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045 物資の護衛は大事なのよ?

 久しぶりのリンゲック、樫の梢亭。


 一緒に行動することが多いので定宿じょうやどをこちらに移したロッタも含め、宿に戻った俺たちは一階のバルで一休みしていた。果実水が美味い。


「はあ……生き返るわ」


 そう、同乗した(させられた)のはアニス王女の馬車だけではなかったのだ。夫人こそ空気を読んでくれたものの、フィリップ王子やユリウス王子の馬車でも、これまでの戦歴や母さんのことを聞かれた。

 政敵も多い身分ゆえ、万一の際いっぺんにられないよう複数の馬車に分乗するのは分かるし、家族が一緒に乗れない立場の苦労も察せられるが、それはそれとして何度も偉い人と顔を合わせるこっちは大変だっての。一回で全員済めばまだ楽だったのに……。


 他にも、逗留した町では再度晩餐に招かれ、殿下お抱えの楽人がくじん(吟遊詩人。音楽で主を楽しませるだけでなく、その功績を歌にして喧伝する役目も担う)と一緒に楽器を奏でたり歌を歌ったり。


 マスターの立場があるから仕方ないのだが、人使いが荒すぎではなかろうか。いや、肉体的な負担はどうってことないし、音楽は好きだし、演奏や歌だって素人にしては上手いつもりだし、なんならプロの楽人とのセッションは勉強にもなったが、といってこれが武芸者の領分かと言ったらねえ。

 この数日で三年くらい寿命が縮んだ気がする。こんなときは誰でもいいから優しくして欲しい……が、女性陣の眼差しは冷ややかだ。


「へぇ~。モブの私たちと違って、ず~っと馬車に乗ってたのに? 特別仕様だからサスペンションが効いてて、乗り心地はよかったんだよね?」

「物理的にはな……。目の前に王族だぞ? 針のむしろだよ」

「ずいぶん贅沢な悩みだと思うよ、それ……」

「そうですわ。普通は一生お目にかかれませんわよ?」

「よかったじゃ~ん。あわよくばアニス王女殿下に見初められて逆玉だよ~?」

「ロッタ、それ冗談でもやめて。寿命縮むから」


 トゲのある言葉が心に刺さる。フィーネは比較的マシだが、普段は明るいロッタが今回に限って嫌味ったらしくネチネチ言ってくるし、おとなしいリーズまでもがやたらと邪険だ。


「ふふ、それじゃこれ食べて寿命回復させなさい。おごりよ」


 心身ともに打ちのめされていたところに、エマおばさんがサンドイッチを持ってきてくれた。

 女神だ、女神がいる。おばさんが唯一の癒し。十代の小娘どもとは包容力バブみが違うわ。お義母さんと呼んでいいですか?


「お母さん、あんまりヒデトを甘やかさないでね」

「そーですよ。す~ぐ調子こくんですから」

「独り占めは神のご意思に反します」

 電光石火の速さで皿に手を伸ばし、ヤケ食い気味にがっつく三人。俺が何をしたというのか。


「ヒデトくん、あなたももう、偉い人が放っておかないようになったってことよ。勇者の息子ってことももちろんあるけど、あなた自身の強さだってもう相当な……たぶんリンゲックどころか、ノルーア大陸全体で見てもトップクラスのはずですもの」

「そうなんですかねえ。俺にはまるで実感ないんですけど」

「そんなこと、他の人には分からないし関係ないもの。今からそんなんじゃ先が思いやられるわよ? 候補者の残り二人だって、あなたを味方に取り込もうとするでしょうからね」

 こんなことがあと二回も? ご冗談でしょ。俺の心臓はひとつしかないんだ。


「はぁ……トンズラしようかな」

「なら交易商人キャラバンの護衛や物資輸送の依頼を受けて、しばらく町を離れるのも手ね。実際ジュリアも、どこで情報を仕入れてたかは知らないけど、そうやって貴族とかに会うのをはぐらかしたことが何度かあったわよ。その間あなたはうちに残ってリーズと遊んでたんだけど、覚えてない?」

「あー、言われてみたらそんな気が……。なるほど、それはアリかも」


 収納魔法のお札やポーチを用いれば、馬車一台どころか個人でも相当な量の物資を運べる。だがそれは、当然ながら莫大な損失を出すリスクと背中合わせだ。襲撃、紛失、盗難、持ち逃げ。

 したがって輸送物資の護衛や物資の運搬は、ランクの高い、つまり実力人格ともに信用できる冒険者に指名依頼が来ることも珍しくない。


 王国の物流、ひいては経済や人の暮らしに大きく関わる重要なミッションなのである。母さんはそれを、角を立てずに人を避ける口実にしていたらしい。


 やはり俺が未熟なのは剣だけではないな。いろんな意味であの人の域は遠い。


「……ヒデト、また遠くに行っちゃうの?」

 リーズが小声でつぶやく。


「距離という意味でなら依頼しだいだな。募集人数によってはリーズも一緒に受けたっていい。別の意味でなら……ま、それはないだろ。あのお姫様だって、いつまでも脳ミソお花畑の子供じゃない、いられない。今は珍しいものを見つけてはしゃいでいるだけさ」


「……だといいけど」

 そう言ったリーズのやけに寂しそうな顔に、俺はなぜか胸の痛みを覚えた。


 ━━━━━


「だが、今は競技会に集中しないとな。相手が誰になるのか知らんが、他のことを考えてて勝てるはずもない」


 母さんが言うところのアルルの寝室のような、窓の下にカンダ川が流れていそうな部屋に戻り、競技会に向けて装備の点検をしてゆく。会場の準備はすでに万端、明日から二日に分けて開催される。俺が所望した試合は二日目のメインイベントだ。


「王都の騎士の力、とくと見せてもらうぜ」


 俺は昂る気持ちを抑えつつ、ベッドに入って休もうとしたが、リーズの寂しげな眼差しがちらついて、眠りにつけたのは日付が変わってからのことだった。

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