062 いざ、ガドラム山脈へ
以前書いたエッセイと重複する記述がありますが、そっちは読んでない人も多いだろうからいちおう書いとく。文字数稼ぎじゃありませんよ?
「こいつはちょっとした掘り出し物だったな。ベルトは交換しなきゃならなかったけど、サイズ合わせは要らなかったし」
シンプルな胸当てを装着しつつ俺は独りごちる。いつだったか変装用に中古を買っておいたもので、デザインは安っぽいが品質はいい。盾を背負うのもすぐ慣れた。
いよいよガドラム山脈、そして砂漠の王国マウルードへと出発の日。
護衛対象である王女一行は、ありふれた隊商に擬装することとなった。そのため俺も、人目につくサムライアーマーを一旦封印するのだ。珍しい黒髪(これは俺もそうだが兜で隠せる)のリーズ、長身のフィーネ、極めつけは規格外の体格を誇るアルゴがいる時点で目立ちまくりな気もするが、少しでもね。
もちろんこれには理由がある。
道中いくつもの貴族領を通るわけだが、その中にはジェローム派、ルイ派の領主も当然いるわけで。つまり姫様が正体を明かした状態だったら、彼らは点数稼ぎで妨害してくるはずだ。何かしら理由をでっちあげ、わざと街道を封鎖して足止めするとかな。
さすがに直接危害を加えてくる可能性は低いだろうが、余計な波風は立てないほうがいい。
「だが、盾の出番はあまりないかもな。今回の旅、メインウェポンはこいつだ」
そう言って弓をチェックする。矢筒よし、予備の弦よし。万事OKだ。さて、昨日のミーティングを反芻しておこう。
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王女近衛隊隊長、旅の実質的な責任者であるジョゼットさんが言うには……
「今回のミッションで最優先されるのは、当然ながらアニス王女殿下の安全です。したがって余程のことがない限り、索敵能力に長けたカルロッタさん、盾の魔法が得意なリーズさん、回復役と壁役をこなせるフィーネさんは護衛組に回っていただきます」
「とすると、戦闘要員は俺、アルゴ、ジェイク、ウェンディの四人ですか」
いつもの顔ぶれがそっくり入れ替わるのね。ここでジェイクが意見を述べる。
「大抵の相手なら戦力的には問題ないだろう。ただヒデト、敵が一体から少数の場合、お前は弓でのサポートをメインにしてほしい」
「弓か?」
「ああ。基本フォーメーションはこうだ。最前列でアルゴがタンク。二列目のウェンディが物理アタッカー。真ん中は俺、最後尾に弓を持ったヒデト、お前だ。四人だけ離れて戦うなら後ろからの攻撃に備えるため、近くに護衛対象がいるなら、万一の際すぐ救援に向かうためにな。状況次第ではヒーラー、あるいは二列目に上がってアルゴが食い止めてる敵をウェンディと挟み撃ちにする。どうだ?」
誰も反対しなかった。
その後もいくつか細かい確認をして、最後に姫様からのありがた~いお言葉。
「冒険者の皆様、この度は私の護衛を引き受けてくださってありがとうございます。で、道中はキャラバンを装うわけですが、私のことは殿下とか姫様じゃなくアニスと呼んでください。呼び捨てに抵抗があるならちゃん付けでもいいです。ありふれた名前ですので下手に偽名を使わず、いざという時は同じ名前の別人で通すことにしました」
無難な判断だな。実際、王子や王女が生まれた年はお祝いムードから同じ名前をつけるのが流行る。うっかり本名を呼ぶリスクがある偽名より安全かもしれん。
話を終えて宿に戻ろうとしていたところ……姫様がリボンを解き俺に手渡す。
「これを。さすがに目立つところには無理ですけど、懐にでも入れておいてくださいね。あと、その……私のことは、いつか本当に、呼び捨てにしてほしいです……」
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ここで少し物語を離れ、王女がやたらグイグイくることについて補足しておきたい。
彼女の積極性は生来の人懐っこさもあるが、幼いお姫様のこと、多少の我儘は許してもらえたと思われ、言い方は悪いが無意識の甘えもある。モンスターが跋扈する危険な世界ゆえ、種の保存という本能も現代人より強いだろう。
そもそも女子は男子より色恋沙汰に早熟なものだ。
漫画雑誌を読むと分かりやすい。少年誌はバトルやスポーツものが人気で、ラブコメは一つか二つ。だが少女漫画はほぼ全ての作品が恋愛を題材としている。
また筆者が資料としている本によると、令嬢という人たちは積極的なタイプが多かったらしい。そういやSF作家の矢野徹も、エッセイで「身分の高い女性のほうが好色だ。衣食住といった生活レベルの苦労がないから、そっちに関心がいくのだろうか?」と書いていたっけ。
ひとつ例を挙げよう。カール大帝の娘アミは、客人のアミール伯なる人物に一目惚れ。イケメン騎士様に切々と、しかし赤裸々に想いを訴える。
「殿、あなたほどに愛しい方はありませぬ。いつかあなたのベッドに呼んで下さりませ。わらわの身体はみなあなたの思うままでござります」
大帝の娘に手を出したら只では済まぬ。伯は失礼のないようやんわり拒絶する。しかし恋する乙女は諦めない。なんと夜這いをかけるのだ。
「こんな頼もしい殿御をみて、ベッドにすべりこもうとせぬ女子があろうか。あの人の黒貂のような皮膚の下に滑り込んでやりましょう。人がどう言おうと、父御が毎日わたしを撲とうとかまいはしない。」
この娘に比べたらアニス王女は大人しいほうだろう。ちなみに伯はそのまま寝てしまい、夜這いは失敗したそうな。
アミちゃんの話は堀米庸三、木村尚三郎共著「世界の歴史3・中世ヨーロッパ」より引用させていただいた。古い本ゆえ最新の研究と異なる部分はあるが、両氏の美文は半世紀の時を経て、今なおいささかも色褪せていない。
本編に戻ろう。
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開けて翌日。
ラッパの音が響き、城門がギギギと音を立てて開かれる。リーズの両親やマスター、院長先生、冒険者仲間、そして領主様らに見送られ、いよいよ旅の始まりだ。
「いいお天気。絶好の出発日和ですわね」
「お仕事なのは分かってるけど、それでもワクワクする、ね……」
偽装キャラバンは複数の馬車とロバ、俺たちおよび変装した騎士からなる徒歩の護衛で構成される。もちろん馬車は見た目と違い、安全性、乗り心地とも特別仕様。
アニス王女殿下……いや、今のうちから呼び捨てに慣れておいた方がいいな、アニスは俺と一緒に乗りたがっていたが、それは不自然とジョゼットさんに却下され、ちょっぴり拗ねている。
「あとで、た~っぷり慰めてあげないとね~?」
「そんなこと言って、不敬罪になっても知らんぞ」
ロッタのやつ、なんかこの件に関してやたら突っかかってくるんだよなあ。
まあそれはいい、俺たちは旅人や行商人の行き交う街道を、一路ガドラム方面へ進む。さて、行く先に何が待っているやら。
参考文献「ウィザードリィ日記」矢野徹・著




