064 ゾロアがぞろぞろ蟻さんと
二話続けてどーでもいいエピソード。読み飛ばしてOK。
男爵領を出て数日。景色は大樹が林立する深緑の森を抜けて、のどかな田園が広がる草原へと移った。
森林地帯とガドラム山脈との間、エスパルダ王国のはずれだ。ここからならもう、上半分を万年雪に覆われた雄大な山々が見える。
「わぁぁ……すごいです……」
「まさに絶景ですわね」
「山頂が雲に隠れて見えない……。知ってはいたけど、直に見ると圧倒される……」
「平野部はリンゲックより畑の割合が多いね。ドワーフ王国に麦とか輸出してるから」
アニスの馬車から、かしましい女性陣の声が聞こえてくる。天真爛漫で人懐っこいお姫様は、あっという間にロッタたちと打ち解けたようだ。まだ子供で、身分の意識が希薄なだけかもしれないが。
ともあれ、沈みかけの太陽が麦畑を茜に染める頃、俺たちは国境の町に到着した。ここがエスパルダ王国領内で最後の夜を過ごす場所になる。
が、どうも様子がおかしい。妙に警戒が厳重なのだ。
「えらく物々しいじゃないですか。一体何事で?」
衛兵に訪ねてみれば、返ってきた答えは好ましいものではなかった。
「近くにゾロアの群れが住み着いたんだよ。毎晩のように略奪に来やがるんだ。だから夜警に駆り出されて皆ヘトヘトさ。奴ら、どうもガドラム山脈から逃げてきたらしい」
ゾロアとは人間型の上半身と蟻の下半身を持つモンスターで、いわば半人半馬の魔物セントールの昆虫バージョンだ。
「逃げてきた? どういうことだいそりゃ」
「詳しくは知らんが、ドワーフ王国と縄張り争いをしてる奴がいるらしい。ついこないだのことだから、リンゲックから来たあんたらは知らんだろうがな」
とすると、たまたま二つの勢力のぶつかる所にいたとか、そんなところか。
「なに!? それは聞き捨てならんな。確かに豊かな鉱脈をもつガドラム山脈は、多くの外敵に狙われる運命ではあるが……」
「あんたらドワーフ王国に行くのかい? 止めといたほうが無難かもしれんよ」
「忠告には感謝するが、そうもいかない事情があってね」
俺は胸騒ぎを覚えた。この手の厭な予感は、当たらなくてもいいのに当たると相場が決まっている。
ゾロアは単体でもそこそこの戦闘力をもち、ゴブリンやオーク程度になら十分勝てる。蟻のモンスターだけあって数も多く、猟犬のように大蟻を引き連れていることも珍しくない。
よほど小規模な群れでない限り、集団での強さはマンティコア以上だろう。そう簡単に撃退される奴らじゃない。そいつらが逃げてきただと?
「ヒデト様、なんとかしてあげられないでしょうか?」
アニスもこう言っているし、ガドラム入りする前にひと暴れすることになるかもしれないな。
ともあれ俺たちは旅籠に落ち着き、早めの夕食をとる。臨戦態勢を整えておく必要があった。
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しばらくして……
物見の塔から角笛が吹かれ、続いて教会の鐘が響き渡る。来たか。
「では皆さん、打ち合わせの通りに」
「おう! 目にもの見せてくれん!」
「ゾロアって素材になんの?」
「国によっては蟻を揚げて食べるらしいぞ」
「あんまり美味そうじゃねぇなぁ」
ジョゼットさんの号令一下、俺たちは衛兵に助太刀すべく宿を飛び出した。
ロッタが言っていたように、この町はドワーフ王国に穀物などを輸出している。なら、これからそこに協力要請に行く俺たちに黙って見ている選択肢はない。ここの領主はフィリップ派、つまりアニスたちからすれば味方なので尚更だ。
今回、俺たちはあえて「自発的な協力」という形をとる。ジョゼットさんから追加報酬は出るが、それは町には関わりのないことだ。
同じ助太刀でも、「金で雇われて」と「義によって」では、町の人たちやドワーフ王国の印象が違う。見え透いていようとパフォーマンスは大事なのである。
「やっぱり、ヒデトはそっちの鎧のほうが似合うね」
「ありがとうウェンディ。でも誉めたって何も出ないぞ」
「ったくもー。ケチは嫌われるってロッタから教わったんじゃなかったの?」
周囲から笑い声が上がった。軽口が自然に出るのは緊張していない証、いい兆候だ。
強い味方の存在は士気を高める。もう対立派閥の勢力圏を抜けたので、俺は変装用の胸当てから本来のサムライアーマーに着替えていた。
そして多数が相手なら振り回す武器がよかろうと、いつもの十文字槍や出発前に打ち合わせた弓ではなく薙刀を持って城門へ駆ける。
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門を出ると、敵はもう近くまで迫っていた。月明かりや松明の炎に照らされ、銀色の複眼が無数の光点となって波のように揺れている。
奴らは蟻と同じで、女王ゾロアの下に比較的大きな兵隊ゾロアと小型の働きゾロアがいるそうだが、見た感じ兵隊が三十匹、働きが五十匹くらいか? さらに多数のアントも連れている。かなりの戦力だ。
住みかを追われたらしいのは気の毒だが、こちらとて畑や家畜を襲われて黙っている訳にもいかない。悪く思うなよ。
「ヒデト、城門は閉じた! 宿のみんなはもう安全だ、心置きなく暴れろ!」
「おう! 一番槍は貰うぜ!」
俺は自分自身に加え、アルゴとウェンディにも身体強化の魔法をかけ、衛兵たちを追い抜いてゾロアの群れに突っ込んだ。
周りは全部敵だ、同士討ちの心配はない。さて、ジェイクに言われたとおり、思いっきり暴れさせてもらうとするか!
「はあぁぁぁっ!」
薙刀をひと振りすると、ゾロアどもの上半身が複数まとめて宙を舞う。驚愕した敵味方の動きが止まった。
「目があらば見よ、耳あらば聞け! 勇者ジュリアが息にして一番弟子、『桜樹の剣士』ヒデト推参! 義によって衛兵の方々に助太刀いたす! ゾロアども、この薙刀の錆になりたい奴からかかってこい!!」
俺は大見得を切って叫ぶ。ゾロアは人語を解さないので、完全に味方に向けたパフォーマンスだ。普段なら恥ずかしい台詞だが、戦場ではこのくらい大袈裟でないと、味方を鼓舞するどころか誰も気づかない。
一番弟子というのも、嘘ではないがハッタリである。そもそも母さんの弟子は俺だけだ。
「勇者様の息子だと!?」
「見ろ、あの肩当てを! 桜の紋章だ!」
衛兵たちの歓声が上がる。それが呼び水となったか、アルゴとウェンディも当たるを幸いと敵を打ち倒してゆく。
「おぉぉーッ! ドワーフの王者ベイリンの子、『不倒の巌』アルゴとは俺のことよ! わが戦棍の餌食となりたい奴はどいつだっ!」
「えぇ!? あたしも何か言わないとダメ? えーっと……リンゲックの冒険者ウェンディ! まだ二つ名はないけど! とにかくゾロアども、まとめて叩っ斬ってやるからかかってきなっ!」
「おお、あの二人も助太刀か!」
「これほどの豪傑が味方なら勝ったも同然だ! このまま押しきれ!」
衛兵の言うとおり、小規模な戦では個人の武勇がものを言う。ましてや無双するのは三人だ。背を向けた敵にはジェイクの魔法が炸裂。俺たちの圧倒的な戦いぶりに、味方は奮い立ち敵はパニックに陥る。
「どうやら、勝負あったみたいね!」
「だがウェンディ、全滅はさせるなよ」
「わざと逃がして巣に案内させるわけだな」
撤退するゾロアを追って、俺たちは敵の巣に迫った。大きさ以外は蟻の巣そのままだ。衛兵らに聞けば人質はいないらしいので、遠慮なく攻撃魔法をぶち込める。
「ジェイク、火炎系魔法、最大出力だ!」
「よっしゃあ! 皆、巣穴から離れろ~!」
俺とジェイクの魔法が炸裂した。中はオーブン状態か酸欠か、とにかく地獄絵図だろう。巣穴は蟻のそれと同じく複数あるので、あちこちからゾロアが逃げ出してきた。が、そこには準備万端の衛兵が待ちかまえている。
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火が消え、内部に再び酸素が行き渡った頃、俺と数名の衛兵が巣を確認し……女王ゾロアの死骸を発見した。
多少の生き残りはいるようだが、もうこの群れが増えることはない。あとは町の戦力で対処できるだろう。
(こっちに迷惑をかけない方法で食料を確保してくれれば、殺す必要はなかったんだがな)
こうして――後味の悪い戦いではあったが――ゾロア討伐は終わった。歓呼の声に迎えられ城門をくぐる頃、空はうっすら白み始めていた。




