052 アルゴ出陣! 王手をかけるのはどっちだ!?
二勝二敗で迎える第五試合。
番狂わせの興奮冷めやらぬなか楽人がドワーフ伝統の曲を奏で始めると、会場の空気がさらに熱を帯びてくる。ゲートが開くと、隣の声さえ聞こえない大歓声で空気が震えた。
「ドワーフでありながら身長百七十五センチはまさにチート! 人呼んで『不倒の巌』アルゴ、規格外の肉体が生みだすパワーで王手をかけられるでしょうか? 注目しましょう!」
「対する王子チームも、怪力においては騎士団ナンバーワンの豪傑を当ててきましたね。まさしくパワー対パワー、超人同士の対決です! これは旦那を質に入れてでも観ないといけませんよ~」
「ってクレアさん、彼氏いるんですか?」
「いないわよんなもん! あ~、どっかそこら辺の道端にいい男転がってないかしら」
「いや、そこら辺の道端に転がってる時点でいい男じゃないでしょう」
緊張をほぐす配慮かその場のノリか、美女二人のかけ合いに会場から笑い声が上がる。が、反対側のゲートが開くと、それはすぐに興奮へ戻った。
出てきた騎士は、熊の獣人! その巨体は二メートルの半ばに達するほどで、首や手足もアルゴと互角の太さ、まるで巨木である。
ダークブラウンの髪に太い眉、燃え盛る闘志を反映して爛々と光る赤茶色の瞳。豊かなあご髭から年齢は分かりにくいが、まだ二十歳そこららしい。
逆に言えば、若くしてこの地位に就いた武勇の持ち主ということ。いかなアルゴとて、容易ならざる相手といえるだろう。
宿場町での晩餐のとき会ってはいるが、だからといって平然と見ていられるわけもなく。解説のクレアさんが言うとおりまさに超人、すなわち「人」を「超」えた戦士だった。
武器は棍棒、平たく言えば建築資材の丸太だ。さすがに彼のサイズに合う木剣はなかったらしい。盾は大型の縦長、凧型盾と呼ばれる上が丸くて下が尖っているタイプで、あざやかな真紅の地に金色で熊の図柄が描かれている。
「気の毒だが、不倒の巌という二つ名は今日限りよ! 俺が巌を打ち砕く!」
「受けて立とう! 王都の騎士の力、存分に見せてもらう!」
試合が始まった。
「あーっと、両者いきなりスパートだぁ! 雄叫びを上げて突進、小細工抜きの真っ向勝負っ!」
「観客の皆さんが求めているというのもあるでしょうけど、なにより彼らのプライドですね! 皆さん、まばたきは厳禁ですよぉっ!」
まさしく意地と誇りの正面衝突だった。豪腕がうなりを上げること数合、通常よりはるかに頑丈なはずの盾がみる間に破壊されてゆく。それでも立っているのは双方さすがだ、並の戦士なら、一撃で盾ごと腕を砕かれているだろう。
「うおうッ!」
「おーッ!」
同時に渾身の一撃をくり出すや、ついに双方の盾が砕けた。その衝撃で、両者は大きく弾かれる。
「おっと、ここでどちらも盾を捨てます」
「もはやただの木片ですもんね」
そしてアルゴと騎士は、武器を両手持ちにシフトして再度突進! 咆哮する獣王同士が牙を剥きあうがごとき力と力の激突に、会場のボルテージもすさまじい。
ばきん、と乾いた音が響く。今度は得物が折れた。あの二人のパワーで振り回してぶつけ合って、木材が壊れないわけがない。
「かくなる上は、組み討ち(素手の格闘)にて雌雄を決するのみ!」
「望むところよ!」
盾も武器も失った二人は、がっしと手四つに組み合い力比べの体勢となった。熊の騎士は身長差にものを言わせ、アルゴを押し潰すように体重をかける。
「ぬうッ!」
しかしアルゴはまさしく巌のごとく動ぜず、むしろ下から押し返す。騎士の上体が徐々に上がってゆくと、観客席からはどよめき、歓声、悲鳴がごちゃ混ぜになったような声が巻き起こった。
「ぐっ、これ程、とは……うわっ!」
ついに騎士がバランスを崩す。あの巨体が揺らぐさまは、直に見ていても信じがたい光景だ。
「あーっと力比べはアルゴに軍配! そして間髪入れず、第三試合の弓術師範と同じく胴に抱きつくタックル!」
そして……
「うおぉぉぉーッ!」
騎士を持ち上げたまま壁に向かって突進し、そのまま激突させた! 直接壁にぶつけるか、ダイブして地面に叩きつけるかの違いはあるが、母さんがランサルセと呼ぶ技によく似ている。
「ぐはっ……。この程度で!」
しかし熊の騎士もひるまない。左の握り拳に右の掌をかぶせ、アルゴの背を負けじと力任せに叩いて反撃。俗にスレッジハンマーと呼ばれる打ち降ろしパンチの連打をくらい、通常の三倍は厚みがあろうかというアルゴの鎧がへこむ。
「ぐっ、ぐおぉっ」
これにはさしものアルゴも体勢を崩し膝をついた。その隙を騎士が見逃すはずはなかった。
「俺とて負けられんわぁ!」
騎士は、以前俺が使ったサンダーファイヤーパワーボムのようにアルゴの胴体に覆い被さる形で組みつき、装備含めれば二百キロを超える巨体を頭の上まで持ち上げる!
「沈め! うおぉぉぉーっ!」
そしてそのまま、力任せに地面に投げつけた! 俺と違って肩に担がないので、母さん風に言うなら超高角度のパワーボムホイップだ!
接地の瞬間大地が揺れ、ガシャンという金属音を立てて兜や鎧の破片が舞う。
「うわあぁぁ! 三メートルから真っ逆さま!」
「こ、これはさすがのアルゴさんも……って、ええぇ!?」
クレアさんが驚くのも当然だろう。大きくバウンドしたアルゴは、信じがたいことに失神していなかった!
そして跳ね返った空中で騎士の腕をつかむ。彼もまさか意識があるとは思わなかったのだろう、その目に驚愕の色が浮かんだ。
アルゴはそのまま着地。同時に渾身の力を込めてのけ反り、騎士の腕を脇に抱えて後方へ投げる!
俺もよく使う閂スープレックスだ。だが相手の右腕だけを両腕でつかむ変形バージョンのため、それぞれの腕を両脇に抱える通常バージョンより片方の腕へのダメージはでかい。
「ぐわああぁーっ!」
肘から鮮血をほとばしらせて宙を舞う熊の騎士。折れた骨が皮膚を突き破ったか……
勢いよく地面を転がる騎士。しかしその戦意は萎えず、右腕が使えないながらも立ち上がろうとする。が、そこへアルゴが追撃の突進。
「あーっとアルゴのビッグブート炸裂! 足裏が顔面を直撃ぃーっ!」
「しかもまだ止まりません! ここが勝負どころですよ!」
アルゴは素早く騎士の背後に回る。そして右腕を相手の首に巻きつけ、手を左の肘裏に当ててガッチリ固定。さらに残る左手で相手の後頭部を押さえて首を絞める。チョークスリーパー、いわゆる裸絞めの一種だ。
(決まった。あの体勢からアルゴの怪力で絞められたら、肺呼吸する生物である限り100%落ちる)
丸太のような豪腕に締め上げられ、騎士の首当てが紙のようにへこむ。そして彼の顔はみるみる真っ赤になり、すぐに血色を失っていった。
「レフェリーストップ! 熊の騎士が落ちた、落ちたーっ! 規格外の怪力巨漢対決、勝者は冒険者チーム、『不倒の巌』、アルゴだあぁっ!」
「まさに常識が通用しないパワーとパワーの正面衝突に、会場の興奮も最高潮ですね。無理もないです」
これで三勝二敗、冒険者チームが王手だ。
「さすがは殿下の盾よ。だが、ヒデトはもっと強かった」
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「動かないでください。いくらあなたがタフでも回復には少しかかりますわ」
「治癒魔法かけるから鎧脱がないと。金具壊れてるから、もうベルト切るね?」
「うむ、頼む。すまんな、さすがにちと堪えたわ……むぐぐ」
よろよろと控室に戻り、どかりと腰を下ろしたアルゴを治療するフィーネとリーズ。あのアルゴがこれほど消耗した姿を見るのは初めてだ。
「これで王手か。ヒデト君、すまないが君の出番は消化試合とさせてもらうよ」
「少し盛り上がりに欠けるかもしれんが、悪く思うな」
セミファイナルに出場するセインとゾイスタンが軽口を叩く。俺は親指を上げてその背中を見送った。
治癒魔法は鎧の上からかけると効果が落ちます。塗り薬みたいな感じと思ってください。




