050 第二&第三試合
先鋒戦は、経験で勝る騎士コンビ有利の予想を覆してフィーネとリーズの完勝に終わった。もうすぐ第二試合というのに、まだ観客席のどよめきが収まらない。
「さあ冒険者チームはこの勢いに乗れるか? 続いて登場するのは両手剣の使い手、褐色美少女ウェンディ!」
「第四試合に控えている、『青の魔法使い』ことジェイクの妹さんですね。お兄さんのローブ同様、鮮やかなブルーの肩当てがトレードマークです」
「対する王子チームは王女近衛隊の副長! 王都にその人ありと言われる俊英、史上最年少の竜殺しキュルマさん!」
「ウェンディさんも実力をつけていますが、さすがに格上の相手と言わざるをえませんね。どう対抗するか見ものです」
闘技場中央で向き合うふたり。武器はどちらも両手剣。
ウェンディも決して弱くはないが、正直かなりきついと思う。勝てたら大金星と言っていいだろう。
「副長への声援すごいですね~。どっちがホームか分からないくらいです」
「彼女は六年前のスタンピードで、この町を守るために戦ってますからね。肩入れしたくなるのも無理はありません」
「あと単純に美人。いやウェンディもだけど」
「純白の鎧に雪のエンブレム、まさにクールビューティー。ちなみにキュルマという名前は、北方少数民族の言葉で『寒い』とか『冷たい』という意味だとか」
「冬生まれなんですね」
実況のロッタに解説のクレアさん、ご丁寧な説明をありがとう。
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試合が始まると、キュルマさんは積極的に間合いを詰めてゆく。同僚が完敗した手前、王都組の武勇を示さんものと意気込んでいるのだろう。
といって闇雲に突撃するわけもなく、まずは様子見の攻撃だ。木剣が幾度となくぶつかり、乾いた音を立てる。
数合の打ち合いののち、両者は剣を合わせたまま力比べのような体勢になった。
王国式の剣術における対人戦闘は、この「バインド」と呼ばれる鍔迫り合いから、自分の剣で相手の剣をコントロールし、相手の攻撃を逸らしつつ自分の攻撃、主に鎧で守られていない箇所への突きを当てることに極意があるのだ。また、鎧を着た人間は裸のときより重心が高くなるため、相手の体勢を崩す投げ技も重要な技術となっている。
むろん両者ともそれは熟知しており、簡単には思い通りにならない。互いに隙をうかがう膠着状態が数秒。
ここでも先に動いたのはキュルマさんだった。ウェンディの木剣を弾いて間合いを離すと、すかさず右手で柄を持ったまま、左手は小指を前に向ける形で刀身を握り、近距離から突きをくり出す。
ウェンディがこれを避けると、間髪入れず剣を逆さまにし、ポンメルと呼ばれる柄頭(持ち手の一番下)の部分、真剣なら重心のバランスを取る錘の部分で殴る連続攻撃。
これも王国古式剣術独自の技だ。
板金鎧を着ており、鋭い刃物による斬撃よりも鈍器による殴打が有効な相手を想定しているため、剣は切っ先以外は意図的に切れ味を抑えていることが多く、厚い手袋をはめていれば刀身を握れるのだ。ポンメルの打撃は、剣術と棒術を合わせた感じにも思える。
敵を知り己を知らば、の格言に従って俺も身につけており、事実ほとんどの相手に遅れは取らないが、片刃なので刃のない側(棟、もしくは峰)には触れる一方、切れ味が鋭いため刀身は握れない「カタナ」を使うサムライ式剣術とは、全く方向性の違う技と言ってよい。
だがポンメルがウェンディの頭を捉えるかと思われた瞬間、その一撃は半透明の盾に防がれた。リーズと同じ魔法だ。
シールドは砕けたが攻撃は勢いを削がれ、ウェンディはまたしても間一髪の回避。やられっぱなしでなるものかと反撃の、こちらも刀身を握っての突きを打ち込む。
「あーっと肩付近に命中! 判定は!?」
「無効ですね。鎧はともかく肉体はノーダメと見られたようです」
ここで一旦仕切り直し、両者は間合いを取った。
「むう、ただの戦士かと思っていたが。だが考えてみれば魔法使いの妹だ、魔法の心得があってもおかしくはないか」
「リーズほどのレベルじゃないですけどね。あたしら仲間内で色々教え合ってるんですよ」
「感心なことだ。ならばこちらも!」
ここでキュルマさんの魔法攻撃。俺もよく使う牽制の定番、光弾だ。ウェンディはこれを払うものの、その間にキュルマさんが突進!
「身体強化!」
そして気合一閃、大上段に振りかぶっての袈裟斬り! ウェンディはこれを受けるが、魔法で強化された渾身の一撃は、防御した木剣をへし折って肩口に命中した。
「あうっ! こんのおぉッ!」
肩がやられたか? 左腕が利かなくなったウェンディは、しかし咄嗟に右手で腰の短刀を逆手に握り、キュルマさんの左脇、鎧で守られていない関節部を突く。
これにはさしもの彼女も剣を取り落とした。が、ここでマスターが両手を交差させる。
「あっと、どうやら今の袈裟斬りが有効と判定されたようです。試合終了! 勝者はキュルマさん!」
「ウェンディさんも格上相手に健闘しましたが、さすがに甘くはなかったですね」
だがここで、当のキュルマさんが異議を申し立てるハプニングが発生。
要約すると、ウェンディが持っていたのが真剣なら折れていたか分からない、なので治療して試合を続行するか、反撃の突きを考慮して相討ちとすべきではないか? とのことだ。
「これは難しい判断になりますね~」
「仮に真剣でも折れていたとしても、威力が減衰した一撃で倒せたかは微妙ですものね」
「そうですよね、鎧を想定して切れ味も落としてますし。あ、協議が終わったようです。判定は……覆りません! キュルマさんは納得していないようですが、とにかく一勝一敗となりました!」
審判の判定は絶対である。彼女は渋々ながらも従った。
勝ったほうが抗議というのも妙な話だが、有利不利を問わず疑惑の判定そのものが嫌なのだろうか。口調もクールだが生真面目な人らしい。
「あなたも物好きですよね、勝ったんだから黙ってりゃいいのに」
「そうはいかんよ。騎士たるもの、常に公正でなければならんのだ」
「冒険者のあたしには分かんない世界だな~」
「そのうち分かるようになる、多分そう遠くないうちにな。願わくば、その時に君が敵とならないことを祈っているよ」
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「ごめん、せっかくフィーネとリーズが先勝してくれたのに」
「勝敗は時の運ですわ。それより肩を治療しますわよ」
そうこうしているうちに第三試合。冒険者からは、昨日の弓術大会で俺と決勝を争ったラウル。対する王子チームは、そのとき準決勝で敗退した弓術師範。
「先の試合では不覚をとった。エルフの名誉にかけて連敗はできぬ」
師範の耳は長く、先端が尖っている。洞窟に住み斧やハンマーがトレードマークのドワーフと双璧をなす亜人種であり、森に住み弓を得意とするエルフだ。
フィリップ王子の夫人と子供らもその血が混じっているが、この人は純血種らしい。種族の象徴ともいうべき弓で敗れた雪辱に燃えている。
「二勝めをもたらすのはどちらか? 試合開始です!」
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弓使い同士の対決ということで、闘技場には遮蔽物がいくつも設置され、互いにそれを盾にして隙をうかがう緊迫した展開となった。
いかな凄腕でも、一対一、かつ隠れる場所がある状況では、そうそう遠距離攻撃は当たらない。互いに有効打のないまま、どちらも手持ちの矢は残り一本。
「あっと、ここで両者勝負に出ます!」
「矢をつがえたまま遮蔽物から出て弓の応酬! これが最後の一射です!」
次の瞬間、闘技場に乾いた音が響いた。
「あーっと、互いの矢が空中で激突、砕け散ったぁ!」
「これでどちらも矢を射ち尽くしました、予備の武器を使っての格闘戦になります」
ラウルの武器は投げ槍と短刀、対して師範のそれはダガーに加えて短剣と小盾。弓兵の予備武装の定番セットだ。
こうなるとラウルは分が悪い。狩人あがりの彼は、まだ対人戦の経験が不足しているのだ……少なくとも、王族の近侍と渡り合うには。
師範が突進する。リーチでは劣っているのだから、とにかく間合いを詰めないと話にならない。
ラウルはこれを投げ槍で迎撃。相手は盾に身を隠し、なおかつ足を狙われぬよう低い姿勢であったにも関わらず、その穂先は寸分違わず太股を捉えた!
「ぐっ……! まだぁっ!」
しかし足では――少なくとも短時間は――致命傷とはならない。マスターの判定は有効ながら試合は続行。
そのまま師範は武器を捨て、ラウルの胴に抱きつくようにタックル! そして自分の胴をラウルの足に挟まれながらも、仰向けに倒れた彼に覆い被さった。格闘技的に言うならガードポジションだ。
こうなると経験の差はいかんともしがたい。
「師範のダガーが喉元に突き立てられたぁ! 試合終了! 王子チームが二勝一敗と逆転です!」
「弓の実力は互角でしたが、もと狩人と生粋の戦士の差が出ましたね」
握手を交わして退場する両者、しかし師範の顔に喜びはない。無理もないだろう、結局、弓使いとしては勝てていないのだから。
だがこちらとしては連敗した格好だ。控室の窓から見ている俺たちにも緊張が走る。
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「第四試合は魔法対決。冒険者チームは、第二試合に出場したウェンディのお兄さん、『青の魔法使い』ことジェイク!」
「対する王子チームは、一気に勝負をかける人選ですね。精鋭揃いのプリンセスガードを束ねる隊長、ジョゼット・フォン・メリロー子爵夫人の登場です。マスターが宮廷魔法使いだった頃の後輩で、今も親交があるとか」
「そしてこれまたクールビューティー、ビジュアル的にもジェイクとは月とスッポンです!」
ロッタ、なんかしれっとディスってない?
それはともかく五分の星に戻せるか、王手をかけられるかの重要な試合。ここで今までの四人より格上のジョゼットさんか……いかなジェイクとてこれは厳しいな。
「負けたら冒険者チームは後がなくなる訳ですが……ギルドの受付嬢としてはなんですけど、個人的にはジョゼットさんを応援したいです! 女として!」
「あーわかります。ジェイクはセクハラ常習犯ですもんね~。口を開けばエロワードが飛び出すし」
「こないだなんて酔っぱらって裸踊りしてましたよ。マスターの温情で逮捕はされませんでしたが」
うわぁ……
その後しばらく、ロッタとクレアさんの容赦ないダメ出しが続いた。
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「ジェイク、戦う前からやつれてないか?」
「ふふふ……男ってのは哀しい生き物なのさ」
しかし女性陣の反応は……
「な~に気取ってんのさ兄貴。自業自得だろ」
「あとで懺悔は聞きますわよ」
「悪気がないのは分かってるけど……もう少しデリカシーを持ってほしい、な」
辛辣すぎる。だが今は応援に徹しよう。頼むぜジェイク、五分の星に戻してくれよ。




