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056 桜樹の剣士

 館に戻ると宴もたけなわ、盛り上がりは最高潮に達していた。


「うふふ、アニス、どうでした?」

「いいところで邪魔が入っちゃいました。もう、ジョゼットったら」

「チャンスはまだありますよ。これからの旅、頑張りなさい」

「はい、お母さま!」


 母と娘の微笑ましいガールズ(?)トークが聞こえるが、ふんすと鼻息荒いお姫様は何を頑張るつもりやら。願わくば外交の話であってほしい。


 やがてお開きも近づいたところでフィリップ王子が締めのスピーチに入る。


「今宵は諸君らのおかげで、まことに愉しき夜となった。またリンゲックの勇士たちとの試合は、敗れたりとはいえ有意義なものであった。王子としてではなく、フィリップ・ド・シーニュ個人として礼を言う。願わくば実戦の機会が訪れたとき、冒険者諸君と肩を並べられんことを。なかんずく、私に勝った竜ごろ……ん?」

 殿下は言葉を切った。考えごとをしている風だ。


「父上、いかがなさいました?」

 で、ユリウス王子の問いに答えるには……


「いや、ヒデト君にはまだ二つ名がないと思ってな」


 二つ名? それって母さんの「桜花おうかの剣士」とか、アルゴの「不倒ふとういわお」とかそんなやつのこと?

 周囲もはたと気づいた感じであれこれ言い出す。


「そういえば、竜殺しと呼ばれてはいますが……」

「ドラゴンを討伐したのは、キュルマも同じですね」

「わしだって竜殺しだぞ。若い頃の話だが」

「騎士団だけではないぞ、王都の冒険者にも竜殺しはいる」

「それを言うならリンゲックにも何人か……」

「勇者の弟子とも呼ばれていますね」

「でも、それだとおとぎ話と被って紛らわしい」


 話をまとめると、単に「竜殺し」では他の竜殺しと間違えそうだし、なにより勇者の息子にして王子に勝った戦士なら、そろそろ専用の二つ名を持っていいのでは? とのこと。


「というわけでヒデト君、何か希望かアイデアはあるかね?」

 俺は答えに窮してしまう。ネーミングセンスを武芸者に求められてもねえ。


「さて、急に言われましても……。考えたこともありませんでしたし」

「だよねえ。こういう事って、案外パッと思いつかないものだからね」

 皆が首をかしげること数秒。


桜樹おうじゅ


 不意に、アニス王女の声が静寂を破った。皆の視線が一斉に彼女に向く。


「二つ名は『桜樹おうじゅの剣士』でどうでしょう?」

「ほほう、その心は?」

「ヒデトさまは、勇者ジュリアさまのご子息。ならやはりお母さまの『桜花の剣士』という異名に関連があるほうが相応しいと思います」

「ふむ」


「そして、その時の出来事にちなんだネーミングは定番です。庭園には見事な桜の樹がありましたし、桜の樹ってわりと黒いですし、黒い甲冑のヒデトさまに似合うかと。あと、夜桜と月の兜飾りもそれっぽい気がします」

「なるほど。ジュリア様と並んでも違和感がないな。どうかねヒデト君、あの子はああ言っているが」


 どうもこうもない。偉い人のアイデアは却下できないとかそういう忖度以前の問題で、名前を思いつかない俺には対案がないのだ。俺は姫様に向かってひざまずき、うやうやしく頭を垂れる。


「王女殿下に命名していただけるとは光栄の至り。竜殺し改め『桜樹の剣士』ヒデト、その名に恥じぬよう更に励みます」


 歓声が上がった。

「うむ! 桜樹の剣士、よき名ではないか」

「我々はもしかしたら、母君のジュリア様を差し置いて英雄の名付けの瞬間に立ち会うたのやもしれぬな!」

「ええ、見事な武者ぶりです。あ、でも」

「どうしたのジョゼット?」

「ああエレナ先輩。いやその、ヒデト殿はまだ髭がないな、と思いまして」

「ヒゲ?」


 確かに俺は髭を生やしていない。年齢的にはもう生え始める歳なのだが、毎朝きちんと剃ってる。一拍の間をおいて、夫人がポンと手を叩いた。

「そうですわね、戦士はたいてい髭を蓄えているものです」


 言われてみればドワーフのアルゴはもちろんのこと、人間や獣人の年長組も大半が髭を生やしている。例外は種族的に毛深くないエルフの弓術師範ほか数名くらいか。

 ワイルドな虎髭、ダンディーなちょび髭、威厳あるカイゼル髭……フィリップ殿下やシルフォード兄弟、ゾイスタンといったイケメン系は短いあご髭派が多いみたいだ。珍しいのはジェイクで、髭は剃ってるけどもみあげが太い。


 今まで意識したこともなかったが、一口に髭といっても個性がよく出ているもんだなあ。そんなことを考えていたら、みな夫人の言葉に賛同してやいのやいのと騒ぎだした。


「しかり! 剣も弓もあれほどの達者、もう立派に一人前の武士もののふよ!」

「うむ。髭を蓄えてもよい頃合いだ」

「さすがは勇者様のご子息だわい! 髭が生えるのが武功に追いつかぬとは!」

「まことに。かくのごとき御仁がお味方なれば、虎に翼でございますな」

 いや、別に俺はフィリップ殿下に従うとも仕えるとも言ってないんだけど。まあ、言うのも野暮よね。


 ともあれ、和やかな雰囲気のまま宴はお開きとなり、俺たちは「樫の梢亭」に戻った。お土産に、料理をたっぷり包んでもらってである。


 どーでもいいが、宿に戻ってからロッタ、フィーネ、リーズの三人が、ぼろ布とかで即席の付け髭をいっぱい用意して、着せ替えならぬヒゲ付け替えで大盛り上がりしてくれた。


 むっちゃ疲れた。

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