082 異国の冒険を終えて
ボスドラゴンとの死闘は、キュルマさんの勝利に終わった。これで敵は全滅、作戦完遂だ。
俺とフィーネはすぐさま治癒の魔法をかける。攻撃を受けたのは一回だけだが、その一回のダメージがでかい。
「ベルトの金具が歪んでます。もう引きちぎりますわよ?」
「ああ。頼、む……」
治癒魔法は塗り薬のようなもので、鎧や衣服の上からだと効果が落ちる。鎖かたびらとアンダーシャツをまくり上げる必要があった。
非常事態といってもそこは女性。服の裾から手を突っ込み、肌が見えないように治療する。
ほどなく状態が安定してきた。少なくとも粉砕骨折、下手すれば内臓破裂くらいいってそうだったが、もう心配はないだろう。
「ふふ。衆人環視の中で、乙女の肌に触れられてしまったな」
余裕ができたからか、キュルマさんは悪戯っぽく微笑む。クールで生真面目だが、時たま茶目っ気を見せる人だった。
「いや、これは治療ですから」
「そんなこと分かってる。でもね、もう少し狼狽えてくれてもいいと思うよ?」
と、今度はちょっぴり拗ねたご様子。女のプライドってやつか? 正直、俺にはよく分からん。
「でも仕方ないかなあ。もう二十歳過ぎてるし、こんな色気のない格好してるし。仕事人間で出会いもないから、女捨ててるもんなあ。一応、これでも処女なんだが」
「はあ」
そんなこと言われても反応に困る。俺は武芸者だ、気の効いた文句など思いつかないぞ。
「もし売れ残ったら、きみが責任を取ってくれるかい?」
「えっ?」
「すまんすまん、冗談だ。で、こっちは真面目な話なんだが……なあ、ヒデトくん。私は、これで少しはジュリア様に近づけたかな?」
「もし母さんが今の貴女を見たら、きっと褒めてくれると思いますよ」
勝鬨と歓声は、まだ止んでいなかった。
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さて、いつまでも勝利の余韻に浸っていたいが、そうもいかない。戦闘が終わっても、やることは山積している。
むしろ肝心なのはそっちだ。負傷者の治療、ドラゴンの死骸の回収、そして生存者の捜索。
フィーネたち聖職者組には別の仕事もある。犠牲者はどれほどを数えたのか。
結論からいうと、巨岩の中には予想以上の人がいた。ドラゴンは図体がでかいだけに、細い通路の奥には手が出なかったのだ。
いくら怪力を誇る種とて、ここまでの自然石を掘ったり砕いたりするのは骨だったらしい。また、直線の電撃という息の性質が、穴ぐらに引きこもった相手を攻撃するのに適していなかったことも幸いした。
ある程度の防衛戦力を残し、俺たちは歓呼の声に送られ、ひとまず王都マウルードへ帰投する。
数日後、都の民は熱狂的に俺たちを迎えた。
天まで届こうかという歓声、舞い落ちる花吹雪。乾燥地帯ゆえエスパルダ王国より高価な花が惜しげもなく使われているところに、喜びのほどがうかがえる。
時折、沿道から人――大抵は若い女性だ――が飛び出ては、誰かの首に花輪をかけた。凱旋した兵の妻や恋人だろうか。
ラクダの背に揺られ、沿道の人たちに手を振りつつ王城へ。
戦勝の宴に先立ち、女王による論功行賞(各人の功績を確認し、それに見合った褒美を与えること)が行われた。
一番手柄は、言うまでもなくボスを倒したキュルマさん。その武勲は絶賛され、皆がこぞって「氷結の刃」や「絶対零度の騎士」、あるいは「雪の戦乙女」などと誉めそやす。きっとこのどれか、あるいは全部が二つ名となるだろう。
二番手は、軍勢をうまく統率しトンネル作戦に気づかせなかったことを評価され、マウルード軍の隊長。
同率三位に、突入に最適の状況を作り出したとしてリーズとジェイク。四匹討伐の俺は五番めだった。
「不服かの?」
「まさか。陛下の判断は妥当と思います。それに俺が仕留めたのは、奇襲と最後のトドメだけでしたし」
社交辞令ではない。事実、俺はある種の安堵を覚えていた。キュルマさんは別格として、俺より隊長やリーズたちを評価したということは、女王は単純な力押しの価値をあまり認めていないと思ってよかろう。脳筋で突撃していたら、かえって侮りを受けたかもしれない。
これで良かったんだ。少なくともジョゼットさんを失望はさせなかったと思う。
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ここで一旦物語を離れ、エスパルダ王国年代記の記述を見てみたい。
……勇者ヒデトや絶対零度の騎士キュルマらの活躍により、邪悪なる蒼き竜どもは討ち果たされた。この戦いで、勇者は魔王ザラターを倒した武勇のみならず、知略にも優れていることを証明したのである。
都の民は勇士たちを称え、かつ両国の親善を喜んでおおいに沸き立った。
祝宴は数日に渡って続いた。神に奉納する舞が舞われ、楽人は竪琴を奏でて武勲を歌った。競技会も盛大に行われ、勇者らはエスパルダ王国の武勇と誇りをまざまざと見せつけた。
女王はその知恵と力を認め、かつ大いに畏れた。彼らを友とせねばならぬと知った。
これを機にマウルード王国はフィリップ王子、のちのフィリップ3世支持に傾き、以後長く友好関係を保つこととなったのである。
……とのこと。女王は「頭空っぽの暴力」を軽視する一方、「知性を備えたうえでの武勇」は人並み以上に評価していたらしい。女性であることも関係していようか。
なおリーズの見聞録によると、御前試合で勝ち抜いた人数はリーズ0、ロッタ1、ウェンディ3、ジェイク4、キュルマ6、フィーネ11、アルゴ14、ヒデトに至っては驚異の26。単独で戦うのが苦手なリーズ以外は、全員が最低一回以上勝利している。
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「終わってみると、あっという間だったな」
「さすがに名残惜しいですわね」
「でも、お父さんやお母さん、マスターや院長先生に会うのが楽しみ……」
「お土産いっぱい買ったもんね」
砂漠の都を後にして、俺たちは一路来た道を引き返す。見送りとして十人ほど、さらにエスパルダ王国での武者修行を希望した複数のマウルード兵も同行しているので、行きより安全な旅だ。それゆえ道中の出来事について特筆することはない。
俺たち遠征組は都の滞在期間をほぼドラゴン討伐に費やしたので、十分に町を見られなかったのが唯一の心残りか。まあいい、そちらは居残り組の皆さんが話してくれるだろう。
砂漠の迷宮都市では、女王からの褒美をアンドレ様に渡したりもした。あの人が作った道具はロッタが使い、ドラゴン討伐に大きく貢献している。
砂嵐のため数日ここに逗留。
神様が気を利かせてくれたのかもしれない。ジョゼットさんとアンドレ様が直に会うのは、これが最後の可能性が高いから……
そしてガドラム山脈のドワーフ王国へ。
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「うむ、よく似合っているぞ。母君と並んでも、もう遜色ないな」
「はうぅ! カッコいいですぅ!」
「落ち着いてください姫様」
ベイリン様から、完成した魔法銀の鎧、そしてオルフラム(黄金の炎の意)、ドワーフの言語だとゴルド・フランメの武器を受け取る。
鎧の色は今までと同じ漆黒。デザインも、装甲の面積が増えて若干複雑になっているのと、要所に銀の彫刻が施されている以外大差はないが、軽さと強靭さは文字どおり別物だ。俺はフィーネと違って体当たりを多用はしないので、重量の低下はスピードアップとスタミナ消費の軽減というメリットの方が大きい。
兜の前立て(額の飾り)も半月のままだが、実はちょっと変わった。具体的には、これまでのものが完全な半円ではなくほんの少しだけ凹んでいたのに対し、わずかに膨らんで満月に近くなったのだ。あと、金の色合いがさりげなく濃くなってる。
「んなもん、言われないと分かんないわよ」
「せこいなあ」
ウェンディ、ロッタ、ほっといて。
武器も同様で、装飾は少し豪華になったが、大きさと形は以前から使っていたものを踏襲している。
大きな変更点は、長物の柄が鮮やかな緋色になったくらい。これは「朱槍」といい、武勇に優れた戦士の証とされる東方の伝統だ。わが国でいうなら、さしずめ槍に四角い旗をつけているバナレット騎士といったところか。
変形の十文字槍、野太刀、太刀、脇差、短刀、さらに薙刀。ひととおり素振りしてみたが、いずれもこれ以上ないほど手に馴染む業物だった。
鉄より軽いマルジャが主要な材質なので、前のに重量を合わせるため一回り大型化したが違和感はない。ドワーフの卓抜した技量によるものだろう。今後、おおいに俺の身を守ってくれるはずだ。
他のメンバーも新調された武器を賜る。
なおマルジャは先に述べたように軽量なので、重さを活かしてぶん殴るフィーネとアルゴには相性が悪い。それゆえ二人のは鉄を中心にマルジャとオリハルコンで補強したものだ。
しかし、フィーネの武器はすげえな。
棒の先にトゲトゲの球体がついてる、いわゆるモーニングスター型の槌矛なんだが、小ぶりなスイカくらいの鉄球に3センチくらいのオリハルコンのトゲがびっしり生えてる。先端のだけは突き刺せるように10センチほどある。しかも手を守るカバーにまでトゲ、ここだけでも凶器として使えそうだ。
気の弱い人なら見ただけで失神するだろ。ていうか僧侶が刃物を使わないのは流血を禁じられてるかららしいけど、これで殴ったら絶対血の雨降るよね?
まあいい今更だ、深く考えないでおこう。
さらに、アフターサービスとして腕のいい鍛冶職人も同行させてくれるとのこと。リンゲックへ武者修行に出るドワーフ数名も加わり、ますます人が増えてゆく。
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そしてエスパルダ王国へ。
国境の町は既にゾロアの被害から立ち直っていたし、通せんぼ男爵の領地でも、船頭をしていた皆さんが本来の仕事に戻り、日々をたくましく、そして生き生きと過ごしている。
ザラター討伐の報も伝わっており、逗留する宿場町でその噂や竪琴弾きの歌を聞かぬことはなかった。
やがて彼方に、大きく分厚く、そして複雑に曲がりくねったモダンアートみたいな城壁が見えてくる。
俺たちの活動拠点、懐かしの迷宮都市リンゲックだ。
(やっと戻ってきたな)
達成感とともに、さまざまな思い出がよみがえる。
マンティコア討伐、男爵の暖かいもてなし。
あまり後味はよくなかったが、ゾロアとの戦い。
威風堂々たるドワーフの王者ベイリン様。
鍾乳洞での戦い、そしてザラターとの一騎討ち。
生還した油断が招いた浴場でのアクシデント……
マウルード王国に入ってからも驚きの連続だった。
緑豊かなエスパルダとは対照的な不毛の大地。昼には陽炎が揺れたかと思えば、一転して月下では吐く息が見えるほど冷え込む茫漠たる砂漠。
ダンジョンに潜る機会はなかったが、太古の遺跡が甦った砂漠の迷宮都市、アンドレ様や戦士たちとのやりとり。
朝もやの中に揺蕩う王城の偉容。異国情緒あふれる町並み、絢爛豪華な宮殿。さらに蟻塚のような巨岩の町での出来事と、これだけで本一冊書けるぞ。
この旅は護衛依頼を受けてのものだったが、広大な世界をほんの少し垣間見て、よい経験になった。武芸者として人として、母さんに一歩近づけた気がする。
さて、後はギルドで達成を報告するだけだ。異国のお土産、マスターは喜んでくれるかな。
その夜、ギルドの酒場はどんちゃん騒ぎ。俺たちの帰還やザラター討伐を祝うためである。
マスターをはじめ、セインにゾイスタン、ラウル。久しぶりに再会した面々の顔が赤い。空っぽになった酒樽を太鼓がわりに歌声が響く。
そして一夜明け、俺たちは揃って領主の館へ。姫様たちは、この町でもっとも安全な場所であるここに宿泊していた。
当たり前だが、用件を済ませた彼女らは王都ロブルーファへ帰る。別れの挨拶くらいはしておきたい。無邪気なプリンセスにはずいぶん振り回されたが、それも終わった今となってはいい思い出だ。
ところが。
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「こっちに留まる!? ホントですかジョゼットさん!」
「おや、言っていませんでしたか? 姫様の希望で、この町に留学することになったのですよ」
「えぇ……」
「別におかしくはないでしょう。リンゲックは魔法研究の最先端をゆく学術都市です。で、姫様は魔法の適性がありますからね」
「そ、それはそうかもですが」
「もちろん私やキュルマもこっちに引っ越しますよ。そのうち主人も来ますから紹介しましょう」
ぽかーんと間抜け面をさらす俺を見て、アニス王女はにっこり微笑む。
「うふふ。言ったでしょう? 乙女の肌を見られた以上、責任は取ってもらうって。これからも末長~くよろしくお願いしますね、ヒデトさま♡」
嘘だ……
バナレット騎士
本文にあるとおり、槍の穂先に四角い旗をつけている精鋭のこと。普通の騎士のはペナントみたいな三角。これは突撃の際、風を受けて穂先をコントロールする役割も持つ。




