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041 思わぬ訪問者

「結構な強行軍だったな。流石に疲れたぜ」

「仕方ないよ、出迎える側が遅れるわけにいかないもん」

「うぐぐ……あ、足が痛い。治癒魔法ヒーリングかけ、て……ぐぎ」

「リーズ? あなた、半分は私がおんぶしてたじゃない」

「フィジカル、お化けの……フィーネと、一緒に……しな、いで……うげ」

「しょうがないわねぇ」


 時刻は十六時少し前といったところか。日の出前に宿場を出た俺たちは、幸い何事もなく目的地に到着した。


 久しぶりに見る山間の町は、すっかりドラゴンの被害から立ち直っていた。建造物と家畜はともかく、人的被害はゼロだったのが大きいのだろう。

 町の特徴もそのままで、街道を挟み込む形で建てられた家屋が、左右の壁を共有する形で密接している。外側に扉や大きな窓を作らず、屋上に防壁を設けることで、家屋そのものが簡易的な城壁となっているのだ。


 あれから多少強化したらしく、破損箇所の修繕のほか逆茂木さかもぎ(先端を尖らせた杭を外側に向けて並べた柵)が増設されていた。ドラゴンは無理でも、山賊やゴブリン程度になら十分な護りといえよう。


 周辺を見れば、山中からは炭焼き小屋の煙が。

 材木や蜂蜜と並んで町の特産品と聞く。山間部だけあって、豊かな森の恵みが暮らしを支えているのが見てとれる。


 町に入ると、修繕ないし新築された真新しい家屋が目を引いた。まだ褪せていない石壁や漆喰の明るい色合いは、困難から立ち直る人々のバイタリティを象徴しているようだ。


 そして例によって聞こえる金属音。騒音や火災対策で鍛冶屋が町外れにあるのはどこも変わらない。ただ、金物屋を兼ねている店先に並ぶのが、斧やノミといった林業、木工関係の品が多いあたりに土地柄が見えて面白い。


 ━━━━━


 王子到着までの間だが、俺たちも歓待を受ける。

 王国第三の都市を治める辺境伯、それと同格の名家のセイン、さらに元宮廷魔法使いのマスターに、騎士のゾイスタンを擁する一行である。領都から来た男爵をはじめ、町長や司祭が総出の出迎えだった。


「疲れたときは甘い物が染みますなあ」

「馬車の旅も、結構きついですものねえ」

「薄く割ってて飲みやすいのがいいですね」


 伯やマスター、セインだけでなく俺たちにも、特産品の蜂蜜を使ったドリンクが振る舞われた。

 人の噂も七十五日と言うが、数日の逗留だった俺を覚えている人が多かったのに面食らう。ドラゴンの件ではなく俺個人をだ。少しおもはゆい。


 聞けばドラゴンの死骸は男爵が買い取り、王家へ献上したとのこと。

 まず無難な対処ってところか。小さな宿場町では素材を加工する設備もなかろうし、王家の覚えがめでたくなれば男爵、ひいては町にもメリットがあるし。


 そうこうしているうちに王子が到着したようだ。


 ━━━━━


 彼方に、きらびやかな行列の先頭が見えてきた。黄昏の残光を浴びて輝くのは、護衛騎士たちの甲冑や槍、馬車の装飾か。


 さすが次期国王候補筆頭とされる人物の一行だ。その絢爛豪華なることは、細長い朱色の絨毯に敷き詰められた宝石か、緩やかに波打つ金色こんじき川面かわものごとし。

 先頭の物見が到着を宣言すると、男爵の楽士たちが演奏を始める。その曲に乗って先陣が門をくぐり、大盾の重歩兵、槍隊、弓隊……さらに近衛騎士、そして王子らの馬車……と続く。


 ふと入口付近の歓声が大きくなった。はて?


 理由はすぐ判明した。王子らの馬車が入場してきたのかと思いきや、なんと四人とも馬や輿こしに乗り、群衆に手を振っているではないか。

 町を治める男爵は王位継承への影響力など知れてるし、伯もセインもフィリップ派だから比較的安全ではあろうが大胆なことだ。支持獲得のアピールも楽ではないらしい。


(あれがフィリップ王子……王冠にもっとも近い人物か)

 その姿は遠目にも威風あたりを払い、しかし華があった。なるほど幅広い人気も頷ける。


 みごとな白馬には宝石を散りばめた鞍。魔法銀マルジャを惜しげもなく使った鎧は流麗なデザインで、不必要に威圧的でないところに気品がうかがえる。革のアンダースーツはブルー、マントは鮮やかな緋色。脇に抱えた兜にも朱の羽根飾りがあり、馬の歩みに合わせて揺れていた。


 その顔貌は、一言でいうと「柔和な雰囲気の美男子」ということになろう。母さんより少し年下のはずだが、見た感じまだ二十代で通じる若々しさだ。いや、その意味では母さんも負けてないけど……

 少しだけ波打った金髪に青緑の瞳、短めの顎ひげを蓄えた堂々たる美丈夫に、沿道の女性からは黄色い声援が絶えない。しかし武勇を貴ぶ国の王子だけあり、その眼差しには獅子のごとき精悍さが宿っている。


 続くのはユリウス王子。父親をそのまま幼くしたような少年だ。あえて言うなら父に比べ生真面目というか、気を張り詰めている感がある。経験不足ゆえの緊張だろう。


 お次は夫人。王子とは同い年だそうだが、やはり二十代に見える。なんでも、八分の一だけ老化の遅いエルフ族の血を引いているらしい。

 温和そうな金髪美人だ。王侯貴族は側室を持つのが普通だが、フィリップ王子は夫人一筋だそうな。この美貌なら納得というところか。


 最後はアニス王女。弟のユリウス王子同様、母親をそのまま幼くしたような愛らしい美少女だ。

 両親ゆずりの艶やかなブロンド、腰まである後ろ髪をツーサイドアップにし、パステルピンクの細長いリボンで結んでいた。家屋を簡易城壁とした光景が珍しいのか、エメラルド色の瞳をキラキラさせながら、横を歩く魔法使いの女性に、しきりになにやら話しかけている。


 一行はそのまま男爵らが出迎える本陣、つまり宿場町で最もグレードの高い宿まで大通りを練り歩くわけだが、小さな町ゆえ距離など知れたもの。

 道は男爵配下の騎士や兵らが警備し、俺たちは列が近づくと、その外側に片膝をついて並んだ。本陣に近いほど格上扱いなわけだが、とりあえず冒険者ランク順に並んだので俺は真ん中から少し本陣寄り。


 すれ違うときは頭を垂れるため、間近で王子らの顔は見られないが、声は聞こえてくる。


「あ、黒い鎧! ジョゼット、きっとあの方です~!」

「姫様、そんなにはしゃぐと輿から落ちますよ?」


 あの方とやらが誰かは分からない。黒い鎧の戦士は他にも複数いる。


 ━━━━━


「ふう。やっと人心地ついたか」

「緊張から解放されたら小腹が空いてきたな」

「ジェイク、そんなら干し肉食うか?」

「食べる食べる。くれ」


 場所は変わって木賃宿。本陣も旅籠も偉い人たちで満員なので、俺たちは例によってここに落ち着き、旅塵を落としつつ一息ついていた。歓迎の宴とか面倒なことはホスト役の男爵に丸投げである。


 女性陣はというと……


「ねぇロッタ見た!? お妃様むっちゃ綺麗だったよね!」

「見た見た。お姫様も可愛かったなぁ。十三歳なのに私より胸が大きかったけど……」

「あのドレス、いくらするんだろ……私だったら、着ただけで寿命縮む……」

「ただ気になったのは、獣人の方々がまとめて後ろにいたことですわね」


 ……と、またぞろかしましい。さてフィーネさん、そろそろ食事の支度をプリーズ……と思いきや、予想だにしていなかった来客が。


 ━━━━━


「アポ無しで失礼いたします。冒険者の方々ですね?」

 おや? この声は……


 訪ねてきたのは、見た感じ四十代とおぼしき、藍色のローブをまとった女性。アニス王女の隣にいた人だ。


 すらりとした長身は百七十ちょっとか。栗色の髪をアップにまとめ、お洒落なバレッタで留めている。前髪を分けてておでこが見えるのに加えて、黒いアンダーリムの眼鏡の奥で輝く、緑の瞳をもつ切れ長の目が、見るからに「仕事のできるクールビューティー」という感じ。


「お初にお目にかかります。わたくし、アニス王女殿下の教育係と護衛隊長を兼任しております、ジョゼット・フォン・メリローと申します。もしかしたら長いお付き合いになるかもしれませんので、以後お見知りおきを。さて、ヒデト様……は貴方あなたですね。東方ふうの黒い鎧に桜のエンブレム。吟遊詩人の歌のとおりです」

「はい、確かにヒデトは俺ですが。何か御用でしょうか?」

 その問いに、彼女はクイ、っと眼鏡を上げて答える。


「実は王子ご一家、なかんずく姫様が、貴方たちを晩餐にご招待したいとの仰せでございます」


 ……は?

輿

スカートで馬に跨がると脚が露出するため、女性は横向きに腰かけざるをえない。それでは沿道の片側にしか顔を向けられないから輿にした。

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