、ジュリアへの憎しみが募る。カレン様の左手を奪い、愛しい息子を拉致した悪党め!
ヒデト様は、きっとこの女の本性を知らないのだろう。母親と引き離され、本来受けるべき愛情を奪われたことも。それどころかこの腐れ外道に騙され、母親のように思っているのかもしれない。
ああ、なんて可哀想なお方。いつかきっと、本当のお母様と会わせてさしあげます。そしてその時は、私もあなたのものです……。
待っていてくださいね、私の王子様。




