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061 第5章プロローグ(リーズ視点)

 幼い頃から、要領の悪い、のろまな女の子だった。


 この国では珍しい黒髪という容姿もあって、何をやっても周りの子にからかわれ、それがいっそう私を自分の殻に閉じ込めさせた。家族に愛されていたのは幸いだったけど。


 そんな時だった、彼と出会ったのは。


 人のいい両親が、実家の宿に逗留する冒険者――後で知ったがその女性はジュリアといい、勇者と呼ばれていた――が地下迷宮ダンジョンに潜っている間、息子さんの面倒を見ることになり、彼とは自然と一緒に行動するようになった。


 彼は他の子たちと違い、私に優しかった。母であり師匠であるジュリアさんの教えらしいけど、何より本人の人柄だと思う。

 生まれつき体格に恵まれ、初歩的な訓練も受けていたため、同世代では突出して強かった彼が私を守ってくれたから、周囲の態度も変わっていった。ヒデトちゃんは私にとって、まさに白馬の王子様だった。


 私はすぐ彼に惹かれた。初恋だった。


 でもジュリアさんが冒険者を引退し、町を去ることになって、私たちは離ればなれに。守ってくれる人がいなくなったことで、私はまた悪意に晒されることになる。

 いや、むしろそれはエスカレートした。まるでヒデトちゃんにかなわなかった悔しさをぶつけるように……


 そんな私に、新しい白馬の騎士が現れる。

 今度は王子様じゃない。だって女の子だもの。


 その少女は、私をからかう男子をことごとくフルボッコにした。ていうか、私のほうがもうやめてと泣いて制止した。口調は今と全然違って男の子みたいだったけど、容赦ないところはこの頃から全然変わってないなぁ、フィーネ。


 そんなフィーネは、あの忌まわしき大火で天涯孤独の身となる。お母さんは既に亡く、優しかったおじさんは、燃える建物の中から逃げ遅れた人を救出した際、瓦礫がれきの下敷きになってしまったのだ……。

 彼女は南地区の教会に併設されている孤児院に行くことになった。こちらは同じ町だから簡単に会える。


 そこでフィーネは急激に変わっていった。ただし良い方向に。


 粗野だった口調や振る舞いはシスター・マノン、今の院長先生に影響されて見違えるほど上品になり、また聖職者として神学や適性に応じた魔法を学び、僧兵としての訓練も受け、文武ともに目を見張るほどの成長を遂げていったのだ。


 私は自分が情けなかった。

 ヒデトちゃんやフィーネに守られ、二人がどんどん成長している(ジュリアさんの手紙から、ヒデトちゃんが本格的な訓練をしていることは知っていた)のに、自分だけ置いていかれている気がした。いや、実際そのとおりだった。


 でも、そんな停滞を打ち破る変化が、遅まきながら私に訪れる。自分に魔法の才能があることを知ったのだ。

 私は学習と訓練に明け暮れた。はるか先をゆく二人に、少しでも近づけるように。幸いにも私の魔法適性は極めて高かったらしく、補助金が出たので費用を心配せずに済んだのは幸運だったと思う。


 そして、一応の成人である十六歳を迎えて。


 フィーネは冒険者になるという。危険はあるものの一攫千金を狙える職業だ。彼女は何度も、恵まれない子供らに十分な食事と充実した教育を……という夢を語ってくれていた。それには先立つものが要る。


 私も彼女と同じ道を選んだ。幼い頃の泣き虫リーズを知っている人なら、目をむくほど驚いたことだろう。

 確かに怖い気持ちはある。だけど、無二の親友であるフィーネに守られっぱなしは嫌だった。私も彼女を守りたい、背中を預けあう対等の友でいたかった。自分で言うのもなんだけど、今の私ならそれが叶うはずだ。


 そしてもうひとつ。


 冒険者は、武者修行の定番コースでもある。なら武芸者になったヒデトちゃんと再会できるのでは? という淡い期待、というか願望もあった。不純かな。


 それはともかく祈りは届いた。初恋の幼なじみは懐かしい面影を残しながらも、長身偉躯ちょうしんいくかつ眉目秀麗びもくしゅうれい、知勇兼備にして人格高潔……まさに颯爽さっそうたる若武者となっていた。


 私の胸の中で、思い出という小さな種火のまま細々と灯っていた恋の炎が、再び燃え上がった。何人かから告白されたけど、全部断ってきた甲斐があったというものである。


 ひょんなことから模擬戦を行ったが、ヒデトちゃん……いや、さすがに十六にもなって「ちゃん」はないか。ヒデトは勇者の息子という肩書きに恥じない強さで、私とフィーネを倒した。悔しさよりも驚き、そして憧れのほうが大きかった。


 冒険者となってしばらく経ったが、ヒデトは早くも吟遊詩人の歌や劇団の演目に取りあげられ始めている。彼は間違いなく、冒険者という枠を超えた存在になるだろう。

 ジュリアさんが教えてくれた異国の諺によれば、桃李とうり物言わざれども下おのずから道をなす。桃の木の下に、果物を求める動物たちが来て自然に獣道ができるように、複数の冒険者が彼を中心としたグループを形成しつつある。


 フィーネやロッタ、ウェンディにジェイク。あの「不倒ふとういわお」アルゴさえもが、彼の武勇、人柄、そして……上手く言えないけど、「この人と一緒なら見えなかった世界が見える」みたいな、どうしようもなく心を駆り立てるなにかに惹かれているのだ。

 もちろん私も例外ではない。伝説に語られる英雄の周りに集っていた豪傑や賢者たちも、こんな気持ちだったのだろうか……


 今や雛鳥ではなく、おおとりとなって天空へ羽ばたこうとしているヒデトが、どこまでの高みに昇るのかは分からない。でもその時、私は彼の側にいたい。


 叶うことなら、人生のパートナーとして。

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