047 次代を担う者たち
(勝つには勝ったが、紙一重だったな)
アニス王女がその場でほどいたリボンが結ばれた、三十センチほどの魔法銀の矢……弓術大会優勝の賞品を見ながら、俺は先ほどの対決を思い出していた。
(観客の誰かも言っていたが、ラウルは明らかに強くなっていた。少しでも鍛練を怠ったら、すぐに抜かれるだろう)
勝って兜の緒を締めよ、か。
そんな俺の思いとは無関係にプログラムは進み、陸上競技や乗馬などが行われたのち昼休憩に入る。
控室で軽食をとったのち午後の部。最初は、リンゲックの主だった戦士たちが参加する剣の舞からの演武だ。
対抗戦を控えているので、手の内をすべて晒すようなことはしない。やるのは実戦の動きとは違う儀礼的な舞と据え物斬り、つまり動かない物体の試し斬りである。
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「解説のエレナです。カルロッタさんは舞い手に加わるため実況席を離れますので、しばらく私が兼任します。まずは今話題の仇討ちで名を馳せた勇士たちも登場する戦士の舞い、そこから据え物斬りや魔法の実演となります」
楽人が演奏を始めると、俺は愛用の変形十文字槍を手に、剣戟を模した動きを繰り返す。
これは勝利を祈願、もしくは戦勝を感謝して神に奉納する舞で、作法をわきまえた戦士なら(フィーネは聖職者だが)ある程度修得しているものだ。
舞はつつがなく終わり……
「マノンです。観客席の声を聞いてみましょう」
「動きが優美ですね、やっぱり一流の戦士は違います」
「変わった槍だな。横の刃、片方は上に、もう片方は下に曲がってる」
「はあはあ、シスターたまらん……踏んづけてほしい」
ゲーッ、いつぞやのドM! まだフィーネに蹴り殺されてなかったんかい!
「見事な舞でした。続いて剣の演武に移ります」
「カルロッタです。私は戦闘の専門家じゃないから出番はここまで。実況に戻りますよ~」
「お疲れ様。やっぱり若いっていいわね、しなやかなで素早い動き、なかなかのものだったわよ」
「えへへ、ありがとうございます。でも、マスターだってアラ還に見えないほど若々しいじゃないですか」
だよなあ。もと宮廷魔法使いだけに、文字どおりの美魔女だよ。
続いて据え物斬り。これを行うのは冒険者だけではない。ゲストのフィリップ王子本人をはじめ近侍の数名、王女近衛隊からは副長のキュルマさん、伯の家臣、近隣の腕自慢……
そして未来を担う次世代、年少の部だ。その中には俺が剣術を教えている少年エティエンヌ、またユリウス王子の姿もあった。
「ふう、心臓がバクバクです。こんな大勢の人の前に立つのは初めてですから。それに王族の方が近くにいるなんて」
「なに、しょせん試し斬りだ、気軽にやればいい」
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競技場に掛け声が響くと、わずかな間をおいて客席から拍手と歓声が上がる。試し斬りとはいえ、いずれも豪勇をもって鳴る戦士。その一撃の迫力は、観る者の心を揺さぶらずにおかない。
なかんずく、王子一行の剣は「凄絶」の一語に尽きるものであった。
明日の対抗戦に向けた牽制、軽くジャブを一発というところか……これは試合が楽しみだぜ。
さて、次は俺か。
係員が標的となる木材を、十五メートルほどに渡って設置してゆく。身体強化の魔法を用いて一気にこの距離を駆け抜け、全ての標的を斬るのだ。
「さあヒデトの番です。注目度も高そうですね」
「勇者であるジュリアさんの子、数々の活躍、さらに午前の部では弓術部門で優勝だものね。当然といえば当然かしら」
俺は腰の刀に手をかけ、中腰に構える。
「居合い」と呼ばれる技で、鞘に納めた剣を即座に抜いて斬りつける、サムライ独特の剣術だ。
集中力の高まりに比例し、世界から雑音が消える。その張りつめた空気が伝染したか、観客席も静かになってゆく……
「はじめ!」
「ブースト!」
魔法を発動させ、抜刀しつつ踏み込む!
ことは始まった次の瞬間にはもう終わっていた。刹那のうちに最後の標的を追い越した俺は、刀をブンとひと振りしたのち、鞘に納める。
パチリ、と小さな音が鳴ると……
全ての標的が、バラバラになって競技場の地面に散らばり、一拍の間をおいて大歓声が上がった。
「すご~い! まさに一瞬の早業! 板金鎧を着ているのに、斥候の私より速いです!」
「それだけじゃないわ。全部の標的が複数回斬られてる。目にもとまらないとはこのことね」
「はいマノンです。場所を競技場に移して参加者からコメントをいただきましょう。どう思いましたか?」
「しょせん据え物斬り、自分には通じないと言いたいところだが……正直、敵に回したくはないな」
「複数回斬りつけているのは演武だからで、実戦なら一太刀でしょうね~。たぶん鎧ごとバッサリですよ」
「ありがとうございます。さて次は年少の部。未来の勇者がこの中にいるのでしょうか?」
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観客席の反応は、うって変わって賑やかなものになっていた。ごつい大人と少年少女とでは、やはり見る目が違ってくる。
「えやぁっ!」
ユリウス王子の高いかけ声。まだ完全に声変わりしていない年齢にも関わらず、その一太刀はどうして、侮りがたいものだった。
(やるな。巻き藁が綺麗に両断されたのは、武器が上等だからだけじゃない)
まだ鬣はなくとも獅子の子は獅子か。むろん剣だけに生きる身分ではないが、いずれは己の身を守れる以上の使い手となろう。
「さあ次はエティエンヌくん。彼、ヒデトから剣術を習ってるんですよね~」
「あなたやリーズさんもだけど、教会への寄進がわりに無報酬で剣術や学問を教えているそうね。ギルマスとして喜ばしいことだわ」
「ちなみに、リーズが教えてるのは魔法、薬草メインの植物学、歴史。私は算術や帳簿のつけ方ですね。あとアバクス(板状の算盤)も」
そうこうするうちに巻き藁が設置される。
「教えたとおりやればいい。心を落ち着かせ、集中力を高めるんだ」
「は……はい」
出会ってから半年弱。俺はエティエンヌに、武器に魔力を込める例の技も教えてきた。さすがにまだ使うことはできないが……。
エティエンヌが目を閉じ、ふうと一つ息を吐く。
(……む?)
彼の全身から、微かながら魔力の放出を感じる。そして次の瞬間。
「はぁぁっ!」
(なっ……!)
踏み込むと同時に気合一閃、袈裟斬りに振り下ろされた剣が、一瞬……そう、ほんの一瞬ではあったが、微かな銀色の光を放ったのを俺は見た。はっきりこの目で見た。
思わず息を飲んだ俺が、ゆっくり空気を吐き出すと同時に……両断された巻き藁が地面に落ちる。
その断面は、以前俺が斬り落としたドラゴンの首と同じく、完全な平面かつ刃が接触した部分に変形のない、滑らかな切断痕だった……
(間違いない。まだ実戦レベルの練度じゃないが、あの技だ……)
今まで一度もできなかったことを、大勢の観客、そして王族の眼前というプレッシャーの中で初めて成功させたエティエンヌ。いわゆる「本番に強いタイプ」というやつだろう。
これは戦士にとって、パワーやスピード以上に重要な資質といえる。俺は改めて、彼の剣才に驚嘆を覚えた。
「おお~、さすが勇者の弟子の弟子。真っ二つですよ」
「観客席からも拍手です。これはヒデトくんもうかうかしてられないわねえ」
「実況席を一旦離れてインタビューしてみましょう。いや~、私が算術教えてる一人だから頻繁に顔は合わせてるんですけど、ここまで上達していたとは知りませんでした。おめでとうエティエンヌ、見事だったよ」
「ありがとうございます、ロッタさん」
「こんな大観衆の中での試技。プレッシャーはなかったの?」
「最初は心臓が口から飛び出しそうでした。でもヒデトさんが近くにいてくれたら、体の中から力が沸いてきたように思えて。気がついたら巻き藁が切れていました」
「そっか~。教え方がよかったのかなあ? これならいつか冒険者になって、師弟コンビ結成、な~んて日も来るかもね」
「それもいいですけど……」
「あ~、そういや言ってたね。騎士になりたいって」
「ええ。大それたことと分かってはいますけど」
「はいマノンです。貴賓席の王子ご一家にインタビューしてみましょう。どうですか殿下? あの子はああ言ってますけど」
「未来を担う少年が大志を抱くのはいいことですよ。事実、私の騎士にも平民出身の者は少なくありませんし、夢を見失わず励んでほしいものです」
「はいはいアニスです! エティエンヌ君、それならユリウスに仕えてはどうですか? あの子はマメに闘技場に足を運んで、将来の家臣を探しているんです!」
「皆さんそう仰っておられますよ、どうでしょうユリウス王子?」
ロッタが、まだ貴賓席に戻っていないユリウス王子に振ると……
「うむ、それは名案。戦士エティエンヌ、汝、我に忠誠を誓うや?」
と、なかなか堂に入った口上。ちょっぴり芝居がかった身振り手振りが、場の雰囲気によく合っている。空気を読めるし機転も利くタイプみたいだ。
「誓います」
エティエンヌも「分かってる」ようで、大袈裟に片膝をついて頭を垂れる。
「騎士エティエンヌ、汝に精霊の加護あれ」
そしてユリウス王子は、ひざまずくエティエンヌの肩を、剣で軽く叩いた。これは騎士叙任の儀式だ。それに応えて、エティエンヌが宣誓を述べる。
「光栄の至り。わたくしエティエンヌはここに、わが主ユリウス・ド・シーニュの剣となり盾となりて、終生の忠節と献身を捧げることを誓います。もしわれこの誓いを破ることあらば、天の神、雷もてわが命を絶つべし。わが主に、精霊の加護が永にあらんことを」
院長先生から子守唄がわりに騎士物語を聞かされていただけあって、こちらも様になっている。会場から盛大な拍手が巻き起こった。
「いや~、これは喜ばしいことです。小さな騎士が誕生しました」
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ここで一旦物語を離れ、エスパルダ王国年代記の記述を見てみよう。著者デルグディアンはいう。
「それは、無論この時点では少年同士の騎士ごっこに過ぎなかった。しかしこの瞬間、のちに騎士道精神の体現者と呼ばれるエティエンヌは、騎士としての生を受けたのである。彼は幼き日の誓いを守り、決して主君に盾を見せなかった。彼は一家臣を超えた、ユリウス1世の終生の友となった」と。
なお「盾を見せない」とは、常に主の前でこれを守るため背中しか見せない、裏切って敵に回らないという意味で、忠義の比喩である。物理的に盾を隠していたわけではない。




