073 第5章エピローグ(お母さん視点)
ヒデトから手紙が来た。
思ったより筆まめねぇ。男の子ってこういうのガサツな印象というか先入観があったんだけど、女手ひとつで育てたせいかしら? 依頼達成の報告や日々の出来事などが、丁寧な字で綴られている。
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ふむふむ、孤児院で冬に使う泥炭掘りか。乾かす期間があるから夏が採掘の繁忙期なんだっけ。
え? 教会への奉仕活動だから無償ってんで断ろうとしたら、シスター三人の鉄拳制裁でフルボッコにされた? 当たり前よ、女性の頼みを無下にするほうが悪い。
近隣で討伐したのは傭兵くずれの山賊をはじめ、ゴブリンにオーク、鬼や巨人。この辺は特筆することでも、あの子が苦戦する相手でもないわね。
迷宮探索でも活躍しているようで何より。水棲モンスターのダンジョンでは大ダコや大ザメとの戦いも経験した、と。なになに、タコは凍らせて、サメは陸地に打ち上げて無力化?
はん、水中でしか動けないようでサメを名乗ってんじゃないわよ。今時のサメはF22とドッグファイトもするしミサイルだって撃つのよ?
あら、収納魔法のお札が同封されてるじゃない。
中身は……タコか。ありがたく頂くわ、たこ焼きにでもしようかな。せっかくだから、今度の日曜日にドーナツと苺ミルクも作って麓の町に差し入れしましょう。
他には予定を過ぎても帰還しないパーティの救助、幸運にも犠牲者は出ず。アイテムダンジョン踏破、お宝を複数獲得。戦果の報告はこのくらいね。
幸い、町の人たちとも上手くやっているらしい。
それでいいわ。いざって時に味方してくれる人を、一人でも多く作りなさい。どれほど成長したか知らないけど、たぶんまだ私に勝つのは無理でしょうからね……
リーズちゃん――お人形さんみたいに可愛い娘だったなぁ、きっと綺麗になってるんだろうなぁ――のことも書いてある。文面から察するに、割といい雰囲気っぽい。これはロマンスの予感かしら?
彼女がヒデトに対して、幼い恋心を抱いていたことは知っている。そりゃ分かるわよ、私だって経験があるもの……。
一方、新しく知り合ったロッタことカルロッタさんも気になる。もしかして三角関係になったりして。
いや、三角で済むかは怪しいところね。
王位継承候補者のうち、やはりというかフィリップ王子は昵懇の仲である領主にいち早く接触、主だった冒険者も出迎えに行かされたらしい。
んでもって、アニスとかいうお姫様がグイグイくる、かあ。仲間の女の子たちやギルドの受付嬢にも嫌われてはいないっぽいし、厄介なことにならなきゃいいけど。
あ~思い出した。そういや私の現役時代にも、パーティ内の色恋沙汰で空中分解したあげく、やらかして衛兵のお世話になったやつらがいたなぁ……。ま、なるようになるわよね。
ていうか、この国じゃ男女の死亡率の差や人口維持の都合から一夫多妻は合法だ。郷に入れば郷に従えで、なんなら全員を娶ったっていい。
それはそれとして、十年かけて男を育てるのも女なら、十秒で男をダメにするのも女だ。
あの子が誰と結ばれるかは分からないけど、願わくばその相手が前者であって欲しいものね。
そして、王女様の命名で生意気にも一丁前に二つ名を貰ったらしい。でもいいじゃない、桜樹の剣士。私の「桜花の剣士」というのも含めて、あなたに相応しいわ。
私は散っていく花。そしてあなたは、私という花が散った後も、この世界に根を張って生きる大樹。
……ふふ、皮肉なものね。闇の人生を歩んでいる私が白い鎧に日輪の前立て、私から離れたことで光の人生に戻りかけているあの子が、黒い鎧に月の前立てなんて。
月は太陽の光を浴びて輝くもの。でもヒデト、いつまでも私に照らされる月のままじゃダメよ。自分で輝けるようになりなさい。
あなたは、いつか私を超えねばならないのだから。
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「はて?」
ひとしきり目を通し、ぬるくなったお茶を織部もどきのマグカップから一気に流しこんで、私は首をかしげる。腑に落ちないことがあるのだ。
親善のため行われた競技会で、あの子はフィリップ王子と試合をし、絶体絶命のピンチから逆転勝利したとのこと。
前に来た手紙でも、能力テストの模擬戦で似たような記述があった。それは冒険者になった高揚感から盛った文章になったのね~、と微笑ましく思ってたけど、もしかして違う?
(フィリップって、あのイケメン王子ちゃんよね? 確かにこの世界の人の中ではトップクラスだったけど、そこまで強かったかしら?)
ない。それはない。断言できる。少なくとも私が見た時点の彼では、ヒデトに太刀打ちなんてできない。
そりゃそうよ。あの子が苦戦するレベルなら、いつぞや王様が呪われたとき自分で魔法使いをボコれたわよね? 私の力なんか借りなくたって。
(どういうこと?)
あれからめっちゃ修行した?
可能性は低いわね。確かに伸び代は残ってたけど、訓練に専念できる身分じゃないもの。
後継者争いでの直接対決に備えて、手の内を隠してた?
ありえない。私の目はごまかせないわ。だいいちライバルがいるなら、王様がくたばりそうな時にそんなアホなことするか。自分で王様救って功績あげたほうがいいに決まってる。
となると……
もしかして王子は私のように、何らかの超常的な力を勝手に追加されて強くなった?
その仮説が正しいとしたら。
「……姉さん」
私は今、きっと怖い顔をしているだろう。
憎しみに染まった、暗い目をしているだろう。
こんな顔は、あの子にだけは見られたくない……。たとえ彼を欺き、一生騙すことになろうとも。
「どうやらお互い、命が尽きる前に会えそうね」
悪魔も震えそうな声を聞く者は、誰もいなかった。




