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081 母さんの背中を追うのは俺だけじゃない

前回は発音が怪しい(人間とは声帯が違う)演出でボスドラゴンの台詞に不自然な濁点をつけましたが、今回は少し文字数が増えたので省略(実際には相変わらず竜独特の発音で喋ってる)します。ご了承ください。

「オノレ、ニンゲンノブンザイデ!」


 ボスドラゴンがえた。金色の双眸そうぼう(両目)が爛々と輝いている。

 色は違うが、この目には見覚えがある。それも最近のうちに。


 そう、魔王ザラターと同じ目だ。俺たちへの怒りと憎悪、ただそれだけを宿した、殺意に染まった目だ……


 人は見下している相手、自分より劣っていると考えている相手にしてやられた時、もっとも強い怒りを覚えるという。それは魔族や竜も同じらしい。

 ただの餌と思っていた人間、せいぜい「群れられると厄介だが、こちらも数を揃えれば容易たやす蹂躙じゅうりんできるザコ」としか思っていなかったちっぽけな生き物に、ものの見事に裏をかかれて壊滅的な打撃を受けたのだ。


 やつのプライドはズタズタだろう。認めたくないだろう。俺たちを皆殺しにして、片っ端から貪り食ってやりたいだろう。ザラターがそうであったように。

 だが思いどおりにはさせん。あの時とは状況が違う。俺とザラターは一騎討ち、手下は三対一でこちらが二人多いにすぎなかったが、今はそれ以上の数の優位がある。


「熱くならず、その立派な尻尾を巻いてとっとと逃げれば良かったものを。それとも炎天下でずっと岩の上にいたから、猛暑で頭をやられたか? 脳みそが茹であがる前に、いっぺん日陰に入っておくべきだったな」

 俺たちはボスを包囲する。ブルードラゴンのブレスは瞬間的な直線だ、こうすれば一度に攻撃はされない。


 ビラン討伐戦もそうだったが、奇襲が大成功したため主要メンバーはほぼ無傷。グリーンドラゴン二匹を討伐したことがある俺に加えてガドラム戦参加組、さらに王女近衛隊プリンセスガード副長にして史上最年少の竜殺しキュルマさんもいる。マウルード王国の戦士たちもだ。この数で一斉にかかれば、いかなボスドラゴンとて瞬殺だろう。


「グゥゥ……! カトウセイブツメ、ムレネバ、ダマシウチモデキヌカ。ヒレツナ」

「自分もつるんでてよく言う。だがな、一騎討ちを挑まれたわけでなし、卑怯でもなんでもないだろ」


 最初から複数対複数の戦いだ。決闘じゃなく合戦なのだ。先にザコが全滅して最後の一匹になったのは、奇襲を見抜けなかったお前らが迂闊うかつだったからだ。俺の知ったことか。


 もちろん武者修行中の武芸者としては、一対一で戦いたい気持ちはある。が、今回のミッションは個人の戦闘力より集団での強さ、武勇より采配をアピールすることが優先だ。

 残念だが単独討伐は諦めよう。強さってのは個人プレーだけじゃない。


 で、あとは皆でボコるだけの簡単なお仕事と思いきや……意外なことに、キュルマさんが前に進み出る。


「なら証明してやろう。人は群れずとも出来ることがある、とな。瑠璃色の竜よ、貴様の相手は私だ」


 そう啖呵を切って、彼女はボスドラゴンに剣を突きつけた。


 ━━━━━


「キュルマさん!? なぜそんな」

 皆の反応も同じだった。もはや決着のついたいくさ、わざわざ危険を冒す必要がどこにあるのか。


「分かっている、こんなことをする必要はないと。だが、ここは我儘わがままを言わせてくれないか」

 そう答えて、彼女は穏やかに微笑む。


「ヒデトくん、覚えているかい? 姫様の馬車で話したことを」

「六年前のスタンピードですか? 母さんと一緒に戦ったっていう」


「ああ。その時も言ったな、私は史上最年少の屠竜騎士ドラゴンバスターなどと言われているが、実際にはジュリア様が無力化したやつにトドメを刺しただけだと」

 だが、周りから勝手に持ち上げられてしまった。箔をつけたいという騎士団の思惑もあったろう。


「今回もそうだ、アルゴ殿やロッタくんにお膳立てされて、なりゆきで美味しいところを持っていっただけ。これでは、私は手柄を横取りした似非エセドラゴンバスターのままだよ」

「キュルマさん……」


 六年、いやもうすぐ七年の間、ずっと付きまとっていた中身の伴わない名声。生真面目な彼女にとって、それは栄光ではなかったのだ。

 俺たちは何の気なしに竜殺しと言っていたし、記録上最年少で竜を殺しているのも事実なのだが、配慮が足りなかったかもしれない。


「だからあいつは私がる。誰の助けも借りずにドラゴンを倒す、それは私が乗り越えねばならない壁のような気がするんだ」


 ここまで言われたら、もう口出しはできない。彼女とて武士もののふなのである。


「皆、聞こえたか! 一騎討ちだ! 手出し無用!」

 アルゴの野太い声が、喧騒から静寂へ変わりつつある戦場に響き渡った。


 ━━━━━


「オノレ……。ニンゲンゴトキガ、ワレヲグロウスルカ! ユルサヌ、オモイシラセテヤル」

「面倒なやつだな。数で囲めば卑怯と言い、一騎討ちを挑めば侮るなと言う。どうすれば満足するんだ、貴様は」

 そしてキュルマさんはかすみ(足を大きく開き、左半身を前にして剣を目の高さに保持し、切っ先を相手に向ける構え)で敵と向き合う。


「アニス王女殿下が騎士、キュルマ・ピッカライネン! いざ、推して参る!」


 戦いの幕が切って落とされた。

 先に仕掛けたのはキュルマさん。まずは牽制の定番、魔法の矢を放つマジックミサイルを放つ。


 これは発動が早く弾速に優れるものの、威力は投石ほどしかない。当然、ドラゴンには通用しない……鱗の上からは。

 しかし彼女は、正確に敵の目を狙っていた。これにはさすがのドラゴンも顔をそむける。正面のキュルマさんを遠距離攻撃ブレスで狙うことができない。


身体強化ブースト!」

 この隙を逃さず、彼女は一気に間合いをつめる。ドラゴンの巨体は、人間サイズの相手に密着されたら戦いにくい。

 咄嗟に右の前肢まえあしで迎え撃つボスドラゴン、しかしその爪は空を切った。キュルマさんがスピードを緩めたため、間合いが狂ったのだ。突進は誘いだった。


「はあぁっ!」

 次の瞬間、大上段から唐竹割りの一太刀が、敵の右手首をしたたか打ちつける!


 母さんにあやかってサムライアーマーを着ているから誤解しがちだが、キュルマさんの技そのものは、鎧を着ている相手を想定して突きと()()を重視し、切っ先をコントロールするために()()()()()こともある王国古式剣術だ。


 なので彼女の剣は、先端の三十センチほどにしか刃がない。半分は鈍器なのである。そして今の一撃は、刃のない部分を当てていた。

 これなら硬い相手にも有効のはず。いかにドラゴンが鱗という自前の鎧をまとっていようと、殴られた衝撃は防ぎようがない。


「グガアァ!」

 ボスが悲鳴を上げた。攻撃された箇所が変な方向に曲がっている。折れたな。

 ドラゴンの攻撃は大別するとブレス、噛みつき、引っかき、尻尾の四つだ。角は後ろを向いているので、あまり格闘に適さない。


 手首を砕かれ、やつの戦力は明らかに低下した。攻撃手段をひとつ失っただけではない、激痛は集中力を乱し、それは体力の消耗や、魔法の効果に直結する。


 追撃は止まらない。キュルマさんは時計回り、つまり右の爪攻撃を受けにくい位置取りで動き、攻めては退き、退いては攻め、母さんの言葉を借りるなら「蝶のように舞い、蜂のように刺す」流麗な動きでじわじわ削ってゆく。


 でかくて重いだけに、竜のフットワークは人間より遅い。だが業を煮やしたボスドラゴンは、比較的素早く動かせる首を振り回し、牙による攻撃をしかけた!

 しかし、彼女はこれも読んでいた。一転、右へステップし、今度は左前肢に同様の一撃! 剣は狙いあやまたず手首をとらえ、敵の両腕がだらりと下がる。


(上手い。これで奴は、密着されたときの攻撃手段をほぼ失った)

 ここに至り、満を持してキュルマさんは接近戦インファイトを仕掛ける。理知的なあの人らしい、チェスで一手ずつ相手を詰めるような戦い方だ。


「暑い地域の魔物に、これはきつかろう!」

 冬生まれのため、少数民族の言語で「寒い、冷たい」という意味の名前だけに得意なのだろう、キュルマさんは至近距離で凍結フリーズの魔法を使い、相手の体や足元を凍らせて瞬間的に動きを封じつつ、巨体を支える膝に的確な打撃を加えてゆく。

 関節は鍛えようがない。それは人も竜も変わらないわけで、ボスドラゴンは徐々に自重を支えきれなくなり、動きを鈍らせていった。


「オ、ノレェ!」

 このままではじり貧と見たか、ここで敵は空中へ退避。激痛で集中力が鈍り、浮遊の魔法は効果を落としてはいるが、それでも剣の届かぬ位置まで浮上。

 咆哮とともに、必殺の電撃ブレスが放たれた。しかしキュルマさんはこれを紙一重でかわす!


「グォ!?」

 起死回生の一撃を外し、思わず目を見開くドラゴン。

 焦ったな。いくら高速の電撃でも直線と分かっているなら、丸見えの状態でぶっ放したってそうそう当たらんよ。少なくとも彼女ほどの実力者には。


 ブレスは魔法だ。それを使ったことで、浮遊の魔法が一時的に切れる。落下したボスドラゴンは着地こそしたが、壊れかけの膝にこの衝撃はきつかったとみえ、動きが止まった。

 すかさず、キュルマさんは敵の背後を取ろうと横へ回る。だが……


「グオォァァア!!」

 再度、敵が吼えた。追いつめられた底力か、砂漠の王者たる意地か? 全身を旋回させ、丸太のような尻尾で横凪ぎの一撃!


 ばきん。

 そのいやな激突音が、やけにはっきり聞こえた。


「ぐわぁぁあっ!!」

 ダメージの蓄積と着地の衝撃で、敵の両足はもはや役に立たぬと踏んでいたのか……予想外の動きに反応できず、キュルマさんは直撃を受けてしまった! 剣を取り落とし、すさまじい勢いで転がってゆく。


「ごほっ……! ま、まだだ……」

 激しく吐血しながらも、彼女はなんとか立ち上がる。しかし満身創痍、兜がふっ飛んで露出した銀髪は血にまみれ、純白の胸当ては大破してもはや防護の役をなさない。


 たった一撃で形勢逆転。絶体絶命のピンチ。

 そしてドラゴンは、再度のブレスを狙って口を大きく開けた……

 ナイフのような牙が並ぶ巨大な口の前で、バチバチと火花を散らして電撃が走る。これを食らったら、さしものキュルマさんも耐えられないだろう。


 ここまでか……?


「シネエェェー!!」

 天をく竜王の咆哮。しかし……

 稲妻の轟音は響かなかった。ぱちん、と、拍子抜けするほど情けない音を立てて、電撃が消失する。


 ブレスは強力な反面、連射はできない。やつは熱くなりすぎて、まだチャージの途中であることを忘れていたのだ。


 己の能力を見誤る。できないことをできると思う。それは戦場で絶対してはいけないこと。初歩の初歩。だからこそ逆に理解が追いつかないのか、一瞬、動きが止まった。


「う……おおおおーっ!!」

 チャンスは今しかない。キュルマさんは最後の力を振りしぼり、突進した! 正気に戻った敵の噛みつき攻撃をかわしつつ、勢いもそのまま懐に入る。


「これでぇぇ!」

 雄叫びと同時に、左手が燃え上がった。

 いや違う、あれはリーズ戦で俺もやった至近処理のファイアーボール、炎をまとった掌底しょうていだ。

 オレンジ色の火の粉を散らし、爆炎がボスドラゴンの胸に叩きつけられた。そして間髪を入れず、腰にいた魔法銀マルジャの短剣を抜く。


 刀身が純白の冷気をまとい、雪のように輝いた。

 そして、炎が当たったのと同じ場所に、全身全霊のひと突き!


 がきん、と金属音を響かせて、切っ先が激突し……

 一拍の間をおいて、ぱりん、と音を立て、鱗が砕け散った。


 どんな物質でも、冷却と加熱をくり返されれば脆くなる。剣はそのまま分厚い皮膚を貫き、根元まで突き刺さった……!


「終わりだっ! 血の一滴まで凍りつけ!!」

 キュルマさんの全身から、白い魔力の光がまるで吹雪のように放たれ……


「グォガァアァ~!!」

 鼓膜が破れそうな凄まじい絶叫をあげ、ボスドラゴンが大きくのけ反る! だが奇妙なことに、その動きはすぐ止まり、彫像のように動かなくなった。


 あまりの現実味のなさに、言葉を発する者もない。

 やがて光が収まり、キュルマさんが剣を抜くと、きらきら輝く赤い物体が飛び散った。なんだ?


「あれは……紅玉ルビーか?」

「いや違う。あれは血だ。凍った血だ!」


 マルジャは強靭かつ軽量のみならず、魔力の伝達効率にきわめて優れている。彼女は、剣をいわば注ぎ口として、相手の体内に直接フリーズの魔法を浴びせたのだ。ガドラム山脈の戦いで、ロッタの短刀ダガーを通してリーズが落雷を当てたのと同じように。


 ドラゴンは立ったままだ、倒れはしない。

 しかし、絶命していることは誰の目にも明らかだった。

 おそらく内臓も凍っているだろう。即死だ。


「キュルマさんの勝ちだ!」

「敵は全滅したぞ! 勝鬨かちどきを上げろ!」


 静寂に包まれていた戦場に、ふたたび嵐のような喧騒が巻き起こる。

 しかしそれは、敵将を討ち取った勇士を讃える、歓喜の叫びであった。

六年前のスタンピードは44話参照。

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