046 同期だって成長してる
競技会が行われるのは、町の中央広場近くにある闘技場だ。王位継承候補筆頭を迎えての開催とあって、賑わいも熱気も能力テストの比では無論ない。
観客席は今をときめくフィリップ王子一家をひと目見ようと満員札止め、立ち見客までいっぱいだ。そしてお目当ての皆様が姿を現すと、満場のスタンディングオベーションがこれを出迎える。
さて、今日の予定について確認しておこう。
俺が参加するのは、午前の部では弓術、午後の部では演武だ。明日も試合があるから消耗はできないし、こっちだけ手の内を見せすぎてはフェアじゃないので、初日の出番は控えめである。
「さあやってきました、フィリップ王子ご一家を迎えての競技会!」
「初日は陸上競技に弓術大会、乗馬のほか剣術や魔法の演武と盛りだくさん!」
「実況は私、冒険者のロッタことカルロッタと!」
「解説は私、冒険者ギルドのマスター、エレナ・ハミルトンと!」
「観客席のレポートは私、南地区の教会で院長を務めておりますマノンが!」
「風の魔法を応用した拡声魔法を用いてお送りします!」
「さあ元気よく行ってみましょう!」
いや、ロッタとマスターと院長先生なにやってんの。
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気を取り直して弓術大会。弓は借り物でも持ち込みでもOKとのことだが、今回は自前のを使う。持っている中で最も強力な大型の複合弓だ。
実は弓というやつ、常に同じものを使ったりはしない。
状況……つまり地形や使用者のコンディションによって使い分けるのだ。開けた場所では長弓、障害物が多ければ短弓といった具合に。狭い場所で脇差を使うのと同じだな。
コンディションのほうはというと、サムライの故国である東方には神殿で丸一日矢を射る、神を祀る儀式を兼ねた「通し矢」なる競技があり、そのチャンピオンであるダイハチロウ・ワサは、ペース配分を考慮して序盤用の強い弓と、消耗してから使う後半用の弱い弓を複数種用意していたという。
話はそれるがこのワサ、途中で腕を負傷し続行が危ぶまれた。その時治療してくれたのが、この日彼に記録を破られるまでチャンピオンだったカンザエモン・ホシノだった。
なおホシノは、ワサが記録更新に感極まって号泣している間に名乗ることなく立ち去っており、ワサは自分を助けてくれたのが誰だったか、生涯知ることがなかったらしい。
好敵手に手を差しのべ、恩を売ることもなく去っていったホシノ。東方では品格ある武人として尊敬を集めたとか。俺も見習いたいものだ。
「さあ競技のスタートを切るのは弓術!」
「合戦は矢合わせ(弓矢の射ちあい)に始まることにちなんでいます」
「さてマスター、注目の選手は誰でしょう?」
「殿下と領主様の家臣団から、それぞれの弓術師範を務める隊長が参加しているわ。この二人が優勝争いを引っ張ることになるでしょうね」
解説によれば、参加者はさすがの使い手ぞろい。
紹介された指南役の二人をはじめ、守備隊の弓兵、近隣の狩人、町の腕自慢、そして俺を含めた冒険者たち。
能力テストの同期で、先の盗賊団討伐でも共闘した弓使いラウルの姿も見える。彼は弓に関してはリンゲックで三指に入ると噂されており、強力なライバルと言えるだろう。
(だが、俺だって負けられん)
なんでも、サムライは弓を持つ者という意味で「ユミトリ」とも呼ばれるという。不甲斐ない試合はできないのだ。
「ルールは単純! 一回につき三本の持ち矢を的に向かって射て、中心に近いほど高得点。最下位の者が脱落」
「的はどんどん小さく遠くなり、最後のひとりまで続けます」
「なお射るのは審判の指示で全員が一緒にやります」
「時間の都合もあるし、後から射る人はプレッシャーで不利だから、公平を期する意味でもね」
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ひゅん、ひゅん、ひゅん。小気味よい音を立てて矢が放たれ、的に命中するたびに歓声が上がる。
「あーっと、いきなり複数のフルマーク(満点。ここでは三本とも真ん中に命中の意)が出ました、なんと四人っ!」
「弓術師範のお二方はさすがね。でもあとの二人はヒデトくんとラウルさん。ギルマスとして鼻が高いわ」
「マノンです。観客席にインタビューしてみましょう」
「やっぱり王家や辺境伯ともなると、家臣の方はレベルが違いますね。狙いも正確ですけど、立ち姿がしゃんとしてて見るからに立派です」
「弓使いのラウルは冒険者ギルドの能力テストも見たけど、あのときより強くなってる。狩人から冒険者に転向して、心境の変化でもあったのかな」
「竜殺しは命中率もだけど威力がぱねぇ。そういや俺、冒険者だった頃に現役時代のジュリア様を見たことあるけど、あの人飛び道具は手裏剣や投槍棒で、弓は使わなかったんすよ。独学なんすかね」
使わないんじゃなく使えないんだよ。胸がでかすぎて弦が当たるから……
まあいい、今は競技に集中だ。俺はアニス王女から賜ったリボンを兜に結びつけ、順調に勝ち進んでゆく。
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「冒険者テスト同期対決となりました決勝は延長戦! ここまでパーフェクトスコアを続けるヒデトに対し、ラウルもガッチリ食らいついています!」
「二人とも、弓に関してはトップクラスと言っていいわね。ともかく、冒険者ギルドのワンツーフィニッシュが確定したんだから、あとで賞品とは別にご褒美をあげましょう」
「マノンです。両者譲らぬ白熱の決勝戦、フィリップ王子に感想を伺ってみましょう。殿下、ここまで見ていかが思いましたか?」
「若いのに、二人とも大したものですよ。あれなら師範が敗れたのも頷けます。王都の守備隊に欲しいくらいです」
「ありがとうございます。さて、いちばん小さな的も使ってしまったため、延長戦は……どうやら現場の判断でコインが標的となるようですね」
「はいこちらロッタ。ルールを簡単に説明しますと、一枚の金貨、三枚の銀貨、五枚の銅貨、合計九枚のコインをいっぺんに投げ、先端に赤と黒のインクを染み込ませた綿をつけた矢で射ます」
説明の間に係員が矢を準備してくれる。一本だけだ。
「片方だけ当てれば当然そちらの勝ち。両者とも命中の場合、高額のコインに当てたほうの勝ち。確率は低いですが、同種もしくは同一のコインに当たった場合、先に命中したほうの勝ち。同時もしくは、ちょっと締まらない幕切れですが両者とも外した場合、ここまでの合計点でヒデトの優勝となります」
「素早く金貨に狙いを定められるか? 弓の腕だけでなく、動体視力も問われるわけね」
これは相当難しいルールだな。銀貨はいいが金貨は新品じゃないとくすんでて、遠目には銅貨と大差ない。
「準備ができたようです。一発勝負の延長戦、栄冠はどちらに!」
俺たちは矢をつがえた状態で、コインが投げられるのを待つ。今回はルールの性質上、今から投げますよと教えてはくれない。反応速度も射手の技量だ。
「はうう……ヒデトさま、頑張ってください……」
視界の隅に、貴賓席で祈るように手を組むアニス王女の姿が見えた。そのティアラに陽光が当たり、キラリと輝いた瞬間……
ぱあっ。空中にコインが舞った。
「あれか」
「当たれっ!」
同時に矢が放たれる。狙いは同じコイン、金貨だ。
初動の速さと狙いの正確さは互角、しかし僅かに……ほんの僅かに弓勢が違った。速度で勝る俺の矢が、一瞬早く金貨に命中する。それは指で弾かれたように勢いよく回転しながら舞い上がり、他のコインより一拍遅れて地面に落ちた。
「決まったぁぁ! みごと金貨に一発必中! 優勝はヒデトですっ!」
大歓声の中、俺は死闘を繰り広げた好敵手と健闘を讃えあう。そして貴賓席に向かい兜を脱いで一礼すると、結んでおいた王女のリボンを握りしめ、高々と掲げた。
星野勘左衛門(1642~96)
和佐大八郎(1663~1713)
いずれも実在の人物。星野の記録は8000本、和佐は8133本。




