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067 ザラターの目的

 さて、従者さんの記述は仇討ちの件からヒデトに肩入れしがちなので、公平を期すためドワーフ王国の記録からも引用させてもらおう。こちらは文章こそ素っ気ないが信憑性は高いので助かる。なお、日付は省略する。


 ▼▼▼▼▼


 我が方、エスパルダ王国の援軍を得て鍾乳洞を奪還せり。損害軽微。ベイリンがそくアルゴ、勲功第一のほまれに浴す。その武勇抜群なり。


(中略)


 二ヶ所の通路を同時攻撃、味方と連携し残敵を掃討す。第一の通路においてアルゴ、青の魔法使いジェイク、第二の通路において勇者ヒデト、ジェイクの妹ウェンディ嬢の活躍めざまし。


 この間に敵前線基地より奇襲あるも、冒険者カルロッタ嬢の機転により、これを逆に奇襲をもって撃退せり。王国(これはドワーフ側の記録なので、単に『王国』と書かれている場合はドワーフ王国を指す)の戦士二名(名前は羊皮紙の欠損により判別困難)、僧兵フィーネ嬢および魔法使いリーズ嬢とともに多数の敵兵を討伐す。その勇猛なること伝説の英雄のごとし。両名ならびにエスパルダの戦乙女たち、この功により魔法銀マルジャの短刀、聖印、護符を賜る。


(中略)


 王国、反撃に転ず。勇者ヒデトを先陣に、その戦果華々しきこと過去の伝聞、記録に例あらず。敵軍の魔獣素材、鹵獲ろかく品、はなはだ多し。戦禍に見舞われし民に分配さる。


 王宮に、勝利の報途切れることなし。女王、アニス王女らおおいによろこび、かつ安堵す……(以下略)


 ▲▲▲▲▲


 要約すると、エスパルダ王国の援軍を得てドワーフ側が反撃、連戦連勝で失地を回復したということである。


 こう書くとドワーフが頼りなく思えるが、それは正しくない。洞窟の環境に最適化された魔物から強襲を受けただけでも由々しき事態であり、甚大な被害を出しかねなかったのだ。


 ザラターの戦略は「まだ大軍を編成できていないが、数が増えすぎても気付かれる危険が増す。ならいっそ少数精鋭で不意討ちをかけ、一気に王宮を落としてしまおう」というものだった。典型的な本陣急襲作戦である。

 一部の前線基地こそ陥落したものの、味方を大崩れさせず被害を最小限に抑えたベイリンの手腕は、武将として優秀、少なくとも平均以上の評価を与えてよい。


 ヒデトの活躍で戦局が動いた、膠着こうちゃく状態打破の起爆剤となったのは確かだが、ベイリン、アルゴ、フィーネ……あるいはこの場にはいないが勇者ジュリア、ゾイスタン、フィリップ王子、ランディス卿あたりでも同じ役目を果たせたであろう。


 均衡が破れてからの展開は早かった。


 元々ほとんどのモンスターは人間やドワーフより知能が低い。ゆえにその習性は文明や社会性を持たぬ野性動物に近く、武門の意地や忠義、人脈やしがらみに拘泥こうでいしない。つまり敵が強いとすぐ逃げるのである。

 恐怖に限らず、ネガティブな感情は伝染しやすいものだ。一匹が逃げれば隣のもう一匹も逃げ、さらにその隣も逃げる。ひとたび坂を転がり始めた石が止まらないように、士気の崩壊した軍勢を立て直すのは容易なことではない。


 そして、ザラターにそれができるほどの統率力はなかった。


 ━━━━━


「勝負はついた。大人しくばくについて裁きを受けるならよし、さもなくばここで刀のさびとなってもらう。武器を捨てて両手を上げろ」

「ぐ、ぐぬう……」


 あまり血色のよくない、脂汗でテカったしわだらけの顔が歪む。朱色のローブに黒い三角帽子の魔法使い、少々だらしない体型をした白ヒゲの老爺ろうやは、手にした杖を震わせてうめいた。


(こいつが親玉だと?)


 俺は違和感を覚えた。明らかにマスターやジョゼットさんより年上のザラター、本当に大魔法使いと呼ばれるほどの力を持っているなら、今まで無名だったのは解せない……


 ともあれ、敵の本陣に突入したのはロッタ、フィーネ、リーズ、アルゴ、ジェイク、ウェンディ、そして俺の七人。

 周囲にはモンスターの死骸が散乱し、残るはザラターと二人の副官、計三名となっていた。そいつらももう満身創痍、しかも俺は一足の間合い(いつでもトドメの一撃を叩き込める距離)に入っており、敵はもう魔法を使う暇はない。チェックメイトだ。


「おのれ、人間どもめ」

「何を言っているんだ。自分だって人間だろうに」

「この借り物の身体からだは、な……!」


 そう言ってザラターは不敵にわらう。そして顔面が二つに割れたかと思うと、みるみる全身の皮膚が裂け、中からおぞましい姿の魔物が現れた! まるで、窮屈な服を脱ぎ捨てるように……


「ぬう! ただの魔法使いではなかったのか!」

「本で読んだことがある……蛇の魔神だよ!」


 グオォォォ……!

 洞窟内に咆哮が響き、制止するいとまもないままザラターの真の姿があらわになった。


 シルエットこそ二本腕二本足で人に近いが、その身長は優に四メートルに届く。筋骨隆々たる体は魔界の闇を思わせる漆黒の鱗に覆われ、ヌメヌメと気味の悪い輝きを放っていた。蛇にトサカをつけたような頭は二つあり、背中にはコウモリのような翼が、手と足には鋭い鉤爪が生えている。

 そして……顔の造りが人間と違うので表情はよく分からんが、爛々と光る赤い目からは明確な、そして強い感情がはっきり伝わってきた。怒りと、憎悪だ。


 存在しているだけで空気が震える。気の弱い人ならショック死するだろう。その圧倒的な威圧感は、道中で討伐したマンティコアなど比較にもならない。


「魔族だったのか……!」

「ただの魔族ではないわ。我こそザラター、魔王なり」

「なんだと!?」


 ━━━━━


 魔族、そして魔王。

 それは世界各地の伝説、おとぎ話、そして記録に残されている、口にするのもおぞましき存在だった。


 かつて神々や精霊たちとの戦いに敗れ、光届かぬ魔界に追いやられた邪悪なるものの末裔。その特徴はあまりにも種々雑多なため一概には言えないが、人とほぼ変わらぬ者から、魔界に適応しすぎて人間界では長時間活動できない者までさまざま。

 共通しているのはゴブリンやオーク以上に人類の敵だということだ。奴らはしばしば人に化けたり体を乗っ取ったりして、身の毛もよだつ残忍な悪事を働く。


 そして、恐怖や絶望といった負の感情を悪しき魔力に変えて魔界へ持ち去り、力を蓄えてこの世界への侵攻、そして征服をもくろんでいる……というのが、おとぎ話におけるキャラ付けだ。


 実際にはこちらの世界で生活している者もいるし、魔界関係ない種を魔族と呼ぶこともあるからややこしい。大雑把に言うと「人類と敵対する邪悪な生命体のうち、知能が低いものが魔物で、人間レベルかそれ以上の知能を持つなら魔族」と思えばだいたい合ってる。


 まあ、細かい区分は学者が考えればいいことで、武芸者である俺の知ったことではない。俺が考えなくてはならないのはただひとつ、どうやってこいつを倒し、生きて帰還するか、だ……!


 ━━━━━


「魔王ならいざ知らず、矮小わいしょうな人間やドワーフごときに邪魔されてなるものか。魔界で態勢を立て直すためにも、うぬらにはたっぷり恐怖と絶望を味わい、わが魔力の糧となってもらうぞ」


(ん?)

 今、なんと言った?


「どういうことだ? 魔王ならいざ知らず、だと?」

「もしかして魔界にも別の魔王がいて、魔王同士で争ってるの?」

「その通りだ。おかしな話でもあるまい、うぬら人間の世界にも多くの国があり、それぞれに王がいて戦に明け暮れているではないか」

「な~るほどねぇ。どこも事情は同じってわけか」


 だいたい読めたぞ。つまり「別の魔王と争って」いて、「態勢を立て直したい」こいつは、その魔王が率いる勢力との抗争で劣勢となり、挽回のため魔力を補充するべく人間界に来たんだ。


「ずいぶんお喋りねぇ。んなことベラベラ話しちゃっていいの?」

「構わんよ。ここでうぬらを口封じしてしばらく水面下で行動するもよし、話が広まっても、我に対する恐怖が魔力になるからそれもよし」

 四つの目が俺を見据え、わずかに細められた。笑っているのか。


「さて、黒い甲冑の戦士よ。どうやらうぬは、こやつなどよりはるかに強大な力を有しているようだ」

 そう言ってザラターは、脱ぎ捨てた魔法使いの体を踏みつける。老人の骨は容易く砕かれ、乾いた音が響いた。


「その身体、乗っ取らせてもらうぞ。こんな三流魔法使いではろくな力も出せなんだが、うぬなら申し分ない。偉大なる魔王の依代よりしろとなれることに感謝するのだな」

「冗談ではない」

 俺は太刀を構える。


「大物ぶってるが、要するに貴様の勢力は魔界でズタボロなんだろ。こっちでコソコソ動いてるってことは、魔界で敵対してる別の魔王から逃げてて、居場所を知られたくないってとこか」

「ぐっ」

 どうやら図星らしい。


「落ち武者ローカル魔王の依代なんて真っ平御免だね。魔界で天下取ってから出直してきな!」

「貴様ァァ!!」


 怒り狂う魔王がえた。

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