042 王侯貴族にも譲れない一線がある
「俺たちを晩餐に……ですか?」
面倒は偉い人に任せておけばいいと思ってたらこれだ。
俺たちが拠点とする迷宮都市リンゲックは、冒険者が採掘するダンジョン資源への依存度が大きい。そして統治する辺境伯はフィリップ王子と昵懇の仲。そこを考慮して、一応は招待という形をとったとみえる。
が、むろん実際は命令であり、機嫌を損ねたら首が(物理的に)飛ぶだろう。行くのはプレッシャー、さりとて断るもならず。前門の虎、後門の狼とはこのことか。
ドラゴンと戦うより余程ピンチだ。ていうかあんなの母さんの修行に比べたら数のうちに入らんわ。助けてママン。
例の仇討ちが喧伝されているのは知っていたが……言っちゃ悪いけど、王子と姫様はずいぶん物好きな人たちらしい。
俺たちは見世物小屋の珍獣じゃないんだがなあ。
「ただ、少々問題がありまして」
ジョゼットさんはかぶりを振って言葉を続ける。
「ガドラム山脈のドワーフは友好関係にあるからいいとして、獣人を目通りさせるわけにはいかないと、殿下が仰っておられます。なのであのシスターは……」
フィーネが身を強張らせる。彼女と親しいリーズ、ロッタ、ウェンディもだ。そして俺は……
「申し訳ありませんが、お招きは辞退させていただきます」
向こうがみなまで言う前に即答した。
「俺は仲間を差別する人の機嫌を取るつもりはありません。例え王族であってもです。フィーネを同席させないなら俺は行きません。殿下にそうお伝えください」
「……ほう?」
眼鏡の奥で、緑色の瞳が光った。冷たい輝きだった。
「……多少名が売れたからと言って、勘違いしてはなりません。貴方は殿下のお言葉に、黙って従えばよいのです。次期国王や王女殿下に気に入られるチャンスを逃してもいいのですか? 大人になりなさい。今ならその言葉、私の胸だけに留めておきましょう。すぐに支度するのです」
「なら無礼を働いた咎で縄でも打てばいい。ロープなら持っているから貸しますよ?」
「……撤回なさい。これが最後のチャンスです」
「くどい」
一触即発。みな無言の室内で、荒い息遣いだけが妙に大きく聞こえる。どれほど経ったか、たぶん実際には一分もないのだろうが、誰もが何時間にも感じたことだろう……。
だが、沈黙は意外な形で破られる。
「……合格です。さすがは勇者様のご子息ですね」
「は?」
「種明かしの前に、まずはフィーネ嬢に無礼を働いたことを謝罪いたします。この通りです」
そう言って、ジョゼットさんはフィーネに向かって深々と頭を下げた。王族の教育係という役職にある貴族が、一介の冒険者にだ。
「貴方を試させていただきました。権力者に媚びるために仲間を切り捨てるような人物でないか、信頼に足る人柄であるか知りたかったのです。ジュリア様は戦士としてだけでなく、教育者としても優秀なようですね」
「ではフィーネは……」
「もちろん招待されていますとも。獣人差別という恥ずべき現実があるのは確かですが、フィリップ王子らは常々それに憤りを覚えておられる側です。その証拠に、私たちの中にも獣人がいたでしょう?」
聞けば、パレードで離れていたのはこのお芝居の下準備だったらしい。
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「それにしても迫真の演技でしたね。すっかり騙されましたよ。女優顔負けだ」
「宮廷で生きるには演技力も必要なのですよ。ただ、これは演技抜きで言いますが……」
「何でしょう」
「既にお気づきのとおり、リンゲック訪問も今夜の晩餐も、貴方たちを支持者としたいがためのこと。今後は残る二人の王子からも、同様のアプローチがあるでしょう。ですが、徹底した実力主義のジェローム王子はともかく、ルイ王子は本当に獣人を差別するお方です」
ボンクラ王子か。こっちにも噂は聞こえてくる人だ。良い話だったためしはないが……
「この国に生きる以上、剣を持つ身ならなおのこと、遠からずやってくる王位継承の争いからは逃れられません。その時、誰を支持するか。賢明な判断を期待しています。さ、今度こそ準備を」
ジョゼットさんの言葉が本当なら、ルイ王子が考えを改めない限り、彼につく未来はないということか。ハッキリ「仲間を蔑む人には媚びん」と言っちゃったし、そうでなくともフィーネを差別する人に助力する気にはなれない。女性問題から母さんに毛嫌いされていたから、支持したら親子関係もこじれそうだし。
もしかしたら彼女は、俺がルイ派につく可能性を排除するべく、言質を取るためにこの芝居を? だとしたらちょっとした策士だが……
まさかな。母さんならともかく、俺にそれはない。
ともあれ俺たちは急いで身だしなみを整え、本陣へ。
「……ありがとう、ヒデト」
ふと聴こえたフィーネの声は、少しだけ震えていた。
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小さな町のこと、本陣にはすぐ到着する。
セインとゾイスタンは既に向こうにいるので、仇討ち参加者の残りは俺、ロッタ、フィーネ、リーズ、アルゴ、ジェイク、ウェンディ、あと数名。
「あわわ……。どうしよう、足が震えて、きた……」
「おおお落ち着きなよリーズ。別にととと取って食われやしないって」
「そういうウェンディも震えてるぞ。ときにジョゼットさん、謁見の際に気をつけることはありますか?」
その問いに、彼女は右手人差し指をあごに当てて首をかしげる。考え事をするときの癖なのだろう。
「正式な晩餐会ではありませんし、マナーとかはそこまで気にしなくてよいでしょう。ただ、ご一家はみな温和にして高潔なお人柄で、粗野な振舞いや傲慢な言動を好みません。また、エレナ先輩は貴方のことを大層褒めておられました。その点には留意しておくように」
「エレナ先輩?」
「ああ、貴方たちにはギルドマスターと言ったほうが分かりやすいですか。あの人は、私が現役の宮廷魔法使いだった頃の先輩なのです。かれこれ四十年近いつき合いになりますね……」
つまり、俺の態度次第ではマスターの顔に泥を塗るから注意しろ、と。
謁見を前に、俺とアルゴは兜をかぶり直す。戦士が貴人にまみえる際はそれをかぶった状態で入室し、護衛の前は武装したまま通って、貴人の面前で脱ぐのが作法とされているためだ。
これは「何者にも屈しない勇士も、その貴人の前では武装を解いて平伏する。すなわちその者は偉大である」という意味の儀式で、他の皆も帽子やフードを整えていた。
「冒険者の方々がお見えになりました」
ジョゼットさんが守衛に取り次ぐと、ギギギと音を立てて扉が開いた。鬼が出るか蛇が出るか、いよいよ王子様一家とのご対面である。




