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043 脳みそピンクなお姫様

 小さな宿場町には謁見の間を備えた館などない。本陣の大広間が使われ、そのまま晩餐となる。


 緋色の絨毯が敷かれ、コの字型にテーブルが配置されていた。壁にはタペストリーが飾られているが、その後ろには護衛とおぼしき人の気配が。

 俺たちが狼藉を働く可能性の有無は別として、常在戦場は武人の心得。油断はない。


(フィリップ王子、やはり一廉ひとかどの人物だ。近くで見ると存在感が違う)


 鎧から着替えているので、鍛えられた体をしているのが衣装の上から見てとれた。リラックスした表情ながら、いるだけで周囲の耳目を集めずにおかないのは、持って生まれた華というものだろうか。


 夫人はすっかり寛いでいるが、ユリウス王子はどこかこちらを見定めるような視線に思える。先のジョゼットさん同様、俺たちをたのみとなりうるか推し測っているのかもしれない。


 そして……俺たちを招待したがったというアニス王女は、飴細工のように透き通ったエメラルド色の瞳をキラキラさせていた。


 噂どおりの端正な顔立ちは、確かに「超」がつくレベルの美少女といっていい。まだ十三歳と聞くが、あと三年もすれば有力貴族や異国の王子が、彼女に求婚するため王都に殺到することだろう。

 華奢な体つきだが、ロッタが落ち込んでいたとおり胸は年齢に不釣り合いなほど大きい。ご愁傷様……


 身分や老若男女を問わず人気があるのも、決して王家への追従だけではなさそうだ。しかし厄介なことに、母さんが国王陛下の命を救った経緯から、その息子かつ弟子である俺に関心を持っているらしい。


(人間ってのは、他人に『この人はこうあってほしい』っていう、勝手な理想や願望を押しつけるものなんだよ)


 ロッタの言葉が頭をよぎる。母さんのことや喧伝されている仇討ちの件で、俺を勝手に「脳内白馬の騎士」にでもしているのだろうか。

 ともあれ、俺たちは一斉に兜や帽子を脱いで素顔をさらす。これは騎兵が敵意のない意思表示であぶみを外すのに相当する儀礼だ。なお僧侶のフィーネだけは頭巾のままでよい。


「おお……」

「なんとまあ、みな美々しいこと」

「ふおおおお! 予想以上ですう!」


 姫様、予想以上とは何のことですかね。アルゴの体格? フィーネの胸?

 まあそれはいい。俺たちは片膝をついて頭を垂れる。上位者、つまりフィリップ王子から声がかかるまで口をきかないのが作法だ。


「冒険者諸君、今宵は急な招きに応じてくれてありがとう。また先の仇討ちに助力し、逆賊ビランの討伐に貢献したこと、大義である。楽にしておもてを上げてくれたまえ」


 その声は落ち着いて温和そうではあったが、地位にふさわしい威厳があった。ともあれ許しが出たので、まずは最も冒険者ランクの高いアルゴが挨拶を述べる。


「殿下にはご機嫌麗しゅう。ガドラムの戦士が王ベイリンがそく、アルゴにござる。ご尊顔を拝謁する栄誉を賜り、恐悦至極。殿下ご一家に、大地の精霊の加護があらんことを」


 ここから一人ずつ順に同様の礼をする。

 ちなみにアルゴの言う王とは、キングではなくチャンピオンの意味。ドワーフは基本的に女系社会なので、政治上の女王とは別なのがややこしい。

 ていうかアルゴのお父さんが現王者と今知った。どおりで強いわけだ。


「勇者ジュリアが息、ヒデト。殿下ご一家にお目どおり叶いましたこと、これに勝る喜びは……」

 周囲の反応は特におかしくない。白々しいまでの社交辞令だが、無難にこなせたみたいだな。


 全員の挨拶がつつがなく終わり……


「ふむ。件の仇討ちは吟遊詩人の歌や演劇で知ってはいたが、直に会ってみれば、みな聞きしに勝る偉丈夫ではないか」

 特産品の蜂蜜酒のおかげか、王子一行はみな上機嫌のようで助かる。


「しかり。私もガドラム山脈に赴任していたとき、ベイリン様にはずいぶん鍛えられましたが……アルゴ殿は父君を超えるやもしれませぬ」

「それに女性陣の麗しきこと。いや、私が独り身なら放っておきませなんだに」

「勇者様のご子息というから、どのような御仁かと思うておりましたが……さても見事な若武者よ」

「まことに。このような逸材を抱える伯が羨ましゅうございますわ」


 こそばゆい美辞麗句が並ぶ。こういうのは少し芝居がかった言い方が常と知ってはいるが、だからといって平気なわけでもない。

 だが姫様の口調は違った。もともと天真爛漫な性格らしいし、なによりまだ幼さの残る歳である。


「お父さま~! かしこまった挨拶はもういいでしょう? 早く話が聞きたいです~」

「やれやれ。アニス、少しは落ち着いていられないのか? 十三歳にもなって困ったものだな」


 だが、これで場の雰囲気は一気に和らいだ。

 料理が運ばれ、ここからは砕けた雰囲気の宴となる。


 ━━━━━


 さて懸念されたマナーだが、ジョゼットさんも言っていたとおり、あまり気にしなくてよい。


 というのもこの国では、貴人もほんの四半世紀前まではパンの皿に乗った料理を自前のナイフで切り分け、手づかみで食べてはボウルの水で手を洗うというワイルドな食事をしており、今もその習慣が残っているためだ。

 伝統はすぐ変わるものではないのである。


 むろんワイルドディナーにも作法はあるが、その程度なら大抵の人は知ってるし、俺、ロッタ、フィーネ、リーズの四人がフォローしているから、泥酔しない限りやらかす者もないだろう。


 実際、王家の皆さんもせいぜいスプーンやフォークを使う程度。そういや母さんは「ハシ」という二本の棒を器用に使っていたが、昨今はそれを真似る者もいるらしい。


 ━━━━━


 ここからは質問攻めに遭った。主にアニス王女から。やはり子供だけあって身分意識が希薄とみえる。


「え~? 千人が立てこもる城に攻め込んだんじゃないんですかぁ~? ホントは三十人?」

「正確なら面白くなるとも限りませんから、話を盛り上げるためでしょう。まあ、少し誇張が過ぎる気はしますが……」


 ユリウス王子は、フィーネ以外の女性がいたのが意外だったようで……

「演劇だと、勇士たちは七人になっていました。フィーネ様以外にも女性がいたのですね」

「それは劇団側の都合だと思います。舞台や楽屋の広さにも限りがありますし」


 蜂蜜酒がよほど口に合ったのか、男爵と伯は……

「無理もない! こんな見目麗しい乙女を演じられる女優など、そうはいまいて!」

「しかり、しかり!」


 既にでき上がりつつある。でも、確かにこの酒はすこぶる美味だ。何本か買って母さんに送ろう。


 ━━━━━


「そういえば、ヒデト君はビランを事実上討ち取ったにも関わらず、特別な報奨を辞退したと聞くが……」


(ん?)

 テーブルクロスの下で、ロッタが俺の足を踏んづけた。言葉に気をつけろという合図だろう。


「……はい。ビランは騎士団でも上澄みの遣い手ではありましたが、逃亡生活で疲弊していましたゆえ。万全の相手に勝たねばいさおしとは言えぬ、母からそう教えられました」

「……ふむ。若いのに殊勝しゅしょうな心がけ。ジュリア様は戦士としてのみならず、教育者としても優れたお方のようだ」

 あ、ジョゼットさんと同じこと言ってる。


「しかしヒデト君。ビランの件は分かったが、ドラゴンの方は私から何か褒美をつかわそう」

「ドラゴンの?」

 それこそ俺の中では終わった話なんだが。


「あんな大物を討伐した武勲はもちろん、素材を無償で被災地に提供するなど、そうそう出来ることではない。これに何も報いないでは、王家の沽券に関わるというものだ」

「といって急に言われましても……あ、金品じゃなくてもよければ」

 そりゃアレよ。


「何か思いついたかね?」

「ええっ!? 私を!? ま、まだ心の準備が……! 初めてのデートはどこへ行きましょう? ウエディングドレスは何色がいいかなあ……。こ、子供は最低でも三人は欲しいです……うふ、うふふ」

 頬を染めつつ身をくねらせるアニス王女。口元のよだれはスルーしておこう。


「……姫様はジョークがお上手で。さて褒美ですが、リンゲックに到着したら競技会が開催される予定だったはず。たしか模擬戦も。そのとき殿下たちの中で、最強の人物と試合を組んでいただきたく存じます」

「ほう、そんなことで良いのかね?」

「はい。武芸者にとって、強者との手合わせこそ最高の褒美にございますれば」

「む~っ。はぐらかされたです」


 なんなのこのお姫様。フィーネとは別のベクトルでやべーやつだわ。

七人の勇士

オリヴィエ、ヒデト、セイン、ゾイスタン、アルゴ、ジェイク、フィーネ。劇団の人数や舞台の大きさの都合で増減する。

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