070 ザラター、野望の果て~洞窟の決戦その3
結界のなか向かい合う俺とザラター。小技の応酬で様子見をしている間に、他の二ヶ所では戦いが終わってしまった。
「もう貴様ひとりだな」
「あ、あり得ぬ……。あやつらが、上級魔族が、人間やドワーフごときに」
「そっちがいつから生きてるか知らんが、人もドワーフも成長してるってことさ。どうする? 尻尾を巻いて魔界に逃げ帰るか? ああ、そういやこの結界はどっちかが死ぬまで消えないんだったな」
「ほざけ小僧! うぬを殺して体を乗っ取り、その後で他の者を始末すればいいだけのことよ!」
魔王の咆哮が空気を震わせた。決戦のときだ。
━━━━━
「遊びは終わりだ!」
ザラターが両の掌から魔法の炎、双頭の口から火の玉、合計四つの火炎を放つ。
俺が光弾の魔法でよくやる一斉攻撃だ。違いは俺が四方からのオールレンジ攻撃を多用するのに対して横一列なところか。威力はマジックミサイルより上なので、それで相殺はできない。が……
(弾速はそこまででもないな)
素早く横にステップ。右端の火球の前に動いた格好だ。当然、遠くに位置する左のは到達が遅れる。
そして着弾のタイミングをずらしながら、シールドの魔法で一発ずつ受け流してゆく。ザラターは頭に血が昇っているのか、単調な力押しだ。
しかしその力がすさまじい。いつの間にか俺は魔方陣の端まで移動して……させられていた。もう後がない。
この機を逃すまいとザラターは一気に間合いを詰め、今度は肉弾戦、鉤爪の攻撃を仕掛けてきた!
「そんな鎧など、我には紙切れも同然よ!」
唸りをあげて豪腕が荒れ狂う。体に比例して動きも大きいため、俺はその攻撃を辛うじて避けるか受け流し、爪の直撃こそ免れてはいる……が、身体強化の魔法で腕力は補えても、体重の差はどうにもならない。
「さっきまでの大口はどうした!? ええ、小僧! 無様だな、惨めだな! 弱くて小さな生き物というものは!」
向こうもそれを分かっていて、防御の上からお構いなしに、まるで力を見せつけるような猛攻をかけてくる。
とうとう俺はピンポン玉のように弾き飛ばされ、結界に叩きつけられてしまった。そこへすかさず炎のブレスで追撃が!
「くっ……!」
これは魔法障壁を斜めに展開し、直撃を避けつつ上に逸らして凌いだ。しかし、これまた呼吸が苦しくなるのまでは防げない。
ただでさえ薄い高山の空気が、燃焼でさらに薄くなる。息がつまり、視界が白く染まって頭がボーっとしてくる……。なのに、髪の焦げる臭いだけが妙に鼻につくから不思議だ……
ようやく炎が収まった。だが軽度ながら呼吸困難に陥って片膝をつく俺に、ザラターは下から掬いあげるようなトーキック(爪先の蹴り)! 反射的に太刀で受けようとするが……
ぱきん。
「ぐわぁっ!」
いやしくも魔王渾身の攻撃、中級品で防げるはずもなかった。刀身が一瞬で飴細工のように曲がり、あっけなく折れて鉄片が飛び散る。直撃こそ防いだものの、俺は巨木のような脚に蹴りあげられて宙を舞った。
「死ねえ!」
さらに鉤爪が迫る。空中では避けようがない。
視界の端っこに仲間たちが見えた。祈るように手を組んでいる者、拳を振りあげて檄を飛ばす者……
(みんなの前で無様は見せられん。フィーネ、いつぞやのアレをパクらせてもらうぜ!)
「シールド!!」
俺は空中に盾を展開する、ただし自分の足裏にだ! そして……
「はあっ!」
それを踏み台にして跳んだ! 空振りした攻撃が当たってシールドが砕ける。
「なっ!?」
ザラターが驚愕の表情――人とは顔の造りが違うがたぶんそうだろう――を浮かべる。あの時の俺のように。
隙あり! 俺は空中でシュリケンを打つ。さらに短刀も投げ、マジックミサイル四方撃ちも加えて総攻撃をかけた。それらは文字どおり四方八方からやつの双頭に迫り、そして……
「グァァァァ~!!」
短刀が目に突き刺さった!
おとぎ話だと、上位の魔族や狼男、吸血鬼などは魔法の武器や銀の武器でしか傷つけられないことになっているが、それは伝承にすぎない。
特殊な武器のほうが有効なのは事実だが、通常のものでもダメージは入る。まして眼球がもろいのは人と同じだ。
さらに、魔王の人間界における肉体は仮のもので本体は魔界にあり、こちらの世界で殺しても無駄という伝承があるが、それも迷信という説が有力らしい。同種による報復を復活と勘違いしたと主張する学者が多いと聞く。
自分だけ安全圏にいられるほど甘くないってことだな。
━━━━━
「目がぁ~! 見えない、見えないぃ~っ!」
着地した俺は、ザラターが悶絶している間に腰の脇差を抜いた。最後の武器だ。そして、両手持ちには少々短いが霞(両足を大きく開き、刃を上に、切っ先を前にして目の高さに構える姿勢)で向きあう。
「おのれ、おのれえぇ! 人間風情が、小僧ごときが我の眼を! 許さぬ。絶対に許さぬぞ。両手両足をへし折って魔界へ連れ帰り、火であぶりながら生きたまま腸を喰らってやる~っ!!」
金切り声を張り上げるザラター。ほとんど発狂に近い癇癪を起こした姿に、魔王の威厳はもうない。
「逆上してる割には、えらく長口舌で怒るやつだな。だが、この結界はどっちかが死ぬまで消えないんだろ? 魔界へは貴様ひとりで、死体になって戻ってくれ」
「言いたいことは全部言ったか? 小僧……。まぐれは二度も起きはせん。そんな安物の短剣で何ができる。のぼせ上がるな!!」
「こいつだけでは通らんかもな。だが……俺にはこの技がある!」
俺は精神を集中し、武器に魔力を込める。
呼吸やすり足の音が、妙にはっきり聴こえる。ビランのときと同じように……
心身の高まりに呼応して、脇差が光を放った。魔力の伝達効率が最高とはいえない鋼の刀身が、まるで勇者の剣のように輝く。
しかもリーズ戦では銀色だったのに対し、少し黄色みを帯びて金色に、母さんが使うときの色に近くなっている。俺とて成長しているのだ。
「な……!? そ、その光は」
「おとぎ話だと、魔王には魔法の武器しか効かないんだよな? これは普通の脇差だが……なら俺が魔力をカバーすればいいだけのことだ!」
俺は霞から袈裟斬りの構えに移行。
なぜか敵の動きがスローに見える。俺の集中力が限界まで高まっているからか、それとも輝く刃を見て、動揺からホントに動きが鈍っているのか?
まあそれはいい。俺は一足踏み込み……
「はっ!!」
気合一閃、全身全霊をもって脇差を打ち降ろす!
刀身は触れていない。
そもそも届く間合いじゃない。
だが俺には、その瞬間刀身から光が放たれ、限りない彼方まで延びてゆくような……そして、世界中の時が止まったような気がした。
徐々に、眼前の光景が動きを取り戻してゆく。
ザラターの右肩がズルリと滑り、どすんと音を立てて腕が落ちた。断面から噴水のように血が吹き出す。
(魔族も血は赤いんだな)
ふとそんなことを思ったのが、自分でも可笑しかった。
━━━━━
「ヒギャアァァ~!!」
ザラターは倒れ、今の今まで右腕が繋がっていた肩口を押さえてのたうち回る。俺が再度脇差を振るうと、今度は左の手首が飛んだ。
「何なのだ、何なのだうぬは! 人間にこんなことができるわけが、できていいわけがない!」
「言っただろ、人は日々成長してるって。さて、そろそろ結界から出させてもらおうか」
その時。
四つ、いやひとつ潰れたから三つの目が見開かれた。例によって表情はよく分からんが、雰囲気的には驚いているようだ。
(ん?)
驚いてる? 怯えてるとか怒ってるじゃなくて?
「……こ、この魔力は……。あ、あの女と同じだ。そうか、小僧。うぬは、あの女の息子か。あやつの息子だったのか! 親子揃って、我の邪魔をするのか!!」
なんだこいつは? 何を言っている?
ああそうか、母さんを見たか、実際に戦ったことがあるんだな。
それとも騙し討ちでも狙ったハッタリか。そんな手に引っかかるかよ。これで逆転されるような間抜けなら、母さんとの修行中に百回は死んでるぜ。
「言いたいことは全部言ったか?」
終わりだ。俺は最後の一太刀を振るった。
「うぁ」
「ひっ」
今度こそ驚きと恐怖の悲鳴が上がる。魔王の最期の言葉にしては締まりがないが、リアルはお芝居と違ってこんなもんよね。
ふたつの首が宙を舞い、おそらくは引きつった表情を浮かべて地面に落ち……
数秒の間をおいて、結界が光の粒子となって消えていった。
━━━━━
「ヒデトぉぉっ!」
「ヒデトちゃあぁん!」
ロッタとリーズが勢いよく駆けより、飛びついてきた。俺は二人の細い身体を受け止め、しっかりと抱擁を交わす。
むせ返るような血臭のなか、ほんのり漂ってくる髪と肌の香り。それはひとつの死闘を終え、命を拾ったという実感を呼び起こさせた。
「すごいよ、キミは本当にすごいっ! 私たちは三対一だったのに、ひとりで魔王に勝つなんて!」
「よかった、無事で……あなたに、何かあったら、私……」
二人の目から涙がこぼれる。声も上ずっていた。抱きつく両腕の震えも止まらない。
「さすがだな、ヒデト」
「まったく、たいしたヤツだぜお前はよぉ!」
「あはは、なんか安心したら腰抜けそ……」
「痛いところはありませんか? 治癒魔法ならまだ使えますわよ」
アルゴ、ジェイク、ウェンディ、フィーネ。仲間たちの笑顔が俺を取り囲む。
「見事! 魔王を一騎討ちで倒すとは!」
「我らは伝説の見届け人となったな!」
「しかり! もはや勇者の子という呼び名は卒業、新たな勇者よ!」
いつの間にか友軍も合流し、負傷者を治療したり、ザラターらの死骸を回収したりしている。各地の研究機関へ送られることだろう。
かくして、ひとつの戦いが終わった。
━━━━━
「ねえヒデト、兜脱いで」
「は? なんだよロッタ、いきなり」
「い、いいから脱ぐ!」
「お願い、せめてフェイスガードだけでも……」
「リーズもか。何かついてるとか?」
俺が要求されるまま兜を脱ぐと……
周囲から、囃し立てるような歓声が上がった。
━━━━━
勝利の歌が洞窟に響く。
戦闘跡地には一部の兵が残留して警戒にあたり、俺たちはベイリン様と帰路についていた。盾の上でユラユラ揺れるのが、落ち着かないやら恥ずかしいやら……
別に歩けないほどの怪我はしていないのに、誰ともなく「これほどの功を立てた者を歩かせてはならん」と言い出し、盾、槍、ロープで作った即席の駕籠に乗せられてしまったのである。むろん、断れる雰囲気ではなかった。
「そう言えば、魔王は最後に妙なことを口走っていたな」
隣を歩くベイリン様が呟く。ああアレか。
「おそらくですが、昔こっちの世界で母にやられて、魔界へ逃げ帰ったことがあったのでしょう。俺と母に血縁はありませんが、何年もマンツーマンで指導を受けたのですから、魔力の波長が同じでも不思議はないですし」
「うむ、そんなところだろうな。魔力には心の持ちようが深く関わってくる。前にも言ったが、血が繋がっていなくとも心が繋がっていれば、人は似てくるものよ」
心の繋がり、か。
俺は目を閉じ、今は遠い空の下にいるあの人を想う。
瞼の裏で、母さんが微笑みかけてくれたような気がした。




