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044 史上最年少の竜殺し、その意外な真相

 王子一行で最強の人物との試合。俺はあくまでも個人的に所望したのだが、その場のノリというものがある。


「いいではないか。せっかくだから、うちの冒険者たちとの対抗戦にしてはどうだろう?」

 すっかり出来上がっていた辺境伯が提案すると、酔った勢いもあってか、フィリップ王子や側近らも賛同した。


「うむ、それは妙案」

「いずれはお味方となる御仁たちだ、互いに腕前を知っておいて損はなかろうな」

「しかり。勇士たちの手練れのほど、とくと確かめさせていただきますぞ」


 かくして、リンゲックに戻ったら行われる予定だった競技会で、冒険者選抜と王子チームの団体戦が行われることが決まってしまった。

 やがて晩餐がお開きとなり、宿に戻るときになって……


「ヒデト様っ」

 そう言いながら、アニス王女は無防備にも俺に歩み寄ってきた。


「姫様、そのような」

 当然ながら王女近衛隊プリンセスガードの女騎士、というか女サムライ? が制止する。なぜか彼女だけ東方ふうの鎧なのだ。むろん俺のより豪奢だが。


 銀髪のミディアムボブ、切れ長の目はライトブルーの瞳。騎士(?)と魔法使いの違いはあれど、顔立ちも雰囲気もジョゼットさんに近いクール系美人だ。

 百八十に近い長身とスレンダーな体型が、中性的な魅力をかもし出している。その体を覆う純白の鎧はところどころ銀色の装飾が施され、左肩に水色で雪の結晶が描かれていた。まるで冬を擬人化したような人である。


 それはそうと彼女の言う通りだぜ。まだ幼いからだろうが、アニス王女は身分にふさわしい警戒心に欠けると言わざるをえない。もし俺が刺客だったら死んでるぞ。


「もう、大丈夫ですったら」

 何をもって大丈夫なのか知らんが、彼女は制止を振り切って近づいてくる。困ったお姫様だ。

 ともかく片膝をついて頭を垂れる。こんなことでサムライお姉さんに罰でも下ったら気の毒だし、恨まれたくもない。


「まったく、みんな心配性なんですから」

 姫様はツーサイドアップの結び目に手をやる。ふぁさっ、と髪がほどけ、ほのかな芳香が漂った。


「試合のときは、これを身につけて闘ってください! 絶対ですよ!?」

 そしてふんすと微笑み、俺にリボンを差し出す。


「……ほう?」

「あらあら」

「姉上が自分から?」

 なぜか周囲からは、驚きとも困惑ともつかぬ反応が。騎士物語なんかだと姫君が騎士にスカーフやハンカチを与えることは珍しくないはずだが、はて?


「光栄の至り。ありがたく頂戴いたします」

 ともかくも、俺はそれを受け取ってようやく解放された。


 ━━━━━


 翌朝。宿で出発の支度をしていたら、訪ねてきたジョゼットさんからとんでもないお言葉が。


「姫様の馬車に同乗!? 俺がですか!?」

「はい。たってのご希望でございます」

「いや、いくら姫様が幼いといっても問題があるでしょう。俺は平民、しかも男ですよ!?」

「その一方で、国王陛下の命の恩人である勇者様のご子息でもあります。もちろん私も同乗しますから二人きりではありません」

 そりゃそうだろう。そうだろうけどさあ!?


「ちなみに拒否権は?」

「どうしてもと仰るなら無理強いはしません。貴方は家臣ではないのですから。ただ、その場合姫様は傷つくでしょうし、殿下の心象やエレナ先輩の立場も悪くなるでしょうね」


 ですよねー。

 将を射んと欲すればまず馬から射よ。勇者を自陣に取り込みたければまず息子からというわけか。


「あー……ロッタ、どうしたらいい?」

「なんで私に聞くのさ。乗ればいいじゃない。そっちのほうが楽だし、姫様に気に入られるチャンスだよ? じゃ、私は準備があるから。ふんだ」

 そう言って彼女は立ち去ってしまう。俺は天を仰いで嘆息した……。


「……ふむ。彼女が一番のライバルというわけですか……これは手ごわいですよ、姫様」


 ━━━━━


 さすが王族仕様、一般的な乗り合い馬車(ほとんど乗った記憶はないが)とは造りが違い、サスペンションが効いていてほとんど揺れない。最高の乗り心地だ。


 物理的にはね。


 眼前に瞳をキラキラ輝かせるお姫様の姿があっては、精神的な消耗が半端ない。

 姫の隣にはジョゼットさん。俺の隣は昨日のサムライお姉さんこと、プリンセスガードの副長キュルマさんが鎮座している。


「ジュリア様は、そんなことまでなさるんですか? あ、もちろん変な意味じゃないです。何でも知っててすごいって意味です」

「ええ、承知しております」

 で、いま話しているのは、山奥の小屋における母さんの暮らしぶり。


 起床後と就寝前、必ずふたつの墓に手を合わせていたこと。片方は亡き夫の、もう片方は俺の父のものだ。モンスターに襲われ、母さんに俺を託して死んだという。

 実の母親のことは知らない。たぶんその時すでにいなかったのだろう。


 他にも自ら農具を手に、家庭菜園で野菜を育てていたこと。

 それを使って料理をするのが好きなこと。

 家事をしながらよく歌っていたこと。

 四季折々の花鳥風月を愛でながら、異国文化の茶を楽しんでいたこと、などなど。


 姫様は本などで脚色された「勇者」としての母さんしか知らないので新鮮な驚きがあったようだが……ガドラム山脈に行った理由が、ドワーフ伝統の「オルフラム(黄金の炎)の剣」を作ってもらうためではなく、単に温泉目当てだったと話したときは「ほえぇぇぇ!?」とすっ頓狂な声を上げ、ジョゼットさんにたしなめられていた。

 純真な少女の夢を壊してしまったかもしれない。ちょっと反省している。


「ええ……。本には、いつ魔王とかが現れてもいいように、最高の剣を作ってもらおうとしたって書いてあったのに……」

「あー、その。母さんは特定の武器にこだわったりはしないんですよ……。オルフラムの剣でさえ、『あればあったで便利だけど、なければないでどうとでもなる』程度の物でしかないんです。あの人の最大の武器は、剣じゃなくて自分自身ですから」

「な、なるほど。そう考えたら余計すごいです」


 姫はどうやらショックから立ち直ったらしい。意外だったのは副長も食いついたことだ。


「ふむ、剣士として興味深い話だな。それはそれとして、確かにあの方とて血と肉でできた人間だ、家事もすれば趣味もあろうな。私にとっては、あの日の印象が一番強いことに変わりはないが」


 そう、彼女は六年前、母さんの冒険者としての最後の戦いとなったスタンピード(魔物の異常発生)の際、実際に同じ戦場でモンスターを迎撃している。文字どおり肩を並べた戦友だったのだ。


「おとぎ話に出てくるだろう? 天から降臨した救世の戦士が。きっとあんな感じなのだろうな。私を含め、その場にいた誰もが死を覚悟して震えたり泣いたりしていたのに、ジュリア様だけが泰然自若としていたんだ。あの大きな背中、圧倒的な戦いぶり……今でもはっきり覚えているよ」

「そう言う貴女あなたも大したものではありませんか。複数のドラゴンを討伐して、王国どころか大陸最年少の屠竜騎士ドラゴンバスターになったのですから」

 しかし彼女は……


「私はそんな立派なものではないよ。あの方が無力化したドラゴンに、言われるがまま無我夢中でトドメを刺しただけだ。小娘に花を持たせてくれたというより、泣きわめく暇があったら手を動かせという喝だったのだろうな。何度もそう言ったのに、周りが勝手に竜殺しにしてしまったのさ。今でも『謙遜してる』と言われて信じてもらえん」


 そう言って苦笑しながら肩をすくめる。見た目より柔和な人のようだ。

「あー、ありますよねそういうの。本当のことをハッキリ言ったら、かえって信じてもらえないパターン」


 人は他人に願望を押しつけるものとロッタは言っていたが、彼女もその被害者だったようである。

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