表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/74

005 琥珀の瞳だ!

「ねぇ、ここ座っていいかな?」


 声をかけてきたのは、さっきドラゴンの死骸を観察していた少女だった。


 明るく活発そうな雰囲気の顔立ちは、とても端整だが幼い。見たとこ十三~四歳、少なくとも十六の俺よりは年下だ。ライトブラウンの髪を左右二本の三つ編みお下げにしており、大きめのキャスケット帽がよく似合っている。


 百五十センチに満たない華奢な身体、その柔肌を覆う革鎧レザーアーマーは普及品だがよく手入れされており、しっかりした人柄を感じさせた。小盾バックラーと一緒に吊るされた短剣は腰の右側なので、左利きなのが分かる。体格や装備からして斥候スカウト系の冒険者だろう。


「別に構わないが……他のところも空いてるぞ?」

「いいじゃない、ここに座りたいの」

 そう言うと、少女は短剣と盾を置き、俺の左隣にちょこんと腰かける。帽子を脱ぐと、ほのかに髪の香りが漂ってきた。


 大きな目、アンバーイエローの澄んだ瞳が、ランプの灯りに照らされて、一瞬、本物の琥珀のように輝く。

 その瞳に映りこんだ己の姿を見て、俺はまるで――なぜそう感じたのかはまったく分からないが――自分が琥珀の中に閉じこめられた、ちっぽけな羽虫にでもなったように思えた。奇妙なことだが。


「ふふ、どうしたの?」


 微笑む少女。俺より三十センチ以上背が低いので、同じ高さの椅子だと自然と上目遣いになる。

 顔立ちも身体つきも幼いのに、その透き通るような眼差しにはどこか蠱惑こわく的なつやがあった。俺は一瞬、彼女を抱きしめ、唇を重ねたい衝動に駆られた……。


 そんな俺に気づいているのかいないのか、少女は林檎酒シードルを注文する。

 この国は果実酒が特産品とあって飲酒に年齢制限はないが、成人扱いの十六歳前後から嗜む者が大半だ。予想より年長だったらしい。


「それじゃ……二人の出会いに、乾杯」

「乾杯」

 金属製のカップが触れあい、澄んだ音を立てた。


「まずは自己紹介からだね。私はランテルナのカルロッタ。ロッタって呼んで。その方が慣れてるから。見ての通りのスカウトで、冒険者ランクはD」

「よろしく、ロッタ。俺はヒデト、魔法戦士だ。ランクはまだないけどな」

「でもテスト受けたら、いきなりDランクいくんじゃない? キミ、噂になってるんだよ~。たった一人でドラゴンを討伐した凄腕、ってね」


 ━━━━━


 ここで一旦物語を離れ、冒険者ランクなるものを確認しておこう。なお話の本筋に関係はないので、■■■■■のところまで読み飛ばして構わない。


 さて、依頼はギルドを通して冒険者が受けるものだ。当然、失敗すれば仲介したギルドの信用が落ちる。なのでその冒険者に依頼を任せられるかを判断する必要があり、その基準となるのがランクだ。


 本作にはステータスオープンも鑑定の水晶球もないため、新規登録した者や昇級希望者は模擬戦などのテストを受ける。受けないと昇級できない訳ではない。

 その成績により、新参者にはランク外からDまでの初期ランクが与えられ、既に登録している者は実力と功績により、FからSまで昇級という仕組みとなっている。


 当然、上にいくほど依頼の難度と報酬は高くなり、様々な特典も用意されている。なので一口に冒険者といっても、ランクによって収入には天地の差があるのだ。

 反面、有事の際には王や領主の指揮下に入らねばならないなどの義務も生ずるが、よほどの変人でない限りは少しでも上を狙うと思ってよい。


 余談だが、無理強いは協力してもらえる人望がないみたいで偉い人の体裁が悪いため、形の上では依頼を「喜んで受ける」ことになる。本音と建前ってやつですな。


 もっと露骨な差がつくのは社会的な地位。

 いつまでも低ランクだと周囲の目は厳しいが、物語の舞台となるエスパルダ王国は伝統的に武勇を尊ぶため、ランクが上がれば加速度的に注目と尊敬を集めるようになる。主人公の母である勇者ジュリアともなれば英雄扱いで、王族から「様」付けで呼ばれるほどなのだ。


 現代人の感覚ならプロのアスリートを想像するとピンとくるかもしれない。高額を稼ぎ国民的英雄と讃えられるトップ選手も、競技だけでは食べていけない無名選手も、その競技のプロには違いないのと同じことである。


 強くても依頼を失敗しては意味がない。よってギルドへの貢献度も査定に影響し、強いだけでは昇級できないし逆もまたしかり。ただやはり戦闘力が比重の多くを占めるのも事実で、まず強さありき、さらに依頼達成率や素行の良し悪しを加味してランクが決まる感じだろうか。

 むろんヘマをやれば降格するし、著しい不利益を与えた場合は除名処分、最悪のケース(護衛対象を故意に殺害、輸送物資を奪って逃亡など)は当のギルドに刺客を放たれることすらある。


 てなわけでランクと強さが必ずしも一致しないのがややこしいが、それでもだいたいの目安はある。イメージは某RPGに例えればこんな感じ。


 ランク外……レベル1~2くらい。ほとんど一般人。冒険者ギルドは建前上「来る者拒まず、去る者追わず」なので登録はできるが、冒険者一本でやっていくのは無理。


 Fランク……3~4くらい。半人前だが平均的な成人男性よりは強く、小鬼ゴブリン程度なら問題ない。雑兵、町の衛兵クラス。


 E……5~6くらい。ゲーム的には戦士は攻撃回数が二回になり、魔法使いは範囲攻撃魔法を覚え、攻撃力に明確な差が出る頃。ゴブリンの上位種ホブゴブリンでも単体なら討伐できる。正規軍の一般兵クラス。


 D……7~8くらい。かなり頼もしくなってきた。平均的なオーガになら勝てるだろう。精鋭部隊の兵士、騎士団や宮廷魔法使いの新人クラス。


 C……9~10くらい。大型のオーガや火炎蜥蜴サラマンダーいけるか。騎士団などの平均~中堅、正規軍の中~大隊長クラス。


 B……11~12くらい。一人でも単眼巨人サイクロプス合成獣キマイラ人面獅子マンティコア。複数でなら主人公が倒した大型のドラゴンに勝てる。騎士団の中堅~上の下クラス。


 A……13~17くらい。ここまでくれば、単独で例のドラゴン討伐も不可能ではない。騎士団の上位クラス。


 S……それ以上。一対一なら大抵のモンスターに勝てる。騎士団のトップ層や大魔導師クラス。なお一人の例外のために制度を変えるのが面倒だから同じランクなだけで、勇者は異次元の強さ。


 おそらく「あれ? Fランクって結構強い?」と思ったろうが、命のやりとりが日常の仕事を選ぶ時点でズブの素人なわけがない。普通の村人でさえ、いくさや盗賊の迎撃で人を殺した者が珍しくない物騒な世界だ。最低限この程度でなければ、冒険者は務まらないのである。

 逆に「いや、Sランク弱くね?」と感じた人もいるだろう。それは当たりで、本作には魔法で大陸を消し飛ばすとか、聖剣で惑星を両断するなんてキャラはいない。()()ではなく()()しないのだ。いくら魔法がある世界でも、それはもう生物の一個体が獲得しうる能力、同一種の個体差の範囲を逸脱している。


 次は装備に関して。

 主人公は母から新品の装備一式を与えられているが、こんな至れり尽くせりのケースはレア。普通は購入するか合戦の跡地で拾うか、どちらにせよ中古。


 冒険者というと「他に仕事がないので仕方なく」という展開、着の身着のままで登録というシーンをよく見るが、本作では能力的にもコスト的にも結構ハードルが高く、初期投資ができない者や腕に自信のない者は、そもそも冒険者にならないのだ。


 考えてみてほしい。もしあなたが就職に失敗したとして、では「その辺に熊や盗賊がいていつ襲ってくるか分からないけど、普段着に丸腰で山に行って山菜とキノコを採ってきて売ろう」と思うだろうか?


 古代ローマには名声と高額の賞金を求め、自ら剣闘士となる者もいたという。本作の冒険者はそれに近いかもしれない。

 あなたのイメージと違うかもしれないし、正直なところ私もどんな描写が正解かは分からない。が、とりあえずこんな感じで書くこととしたい。変更の可能性はあるが、合わないと思ったらここで読むのを止めるのをお勧めする。


 では、物好きな暇人だけ本編に戻ろう。主人公がヒロインから、飛び級スタートできると言われたところからだ。


 ■■■■■


「そういやそんなこと言われたな。新規登録の場合、最高でDからスタートできるんだっけ」

「そ。基本的には余所よそで実績を積んだ人のための制度だからね。キミならいけると思うよ」

「えらく詳しいな?」

「私はキミと違って戦いの専門家じゃないもの。自然と耳ざとくなるんだよ」


 情報通ってやつか。俺は冒険者としては右も左も分からない初心者、好感度を稼いでおいて損はないとみた。


「ときにロッタ、食事はもう済ませたか?」

「え? まだだよ」

 ロッタがキョトンとした表情になる。可愛い。


「なら遠慮なく注文してくれ。もちろん奢りだ。俺はついさっき登録した新参者だからな、いろいろ教えてほしいこともある」

「おっ、分かってるねぇ。お姉さーん、注文お願いしまーす!」


 ━━━━━


 テーブルに大量の皿が重ねられている。体が資本の冒険者はがいして健啖家けんたんかだが、ロッタはいわゆる「チビの大食い」というやつらしい。奢りだから無理してでもという感じではなく、普通にペロリと平らげていた。体重は明らかに俺の半分以下なのに、この小さな体のどこに入るのか? まさしく人体の神秘である。


 ひとしきり飲み食いして落ち着いたところで、彼女は手の中でカップを弄びながらしんみり呟く。年下なのに妙に大人びて見えるのは、薄紅色に染まった頬のせいだろうか……


「キミがいい人でよかった。正直……気を悪くしたらごめんね? 話しかけるのは、けっこう勇気を出したんだ。冒険者って、その……荒っぽい人も多いから」

 だろうな。これほどの美少女なら尚更だ。


「母さん……いや師匠と言うべきかな、とにかくその人の教えさ。よく言われたよ、『強い人間はいても死なない人間はいないわ。だから敵より多くの味方を作る努力をなさい。それに人の運命なんて分からないものよ、私が敵になる可能性だってあるんだからね』って」

「賢明な人だね。まあ運命云々は心構えを言ってるんであって、ホントに敵対する気はないんだろうけど」


 武人もののふたるもの、非情の覚悟を持てというのは分かる。が、強さという意味でも恩義という意味でも、母さんだけは敵に回せないし、回したくない。実の母親のことを全く知らない俺を拾って、数えきれないほどの愛情を注ぎ、女手ひとつで育ててくれた人だから……


「あと、さらに口を酸っぱくして『女性には親切になさい!』とも言ってた。やっぱ自分が女だから、その辺は厳しいのさ」

「そうなんだ。ね、そのお母さんって……」

「たぶん、ロッタが思ってる通りだ」

「そっか。それなら勇者様のエンブレムも納得だよ。なんせ家紋だもんね。あと流派の印」

桜花おうか流、か」

 母さんの許しがあれば、いつか名乗るのもいいかもな。


「今日は楽しかったよ。ご馳走さま。お腹が膨れたら眠くなってきちゃった。私、そろそろ宿に戻るね」

「送って行くよ。俺もそろそろ宿に行こうと思ってたところだ」

「うん……ありがと。優しいんだね、キミ」


 ━━━━━


 王国第三の都市リンゲックは眠らない。どこもかしこも賑やかだ。


「この辺は母さんに連れられて来たこともあったはずだけど、ぜんぜん記憶にないなぁ」

「いつのこと?」

「七、八年くらい前かな。俺が十歳にならない頃だから」

「へぇ~、じゃキミはつい最近成人したんだね。そんな若さでドラゴン討伐なんてすごいよ」

「ロッタだってその歳でDランクだから大したもんだ。酒は飲めるけど、それでも俺より年下だろ?」


「……やっぱり、そう見えるよね……」

「え?」


 ロッタはギルドカードを取り出す。それには彼女の各種情報が……拾い子の俺と違って、生年月日もしっかり刻印されていた。


 ……えええええ!?


「私、十八歳。キミよりふたつ年上。お・ね・え・さ・ん!」


 …………。


「えー、カルロッタさん、この度はわたくしの認識の齟齬そごにより不快な思いをさせてしまい、心よりお詫び申し上げます。申し訳……」

「ふふ、いいよロッタで。言ったでしょ、その方が慣れてるって。他人行儀もよして。そうこう言ってるうちに宿に着いたよ。送ってくれてありがとう。明日のテスト、観に行くね。頑張って。それじゃ、おやすみなさい」


 そう言って彼女は宿に入ってゆく。

 甘い残り香がしばし漂い、風に乗って消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ