表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/87

057 第4章エピローグ(???視点)

「う、ううっ……うわあぁっ! はぁ、はぁ……」

「魔王様っ! 大丈夫ですか、カレン様っ!」


 気づくと視界に入ってきたのは、心配そうに私をのぞき込むモニカの顔だった。


 滑らかな褐色の肌、キリッとした大きなつり目に、縦長の瞳孔をもつオレンジ色の瞳。少しウェーブのかかった真っ赤な髪を左のサイドポニーに結った、魔族の美少女だ。

 立場的には身辺の世話をする侍女ということになろうが、幼稚園児くらいの歳から育ててきたので、私にとっては娘のような存在といえる。


「え、ええ。大丈夫、病気とかじゃないわ。悪い夢を見てうなされただけ」

「お水をお持ちいたします」

「ありがとう、いただくわ」

 この悪夢を見たときは、決まって古傷がうずく。


 私は自らの左手に目をやった。

 手首の少し上あたりで欠損している。


 サイドテーブルに置かれた魔法銀マルジャの義手が、ランプの灯りに照らされて澄んだ光を放つ。私は一瞬、まぶしさに目の痛みを覚えた。


(また、あの日の夢、か)


 ━━━━━


「なによ……。なんなのよ、これ……」


 私の召喚したモンスター軍団は無敵のはずだった。

 最初に覚醒した私なら、もっと強くなる可能性がある他の召喚者たちを、覚醒する前に片付けるのは容易いはずだった。

 そして邪魔者を始末したあと、まずはこの世界を征服し、可能なら元の世界、地球へと侵攻するはずだった。


 なのに……

 いま眼前で繰り広げられているこの光景は何なの!?


 真っ白な肌、艶かな金髪を返り血で真っ赤に染め、吸い込まれそうなブルーの瞳を血走らせた女。

 その女がたったひとりで、無敵のはずのモンスター軍団を蹂躙じゅうりんしている。


 一体、また一体。数的優位が小さくなるにつれ、モンスターたちは加速度的にその数を減らしていく。そしてついに、怒り狂う彼女の目が私に向いた!


(大丈夫。勝てる、勝てるわ。私は召喚術師サモナーだけど戦闘能力がないわけじゃない。対して向こうは消耗しきっているもの……!)

 早鐘のように打つ胸に手を当て、私は必死に己を鼓舞する。


「せめて私の手で葬ってあげるわ! ジュリア!!」


 ━━━━━


 甘かった。


 柔道、剣道、薙刀なぎなたなど複数の競技でタイトルを総なめにし、マスコミから「美しすぎる武道家」などと持ち上げられていた彼女は、言い方を変えれば遺伝子レベルで人に危害を加えることに特化した、いわば暴力の天才だ。

 平和を愛する善良な日本人、格闘技経験者でもない普通の主婦である私とは根本的に違う、殺戮の申し子なのだ。


 攻撃魔法の直撃を受けながら、ジュリアは全く怯まない。効いていないはずはないのに、私への怒りと憎しみのあまり、痛みを完全に忘れている。


 素人の私はよく知らないけど、武道家としての彼女は冷静かつ精密、最小限の力や動きで全く無駄なく戦い、若くして達人の域にあったらしい。

 でも今はそんな面影などどこにもない。まるで狂ったけだものだ。殺意をむき出しに、咆哮をあげて襲いかかってくる!


「ひっ! い、嫌ぁぁーっ!」

 私は魔法の盾を展開するが……


「死ねぇぇーっ! 織田おだ華蓮かれん!!」


 パンチ一閃、それはベニヤ板よりあっけなく破壊された。私は咄嗟に左手で身を守る。


「うぁぁあぁーっ!!」


 激痛が走った。こんな痛みは生まれて初めて。秀人を産んだ時でさえここまでじゃなかった。

 攻撃を受けた手を無意識に見て理由が分かった。ない、私の左手がない……!


 だめ、勝てない。直接の戦いで私のかなう相手じゃない。

 震えが止まらない。歯がガチガチ鳴っている。

 怖い。嫌、死にたくない。


 私にはまだやりたいこと、やるべきことがいっぱいあるのよ。私は道具なんかじゃない、結婚して子供を産んで育児で一生を終えるような、終わっていいような女じゃないのよ。暴力しか能のないあなたと違ってね!

 逃げなくちゃ……。この狂犬みたいな女の手が届かないところまで……!


 私は激痛と失血で今にも途切れそうな意識を辛うじて繋ぎとめる。そして最後の力を振り絞って、召喚魔法を応用した転移門を発生させた。

 いくら彼女が強いといっても、異界との門を開くことは、その異界から使い魔を呼び寄せるサモナーの私にしかできない。魔界へ逃げるのよ!


「私は必ず、この世界に還ってくるわ。今度こそ、本当の魔王としてね! その時こそあなたを倒す。この左手の借りは、必ず返すわ! ジュリア!!」

 私が言い終えるのと転移門が閉じたのは、ほぼ同時だった。


 ━━━━━


 喉を潤した私は、軽くストレッチして体をほぐし、次いで髪やお肌、爪の手入れをする。女の嗜みね。


「完全に目が覚めちゃったわ。少し早いけど、城内の見廻りでもして時間を潰しましょうか」

「無理はなさらないで下さいね。カレン様は私たちの希望なのですから」

「ありがとう。あなたはいつも優しいわね、モニカ。私があなたたちの希望なら、私の希望はあなたよ」

 そう言って、私はモニカを抱きしめ、髪を撫でてやる。


「もったいないお言葉です、魔王様」

 モニカは私の胸に顔を埋める。あら、胸元が少し濡れてるわね。コップの水こぼした覚えはないんだけど。


 ━━━━━


 左手を失ったあの日から十五年。


 私の使役するモンスター軍団は、今や魔界における魔族の生活圏の大半を制圧している。この世界での私の戦いは終わりに近づいており、次の戦略を考える段階に入った。


 重量物の運搬コストと同じで、強いモンスターが人間界に行くには多量の魔力が必要になるが、小悪魔インプ石像悪魔ガーゴイルなら手はかからない。彼らに集めさせた情報によると、かつて魔人王マティアス1世なる人物が征服したドラグーン王国は、後継者争いからの内乱で四百年にも渡って分裂しているという。魔界を統一したら、地上侵攻の最初の拠点はここね。


 一方ジュリアが暮らすエスパルダ王国は、遠からず後継者争いで弱体化するはず。せっかく身内で潰しあってくれるのだから、その間は放っておけばいい。ボロボロになったところで、ドラグーンを制圧して整えた軍勢で侵攻するだけよ。


 その内乱であの狂犬女が死ねば嬉しい気がしなくもないけど……それだと復讐できないから痛しかゆしといったところね。それこそ片手を失うくらいしてくれれば好都合かしら。


 そんなことを考えていたら伝令が駆けつけた。とある地方を制圧すべく差し向けた軍団が、首尾よく目的を達成したとの吉報を持って。

 着々と進む魔界統一。それは彼女との再戦が近いことを意味している。


「もうすぐよ、もうすぐ」

 私は義手を撫でながら呟く。


 十五年前のあの日に受けた痛み、恐怖、屈辱、絶望……。たっぷりと利息をつけて返してあげるわ。


 首を洗って待っていなさい、ジュリア。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ