063 橋で通せんぼする騎士、実は……
本筋には関係ない話。読み飛ばして大丈夫。
ガドラム山脈のドワーフ王国、および砂漠の国マウルード王国への使節となったアニス王女の護衛のため、迷宮都市リンゲックを発って数日。ここまでは特筆することもなく、旅は順調に進んでいる。
身分を隠すため普通の旅籠に泊まるわけだが、物珍しいのか嫌がらないのでありがたい。世間知らずのお姫様には、よい社会勉強となっているようだ。
願わくば、このまま目的地にと思っていたが……
どうも世の中は、そう上手いことできていないらしい。
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「あの騎士に勝つなんて、勇者ジュリア様でも無理でごぜえますよ」
「へえ。だから渡し舟を使わないと、川は越えられねえですだ」
見たとこ川幅が十五メートル、深さは一メートル半といったところか。水質は清浄で流れはそこそこ早い。水が豊富なエスパルダ王国では珍しくもない光景だ。
橋の上に、完全武装の騎士がいる以外は。
なんでも武者修行のため橋に陣取り、何人たりともここは通さぬ、通りたくば自分と戦えと言っているらしい。しかし誰も勝てないほど強いから、痛い目を見る前に渡し舟を使えと、船頭が俺たちを引き留めているところだ。が……
(どう考えてもグルだろ)
首をかしげるのは皆も同じだ。俺たちの目はごまかせん、あの騎士は鎧が立派なだけでそんなに強くない。船頭たちも櫂の使い方がぎこちなく、素人であることは明らかだった。
「どうする? 戦士としては背を見せる訳にもいくまいが」
「あたしはパス。あんたらまさか、むさいオッサンの相手すんのをレディーファーストとか言うつもり?」
「俺も魔法使いだからパ~ス。戦士は大変だな~」
「他人事と思って。となると、俺とアルゴのどっちかか」
くじ引きで俺が戦うことになった。貧乏くじを引いてしまったようだ。
「むむむ。あたら若い命を粗末にするな。去れ」
「去りませんよ。そちらの事情は存じませんがね」
戦いはあっけなく終わった。しかしここで船頭たちが駆け寄り、額を地面というか橋にこすり付ける勢いで嘆願を始めたのである! なんだこりゃ?
「お願いですだ、お殿様をお助けくだせえ!」
「殿様はわしらのためにやってくだすった事ですだ!」
「斬るならわしを先に斬ってくだせえ!」
するかそんなこと。冗談じゃない、これじゃまるで俺が悪者じゃないか。
ともかく事情を聞くことにしよう。
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騎士の正体は、この一帯を統治する男爵であった。そして船頭たちは、近隣の山で生計を立てていた狩人、樵、炭焼き職人、養蜂業者だという。
で、その山にマンティコアと呼ばれる、人間の顔、獅子の体、蝙蝠の羽、蠍の尾をもつ、竜ほどではないが相当強いモンスターが現れ、彼らは仕事ができなくなってしまった。
男爵の手勢で退治できればいいのだが、弱小貴族の家中にそんな遣い手はいない。恥を忍んで討伐依頼を出そうにも懐が寂しい。
といって橋の通行税を上げるのもダメ。王都に聞こえでもしたら、最悪「男爵は重税で民を苦しめている」としてお家取り潰しもある。
結局、その場しのぎだが渡し舟の手間賃で暮らせるよう、旅の騎士を装って通せんぼしていたとのこと。
「かわいそう……。ヒデト様、マンティコアを退治してあげてください!」
アニスはそう言うが……
「いいのか? 少し遅れが出るぞ」
「いえ、ここは二、三日の遅れが出ても助けるべきです」
「ジョゼットさんもですか。まあ雇い主がそう言うなら」
討伐は苦戦するものではなかった。当たり前だ、俺やアルゴなら一人でドラゴンを倒せるんだぞ?
いちおう簡単に記述すると、アルゴが攻撃を食い止め俺が弓で牽制、ジェイクが幻影の魔法で撹乱し、敵が幻に気をとられた隙にウェンディがトドメ。作戦が見事にはまった完全勝利だった。
この陣形を提案したジェイクはドヤ顔してたよ。
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その夜。俺たちは男爵の館――ちょっと大きな一軒家程度だが――で歓待を受ける。ささやかながら心のこもったもてなしは、民に慕われる人柄を感じさせた。
「冒険者諸君には世話になった。明日の出立前に謝礼を届けさせよう……十分とは言いがたいが。恥ずかしながら、わが領地はカツカツでな……」
酒が入って饒舌になったのか、愚痴を聞いてほしかったのか……男爵はぽつり、ぽつりと身の上話を始める。
弱小貴族は、より大きな貴族の庇護下になければやっていけない。すったもんだの末に近隣のとある伯爵家についたのだが、これがまずかった。
伯爵は牧草地を巡るトラブルで、元から不仲だった隣の貴族と戦になった。男爵も援軍にかり出されたが、不運にも捕虜となり莫大な身代金を請求されてしまう。なんとか金をかき集めて解放されたはいいが、お家はマンティコア一匹の討伐すらままならぬほど落ちぶれてしまった……。
「民を守れず旅人に頼るとは、なんとも恥ずかしい話で。貴族として面目ない限りでございますわい」
自嘲気味にかぶりを振る男爵。と、ここでジョゼットさんの凛とした声が響く。
「名誉を取り戻したいならば、伯爵よりもフィリップ王子と誼を通ずるべきですね、男爵」
「は? ご婦人、貴女はいったい」
「身分を偽った非礼をお許しください。私は先代メリロー子爵の妻ジョゼット。そしてこちらの少女こそ、フィリップ王子の愛娘、アニス・ド・シーニュ王女殿下にございます」
「ぶふぉっ! ジョ、ジョゼット? バラしちゃっていいんですかぁ!?」
いきなり話を振られ、アニスは盛大にお茶を吹き出した。
「はしたないですよ姫様。後でおしおきですからね? それはそうと紋章を」
「は? あ、ええ。これです」
「そ、それは王家の……! こ、これ皆の衆!」
あわてて平伏する男爵一家。それをアニスがたしなめる。
「あ、いえその、楽にしてください。お忍びですから。このことは他言無用でお願いします……あとお茶吹いたことも」
男爵が落ち着きを取り戻したところで、ジョゼットさんは言葉を続ける。
「はっきり申しあげましょう。このまま伯爵に従っていても、あなたに利するところは薄いかと。なんでも彼はあなたの部隊に激戦地を押しつけ、自分の兵は出し惜しみしたとか。そのようなお味方が恃みとなりましょうや? フィリップ王子ならば、決して薄情な真似はなさいますまい」
「むむむ……。しかし、私には王子とのツテが」
「あるではありませんか。ここで姫様にお目通り叶ったのは、まさしく天の導きというものです」
もう完全に、場の空気はジョゼットさんに支配されていた。そして男爵の耳元でトドメの一言。
「フィリップ王子におつきなさい、男爵。それがご家運を開くことになりましょう」
メガネの奥で、緑色の瞳がキラリと光った。
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「このご恩は忘れませぬ。道中ご無事で」
「ありがとうごぜえます、ありがてえこって」
「これであっしらも、元どおりの暮らしができますだ」
翌朝。男爵や村人たちに見送られ、ふたたび旅が始まる。
なお謝礼は辞退し、マンティコアの素材も寄贈した。お人好しっちゃお人好しだが、俺たちへの特別報酬を含めても、フィリップ陣営の心象をよくする経費としては安いか。まあいい、それはジョゼットさんが判断することだ。
「救援を主張したのはこの為でしたか」
「伯爵はルイ派ですからね。対抗勢力を少しでも味方に取り込むのは基本です。男爵家自体は弱小ですが、貴族はあちこちと婚姻で繋がっています。一人一人は小さいけれど、ひとつになれば大きな力となるでしょう」
王位をめぐる戦いは既に始まっている。俺は武芸者とは違う、権力闘争という戦場に生きる貴族の凄みを感じ、思わず背筋を震わせた。それに気づいているのかいないのか、彼女は言葉を続ける。
「でも、苦しんでいる村人たちを助けたいと思ったのは本当です……。それは信じてください」
ジョゼットさんは、ふと遠くを見るような目をする。
その穏やかな眼差しは、わが子を見守る母のような慈愛に満ちていた。




