079 瑠璃色の凶獣、ブルードラゴン(ほぼ説明回、読み飛ばしてOK)
本作のドラゴンは古典的なタイプを参考にしつつ、独自解釈による若干のオリジナル設定を含みます。ご了承ください。
町に近づくにつれ、地形が変化してくる。簡単にいうと柔らかい砂地から比較的硬い地面へ、砂漠から荒野へといった感じだ。
ひゅう、と物寂しい風の音に合わせるように、タンブルウィードだったか? 球体状に絡まった枯れ草が転がってゆく。俺は何の気なしにスルーしているが、魔法使いのリーズは地質学的な関心があるようで、ラクダの背に揺られながら器用にメモやスケッチをしたり、時々降りて標本を集めたりしている。
そうこうしているうちに目的地が見えてきた。
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「あそこですか……」
「うむ。あの高さから狙われては、とても近づけん」
道案内と戦目付(戦いぶりや手柄を見届ける役目)を兼ねるマウルード軍の隊長が指差す先には、巨大な一枚岩と、それを取り囲む城塞都市があった。
岩はパッと見やや歪な円形で、直径は一キロ以上もあろうか? 中をくり抜いてそこに町を作った、というか大昔は小規模な集落だったが、いつの間にか町になったらしい。換気と採光のために無数の穴が空いており、まるで平べったい巨大な蟻塚である。
やがて岩だけでは手狭になったため、それを補うために造られたのが、拡張された麓部分とその城壁だという。
穴を掘る時に出た石を再利用したもので、並の魔物や盗賊には十分な護りとなるのだが……さすがに相手が悪かったようで、あちこちが壊され無惨な姿を晒していた。
その都市のなかで動くものがあった。ドラゴンだ。
俺たちはひとまずテントを設営し、休息しつつ相手の情報を確認する。母さんから聞いた話だが、いにしえの軍師ソーンいわく、敵を知り己を知らば百戦危うからずというからな。
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ブルードラゴン。文字どおり、青い鱗をもつ竜だ。金色の真鍮竜と双璧をなす、砂漠、乾燥地帯の王者である。
まずは身体的特徴について。
大きさは、前に俺が討伐したグリーンドラゴンに比べてやや小さく、細身だ。そのため物理的なパワーでは劣るが、飛翔能力は勝る。獲物の豊富な森林に生息するグリーンと違い、広範囲で狩りをしなければならないためだろう。
ただし、鳥ほどの速度や航続距離はない。そもそもドラゴンの巨体は、翼で物理的に飛ぶには重すぎる。
浮遊の魔法で飛んでいるのだ。これに関しては人間の魔法使いより優れているが、他の魔法は後述する一種類しか使えず、三つの魔法を使う個体は生物学的な意味で確認されていない。
ふたつの適性しか持たない反面、どの個体もハイレベルなわけだ。多彩な魔法を使える者がいる一方で適性のない者も多く、個体差の激しい人間とは真逆だな。
弱い種や短命な種は、様々な環境に適応できるよう「当たりが出れば儲けもの」的に雑多な個体が生まれるという。生態系の頂点に君臨し寿命も長いドラゴンは、生物としての多様性が、少なくとも人間よりは不要なのだろう。
次は必殺技ともいうべき息について。
グリーンが「広範囲だが射程距離は短い毒ガス」なのに対し、ブルーは「ほぼ一直線で遠距離を狙い撃つ電撃」と、対照的な特性をもつ。共通点はただひとつ、ほとんどの生物を即死させる威力ということだ……
これが二つめの魔法で、つまりはリーズやジェイクも使うライトニングボルトである。
グリーンのガスは体内の臓器に蓄えられた液体を揮発させて吐くのだが、空を飛ぶにはそういう器官は重くて邪魔だから無いらしい。
したがって、飛行しながらブレスは使えない。正確には、ブレスを吐く間は浮遊の魔法が一時的に切れる。
空からの狙撃は瞬間的なものだろう。魔力も有限なので、飛べば飛ぶほどブレスの回数は減る。その逆もしかり。
次は気質について。
こちらはグリーンと似ている。フィーネも言っていたように、比較的温厚だが邪悪なのだ。なおブラスドラゴンは狂暴だが善良で、ブルーとは敵対関係のため町にはいない。
善良な場合、供物とひきかえに町を守るなど人と共存し、国や地域によっては「龍神さま」と崇められているケースもあるが、邪悪タイプは家畜を襲ったり、脅して生け贄や貢ぎ物を強要したり……
なまじ知能も高いだけに質が悪く、中には人間を奴隷のように使役する個体もいるという。奴らにとって、人類は力でねじ伏せればいい餌や家畜でしかないのだ。
温厚ではあるが逃亡は臆病として好まず、よほどの危機に陥らないかぎり戦闘を継続する。
最後に、群れを作っている点について。
本来この竜は縄張り意識が強く、番や子育て中でなければ単独で活動しているという。
今回のケースは、憶測だが大規模な繁殖期のため、まとまった量の獲物を確保するため一時的に集まったものと見られる。リーズはそう言っていた。
つまりこういうことだ。
食べ盛りの子供らを養うため、広い砂漠をうろついて一匹ずつ狩るより、人間が多数いる都市を狙いたい。
しかし、いくらブルードラゴンとて、大軍が駐留する城塞都市を襲うのは危険。
なので、不本意だが一時的に他のやつと手を組む。
こんなとんでもない魔物が、調査団の報告によると十匹以上いるという!
危険なので近づけず、正確な数は把握できなかったそうだが、いつかのグリーンドラゴンの五倍以上は間違いなかろう。ましてリーズの仮説が正しければ、幼体は何匹いるやら……
アルゴやフィーネ、キュルマさんを筆頭に味方の戦力は充実しているが、それでも相当タフな戦いになりそうだ。
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ともあれ軍議は進む。
皆の意見をまとめると、町には生き残りの人がいるかもしれないので時間をかけたくない、ただし無計画に突撃するのは避けたい。俺たちを中核戦力としてマウルード兵も連携し、守りの弱いところを突くべき、という感じであった。
妥当な判断だな。籠城してる敵を力攻めするのは不利だ。リーズや俺がシールドの魔法で防護しつつ遮二無二突撃、というのが手っ取り早いが、相手の数も分からないのに初手から消耗の激しい作戦ってのは、上手いやり方じゃない。
兵の中には先陣や俺たちと一緒の突入を志願する者、陽動作戦を提案する者もいた。
これも分かる。そもそもこの戦いはマウルード王国の内政問題だ。古狸……もとい女王は姫様の足元を見て俺たちをけしかけたが、彼らにも意地がある。よそ者に一から十まで助けてもらってはメンツが立たん。
俺たちに火中の栗を拾わせたいのは、あくまでも女王個人の考え。作戦には現場の判断もあるし、意見を異にする者も普通にいるってわけだ。助っ人に手柄を取られたくない者、個人的にドラゴンを憎む者、うまく漁夫の利を得たい者……
勇気、プライド、欲望、保身、それぞれの思惑が交錯する。皆があれやこれや言いあい、軍議は容易にまとまらない。
(なんにせよ、脳筋突撃はせずに済みそうだな)
やがて作戦がおおよそ決まり、俺は内心胸をなで下ろす。無論どんな役目でも恐れはしないが、安堵したのも事実だ。
なぜなら……いや、これはまったく根拠のないカンなんだけど、頭空っぽの力押しだと後々よくない気がするんだよ。
雇い主のジョゼットさんの要求は、結局「マウルード王国を味方につけろ」なわけだろ? ドラゴンと戦うのは、その手段であって目的じゃない。
これで好意を持ってもらい、感情的に肩入れしてもらえればベストなのだが……
あのタヌキ、もとい女王はそこまでお人好しじゃないだろう。いや、民の命を預かる責任からしたたかなだけで、悪人じゃないとは思うけどな。
国同士のつき合いには様々な利害が絡む、みんな笑顔で仲良しこよし、お手々つないでランランランとはいかないさ。そのくらいは、政に疎い俺でも分かる。
要するに、俺たちは強さを見せつけ、彼女に「あいつらを敵に回したら死ぬ」と思わせる必要があるわけだ。
で、脳筋戦法を取ると、「腕力だけの猪武者、御し易し」と軽く見られそうな気がする。逆に、策も用いて勝てば、「智勇兼備、事を構えるは利あらず」となって、味方についてくれる可能性が高まる……と思う。
重ねていうが、まったくの勘だけどな。
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「すまんなアルゴ殿。そなたほどの豪傑に、こんな裏方じみた役目を押しつけてしまって」
「なに、気になされるなキュルマ殿。穴掘りはドワーフの得意技よ、むしろ俺がやらずに誰がやる」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ」
さて、採用された作戦の概要は……
①マウルード兵の中から俺たちに似てる人を選び、同じ格好をしてもらう。該当者のいないアルゴは、鎧を人形に着せて本陣に置いておく
②その人らを前面に押し出し、派手に鬨の声を上げたり角笛を吹いたりしながら攻撃。少ししたら退却。これを交代で絶え間なく繰り返し、敵を疲弊させる
③が、これは陽動。アルゴを先頭とした俺たちが本命の突入部隊となり、トンネルを掘って町の下までこっそり移動。本隊がうるさく音を立てるのは、この作業に気づかせないため
④俺たちが地上に出たら総攻撃開始。一気にカタをつける
というもの。
母さんから聞いたことがある。サムライの祖国でも、鉱山の王シンゲンがこの戦法で城を落としたことがあると……
そして彼は「猛虎」の異名をもち、ソーンの格言を旗印とした名将で、幾度にもわたって「龍神」と呼ばれたケンシン王と宿命的な戦いを繰り広げたという。
ふふ、奇遇なもんだな。こっちでも竜虎の対決か。
シンゲン王の旗、風林火山。すなわち疾風のごとく素早く行動し、寂とした林のごとく情報を秘匿する。攻撃するときは烈火のごとく激しく、しかし時がくるまでは山のごとく動かずに待つ。
(さしずめ今は林だな。地中だけど)
俺はアルゴとともにスコップを振るう。
掘るのは慣れてんだよ、初陣のゴブリン戦でもやったし、教会への奉仕活動で(実際はシスター二人に強要されたのだが)泥炭掘りもしたからな!
鬨の声も聞こえてきた。さあ、攻城戦の始まりだ。
ゴブリン戦は24話、ピート掘りは38話参照。